2035年、あなたのスマホは中国製じゃないかもしれない──地政学が変える世界の商業地図
- Seo Seungchul

- 9月16日
- 読了時間: 10分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:
Kristalina Georgieva "Toward a Better Balanced and More Resilient World Economy" (International Monetary Fund, 2025年4月17日)
Jeongmin Seong et al. "A new trade paradigm: How shifts in trade corridors could affect business" (McKinsey & Company, 2025年6月18日)
最近、「地政学リスク」という言葉をよく聞きませんか?なんだか難しそうですが、要するに国同士の政治的な関係が、経済や貿易にも影響を与えているという話です。実際、新聞を開けば関税の話題、輸出制限、産業政策の変更といったニュースが毎日のように飛び込んできます。
IMFのクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は2025年4月、「貿易政策の不確実性が文字通りチャートを振り切るレベル」と表現し、米国の実効関税率が「数世代ぶり」の高水準に達していると警告しました。これは単なる一時的な混乱ではありません。マッキンゼーの最新調査によると、2017年頃から世界の貿易パターンが根本的に変化し始めており、2035年までに全世界の貿易の30%以上が「どこからどこへ」という流れ自体を変える可能性があることが分かりました。
富良野とPhronaの対話を通じて、この巨大な変化が私たちの暮らしやビジネスにどんな影響をもたらすのか、一緒に考えてみましょう。読み終わる頃には、ニュースで流れる貿易摩擦の話も、もう少し身近に感じられるかもしれません。
なぜ今、世界の商路が変わっているのか
富良野: Phronaさん、IMFとマッキンゼーの資料を見ていると、同じ現象を違う角度から捉えていて興味深いですね。
Phrona: 確かに。IMFの専務理事が「貿易は水のようなもので、障壁を作ると流れが変わる」って表現してたのが印象的でした。とても詩的で分かりやすい。
富良野: その通りです。IMFによると、約20年間続いた米国の低関税率への収束が過去10年で停滞し、今や米国の実効関税率が100年ぶりの高水準に達してるらしい。
Phrona: 100年って...第一次世界大戦の頃と同じレベルということですよね。歴史が逆回転してるみたい。
富良野: しかも、これは単なる米国の問題じゃない。IMFのデータを見ると、補助金などの非関税障壁も各国で増加傾向にあります。マッキンゼーが指摘する「地政学的距離」という概念も、まさにこの流れの中で生まれてきたんでしょうね。
Phrona: 地政学的距離って、物理的な距離じゃなくて政治的な近さで貿易相手を選ぶということでしたよね。友達の友達は友達、みたいな。
富良野: そうです。そして興味深いのは、IMFが指摘する「信頼の侵食」という背景です。グローバル化は多くの人を貧困から救ったけれど、全員が恩恵を受けたわけじゃない。海外に流出した雇用、低賃金労働の増加、サプライチェーン中断による物価上昇...多くの人が国際経済システムに不公平感を抱くようになったんです。
Phrona: なるほど。経済的な合理性だけでなく、感情的な側面も大きいわけですね。
3つのシナリオが描く未来
富良野: マッキンゼーでは、この状況を踏まえて3つのシナリオを想定してるんです。ベースラインシナリオでは、2035年までに世界貿易が12兆ドル成長する。
Phrona: 12兆ドルって、想像もつかない規模ですね。
富良野: ところが、分裂シナリオでは関税が大幅に上がって、特に先進国と中国・ロシア間では最大60%まで関税が跳ね上がる想定で、約3兆ドルの成長が失われてしまう。
Phrona: IMFの専務理事も似たような懸念を示してましたよね。「不確実性はコストが高い」って。
富良野: まさに。IMFは具体的に、船が海上でどの港に向かえばいいか分からない状況、投資決定の延期、金融市場の不安定化、予備的貯蓄の増加といった影響を挙げています。不確実性が長引くほど、コストは大きくなる。
Phrona: 一方で、多様化シナリオはどうなんですか?リスク分散で良さそうに聞こえますが。
富良野: 意外なことに、多様化シナリオでも約1兆ドルの成長機会が失われるんです。これは、効率を追求して最適化された既存のサプライチェーンを変更するコストが大きいから。
Phrona: IMFも「保護主義は長期的に生産性を低下させる」って指摘してましたね。特に小規模経済では影響が大きいって。
勝ち組と負け組が見えてくる
富良野: この変化で明暗がくっきり分かれるのが面白いところです。マッキンゼーでは貿易回廊を「安全な賭け」「慎重な賭け」「不確実な賭け」の3つに分類してる。
Phrona: 「安全な賭け」はどこなんでしょう?
富良野: インドの存在感が圧倒的ですね。インドと各国を結ぶ回廊は軒並み「安全な賭け」に分類されてる。中国と新興国の貿易、新興国同士の貿易も安定成長が見込まれます。
Phrona: IMFの中国への政策提言も興味深かったです。慢性的に低い個人消費を押し上げるため、産業政策の縮小、社会保障制度の改善、不動産セクター支援を勧めてましたよね。
富良野: そうです。中国が製造業から服务业への自然な移行を受け入れることの重要性も強調されてた。一方で「不確実な賭け」に分類されるのは、主に先進国と中国・ロシアを結ぶ9つの回廊です。
Phrona: 具体的にはどんな変化が起きてるんですか?
富良野: ヨーロッパがロシアからの天然ガス輸入を45%から19%まで減らして、2027年にはゼロにする計画を立ててるように、既存の取引関係が断絶されていく。米中貿易も、中国の対米輸出シェアが2017年の24%から2024年の15%まで低下してます。
Phrona: でも代替手段を見つけるのって、そんなに簡単じゃないですよね。
富良野: その通りです。IMFも指摘してるように、ヨーロッパは今、アメリカなどからの液化天然ガスで代替してるんですが、パイプラインの作り直し、LNG基地の新設など、莫大なインフラ投資が必要になってる。
業界ごとの明暗と中国の戦略転換
Phrona: 業界によっても影響の受け方が全然違いそうですね。
富良野: 最も影響を受けるのが電子機器業界で、2035年の貿易価値の58%が変動にさらされる可能性があります。中国が世界のノートパソコン輸出の75%を占めるなど、生産が極端に集中してることが主因です。
Phrona: でも中国も手をこまねいているわけじゃないですよね。
富良野: もちろんです。マッキンゼーの分析では、分裂シナリオになると中国は先進国から新興国へと輸出先をシフトさせる。中国とASEAN、中国と中東、中国とアフリカの貿易回廊は、むしろ成長が加速する見込みです。
Phrona: ASEANは既に中国の最大の貿易パートナーになってるって聞いたことがあります。
富良野: そうです。中東も興味深くて、製造業製品の大きな純輸入地域なので、中国の輸出品と補完関係にある。ただし、中国製品の流入が現地生産者に競争圧力をかける可能性もありますね。
Phrona: 一方で、比較的安定してるのはどの業界ですか?
富良野: 意外にも医薬品や輸送機器です。これらは地政学的に近い国同士での貿易が多いから。例えば医薬品では、ヨーロッパ、日本、米国といった先進国間での貿易が中心になってる。
資源をめぐる新たな地政学
Phrona: 資源分野はどうなんでしょう?石油とか、鉱物とか。
富良野: 資源分野は「集中度」がキーワードになってます。特に重要鉱物の集中度は深刻で、リチウムは上位3カ国で70%以上、コバルトは90%以上を生産してる。しかも、リチウムの精製に至っては中国が70%のシェアを持ってます。
Phrona: 電気自動車や再生可能エネルギーが普及する中で、これらの資源は欠かせないのに...
富良野: まさにその通りです。マッキンゼーによると、1ドル分のネオジム(電気自動車や風力発電に使う希土類)が、約600ドルの経済活動を可能にするとされてます。新規の鉱山開発には10年以上かかることも珍しくないし、精製施設の建設はさらに困難。
Phrona: IMFの専務理事も「より多極化した世界では、どこで作られるかが、いくらかかるかよりも重要になる」って言ってましたね。
富良野: 国家安全保障の論理が働くようになってきてるんです。コンピューターチップから鉄鋼まで、幅広い戦略物資を国内で生産すべきだという考え方。自給自足が復活してきてる。
各国はどう対応すべきか
Phrona: こうした大きな変化に対して、各国はどんな準備をしておけばいいんでしょうか?
富良野: IMFは3つの優先事項を挙げてます。まず、各国が「自国の足元を固める」こと。公的債務負担が数年前よりもはるかに高くなってる中で、財政規律を回復し、金融安定性を確保することが重要。
Phrona: 具体的にはどんな政策ですか?
富良野: アメリカには連邦政府債務を減少軌道に乗せること、EUには財政拡張と単一市場の深化、中国には個人消費の促進を提言してる。それぞれが内外の不均衡を是正することで、集団的な回復力が高まるという考え方です。
Phrona: マッキンゼーの企業向け提言はどうですか?
富良野: 5つの問いを立てて戦略を考えることを勧めてます。米半導体企業マイクロンの事例が参考になって、同社はインドに数十億ドルを投資して半導体工場を建設しました。
Phrona: それって、リスクも大きそうですが。
富良野: 確かにリスクはありましたが、インドの半導体需要が2030年までに倍増すると予測し、地政学的にも近い立地だと判断した。政府の投資誘致にいち早く応じたことで、70%の資本補助金という破格の優遇を受けることができました。
新しい世界経済の設計図
Phrona: 結局のところ、私たちはどんな世界に向かっているんでしょうか?
富良野: IMFの専務理事が印象的なことを言ってました。「古いものを保持することではなく、新しいものを構築することに全エネルギーを集中する」べきだと。
Phrona: 新しいもの、ですか。
富良野: より均衡が取れ、より回復力のある世界経済です。これまでの「安ければ正義」的な考え方から、安全保障や持続可能性も含めた総合的な価値を重視する方向にシフトしていく。
Phrona: でも、そういう転換って、私たちの日常生活にはどんな形で現れてくるんでしょう?
富良野: まず価格への影響は避けられないでしょうね。でも一方で、国内産業が保護されることで雇用が守られる側面もある。技術革新のスピードも変わってくるかもしれません。
Phrona: 制約があることで、各国・各地域の独自の技術開発が促進される面もありそうですね。
富良野: そうですね。IMFも指摘してるように、「挑戦の中に機会がある」んです。十分に押し込まれれば、不可能だったことが可能になり、登れなかった山が登れるようになり、後退しなかった既得権益が克服される。
Phrona: なんだか、効率一辺倒だった時代から、多様性と回復力を重視する時代への転換点にいる感じがします。
富良野: 僕もそう思います。変化をリスクとしてだけ捉えるんじゃなくて、新しい可能性を切り開く機会として活用していく。そんな視点が重要になってくるんじゃないでしょうか。
ポイント整理
貿易政策の歴史的転換点
IMFによると米国の実効関税率が100年ぶりの高水準に達し、貿易政策の不確実性が過去最高レベル
信頼の侵食が根本原因
グローバル化の恩恵が全員に行き渡らず、雇用流出や賃金抑制により国際経済システムへの不公平感が拡大
3つのシナリオと規模
ベースライン(12兆ドル成長)、分裂(3兆ドル減少)、多様化(1兆ドル減少)で貿易成長に大きな差
地域別の明暗
インドや新興国間の貿易は安定成長、中国・ロシアと先進国間の貿易は大幅縮小のリスク
中国の戦略転換
先進国向け輸出から新興国向けにシフト、ASEAN・中東・アフリカとの関係強化
業界別影響度
電子機器(58%が変動対象)、繊維(45%)、機械(44%)が最も影響を受けやすい
資源の地政学
重要鉱物の極度な集中(中国がリチウム精製の70%)と代替困難性
各国の政策課題
米国(債務削減)、EU(財政拡張・統合深化)、中国(消費促進・産業政策見直し)
企業戦略の転換
効率性とレジリエンスのバランス、地政学的変化を機会として活用する視点
新世界経済の方向性
「安ければ正義」から「総合的価値重視」への転換、多様性と回復力の重視
キーワード解説
【貿易回廊】
国同士の貿易ルートや貿易関係のこと
【地政学的距離】
物理的距離ではなく、政治的・外交的な関係の近さ
【実効関税率】
全輸入品に対する関税収入の割合を示す指標
【分裂シナリオ】
地政学的に対立する国同士の貿易が大幅に制限される想定
【多様化シナリオ】
企業がリスク分散のため供給源を多角化する想定
【内外不均衡】
国内の貯蓄・投資バランスと対外経常収支の不均衡
【レジリエンス】
外部ショックに対する回復力や適応力
【重要鉱物】
国家安全保障や経済活動に不可欠な鉱物資源
【非関税障壁】
関税以外の貿易制限措置(補助金、規制等)
【自給自足(Self-reliance)】
戦略的物資の国内生産重視政策