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17分間燃え続けた「人工太陽」──核融合エネルギーはどこまで近づいたか

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Patrick Pester, "China's 'artificial sun' shatters nuclear fusion record by generating steady loop of plasma for 1,000 seconds" (Live Science, 2025年1月21日)

  • 概要:中国の核融合実験装置EAST(Experimental Advanced Superconducting Tokamak)が、高閉じ込めモードでのプラズマ維持時間1,066秒を達成し、世界記録を更新。核融合発電の実用化に向けた重要なマイルストーンとして報じられた。



2025年1月、核融合研究の世界で静かな、しかし重要な節目が刻まれました。中国科学院の核融合実験装置EAST(通称「人工太陽」)が、1億度を超える超高温プラズマを1,066秒間──およそ17分半──維持することに成功したのです。これは2023年に同装置が打ち立てた403秒という記録を大幅に更新するもので、核融合発電の実用化に向けた重要な一歩とされています。


核融合は、太陽が輝くのと同じ原理でエネルギーを生み出す技術です。温室効果ガスを出さず、燃料となる水素は事実上無尽蔵。「究極のクリーンエネルギー」と呼ばれてきました。しかし同時に、70年以上にわたって「実用化まであと30年」と言われ続けてきた技術でもあります。今回の記録更新は、その長い道のりのどこに位置づけられるのでしょうか。


富良野とPhronaが、この「人工太陽」が照らす未来と、その手前にある現実について語り合います。




「人工太陽」って何だろう


富良野:「人工太陽」という言葉、SF映画のタイトルみたいですけど、実際にはどういうものなんでしょうね。


Phrona:すごく大雑把に言うと、太陽の中で起きていることを地球上で再現しようとする装置ですよね。太陽って、水素の原子核同士がぶつかってヘリウムになるときに、ものすごいエネルギーを出している。その反応を人工的に起こそうという。


富良野:核分裂と核融合の違いって、よく混同されますけど、方向が逆なんですよね。原発で使われている核分裂は、重い原子を割ってエネルギーを取り出す。核融合は軽い原子をくっつける。


Phrona:「割る」と「くっつける」で、なんでどっちもエネルギーが出るのか、最初に聞いたとき不思議でした。


富良野:僕も学生のとき混乱しました。結局、原子核の「結合エネルギー」っていう概念を理解しないといけなくて。鉄より軽い元素はくっつけると安定になってエネルギーが出る、鉄より重い元素は割ると安定になってエネルギーが出る。


Phrona:鉄が境目なんですね。宇宙の元素の歴史みたいな話にもつながりそう。


富良野:そうなんです。で、太陽の中心では重力がものすごく大きいから、水素原子核が自然にぎゅっと押し付けられて融合が起きる。でも地球上ではそんな重力がないから、代わりに温度を上げて原子核を高速で動かして、ぶつけるしかない。


Phrona:だから太陽の中心よりも高い温度が必要になる、と。太陽の中心が約1500万度で、今回の実験では1億度以上。


富良野:6倍以上熱い。重力のハンデを温度で補っているわけです。



なぜ「1000秒」が大きな意味を持つのか


Phrona:今回の記録、1,066秒。約17分半ですよね。正直なところ、17分って長いんですか、短いんですか。


富良野:いい質問ですね。核融合研究の歴史を見ると、最初は「一瞬だけ反応を起こす」ことすら難しかった。それがミリ秒、秒、数十秒と伸びてきて、2023年に403秒、今回1,066秒。


Phrona:でも発電所として動かすなら、17分じゃ全然足りないですよね。


富良野:おっしゃる通り。研究者たちが言っているのは、実用的な核融合炉には「数千秒」の安定運転が必要だということ。プラズマが自己持続的に循環して、連続的に電力を生み出すためには、最低でもその程度の時間が要る。


Phrona:じゃあ1000秒は、その入り口に立ったということ?


富良野:そういう位置づけですね。403秒から1,066秒への飛躍は、単に数字が増えただけじゃなくて、加熱システムの出力を倍にしたり、制御の精度を上げたり、診断システムを改良したり、いろんな技術的なアップグレードの成果なんです。


Phrona:なるほど。一瞬火をつけることと、火を燃やし続けることは、全然違う技術なんですね。


富良野:まさにそれです。キャンプファイヤーでも、火をつけるのと、一晩中燃やし続けるのは違う技術が要る。核融合の場合、1億度のプラズマを「閉じ込め続ける」のがとんでもなく難しい。


Phrona:閉じ込めるって、どうやって? 1億度のものに触れられる容器なんてないですよね。


富良野:そこでトカマクという装置が出てくる。ドーナツ型のチャンバーの中に、強力な磁場をかけて、プラズマを浮かせた状態で閉じ込める。物理的な壁には触れさせない。


Phrona:磁力で宙に浮かせる、というイメージですか。


富良野:かなり近いです。ただ、プラズマは不安定で、ちょっとしたことで暴れ出す。その「暴れ」を抑え続けるのが、時間を伸ばす上での最大の壁なんです。



70年の夢、「あと30年」の呪い


Phrona:核融合って、いつ頃から研究されているんでしたっけ。


富良野:本格的な研究が始まったのは1950年代。もう70年以上になります。


Phrona:70年……。私が生まれる前から、ずっと「未来のエネルギー」だったんですね。


富良野:核融合には有名なジョークがあって、「実用化まであと30年。そしてそれは永遠にあと30年」という。


Phrona:ああ、聞いたことあります。皮肉ですよね。


富良野:ただ、最近はその空気が少し変わってきているんです。技術的なブレークスルーが続いていることもあるし、気候変動への危機感から、各国政府や民間の投資が増えている。


Phrona:でも、気候変動の対策として間に合うんでしょうか。2030年とか2050年とか、カーボンニュートラルの期限が迫っている中で。


富良野:正直なところ、多くの専門家は「気候危機の解決策として核融合を当てにするのは危険」と言っています。仮にすべてがうまくいっても、商用発電所が動き始めるのは2050年代以降という見通しが多い。


Phrona:じゃあ、核融合は気候変動には間に合わない?


富良野:「間に合わない可能性が高い」と言うべきでしょうね。ただ、だからといって研究をやめるべきだという話にはならない。気候変動は今世紀後半も続く問題だし、核融合が実現すれば、その先の人類のエネルギー問題を根本的に変えうる。


Phrona:短期の解決策と、長期の可能性を分けて考える必要があるんですね。


富良野:そうです。今の気候危機には、再生可能エネルギーや省エネ、既存の原子力など、今ある技術で対応するしかない。核融合は、その先の話として研究を続ける。両方やる、ということです。


Phrona:「夢」と「現実」を同時に走らせる、というか。


富良野:うまい言い方ですね。夢だけ追いかけて現実を見ないのも危険だし、現実だけ見て夢を捨てるのも、長い目で見ると人類の損失になる。



競争と協力のはざまで


Phrona:今回の記録を出したのは中国の装置ですけど、核融合研究って国際的にはどういう構図なんですか。


富良野:面白いのは、競争と協力が同時に存在していることです。ITER(国際熱核融合実験炉)というプロジェクトがあって、これは日本、アメリカ、EU、ロシア、韓国、インド、そして中国が参加している。フランスで建設中の、世界最大のトカマク型装置です。


Phrona:7つの国・地域が協力しているんですね。


富良野:今回記録を出したEASTも、ITERに向けた実験データを提供する役割を担っています。だから国際協力の文脈の中にある。


Phrona:でも同時に、各国が独自の装置で記録を競い合ってもいる。


富良野:そうなんです。アメリカではMITとコモンウェルス・フュージョン・システムズが「SPARC」という民間主導のプロジェクトを進めていて、高温超伝導磁石を使ったコンパクトな炉を目指している。ドイツのヴェンデルシュタイン7-Xは、トカマクとは違う「ステラレーター」という方式で成果を出している。


Phrona:競争しながら協力する、って不思議な構図ですね。


富良野:エネルギー技術って、そういう側面がありますよね。最終的には人類全体の利益になる技術だから協力する意義がある。でも、誰が最初に実用化するかで、産業的・戦略的な優位性が決まるから、競争もある。


Phrona:宇宙開発に似てますね。国際宇宙ステーションは協力の象徴だけど、月や火星への有人探査は競争の色が濃い。


富良野:いい比喩です。しかも核融合の場合、実現したら石油や天然ガスの地政学が根本から変わりうる。エネルギー資源の偏在が国際関係を規定してきた歴史があるわけですけど、核融合が実現すれば、その構図が大きく変わる可能性がある。


Phrona:燃料の水素は、基本的にどこでも手に入りますもんね。


富良野:海水から取れますから。資源をめぐる争いの構造自体が変わりうる。もちろん、装置を作る技術やノウハウは偏在するでしょうけど。


Phrona:そこが次の「持てる国と持たざる国」の境界線になる、と。


富良野:可能性としてはあります。だから国際協力の枠組みが重要なんですよね。技術を独占させないために。



炎を見つめながら


Phrona:17分間、1億度の炎を閉じ込め続けた。すごいことだとは思うんですけど、私たちの生活が変わるのは、まだまだ先なんですね。


富良野:そうですね。でも、こういう節目を一つずつ超えていくことでしか、技術は進まない。403秒から1,066秒へ。次は何千秒か、何万秒か。


Phrona:人類が火を使い始めてから何万年も経って、今度は太陽の火を地上に持ってこようとしている。なんだか壮大な話ですね。


富良野:プロメテウス神話の現代版、と言う人もいます。神から火を盗んで人間に与えた。


Phrona:でもプロメテウスは罰を受けましたよね。肝臓を永遠に鷲についばまれる。


富良野:その部分は避けたいところです(笑)。核融合には核分裂のような暴走リスクや長期残存する放射性廃棄物の問題が少ないとされていますけど、巨大技術には常に予期せぬリスクがある。その謙虚さは忘れちゃいけない。


Phrona:楽観も悲観もしすぎず、ということですね。


富良野:今回の記録は、確かに一歩前進です。でも、実用化までの道のりはまだ長いし、その間に気候変動は待ってくれない。両方を見据えながら、それぞれに対応していくしかない。


Phrona:「あと30年」が、今度こそ本当の30年になるといいですね。



 

ポイント整理


  • 記録の概要

    • 中国科学院の核融合実験装置EAST(Experimental Advanced Superconducting Tokamak)が、2025年1月20日に高閉じ込めモードでのプラズマ維持時間1,066秒を達成。2023年の自己記録403秒を大幅に更新した。

  • 核融合の原理

    • 軽い原子核(水素など)を高温・高圧下で融合させ、ヘリウムに変換する際に放出されるエネルギーを利用する。太陽が輝くのと同じ原理であり、「人工太陽」の呼称はここに由来する。

  • なぜ高温が必要か

    • 太陽は巨大な重力で原子核を押し付けているが、地球上ではその重力がないため、代わりに1億度以上の高温で原子核を高速運動させ、衝突・融合させる必要がある。

  • 1000秒の意義

    • 核融合発電の実用化には「数千秒」の安定運転が必要とされる。1000秒超えは、プラズマの自己持続的循環に向けた重要な閾値であり、この達成は実用化への第一歩と位置づけられる。

  • トカマク型装置

    • ドーナツ型(トーラス形状)のチャンバー内に強力な磁場を発生させ、1億度を超えるプラズマを物理的な壁に触れさせずに閉じ込める方式。EAST、ITER、SPARCなど多くの核融合装置がこの方式を採用。

  • 技術的なアップグレード

    • 今回の記録達成には、加熱システムの出力倍増、制御システムの精度向上、診断システムの改良など複数の技術的改善が貢献した。

  • 国際協力の枠組み

    • ITER(国際熱核融合実験炉)は日本、アメリカ、EU、ロシア、韓国、インド、中国の7者が参加する国際プロジェクト。フランスで建設中で、2039年以降の稼働を目指している。EASTはITERへの実験データ提供も担う。

  • 気候変動との関係

    • 核融合は温室効果ガスを排出しないクリーンエネルギーだが、商用発電所の稼働は早くても2050年代以降と見込まれ、2030年・2050年の気候目標達成には間に合わない可能性が高い。短期的な気候対策は既存技術で対応し、核融合は長期的な選択肢として研究を継続する、という二本立ての姿勢が必要。

  • 核融合の利点

    • 燃料となる水素(重水素・三重水素)は海水から取得可能で事実上無尽蔵。核分裂と異なり暴走事故のリスクが低く、長期残存する高レベル放射性廃棄物も少ない。

  • 競争と協力の併存

    • 各国が独自の装置で技術開発を競いつつ、ITERのような国際協力プロジェクトにも参加するという、競争と協力が同時に存在する構図がある。核融合が実現すれば、エネルギー資源の地政学が根本から変わる可能性がある。



キーワード解説


EAST(Experimental Advanced Superconducting Tokamak)】

中国科学院プラズマ物理研究所が運用する核融合実験装置。超伝導コイルを用いたトカマク型で、「人工太陽」の通称で知られる。


核融合(Nuclear Fusion)】

軽い原子核同士が融合してより重い原子核になる反応。質量の一部がエネルギーに変換され、莫大なエネルギーを放出する。


プラズマ(Plasma)】

固体・液体・気体に続く「物質の第四の状態」。高温で原子から電子が離れ、イオンと電子が混在した状態。核融合反応はプラズマ状態で起こる。


トカマク(Tokamak)】

ドーナツ型の真空容器内で磁場によりプラズマを閉じ込める核融合装置の方式。ロシア語の「トロイダル磁場コイル付き真空容器」の略語に由来。


高閉じ込めモード(H-mode)】

プラズマの閉じ込め性能が高い運転状態。通常モード(L-mode)と比べてエネルギー損失が少なく、核融合炉の実用化に必要な運転条件とされる。


ITER(International Thermonuclear Experimental Reactor)】

国際熱核融合実験炉。日・米・EU・露・韓・印・中が参加する国際プロジェクトで、フランスに建設中の世界最大のトカマク型装置。


SPARC】

MITとコモンウェルス・フュージョン・システムズが開発中の民間核融合プロジェクト。高温超伝導磁石を使ったコンパクトな設計が特徴。


ステラレーター(Stellarator)】

トカマクと異なり、複雑な形状のコイルで磁場を作り、プラズマを閉じ込める方式。ドイツのヴェンデルシュタイン7-Xが代表例。


三重水素(トリチウム)】

水素の同位体で、陽子1個と中性子2個からなる。重水素との核融合反応に使用される燃料の一つ。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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