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心とエコシステムの深いつながり ──分離された世界から統合への旅路

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Timothy Morton "Your Mind Is Part of the Ecosystem" "The future of AI is analogue" (Nautilus, 2025年6月27日)


自分と世界を切り離して考える癖は、私たちにとってあまりにも当たり前すぎて、その習慣から抜け出すのは想像以上に難しいものです。しかし、私たちの心と地球の生態系が実は深く結びついているとしたら、どうでしょうか。夢の中で怖い虫が天井から落ちてくる時、その虫への恐怖感も含めて「夢」なのと同じように、私たちが認識する「世界」も、実は私たち自身の視点と切り離せないものなのかもしれません。


哲学者ティモシー・モートンの思考を通じて、環境問題と心の健康、そして私たちの思考の在り方がどのように絡み合っているのかを、二人の対話者が探っていきます。「主体と客体」「私とモノ」という分離された見方から、統合された新しい世界観への転換は、私たちにどんな可能性をもたらすのでしょうか。表面的な環境保護を超えて、存在の根本から生態系とのつながりを再発見する旅が、ここから始まります。




鏡に触れる瞬間 - 主体と客体の境界線


富良野:このモートンの文章、読んでて面白いなと思ったのは、マトリックスのネオが鏡に触れる場面の比喩から始まってるところですね。鏡に触れたら、手に鏡がくっついて離れなくなる。


Phrona:あの場面、すごく印象的でした。鏡って本来は「向こう側」にあるものなのに、気がつくと自分の一部になっている。普段私たちって、世界を「私がここにいて、あそこにモノがある」って分けて考えがちですよね。


富良野:そう。主体と客体の二元論っていうやつですね。僕らは無意識のうちに、スーパーマーケットで缶詰を取るみたいに、世界のモノを「つかみとる」感覚で生きてる。でも、モートンはそれが実は間違いだって言ってるんですよね。


Phrona:夢の話がとても分かりやすいと思います。天井から気持ち悪い虫が落ちてくる夢を見るとき、虫そのものと、虫に対する嫌悪感って、どちらも同じ「夢」の一部じゃないですか。


富良野:ああ、なるほど。虫が「客観的事実」で、嫌悪感が「主観的反応」って分けられるものじゃないと。全部がひとつのまとまり、マニフォールドなんですね。


Phrona:マニフォールドって、多様体っていう数学用語ですけど、ここでは「切り離せない一体のもの」って感じですかね。物語でも、起こっている出来事と、それを語る語り手の視点って、分離できないものですもんね。


富良野:そういえば、精神分析でも似たようなことを言いますよね。無意識に押し込めた思考が、悪夢の虫として現れる。その虫も、虫への感情も、どちらも「自分の心」の一部だって受け入れることで、楽になれる。


Phrona:仏教的な考え方も混じってますね。思考は完全に「自分のもの」じゃないっていう。何を考えるかより、どう考えるかの方が大事だと。


言葉の力と心の生態系


富良野:プロパガンダの例が興味深いですよね。「福祉」と「手当」では、同じ制度を指していても、受け取る印象が全然違う。


Phrona:イギリスの保守党が2010年から「benefits」じゃなくて「welfare」って言葉を使わせるようになったって話、これってすごく巧妙ですよね。言葉ひとつで、政策への支持が変わってしまう。


富良野:言葉には必ず「態度」がついてくるんですね。中立的な事実なんて存在しない。詩を読むことの意味もそこにあるのかな。詩って、「どう受け取っていいのか分からない」状態を作り出すから。


Phrona:「それは古代の船乗りなり」って言われても、確かに困っちゃいますよね。でも、その「困る感じ」が大事なのかも。アイデアと、そのアイデアの持ち方の間に、隙間ができる。


富良野:プロパガンダは、その隙間を潰そうとするんですね。考える余地をなくして、特定の反応を引き出そうとする。


Phrona:心の健康って、考えていることと、考え方が絡み合ってるのを知ることなのかもしれませんね。分離しようとするから、しんどくなる。


生態系としての心、心としての生態系


富良野:モートンが面白いのは、個人の心の話から、生態系全体の話に飛ぶところですよね。生態系全体が、夢を見ている頭の中みたいだって。


Phrona:生物とその住環境が相互作用するシステム全体が、ひとつの心みたいに働いているっていう発想ですね。私たちの思考も、その生態系の一部になってる。


富良野:核廃棄物を山に埋めても、十分に長い時間で見れば、山が崩壊して結局「隠れない」っていう例、リアルですよね。生態系では「完全にどこかに捨てる」ことなんてできない。


Phrona:夢の中で嫌な思考を抑圧しても、虫になって現れてくるのと同じですね。カーペットの下に掃いて隠すことはできない。


富良野:グレゴリー・ベイトソンの「心の生態学」って概念も出てきますね。心っていうのは、思考同士の関係のネットワークで、個々の思考を超えた何かがあるっていう。


Phrona:ダウンワード・コーゼーションって言葉、初めて聞きました。上位のシステムが下位の要素に影響を与えるってことですか?


富良野:気候が天気に影響するみたいな感じかな。気候は個別の天気現象の集まりじゃなくて、それ自体がひとつの「リアルなもの」として存在している。怖がってると、怖い考えが浮かんでくるのと同じで。


Phrona:心も生態系も、部品に還元できない「システム」なんですね。全体は部分の単純な足し算を超えている。


火星に逃げても地球は続く


富良野:火星の話、考えさせられますね。地球温暖化から逃れるために火星に移住しても、結局同じ問題を抱えることになるって。


Phrona:物理的に火星にいても、現象学的にはまだ地球にいるっていう表現、詩的ですよね。私たちの体験の仕方、感じ方が地球的なままだから。


富良野:宇宙の座標で言えば火星でも、私たちが世界と関わる方法は相変わらず地球で育まれたものだと。そもそも生態系は、既存の空間の「中に」あるんじゃなくて、関係のネットワークそのものが場所を作っているんですね。


Phrona:波やサンゴ、サンゴについてのアイデア、石油を流出させるタンカー、それらの関係のネットワーク自体がひとつの存在だっていう。私たちの思考も、その関係性の一部として。


富良野:これって、単純に環境保護をすればいいって話を超えてますよね。どう考えるかを変える必要があるんじゃないかって。


バクテリアとともに生きる嫌悪感


Phrona:最後の方の話、ちょっとドキッとしました。私たちって、非人間的な存在に文字通り覆われて、貫かれてるって。消化にはバクテリアが必要だし、DNAレベルで他の生物とつながってる。


富良野:それに対する嫌悪感っていうのも、確かにありますよね。清潔志向とか、人間だけが特別だっていう感覚とか。


Phrona:その嫌悪感自体が、私たちが生態系とのつながりを断ち切ろうとしてることの表れなのかもしれません。でも、物理的にはつながったままだから、心理的に分離した感覚との間にねじれが生まれる。


富良野:人間が非人間的存在との関係を断ち切ったことで、トラウマを抱えているっていう指摘、重いですね。社会的にも哲学的にも分離してるけど、身体的にはつながり続けてる。


Phrona:受け入れられない思考が悪夢に現れるみたいに、否認したつながりが別の形で表面化してくる。エコセラピーとか、エコサイコロジーとかが生まれてくるのも、そのつながりを回復しようとする動きなんでしょうね。


富良野:瞑想や心理療法で自分の思考と仲良くなるみたいに、生態系への没入感に慣れていけば、嫌悪感も薄れるのかもしれませんね。


Phrona:心の健康と生態学的な健康が、実は同じところでつながってるっていう洞察、すごく深いと思います。分離から統合へっていう、大きな転換が必要なのかもしれませんね。



ポイント整理


  • 主体・客体二元論の限界

    • 私たちは通常、自分と世界を分離して捉えがちだが、実際には認識する者と認識される対象は不可分な関係にある

  • 言葉の持つ態度性

    • 全ての概念には特定の見方や感情が埋め込まれており、中立的な事実は存在しない。プロパガンダはこの仕組みを悪用する

  • 心と生態系の相似性

    • 個人の心も地球の生態系も、部分に還元できないシステムとして機能し、相互に影響し合っている

  • 現象学的な場所性

    • 物理的に別の場所に移動しても、体験の仕方が変わらなければ本質的な変化は起こらない

  • 非人間的存在とのつながり

    • 人間は身体レベルで他の生物と深くつながっているが、心理的・社会的にはそれを否認している

  • 統合的アプローチの必要性

    • 心の健康と生態学的健康は相互に関連しており、分離的思考から統合的思考への転換が求められる



キーワード解説


【マニフォールド(多様体)】

数学用語で、局所的には単純だが全体として複雑な構造を持つ空間。ここでは分離不可能な一体的存在を指す


【主体・客体二元論】

認識する主体(自分)と認識される客体(世界のもの)を明確に分離して考える思考様式


【現象学】

物事がどのように現れ、体験されるかに焦点を当てる哲学的手法


【ダウンワード・コーゼーション(下向き因果関係)】

上位システムが下位要素に影響を与える因果関係(例:気候が天気に影響する)


【エコサイコロジー】

人間の心理的健康と自然環境の関係を探る学際的分野


【グレゴリー・ベイトソン】

サイバネティクスや生態学的思考で知られるイギリスの人類学者


【心の生態学】

心を生態系のような相互作用するシステムとして捉える概念


【生態系(バイオスフィア)】

生物とその環境の相互作用からなる総合的システム



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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