top of page

AIの未来は「アナログ」にある?──エネルギー効率という大問題

更新日:8月19日

ree

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Jonathan Peters "The future of AI is analogue" (The Institute of Art and Ideas, 2024年8月13日)

  • 概要:現在のAI技術のエネルギー消費問題を指摘し、従来のデジタル計算に依存するのではなく、人間の脳のように動作するアナログ計算に基づく「ニューロモルフィック・コンピューティング」こそがAIの未来だと論じた記事。



今、私たちは人工知能の急速な発展を目の当たりにしています。ChatGPTのような大規模言語モデルは日常のツールとなり、AIが社会を変えていく様子を実感している人も多いでしょう。しかし、この技術の革新の裏側で、実は深刻な問題が静かに進行しています。それは、AIの膨大なエネルギー消費です。


研究によると、2027年までにAI技術だけで、オランダやクロアチア、ケニアといった国全体と同等のエネルギーを消費すると予測されています。一つのChatGPTが1日に使う電力は、アメリカの一般家庭約18万世帯分に相当するのです。これは、気候変動への対策が急務とされる現在、見過ごすことのできない現実です。


では、なぜ現在のAIはこれほどまでにエネルギーを食うのでしょうか。そして、この問題を解決する道筋はあるのでしょうか。今回は、コンピュータサイエンス研究者のジョナサン・ピーターズ氏の論考を通じて、AIの未来を「アナログ」技術に見出そうとする視点について、富良野とPhronaが語り合います。現在のデジタル偏重から脱却し、私たちの脳のように効率的に動作するAIシステムの可能性について、三人三様の考察をお楽しみください。




エネルギー問題の深層


富良野:この記事を読んで、まず驚いたのはAIのエネルギー消費量ですね。GPT-4が1日で18万世帯分の電力を使うって、正直想像がつかない規模です。


Phrona:本当に。そして、その数字が示しているのは、技術の進歩の裏側にある見えない負荷なんですよね。私たちはAIが賢くなっていくのを見て感動しているけれど、その影で地球がちょっとずつ疲れていっている。


富良野:そうなんです。しかも政策的な対応も追いついていない。EU のAI法も、企業の自己申告に頼っているだけで、実質的な制限がない。これって、ある意味で技術の発展速度に制度設計が完全に置いていかれている状況ですよね。


Phrona:置いていかれているというか、意図的に見て見ぬふりをしている部分もあるのかな。OpenAIやGoogleのような企業が情報を秘匿しているのも、競争上の理由だけじゃなくて、エネルギー消費の実態が明らかになったら世論の反発を招くかもしれないからでしょうし。


富良野:まさに。商業的な利益と環境負荷のトレードオフが、ここまで極端になっている例も珍しいと思います。でも興味深いのは、この記事の著者が単純に批判するだけでなく、解決策として「アナログ」を提示していることです。


デジタルからアナログへの転換


Phrona:そこが面白いところですよね。私たちって、コンピュータの進歩ってデジタル化の進歩だと思い込んでいたけれど、実はそれが行き詰まりの原因だったのかもしれない。


富良野:ええ。現在のAIは、本質的には「計算量で知能を模擬する」アプローチなんです。膨大なデータと膨大な演算で、なんとなく知的に見える振る舞いを実現している。でも、それって本当の意味での「知能」なのか。


Phrona:私たちの脳って、そんなふうには働いていないですもんね。朝起きて、あ、今日は曇りだなって感じるのに、別に巨大なデータセンターは必要ない。コーヒーを飲みながら友達と話していても、頭の中で何千億回の計算をしているわけじゃない。


富良野:そうなんです。人間の脳は20ワット程度の電力で動作している。これは電球一個分です。それなのに、言語を理解し、創造し、感情を持ち、直感で判断する。この効率性は驚異的です。


Phrona:でも、それを真似するっていうのは、どういうことなんでしょう?アナログ計算って具体的にはどんなもの?


ニューロモルフィック・コンピューティングの可能性


富良野:ニューロモルフィック・コンピューティングっていうのは、脳の神経細胞の動作をハードウェアレベルで模倣しようという技術です。従来のコンピュータは0と1のデジタル信号で情報を処理しますが、脳の神経細胞はアナログ的に、つまり連続的な電気信号で情報をやり取りしている。


Phrona:なるほど。0か1かじゃなくて、0.3とか0.7とか、その間の値も使えるってことですか?


富良野:その通りです。しかも、脳では記憶と計算が同じ場所で行われている。ニューロンは情報を処理しながら、同時にその情報を記憶として保持する。従来のコンピュータでは、CPUとメモリが分離されていて、データを行ったり来たりさせる必要がある。これが「フォン・ノイマン・ボトルネック」と呼ばれる問題の原因です。


Phrona:それって、料理に例えると、冷蔵庫とコンロが家の両端にあって、材料を取りに行くたびに走り回らなきゃいけないような感じかな。すごく非効率ですね。


富良野:IBMのHermesチップなんかは、この問題を解決しようとしている。記憶と計算を同じ場所で行う、いわゆる「インメモリ・コンピューティング」を実現している。


技術的挑戦と現実的課題


Phrona:でも、そういう技術が実現可能だとして、今のAI業界がすんなり乗り換えるかというと、また別の話ですよね。


富良野:まさにそこが核心的な問題です。記事にも書かれていますが、「業界に意味のある変化をもたらすためには、技術は魅力的でなければならない。現在の技術と同じくらい利益を生まなければ、排出量に責任を持つ大企業は新しいシステムを採用しない」。


Phrona:結局、経済的なインセンティブがないと動かないんですね。環境負荷を減らすことが正しいとわかっていても、それだけでは企業は動かない。


富良野:そうです。でも興味深いのは、エネルギー効率が向上すれば、長期的には運用コストも下がるはずなんです。データセンターの電気代は馬鹿にならない。ただ、初期投資やリスクを考えると、既存技術への依存から抜け出すのは簡単ではない。


Phrona:なんだか、私たちが環境に配慮した生活を心がけようとしても、システム全体が変わらないと限界があるのと似ている気がします。個人の努力も大切だけど、構造そのものを変える必要がある。


技術的な複雑さと未来への期待


富良野:その通りです。ただ、技術的にはかなり有望な兆しも見えてきています。例えば、EnCharge AIという企業が開発したEN100チップは、従来の20倍のエネルギー効率を実現すると主張している。


Phrona:20倍!それはすごい数字ですね。でも、一方で気になるのは、こういう技術って本当に「知能」に近づいているのかということ。エネルギー効率は良くなっても、できることは結局今のAIと同じようなことなのかな。


富良野:いい疑問ですね。僕も同じことを考えました。ニューロモルフィック・コンピューティングは、単なる省エネ技術ではなく、認知のメカニズム自体を変える可能性がある。脳のように並列処理で、リアルタイムで適応的に学習するシステムが実現すれば、今のAIとは質的に異なる知能が生まれるかもしれません。


Phrona:質的に異なる、か。今のAIって、すごく賢く見えるけれど、どこか機械的で予測可能な感じがしますよね。人間の思考のような、あの不規則で、時々飛躍して、感情に左右されるような、そういう複雑さは再現できていない。


富良野:そうですね。アナログ的な処理では、そういう「ゆらぎ」や「あいまいさ」も自然に表現できるかもしれない。確定的な答えではなく、状況に応じて柔軟に変化する応答が可能になる。


長期的視野と社会的影響


Phrona:でも、そうなると別の心配も出てきますね。今のAIでさえ、雇用への影響とかプライバシーの問題とか、いろいろ議論されているのに、もっと人間らしいAIが登場したら...。


富良野:確かに。ただ、エネルギー効率の改善は、AI技術をより分散化できる可能性もあります。巨大なデータセンターに依存せず、小さなデバイスでも高度なAI処理ができるようになれば、技術の民主化につながるかもしれません。


Phrona:ああ、それは興味深い視点ですね。今は一部の巨大テック企業が技術を独占している状況だけれど、エネルギー効率が良くなれば、もっと多くの組織や個人がAI技術にアクセスできるようになる。


富良野:そうです。そして、分散化されることで、多様性も生まれる。画一的なAIシステムではなく、地域や文化、用途に応じたさまざまなAIが発展する可能性がある。


Phrona:それって、生物の進化に似ていますね。環境が多様であるほど、そこに適応する生物も多様になる。AIも、エネルギー制約から解放されることで、もっと多様な形で進化していけるのかもしれない。


富良野:ただ、そこに至るまでの道のりは平坦ではないでしょう。技術的な挑戦もさることながら、既存の利益構造を変えていく必要がある。政策的な誘導も不可欠です。


Phrona:結局、技術だけの問題じゃないんですね。社会全体で、どういう未来を望むのかを考えて、そのために必要な変化を受け入れる覚悟が要る。簡単なことではないけれど、今のままでは持続可能じゃないのも確かですし。




ポイント整理


  • AIのエネルギー消費問題の深刻さ

    • 現在のAI技術は膨大なエネルギーを消費しており、2027年までにAI単独で国家レベルのエネルギー消費量に達すると予測されている。GPT-4だけで日々18万世帯分の電力を使用し、気候変動対策との両立が困難な状況。


  • 政策対応の不足

    • EUのAI法をはじめとする規制は、企業の自己申告に依存しており、実質的なエネルギー使用制限がない。大手AI企業の情報秘匿も、真の消費実態の把握を困難にしている。


  • 従来のデジタル計算の限界

    • 現在のAIは「計算量で知能を模擬する」アプローチで、フォン・ノイマン・ボトルネックと呼ばれる構造的問題を抱えている。CPUとメモリの分離により、データ転送に多大なエネルギーを消費。


  • 人間の脳の優位性

    • 人間の脳は約20ワットで動作し、現在のAIシステムより遥かに効率的。記憶と計算が同じ場所で行われるアナログ的処理により、複雑な認知処理を実現している。


  • ニューロモルフィック・コンピューティングの可能性

    • 脳の神経細胞の動作をハードウェアレベルで模倣する技術で、アナログ信号による連続的な情報処理とインメモリ・コンピューティングが特徴。IBMのHermesチップやEnCharge AIのEN100チップなど、実用化に向けた研究が進展。


  • 経済的インセンティブの重要性

    • 環境負荷軽減だけでは企業の技術転換は進まず、経済的魅力が必要。長期的な運用コスト削減の可能性はあるが、初期投資やリスクが障壁となっている。


  • 技術の民主化への期待

    • エネルギー効率の改善により、AI技術の分散化と民主化が進む可能性。巨大テック企業の独占から脱却し、多様で地域適応的なAIシステムの発展が期待される。


キーワード解説


【ニューロモルフィック・コンピューティング

脳の神経細胞の構造と動作原理を模倣したコンピュータ技術


【フォン・ノイマン・ボトルネック

CPUとメモリが分離された従来のコンピュータ構造による処理効率の限界


【インメモリ・コンピューティング

記憶と計算を同じ場所で行う処理方式


【アナログ計算

連続的な値を使った計算処理(デジタルの0/1に対比)


【シナプス重み

ニューラルネットワークにおける神経細胞間の接続強度


【相変化メモリ(PCM)

物質の相転移を利用したアナログ記憶デバイス


【LLM(大規模言語モデル)

ChatGPTのような大量のテキストデータで訓練された言語AI


【スパイキングニューラルネットワーク

脳の神経細胞の発火パターンを模倣したAIモデル


【エネルギー効率比(Performance per Watt)

消費電力あたりの処理性能を表す指標



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
bottom of page