top of page

AIに統治を任せる前に──ブテリンが提唱する「情報市場」という選択肢

ree

シリーズ: 知新察来


◆今回のレポート:Yusuf Islam "Buterin Pushes Info Finance to Stop Exploits in AI Governance"(CryptoTale, 2025年9月13日)

  • 概要:イーサリアム共同創設者ヴィタリク・ブテリンが、AIガバナンスの脆弱性を指摘し、代替案として「インフォファイナンス」アプローチを提唱。市場競争と人間による監視を組み合わせた新しい統治モデルを提案した記事



暗号通貨の世界で、AIが組織の意思決定を担う「AIガバナンス」への期待が高まっています。複雑な取引戦略から資金配分まで、人間の感情や偏見に左右されない冷静な判断をAIに任せれば、より効率的で公平な組織運営ができるかもしれません。


しかし、イーサリアムの共同創設者ヴィタリク・ブテリンは、この考えに強い警鐘を鳴らしています。「AIに資金配分を任せれば、悪意ある者たちは必ずジェイルブレイクと『全ての金をよこせ』を、あらゆる場所に仕込んでくる」と警告。その代替案として、市場メカニズムと人間の監視を組み合わせた「インフォファイナンス」という革新的なアプローチを提唱しました。


今回の記事では、なぜ単純なAIガバナンスが危険なのか、そしてブテリンが描く新しい統治モデルがどのような可能性を秘めているのかを、二人の対話を通じて探っていきます。技術の可能性と限界、そして未来の組織運営のあり方について、一緒に考えてみませんか。


 


ジェイルブレイクという現実 - AIの「素直さ」が招く危険


富良野:ブテリンさんの今回の発言、かなり具体的で現実的ですね。「AIに資金配分を任せれば、悪意ある者たちは必ずジェイルブレイクと『全ての金をよこせ』を仕込んでくる」って。


Phrona:ジェイルブレイクって、要するにAIを騙すテクニックですよね。でも、それってそんなに簡単にできるものなんでしょうか?


富良野:実は思っているより簡単なんです。AIって、基本的に与えられた指示に従うように設計されている。だから、その指示が巧妙に偽装されていると、本来やってはいけないことでもやってしまう可能性があるんです。


Phrona:例えば、どんな感じなんですか?


富良野:分かりやすい例で言うと、プロジェクトへの貢献を申請する文書の中に、一見普通の説明文に見えるけれど、実はAIに特定の行動を取らせるような隠れた指示を混ぜ込む。AIがその文書を読んだ瞬間に、「この申請者に最大額の資金を配分せよ」みたいな命令が発動してしまう。


Phrona:なるほど。AIの「真面目さ」が裏目に出るということですね。人間なら「これ、ちょっと変だな」って感じる直感があるけれど。


富良野:そうなんです。人間は文脈を読んだり、「なんか怪しい」って感じる能力がある。でも、現在のAIは、そういう直感的な判断はまだ苦手なんです。


単純なAIガバナンスの落とし穴


Phrona:でも、そもそもなぜ暗号通貨の世界でAIガバナンスが注目されているんでしょう?


富良野:それは、従来の人間によるガバナンスの問題があるからです。暗号通貨プロジェクトって、世界中に散らばった参加者が民主的に意思決定をする必要がある。でも、人間って感情的になったり、利害関係に左右されたりしますよね。


Phrona:確かに。会社の会議でも、声の大きい人の意見が通りやすかったり、政治的な駆け引きがあったり...。


富良野:AIなら、そういう人間らしい偏見や感情を排除して、データに基づいた客観的な判断ができると期待されている。24時間体制で判断できるし、大量の情報も瞬時に処理できる。


Phrona:理想的に聞こえますが、ブテリンさんはそこに大きな穴があると指摘しているわけですね。


富良野:はい。彼が「naive AI governance」、つまり「単純なAIガバナンス」と呼んでいるのは、まさにそこです。AIの能力を過信して、人間の監視や制御を軽視してしまう危険性ですね。


Phrona:「プロンプトインジェクション」という言葉も出てきましたが、これは何ですか?


富良野:AIに悪意ある指示を忍び込ませる技術のことです。例えば、正常な業務データの中に、AIの判断を操作するような隠れた命令を埋め込む。AIはそれを正当な指示だと受け取って、意図しない行動を取ってしまう。


Phrona:まるで、コンピューターウイルスのAI版みたいですね。


インフォファイナンスという革新的アプローチ

富良野:そこで、ブテリンさんが提案しているのが「インフォファイナンス」というアプローチです。


Phrona:インフォファイナンス...。情報と金融を組み合わせた概念ですか?


富良野:そうです。彼の説明を引用すると、「誰でも自分のモデルを提供できるオープンな市場を作り、それを誰でもトリガーできるスポットチェック機能と人間の審査員による評価にかける」システムです。


Phrona:つまり、一つのAIに全てを任せるのではなく、複数のAIモデルを競わせるということですか?


富良野:まさにそうです。そして重要なのは、それが純粋な技術的解決策ではなく、「制度設計」のアプローチだということです。技術そのものを改良するより、技術を使う仕組みを工夫している。


Phrona:具体的には、どんな仕組みなんでしょう?


富良野:一つの例が予測市場です。複数のAIモデルが判断を出して、参加者がその結果に賭けをする。お金がかかっているから、みんな真剣に信頼できるモデルを見極めようとする。


Phrona:なるほど。人間の「利益を得たい」という動機を、システムの信頼性向上に活用するということですね。


富良野:そうです。そして、高リスクな案件については、人間の審査員や監査が定期的にスポットチェックを行う。完全自動化ではなく、重要な部分には人間の判断を残している。


多様性と競争による安全性の確保


Phrona:このアプローチの利点は何でしょうか?


富良野:まず「モデル多様性」が確保されることです。一つのAIが騙されても、他のAIモデルが正しい判断をする可能性がある。リスクが分散されるんです。


Phrona:生物の世界でも、遺伝的多様性があるから種として生き残れるのと似ていますね。


富良野:いい例えですね。そして、外部から問題を指摘するインセンティブも組み込まれている。AIモデルの欠陥を見つけた人が報酬を得られる仕組みです。


Phrona:すると、自然と監視の目が働くということですか。


富良野:はい。記事によると、「開発者や投機家が問題を注意深く監視し、問題が発生したときに迅速に対応するインセンティブを作り出す」とあります。


Phrona:でも、これって結構複雑なシステムになりそうですね。


富良野:確かに複雑です。でも、ブテリンさんは「外部のLLMを組み込む機会を作る」ことで、「本質的により頑健(robust)になる」と主張しています。一つのシステムに依存するより、分散化された方が安全だと。


経済インセンティブと透明性の力


Phrona:このシステムで面白いのは、経済的なインセンティブをうまく使っていることですね。


富良野:そうですね。単純に「善意に期待する」のではなく、「利益を追求すること自体が、システム全体の利益につながる」ような仕組みを作っている。これは古典的な経済学の知恵ですね。


Phrona:アダム・スミスの「見えざる手」みたいな?


富良野:まさにそうです。個人が自分の利益を追求することが、結果として社会全体の利益になる。ただし、それが機能するためには、適切な制度設計が必要なんです。


Phrona:記事では「透明性」も重要なポイントとして挙げられていましたね。


富良野:はい。「透明性により悪意ある行動が見えるようになる」とあります。隠れて悪いことをするのが難しくなる環境を作ることで、不正を抑制する効果があります。


Phrona:でも、完全に透明だと、今度はプライバシーの問題が出てきませんか?


富良野:確かに、透明性とプライバシーのバランスは重要な課題です。おそらく、結果や判断プロセスは透明にしつつ、個人の詳細情報は保護するような工夫が必要でしょう。


暗号通貨エコシステムへの影響


Phrona:このインフォファイナンスのアプローチ、暗号通貨の世界にどんな影響を与えそうですか?


富良野:記事によると、いくつかの興味深い可能性が指摘されています。まず、中央集権的なAIの欠陥が明らかになることで、分散型ソリューションへの関心が高まる可能性があります。


Phrona:イーサリアムのようなプラットフォームが、より注目されるということですか?


富良野:そうですね。そして、Render NetworkのRNDRやThe GraphのGRTのような、AI計算のインフラを提供するトークンも恩恵を受ける可能性があります。


Phrona:AIガバナンスの需要が高まれば、それを支える技術も重要になってくるということですね。


富良野:はい。記事では「オンチェーンデータによると、AI関連のスマートコントラクトに関連するETH取引が増加している」とも指摘されています。


Phrona:技術の進歩が、新しい経済活動を生み出しているということですね。


富良野:そして面白いのは、この議論が暗号通貨の世界だけでなく、NVIDIAやMicrosoftのような伝統的なテック企業の株価にも影響を与える可能性があることです。AI投資全体に波及効果があるんです。


人間の役割の再定義


Phrona:このインフォファイナンスのアプローチを見ていると、人間の役割がとても重要ですね。


富良野:そうです。「人間の審査員」「ジュリーチェック」「スポットチェック」など、要所要所で人間の判断が入る設計になっている。


Phrona:AIが発達すればするほど、逆に人間の価値が再認識されるという皮肉な状況ですね。


富良野:AIは効率的にデータを処理できるけれど、最終的な価値判断や倫理的な判断は、まだ人間の領域なんです。


Phrona:でも、人間も完璧ではないですよね。審査員が買収されたり、間違った判断をしたりする可能性もある。


富良野:確かにそうです。だからこそ、一人の人間ではなく「ジュリー」、つまり複数の人による判断を重視している。そして、その判断プロセス自体も透明化されているので、不正があれば発見されやすい。


Phrona:システム全体が、お互いを監視し合うような構造になっているんですね。


富良野:はい。そして重要なのは、この監視が善意に依存するのではなく、経済的インセンティブによって自動的に働くということです。


迅速な修正能力という競争優位


Phrona:記事の最後で、「迅速な修正」という点が強調されていましたね。


富良野:そうですね。ブテリンさんは「インフォファイナンスはより迅速な修正を可能にし、欠陥のあるモデルを置き換え、悪意ある行為者を罰する」と述べています。


Phrona:つまり、問題が発見されたときの対応速度が、システムの競争優位になるということですか?


富良野:まさにそうです。従来のシステムだと、問題が発見されてから修正されるまでに時間がかかる。その間に被害が拡大してしまう可能性がある。


Phrona:でも、市場メカニズムを使えば、問題のあるモデルは自然と淘汰されていくということですね。


富良野:はい。そして、問題を早期に発見した人には報酬が与えられるので、みんなが競って監視をする。結果として、システム全体の健全性が保たれる。


Phrona:これって、オープンソースソフトウェアの世界に似ていませんか?多くの目があれば、バグは浅くなるという。


富良野:「Linus' Law」ですね。「十分な目があれば、すべてのバグは浅い」という考え方。確かに、インフォファイナンスのアプローチは、その思想を経済システムに応用したものと言えるかもしれません。


未来の組織運営への示唆


Phrona:このブテリンさんの提案、暗号通貨以外の分野にも応用できそうですね。


富良野:確かに。企業のガバナンス、政府の政策決定、NPOの運営など、様々な組織で応用できる可能性があります。


Phrona:特に、AI が意思決定に関わるようになる分野では、この考え方が重要になってきそうです。


富良野:そうですね。医療、金融、教育など、AI の判断が人々の生活に大きな影響を与える分野では、単純なAI任せではなく、適切なチェック機能が必要でしょう。


Phrona:でも、実装するのは簡単ではなさそうです。既存の組織や制度を変えるのは大変ですから。


富良野:確かに。でも、暗号通貨の世界は比較的新しい分野なので、こういった革新的なアプローチを試すのには適している環境かもしれません。


Phrona:実験場としての役割ですね。ここで成功すれば、他の分野にも広がっていく可能性がある。


富良野:その通りです。そして、その実験の結果は、私たちの未来の働き方や組織のあり方に大きな影響を与えるかもしれません。


Phrona:技術の可能性と限界、人間の役割、社会の仕組み。ブテリンさんの提案は、これらすべてを統合的に考える必要性を示していますね。簡単な答えはないけれど、だからこそ価値のある議論だと思います。



 

ポイント整理


  • 単純なAIガバナンスの危険性

    • AIに資金配分や意思決定を完全に任せると、ジェイルブレイクやプロンプトインジェクションによって悪意ある者に操作される危険性が高い。AIの「素直さ」が裏目に出る可能性がある。

  • インフォファイナンスの基本概念

    • 単一のAIシステムに依存するのではなく、複数のAIモデルが競合するオープンな市場を作り、人間による審査とスポットチェック機能を組み込む制度設計アプローチ。

  • モデル多様性による安全性確保

    • 複数のAIモデルを同時に運用することで、一つのモデルが騙されても他がカバーできるリスク分散効果を実現。生物の遺伝的多様性と同様の保護機能を提供。

  • 経済インセンティブの活用

    • 予測市場や決定市場を通じて、参加者が自分の利益を追求することが、結果的にシステム全体の信頼性向上につながる仕組みを構築。

  • 透明性と監視機能

    • システムの動作を透明化し、問題を発見した人に報酬を与えることで、自然な監視機能を創出。悪意ある行動を抑制し、早期発見を促進。

  • 人間の役割の重要性

    • 完全自動化ではなく、重要な判断局面では人間の審査員やジュリーによるチェックを重視。AIと人間の適切な役割分担を実現。

  • 迅速な修正能力

    • 市場メカニズムを活用することで、問題のあるモデルの迅速な特定と置き換えが可能。従来システムより早期の問題解決を実現。

  • 暗号通貨エコシステムへの影響

    • ETH、RNDR、GRTなどのトークンや、NVIDIA、Microsoftなどの企業株価にも波及効果。AI関連スマートコントラクトの取引増加も確認されている。



キーワード解説


ジェイルブレイク】

AIシステムの制約を回避し、設計者が意図しない行動を取らせる技術


【プロンプトインジェクション】

正常なデータの中に悪意ある指示を混入させ、AIの判断を操作する攻撃手法


【インフォファイナンス】

情報収集と市場メカニズムを組み合わせ、最適な意思決定を促すアプローチ


【スポットチェック】

ランダムまたは必要に応じて実施される抜き打ち検査


【モデル多様性】

複数の異なるAIモデルを同時運用することでリスクを分散する手法


【予測市場】

将来の出来事の結果に対して参加者が賭けを行う市場システム


【制度設計】

技術の改良ではなく、技術を適切に活用するための社会的仕組みの構築


【頑健性(Robustness)】

システムが予期しない攻撃や障害に対して安定性を保つ能力


【レイヤード・アカウンタビリティ】

複数層の責任追及機能を持つ監視体制



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
bottom of page