他者と共に生きる──政治について議論をしても、人は変わらない
- Seo Seungchul

- 11 分前
- 読了時間: 14分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Sarah Stein Lubranos "We need to stop talking about politics" (Institute of Art and Ideas, 2025年9月30日)
概要:1952年から2017年までの世界31選挙における56のテレビ討論を分析した研究をもとに、政治的議論が人々の意見をほとんど変えないことを指摘。代わりに、人々の政治的信念を形成するのは行動と関係性であると論じ、社会インフラの再構築と真の対話の場の必要性を提唱する記事。
テレビの討論番組を見ていて、何かが変わったと感じたことはあるでしょうか?選挙の度に繰り返される党首討論で、自分の考えが揺らいだ経験は?
もしかすると、それは当然のことかもしれません。世界中の選挙討論を分析した研究によれば、討論番組は人々の意見をほとんど変えないといいます。では、私たちの政治的信念を本当に変えるものは何なのでしょうか。
作家で研究者のサラ・ステイン・ルブラーノは、議論ではなく関係性と経験こそが鍵だと主張します。パブやカフェで交わされる何気ない会話、職場での新しい出会い、そして自分自身の行動。民主主義を活性化させるのは、実は私たちの日常の中にある小さなつながりなのかもしれません。富良野とPhronaが、政治的思考の新しいあり方について語り合います。
議論は機能しない──作られた対立の舞台裏
富良野: ラジオ番組に出演した友人が面白いことを言っててね。制作側から「もっと対立を演出してほしい」って頼まれるんだって。実際には意見がそこまで違わないのに、番組を面白くするために対立を誇張する。
Phrona: それ、すごく分かります。私も似たような場面に遭遇したことがあって。でも、それって視聴者にとっては何が本当なのか分からなくなりませんか。
富良野: まさにそこなんだよ。元BBC司会者のエミリー・メイトリスがブレグジット報道について語ってたんだけど、Brexit反対の経済学者を60人見つけるのに5分、賛成派を1人見つけるのに5時間かかる。でも放送では1対1で議論させるから、あたかも対等な意見であるかのように見えてしまう。
Phrona: それはバランスではなくて、むしろ歪みですよね。
富良野: そう。で、ここからが本題なんだけど、1952年から2017年までの世界中の選挙討論を分析した研究があってね。31の選挙、56の討論番組、約10万人の回答者を追跡調査したんだ。
Phrona: それだけ大規模なら、かなり信頼できそうですね。
富良野: うん。で、結果が衝撃的でさ。討論番組は未決定の有権者の意見を変えることもなければ、決定済みの有権者を寝返らせることもなかった。要するに、効果がほぼゼロ。
Phrona: ゼロ、ですか。でも私たち、学校でも議論の訓練を受けてきたし、議会も討論で成り立ってるのに。
富良野: それがパラドックスなんだよね。僕らの文化は議論やディベートを重視してきた。エッセイの書き方から議会の手続きまで、全部そう。でも実際には、政治的議論ってほとんど機能してない。
Phrona: じゃあ、何が人の意見を変えるんでしょう。
行動と経験が信念を作る
富良野: 面白いのはここからでね。人の政治的信念を変えるのは、議論じゃなくて二つのものなんだ。自分の行動と、人間関係。
Phrona: 行動が信念を変える?普通は逆だと思ってました。信念があるから行動するんじゃないかって。
富良野: 僕もそう思ってた。でも研究を見ると、ゲートウェイ仮説っていうのがあってね。たとえば、最初は軽い気持ちでリサイクルを始める。それが習慣になると、だんだん気候変動全体に関心を持つようになる。行動が先で、信念が後からついてくる。
Phrona: それ、体験から学ぶってことですよね。異常気象を実際に経験した人は、環境問題への関心が高まるとか。
富良野: そうそう。医療保険の研究も同じでさ。失業中にオバマケアで医療保険を持ってた人は、社会への信頼を失わずに済んだ。でも保険を失った人は、社会への信頼が急激に下がった。何が起きるかが、何を信じるかを決めてる。
Phrona: 中絶の研究も似たような結果でしたよね。中絶を拒否された人は、アクセスについての見方が変わる。
富良野: ああ、しかも予想と違う方向にね。直接的な経験の力は、抽象的な議論よりもはるかに強い。
Phrona: じゃあもう一つの要素、人間関係はどうなんでしょう。
富良野: これがまた興味深くてね。社会的接触仮説っていう研究群があるんだけど、職場で適切な条件下で友人ができると、人種差別が減ったり、同性愛者の権利への支持が高まったりする。
Phrona: 適切な条件下、というのがポイントですか。
富良野: うん。ただ接触するだけじゃダメで、共通の目標を持ってるとか、対等な関係だとか、そういう条件が必要なんだ。でも条件さえ整えば、友達が僕らの関心の窓を開いてくれる。その人のことを気にかけるから、その人が気にかけてる問題も気になり始める。
Phrona: それって、統計で示された友情の力ってことですよね。
ディープ・キャンバシング──短時間で起きる変化
富良野: で、これを実践に応用したのがディープ・キャンバシングっていう手法なんだ。
Phrona: 選挙運動の戸別訪問みたいなものですか。
富良野: 似てるけど、やり方が全然違う。まず訪問先で、ある問題についてどう思うか1から10のスケールで答えてもらう。たいていの人は極端な数字を選ばない。
Phrona: 7とか3とか、中間的な答えになりますよね。
富良野: そう。で、次が面白いんだけど、なぜゼロや10じゃないのかを聞くんだ。これで相手は自分の意見を曖昧さを含めて語れる。白黒つけなくていい。
Phrona: ああ、それって心理的に安全な感じがします。
富良野: そうなんだよ。で、その後、訪問者が自分の経験を共有する。たとえばトランスジェンダーの権利について話してる場合、訪問者が自分のトランスジェンダーとしての経験を語る。出生時の性別に基づくトイレの使用がどれだけ生活を困難にするか、とかね。
Phrona: 議論じゃなくて、物語の交換なんですね。
富良野: まさに。で、驚くべきことに、この短い会話だけで、相手の意見が大きく変わる。しかも永続的に。マイアミでのトランス権利に関する研究では、この手法による意見変化が、1998年から2012年の間にアメリカで同性愛者に対して起きた意見変化よりも大きかったんだ。
Phrona: たった一度の会話で、14年分の社会変化に匹敵する効果が。
富良野: そう。もちろんディープ・キャンバシングは訓練が必要で、時間もコストもかかる。でもこれが示してるのは、建設的な対話の型だよね。曖昧さを開く、関係を築く、個人的経験を共有する。これが変化を生む。
社会インフラの崩壊──対話の場が消えていく
Phrona: でも、そういう対話って、普通はどこで起きるんでしょうね。
富良野: それが今の大問題なんだ。イギリスやアメリカでは、人々が自然に集まれる場所、つまり社会インフラが破壊されつつある。
Phrona: 社会インフラって、具体的には。
富良野: 緑地が減って、パブが閉店して。人々が比較的気軽に、安く、近所の人や見知らぬ人と集まれる空間のこと。
Phrona: ああ、確かに。そういう場所が減ってると、新しい出会いも減りますよね。
富良野: うん。で、こういう場所があれば、人は外に出て、会話を通じてアイデアを試せる。そして行動に移せる。たとえば子育てグループが安全な遊び場づくりに関わったり、職場の労働組合が労働条件改善に取り組んだり、園芸クラブが環境問題に取り組んだり。
Phrona: 会話と行動が自然につながる場所。
富良野: そう。でもオンライン空間は、残念ながらそうはならない。
Phrona: Twitterとかは民主主義の希望だって言われてた時期もありましたよね。
富良野: ああ、2010年代初頭のね。占拠運動やアラブの春の頃、ジャーナリストのアンドリュー・サリバンは「革命はツイートされる」って記事を書いた。ニューヨーク・タイムズは、片側に銃弾を撃つ政府の暴漢がいて、もう片側にツイートを撃つ若い抗議者がいるって表現した。ブッシュ政権の元副国家安全保障顧問なんて、ツイッターにノーベル賞をあげようとしたんだよ。
Phrona: 今となっては、ちょっと滑稽に聞こえますね。
富良野: うん。実際には、オンライン空間は意味のある関係や行動を生み出すのが苦手なんだ。自分と違う人に出会う機会も少ないし、意味のあるサイズや期間の関係を築くことも稀。
Phrona: ディープ・キャンバシングみたいな会話は、Twitterでは起きない。
富良野: 起きないね。そもそもTwitterは、短くて挑発的なコンテンツを報酬として設計されてる。それに、社会的接触仮説が機能するには、相手と共通の目標を持ってると感じる必要があるんだけど、オンラインではそれが珍しい。
オンライン空間を取り戻す──あるいは手放す
Phrona: じゃあオンライン空間は、民主的な対話の場になり得ないんでしょうか。
富良野: なり得ないわけじゃないと思うんだ。でも、そのためには根本的に作り直す必要がある。異なる人々を混ぜ合わせ、共通の行動の可能性を示すように。
Phrona: でもそれって、企業や億万長者が所有してる限り難しいですよね。
富良野: そこなんだよ。人々を怒らせて、怯えさせて、注意を散らして、スクロールさせ続ける方が、権力者にとっては利益になるし都合がいい。
Phrona: 国有化できないなら、代替プラットフォームを作るとか。
富良野: あるいは所有構造を変えて、ユーザーの手に制御権を渡すとか。でも当面は、最良の政治的思考はオフラインで起きるだろうね。
Phrona: それって、コミュニティ組織化や活動に似てますね。
富良野: うん、まさに。社会の織物を再構築する作業。これは議論するより遥かに難しい。でも利点もあるんだ。
幸福な活動家──政治を生きる人々
Phrona: 活動って、大変そうなイメージがあります。燃え尽きとか、内部分裂とか。
富良野: そう思うよね。でも研究結果が面白くてさ。活動に従事してる人は、同じ信念を持ちながら活動してない人より幸福で、人生に意味を感じてるんだ。
Phrona: え、本当ですか。活動家の方が幸せ?
富良野: 統計的にはそう。しかも、これは因果関係の可能性もある。つまり、活動そのものが人を幸福にしてるかもしれない。
Phrona: なぜなんでしょうね。
富良野: 心理学研究が示す、人生の意味と喜びの源泉が全部詰まってるからだと思うんだ。主体性、コミュニティ、行動。
Phrona: ああ、確かに。世界が燃えてると思うだけなら心理的に辛いけど、世界が燃えてて自分が他の人と何かできると思えたら。
富良野: そう、耐えられるようになる。むしろ鼓舞されて意味を感じられる。特に興味深いのは、自分の行動が直接的な効果を持つと感じる活動家が最も幸福だっていう研究。
Phrona: 手応えがあるって大事ですよね。
富良野: だから皮肉なんだけど、アイデアの自由な交換のための場でこれを書くのは矛盾してるんだよね。政治に関しては、議論したり意見の市場に任せたりするのをやめるべきだって話なんだから。
Phrona: 政治的思考のあり方自体を考え直す、と。
富良野: そう。政治は独立した思考じゃないんだ。一人で考えることじゃなくて、他者と共に考えること。そして、賢く頼り、多様な人的ネットワークを選ぶことでそれをうまくやること。
Phrona: 世界でアイデアを試してみる、生きた形で新しい考えに出会うこと。
富良野: まさに。だから僕らは、グループで、クラブで、活動で、組織化で、自分のアイデアを他者と共に生きる人々を、最良の政治的思考者だと考えるべきなんだ。
Phrona: そしてそういう生き方を自分自身にも求める。より幸福な人間になるためにも、世界をより良い場所にするためにも。
富良野: そういうこと。議論をやめて、対話を始める。いや、対話すら超えて、一緒に生きることを始める。それが政治なんだと思う。
ポイント整理
政治討論の効果は限定的
1952年から2017年までの世界31選挙における56のテレビ討論を分析した研究によれば、討論は未決定の有権者の意見を変えることも、決定済みの有権者を寝返らせることもほとんどない。討論文化への社会的投資に対して、実際の効果は「事実上ゼロ」に近い。
メディアにおける偽のバランス
報道機関はしばしば「バランス」を名目に、実際には非対称な意見を対等に扱う。Brexit報道では、反対派の経済学者60人を見つけるのに5分、賛成派1人を見つけるのに5時間かかったにもかかわらず、放送では1対1で議論させることで誤った均衡を演出した。
認知バイアスと議論の限界
確証バイアスや認知的不協和理論など、人間の認知特性は既存の信念を維持する方向に働く。そのため、純粋な議論による説得は心理学的に困難である。
行動が信念を形成する
ゲートウェイ仮説によれば、人々はまず小さな行動(リサイクルなど)から始め、その後その問題(気候変動など)に関心を持つようになる。一般的な想定とは逆に、行動が信念に先行することが多い。
直接経験の力
異常気象を経験することで環境問題への関心が高まる、医療保険の有無が社会への信頼に影響する、中絶拒否の経験が中絶アクセスへの見方を変えるなど、直接的な経験は抽象的な議論よりも政治的信念に強い影響を与える。
関係性と社会的接触
適切な条件下(共通の目標、対等な関係など)での友人関係や新しい知人との出会いは、人種差別の減少や性的マイノリティの権利への支持増加につながる。人間関係は信頼の媒介者であり、新しい世界観への窓となる。
ディープ・キャンバシングの成功
この手法は、1)問題についての立場を1-10で評価させる、2)極端な数字でない理由を尋ねることで曖昧さを許容する、3)訪問者が個人的経験を共有する、という手順を踏む。マイアミのトランス権利に関する研究では、この手法による意見変化が1998年から2012年の間にアメリカで同性愛者に対して起きた意見変化を上回った。
社会インフラの重要性
緑地、パブ、カフェなど、人々が比較的気軽かつ安価に集まれる空間が民主主義の基盤となる。こうした空間では、近隣住民や見知らぬ人との自然な会話が生まれ、新しい友人関係や行動への移行が促進される。
社会インフラの衰退
イギリスやアメリカでは、重要な社会インフラが破壊・縮小されている。パブの閉店、緑地の減少などにより、人々が自然に集まり対話する機会が失われつつある。
オンライン空間の限界
Twitter等のプラットフォームは一時期民主主義の希望と見なされたが、実際には意味のある関係構築や行動への移行を促すことは稀である。これらのプラットフォームは短く挑発的なコンテンツを報酬として設計されており、自分と異なる人々との出会いや、共通目標を持った関係構築が困難である。
プラットフォーム所有の問題
オンライン空間を真に民主的にするには、人々を混ぜ合わせ、共通の行動可能性を示すよう根本的に再設計する必要がある。しかし、大企業や億万長者が所有する限り、人々を怒らせ、スクロールさせ続ける方が利益になるため、変革は困難である。
活動家の幸福
統計的に、活動に従事する人々は、同じ信念を持ちながら活動しない人々よりも幸福であり、人生に意味を感じている。これは因果関係である可能性があり、活動そのものが幸福をもたらすと考えられる。
活動がもたらす心理的利益
活動には主体性、コミュニティ、行動という、心理学研究が示す人生の意味と喜びの源泉が含まれる。特に、自分の行動が直接的な効果を持つと感じる活動家が最も幸福であるという研究結果がある。
政治的思考の再定義
政治は一人で独立して考えることではなく、他者と共に考えること、賢く頼り多様な人的ネットワークを選ぶことである。グループ、クラブ、活動、組織化の中で自分のアイデアを他者と共に生きる人々こそが、最良の政治的思考者と言える。
行動と関係性の優先
より幸福な人間になるため、また世界をより良い場所にするために、議論や意見交換よりも、具体的な行動と関係構築を優先すべきである。政治は討論ではなく、共に生きることの実践である。
キーワード解説
【ゲートウェイ仮説(Gateway Hypothesis)】
小さな行動がより大きな関心や関与への入り口となるという考え方。たとえばリサイクルという行動が気候変動への関心を高める。
【社会的接触仮説(Social Contact Hypothesis)】
適切な条件下で異なる集団間の接触が偏見を減少させるという理論。共通の目標、対等な地位、制度的支援などが条件となる。
【確証バイアス(Confirmation Bias)】
自分の既存の信念を確認する情報を選択的に探し、解釈する認知的傾向。
【認知的不協和理論(Cognitive Dissonance Theory)】
矛盾する認知を持つときに生じる不快感と、それを解消しようとする心理的メカニズム。
【ディープ・キャンバシング(Deep Canvassing)】
短時間の対話を通じて永続的な意見変化を促す戸別訪問手法。曖昧さの許容、関係構築、個人的経験の共有が特徴。
【社会インフラ(Social Infrastructure)】
人々が比較的気軽に集まれる物理的・社会的空間。公園、図書館、パブ、コミュニティセンターなど。
【活動家の幸福パラドックス】
活動は困難で消耗的に見えるが、統計的には活動家の方が非活動家より幸福度が高いという現象。
【意見の市場(Marketplace of Ideas)】
自由な議論と競争を通じて最良のアイデアが選ばれるという、民主主義における古典的理念。