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AIが奪う「新人の仕事」──医療研修医モデルは救世主になるか?

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Molly Kinder, "To save entry-level jobs from AI, look to the medical residency model" (Brookings Institution, 2026年1月23日)

  • 概要:AIがエントリーレベルの知識労働を代替し始める中、若手人材の育成経路が断絶する危機を指摘。医療のレジデンシー(研修医)制度をモデルに、ホワイトカラー職でも「学ぶこと自体が仕事」となる新たなキャリア形成の仕組みを提案。AI導入で効率化を進める企業が人材育成基金に拠出する「AI workforce reinvestment fund」などの具体策も示している。



「新卒の仕事がなくなる」。2026年1月のダボス会議で、Google DeepMindとAnthropicのCEOが揃ってそう警告しました。エントリーレベルの仕事、つまり若手がキャリアをスタートさせるための入門的なポジションが、AIによって消えつつあるというのです。


これまで多くの職場では、新人は「雑用」から始めていました。書類の下調べ、データ整理、資料作成……一見つまらない仕事ですが、それらをこなすうちに業界の流儀を覚え、判断力を養い、やがて一人前になっていく。ところが、AIがまさにそうした定型業務を肩代わりし始めた今、新人が学ぶ「足場」そのものが崩れかけています。


この問題に対し、ブルッキングス研究所のモリー・キンダー氏が興味深い提案をしています。それは、医療の世界で長年行われてきた「レジデンシー(研修医制度)」をホワイトカラー職にも導入するというアイデアです。富良野とPhronaが、この提案の可能性と限界について語り合います。「仕事を通じて人が育つ」という当たり前の仕組みが、根本から問い直される時代。私たちはどんな未来を選ぶのでしょうか。




エントリーレベルの消失——何が問題なのか


富良野:ダボスでのAI企業CEOたちの発言、なかなか衝撃的でしたね。AnthropicのDario Amodeiは「5年以内にエントリーレベルの仕事の50%が消える可能性がある」と言い、Google DeepMindのDemis Hassabisは「今年からジュニアレベルの仕事やインターンシップに影響が出始める」と。


Phrona:作っている側の人たちが、こうもはっきり言うのは珍しいですよね。普通、自分たちの製品が雇用を奪うなんて、あまり言いたくないでしょうに。


富良野:そこが逆に信憑性を感じさせる部分かもしれません。で、このキンダーさんの論考は、単に「仕事が減る」という話ではなくて、もっと構造的な問題を指摘しているんですよね。エントリーレベルの仕事には二つの機能があると。


Phrona:一つは、ルーティン業務をこなすこと。もう一つは……


富良野:そう、若手が経験を積んで上級職へ成長していくこと。AIが前者を代替すると、後者の経路も断たれてしまう。はしごの一番下の段を取り外されるようなものです。


Phrona:なるほど。単に「仕事がなくなって困る」という話ではなくて、「将来のマネージャーや専門家をどう育てるのか」という、もっと長期的な問題なんですね。


富良野:まさにそうです。今の弁護士事務所のパートナーも、最初は契約書のレビューや判例調査から始めた。今のコンサルタントのシニアマネージャーも、若い頃はパワーポイントの修正や数字の検証に明け暮れていた。その「下積み」がなくなったとき、10年後のリーダーはどこから来るのか。


Phrona:でも、そういう単純作業って、若手にとっても苦痛だったりしますよね。「こんなことしていて本当に成長できるのかな」って。


富良野:ええ、だからこそ話が複雑なんです。AIに任せられる仕事は任せたほうがいい、という考え方も当然ある。問題は、その「退屈な仕事」が実は育成装置として機能していた、ということなんですよね。



医療レジデンシーという発想


Phrona:キンダーさんが持ち出しているのが、医療のレジデンシー制度ですね。日本で言えば研修医制度。


富良野:面白いモデルだと思います。医療の世界では、研修医は「訓練生」でありながら、同時に「実践者」でもある。患者を診察し、治療計画を立て、実際に医療行為を行う。ただし、常に上級医の監督下で。


Phrona:「学ぶことが仕事そのもの」という発想ですね。雑用をこなしながら片手間に学ぶのではなく。


富良野:そうなんです。キンダーさんは、これを法律やコンサルティングにも適用できないかと言っている。たとえば法律事務所の若手なら、書類レビューに何年も費やす代わりに、最初から交渉の場に同席し、法廷弁論を練習し、徐々にケースをリードしていく。


Phrona:理想的に聞こえますけど、それって要するに「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を充実させよう」という話とは違うんですか?


富良野:いい質問ですね。違いは「学習が副産物ではなく主目的になる」という点だと思います。通常のOJTって、やっぱり業務遂行が第一で、育成は「ついでに起きればいいね」くらいの位置づけになりがち。レジデンシーモデルでは、その優先順位を反転させる。

Phrona:でも、それってすごくコストがかかりますよね。シニアの人が時間を割いて教えるわけですから。


富良野:そこがまさに核心で、キンダーさんも認めています。医療の場合、研修医の育成費用は公的資金——アメリカならメディケア——で補助されている。社会全体が「優秀な医師が必要だ」と考えて、育成に投資している。


Phrona:民間のホワイトカラー職でそれをやろうとすると……誰がお金を出すの、という話になりますね。



誰がコストを負担するのか


富良野:キンダーさんの提案の中で、僕が一番面白いと思ったのが「AI workforce reinvestment fund」というアイデアです。


Phrona:AIで効率化を進めた企業が、その利益の一部を人材育成基金に拠出する、という仕組みですね。


富良野:そうです。エントリーレベルの仕事を自動化した企業は、削減したコストの一部をプールして、業界全体のレジデンシープログラムを支える。イノベーションへの罰則ではなく、効率化の果実を次世代に再投資する仕組み、とキンダーさんは位置づけています。


Phrona:イギリスのアプレンティスシップ(徒弟制度)への課徴金制度に似ていますね。一定規模以上の企業が給与総額の一部を払い込んで、それを職業訓練に使う。使わなければ没収される、いわゆる「使わなければ失う」方式。


富良野:そうそう。ただ、これを実際に導入しようとすると、相当な反発があるでしょうね。「うちは自社で人材を育てている。なんで他社のために払わなきゃいけないんだ」と。


Phrona:逆に、みんなが「よその会社が育てた人材を引き抜けばいい」と考えたら……


富良野:全体として育成投資が減って、業界全体が人材枯渇に陥る。経済学で言う「共有地の悲劇」みたいな状況ですね。だからこそ、何らかの強制力のある仕組みが必要かもしれない、という話になる。


Phrona:フィランソロピー(慈善活動)や政府の役割についても触れていましたね。


富良野:ええ。財団がレジデンシーのカリキュラム開発や中間支援組織の設立を支援したり、政府が公共サービスと連携した若者向けプログラムを作ったり。法的支援団体やNPOのテック部門に若者を配置して、実務経験とメンタリングを提供するような。


Phrona:なるほど。でも、そういう公的なルートだけだと、結局は恵まれた家庭の子どもが私費で追加の学位を取ったり、高額なブートキャンプに通ったりして差がつく、という未来も見えますね。


富良野:キンダーさんもそこを心配しています。もし企業も政府も動かなければ、若者自身がキャリア形成のコストを負担することになる。AIの生産性向上の恩恵は株主やシニア社員に流れ、若者は自分で自分の将来に投資しなければならない。



「判断力」は教えられるのか


Phrona:キンダーさんが強調しているのは、AIには代替できないスキルがある、という点ですよね。陪審員を読んで説得力のある最終弁論をする弁護士とか、デリケートな解雇面談をこなすマネージャーとか。


富良野:「判断力(judgment)」という言葉を使っていますね。曖昧な状況で高いリスクを伴う決断を下す能力、信頼を勝ち取る能力、リーダーシップ。これらは「ダウンロード」できない、つまり情報として取り込めるものではなく、経験を通じて「開発」されるものだと。


Phrona:でも、ここで一つ疑問があるんです。その「判断力」って、本当に雑用や下積みを通じて養われるものなんでしょうか。


富良野:お、鋭いですね。どういうことですか。


Phrona:たとえば、契約書を何千枚もレビューした経験が、本当に法廷での判断力につながるのか。もしかしたら、単に「そういうルートしかなかった」だけで、もっと効率的な育成方法があるんじゃないか、という。


富良野:なるほど。つまり、従来のキャリアラダーそのものが最適解だったわけではない可能性もある、と。


Phrona:そうです。AIの登場を機に、「そもそも人はどうやって専門性を身につけるのか」という問いに立ち返るチャンスかもしれない。レジデンシーモデルというのは、その一つの回答ではあるけれど。


富良野:面白い視点ですね。医療のレジデンシーが機能しているのは、「実践の場」と「指導」と「フィードバック」が組み合わさっているから。書類仕事を何年もやることとは本質的に違う。


Phrona:だとすれば、AIが奪う「下積み」を惜しむのではなく、むしろ「意図的な実践(deliberate practice)」を中心に据えた新しい育成モデルを考えるべきかもしれない。


富良野:そこがキンダーさんの提案の核心でもあると思います。「失われた仕事を取り戻す」のではなく、「育成の目的に合った新しい仕組みを作る」。



分断と不平等のリスク


Phrona:ただ、こういう制度設計の話って、どうしても「うまくいく人」と「そうでない人」の分岐点が生まれますよね。


富良野:というと?


Phrona:レジデンシーのポジションを得られる人と、そうでない人。メンターに恵まれる人と、そうでない人。結局、新しいボトルネックができるだけなんじゃないかって。


富良野:確かに。医療のレジデンシーでも、人気の専門分野は競争が激しいし、マッチングに漏れる人もいる。しかも、無給インターンや「シャドーインターンシップ」みたいな形で、経済的余裕のある若者だけが参入できる構造が生まれるリスクもある。


Phrona:キンダーさんも「コネで手に入れるシャドーインターンシップ」に言及していましたね。家族の人脈がある人は何とかなるけど、そうでない人は……。


富良野:そう、そこが怖いところで。表向きは「能力主義」を掲げながら、実際には出身や経済力で機会が決まってしまう。AIの時代に、そういう格差がさらに広がる可能性がある。


Phrona:じゃあ、どうすればいいんでしょう。


富良野:正直、簡単な答えはないと思います。ただ、少なくとも「市場に任せておけば最適解に収束する」という楽観論は危険だ、ということははっきりしている。何らかの意図的な介入、それも複数のアクター——企業、政府、教育機関、フィランソロピー——が協調して動く必要がある。


Phrona:「誰かがやるだろう」と思っていると、誰もやらない。


富良野:まさに。で、そのツケを払うのは、これからキャリアを始めようとする若い世代なんですよね。



問いを持ち帰る


Phrona:この記事を読んで、私が一番考えさせられたのは、「仕事を通じて人が育つ」という前提が、実はすごく特殊な歴史的条件の産物だったのかもしれない、ということです。


富良野:どういうことですか。


Phrona:産業化以降、特に20世紀後半のホワイトカラー経済では、企業が若者を採用し、社内で育て、長期的に活用するというモデルがあった。でも、それ以前の職人の世界とか、あるいは一部の専門職では、もっと明示的な「徒弟制度」があったわけですよね。


富良野:ああ、なるほど。「会社に入れば自然に育つ」というのは、ある意味で例外的な時代の産物だった、と。


Phrona:そうです。で、AIの登場によって、その例外的な時代が終わりつつある。だとすれば、レジデンシーモデルというのは、ある意味で「より古い形態への回帰」でもあるのかもしれない。


富良野:興味深い視点ですね。ただ、現代の文脈では、規模やスピードの問題がある。何百万人もの若者を、どうやって「意図的に」育成するのか。


Phrona:テクノロジーがその一部を担えるかもしれない。AIがメンターの代わりになるとは言いませんが、学習のパーソナライズとか、シミュレーションとか。


富良野:皮肉ですね。AIが奪う問題を、AIが一部解決する。


Phrona:でも、最終的には人間同士の関係——信頼、フィードバック、ロールモデル——が核心にある気がします。それはたぶん、どんなにテクノロジーが進んでも変わらない。


富良野:そうかもしれません。結局、この問題には「これが正解」という答えがないんですよね。ただ、少なくとも「若者が自己責任でなんとかしろ」というのは、僕は嫌だなと思う。


Phrona:社会として、次の世代に何を渡すのか。AIの話をしているようで、実はもっと根本的な問いに行き着く感じがしますね。


富良野:ええ。この議論、これからもっと大きくなっていくと思います。



 

ポイント整理


  • エントリーレベル職の二重機能

    • 新人の仕事は、ルーティン業務の遂行という側面と、経験を通じた人材育成という側面の両方を持っている。AIが前者を代替すると、後者の経路も断たれるリスクがある。

  • AI企業CEOの警告

    • 2026年1月のダボス会議で、Google DeepMindのDemis HassabisとAnthropicのDario Amodeiが、エントリーレベルの仕事への影響が差し迫っていると発言。Amodeiは「5年以内に50%が消える可能性」と予測。

  • 医療レジデンシーモデルの特徴

    • 医療研修では「学ぶことが仕事そのもの」。研修医は実際に患者を診察・治療しながら、上級医の監督下でスキルを磨く。学習は業務の副産物ではなく主目的として設計されている。

  • ホワイトカラー職への応用提案

    • 法律事務所の若手が書類レビューに何年も費やす代わりに、交渉への同席、法廷弁論の練習、ケースのリードを段階的に経験するような仕組み。目標は「請求可能時間」ではなく「スキル開発」。

  • コスト負担の問題

    • 医療研修は公的資金(米国ではメディケア)で補助されているが、民間ホワイトカラー職で同様の仕組みを作るには、資金源の確保が課題となる。

  • AI workforce reinvestment fund

    • AIでエントリーレベルの仕事を自動化した企業が、削減コストの一部を業界共通の人材育成基金にプールする構想。イノベーションへの罰則ではなく、効率化の利益を次世代に再投資する仕組みとして位置づけ。

  • 英国のアプレンティスシップ課徴金制度

    • 一定規模以上の企業が給与総額の一部を徴収され、承認された訓練プログラムに使用すれば還付される「use it or lose it」方式。類似のモデルとして参照されている。

  • フィランソロピーと政府の役割

    • 財団がカリキュラム開発や中間支援組織の設立を支援、政府が公共サービス(法的支援団体、公的機関、NPOテック部門など)と連携した若者向けプログラムを整備する可能性。

  • 若者への負担転嫁リスク

    • 企業も政府も動かなければ、若者が追加学位やブートキャンプの費用を自己負担することになる。AIの生産性向上の利益は株主やシニア社員に流れ、若者が自らのキャリア形成に投資を強いられる構図。

  • AIに代替できないスキル

    • 「判断力(judgment)」——曖昧な状況での高リスクの意思決定、信頼構築、リーダーシップ——は情報としてダウンロードできず、経験を通じて開発されるもの。陪審員を読む弁護士、センシティブな解雇面談を行うマネージャーなどが例示。

  • 格差拡大への懸念

    • レジデンシーのポジション獲得やメンターへのアクセスで新たなボトルネックが生じる可能性。「コネで手に入れるシャドーインターンシップ」のように、経済的余裕や人脈のある層に機会が偏るリスク。



キーワード解説


エントリーレベル職(Entry-level jobs)

新卒や未経験者が最初に就くポジション。業界の基礎を学びながらルーティン業務を担当し、上級職へのステップとなる。


レジデンシー(Residency)

医学教育における卒後研修制度。医師免許取得後、専門分野で3〜7年程度、指導医の監督下で実践的なトレーニングを積む。


判断力(Judgment)

不確実な状況で適切な意思決定を行う能力。経験、直感、文脈理解を統合して発揮される、暗黙知的なスキル。


AI workforce reinvestment fund

AI導入で人員削減を行った企業が、その効率化利益の一部を人材育成のために拠出する構想上の基金。


アプレンティスシップ課徴金(Apprenticeship Levy)

英国で2017年に導入された制度。年間給与総額300万ポンド以上の企業が0.5%を政府に納付し、承認された訓練に使用すれば還付される。


シャドーインターンシップ(Shadow internships)

正式な採用プロセスを経ず、個人的なコネクションを通じて得られる非公式な就業体験。機会の不平等を生む要因として批判される。


共有地の悲劇(Tragedy of the commons)

共有資源を各自が自己利益のために利用すると、全体として資源が枯渇してしまう現象。人材育成への投資を各企業に任せると、全体として投資不足に陥る可能性の比喩。


意図的な実践(Deliberate practice)

特定のスキル向上を目的とした、フィードバックを伴う集中的な練習。単なる反復作業とは異なり、学習効果を最大化する設計がされている。


OJT(On-the-Job Training)

実際の業務を通じて行われる職場内訓練。日本企業で広く行われてきたが、育成効果は職場環境や上司の指導力に依存する。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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