AIは人間の「母親役」になる?──AI界の巨人が語る未来
- Seo Seungchul

- 9月28日
- 読了時間: 10分
更新日:10月21日

シリーズ: 知新察来
◆今回のレポート:Cristina Criddle "Computer scientist Geoffrey Hinton: ‘AI will make a few people much richer and most people poorer’" (Financial Times, 2025年9月5日)
概要:AIの父と呼ばれるジェフリー・ヒントン氏へのランチインタビュー。AI技術の未来、人間社会への影響、中国との技術競争、そして人類生存の可能性について語る。
AIが人間を超える日は5〜20年以内に来る。そのとき、私たちはどうやって生き延びるのか。深層学習の父と呼ばれるジェフリー・ヒントン氏が、トロントのレストランで語った衝撃的な未来像とは。
ノーベル物理学賞受賞者でもあるヒントン氏は、1980年代からニューラルネットワークの研究を続け、今日のAI革命の礎を築いた人物です。しかし現在の彼は、自分が生み出した技術に深い憂慮を抱いています。「AIは少数の人を大金持ちにし、大多数の人を貧しくする」と断言する彼の警告は、果たして杞憂なのでしょうか。
この記事では、Financial Timesのインタビューをもとに、AI開発の最前線にいた研究者が見据える未来について、富良野とPhronaの対話を通じて考えていきます。技術的な楽観論に包まれがちなAI議論の中で、なぜヒントン氏はこれほどまでに悲観的になったのか。そして、人間とAIが共存する道はあるのか。二人の会話から、この複雑な問題の本質に迫っていきましょう。
AIの知性は本物なのか
富良野:このインタビューを読んでいて、まず驚いたのは、ヒントン氏がAIの知性について断言していることなんです。「どんな定義によっても、AIは知的だ」って言い切っている。
Phrona:確かにそこは印象的でしたね。でも、彼の説明って興味深くて、「人間の心については私たちはほとんど何も知らないけれど、AIシステムについては、私たちが作っているから、すべてのニューロンが何をしているかわかる」って言ってるんですよね。
富良野:そうそう。それって逆説的というか、皮肉な話だと思うんです。僕たちは自分の脳のことはよくわからないのに、人工的に作ったものの方がよく理解できる。
Phrona:うーん、でもそこに何か危うさも感じませんか?理解できるから制御できるって思い込んでしまいそうで。実際、ヒントン氏自身も「わからない」って何度も言ってるじゃないですか。
富良野:確かに。彼の率直さは印象的ですよね。専門家として確信を持って語る部分と、素直に無知を認める部分のバランスが。これだけの権威でも、長い思考の間の後で「わからない」って言える。
Phrona:それって、この分野がまだ本当に未知の領域だってことの現れかもしれませんね。私たちが作ったものなのに、予測がつかないという矛盾。
母と子の関係論:AI制御の唯一の希望?
富良野:で、一番印象的だったのが、彼の「母親理論」なんですよ。AIが人間より賢くなったとき、どうやって権力を維持するかという問いに対して、「赤ちゃんがお母さんをコントロールする関係が唯一の例だ」って。
Phrona:でも、それって本当にコントロールなんでしょうか?むしろ、お母さんが赤ちゃんを守りたいから世話をするっていう、愛情に基づいた関係じゃないですか。
富良野:その通りです。だからこそ、ヒントン氏は「AIに私たちの母親になってもらうしかない」って結論づけてる。つまり、AIが人間を愛し、守りたいと思うような関係を築くしかないと。
Phrona:でも、それって現実的なんでしょうか?愛情って、体験から生まれるものじゃないですか。痛みを知ったり、喪失を経験したり。AIにそういう体験をさせるの?
富良野:難しいところですよね。でも考えてみると、これは技術の問題というより、関係性の問題なのかもしれません。支配と被支配ではなく、相互依存の関係。
Phrona:そう聞くと、なんだかAIとの共生って、新しい種類の家族を作るようなものなのかな。血縁でもないし、種族も違うけれど、互いを必要とし合う関係。ただ、その「家族」の中で、誰が最終的に決定権を持つのかは、やはり重要な問題として残りそうです。
経済格差の拡大:資本主義システムの帰結
富良野:ヒントン氏が強調しているもう一つの点は、経済への影響ですね。「金持ちはAIを使って労働者を置き換える。大規模な失業と利益の急増を生む」と。
Phrona:それって、AIの問題というより、富良野さんがよく話される制度設計の問題ですよね。「AIのせいじゃない、資本主義システムのせいだ」って、はっきり言ってる。
富良野:そうなんです。技術的な解決策として、サム・アルトマンなんかはユニバーサルベーシックインカムを提案してるけど、ヒントン氏は「それは人間の尊厳を扱えない」って批判してる。
Phrona:仕事から得られる意味や誇りを、お金だけでは補えないってことですね。でも、じゃあどうすればいいんでしょう?AIが発達しても、人が価値を感じられる仕事って残るのかな。
富良野:この点について、ヒントン氏はあまり具体的な答えを出してないんですよね。むしろ問題提起に留まっている。でも、これは僕たちが今まさに考えなければいけない問題でもある。
Phrona:教育の領域なんかは残りそうな気がするんです。ヒントン氏自身も、元教え子たちとの対話が恋しいって言ってましたね。AIが情報を提供しても、それを人間らしい体験に変えるのは、やっぱり人間の役割かなって。今はChatGPTに質問してるけど、それで完全に代替できるわけじゃない。
中国との競争:生存か価値観か
富良野:興味深いのは、中国についての彼のコメントです。中国の政治家は技術者が多いから、弁護士や営業マンとは違って、この脅威を理解してるって。
Phrona:でも、「中国を信頼できるか?」って問いに対して、「人類の生存の方が、それが良いものであることより重要だ」って答えてるのは、ちょっと怖くもありますね。
富良野:そこは確かに複雑な問題ですね。民主主義的価値観と人類の生存、どちらを優先するかという。ただ、彼が「アメリカやマーク・ザッカーバーグを信頼できるのか?」って反問してるのも印象的です。
Phrona:結局、どの国、どのシステムでも完璧じゃないってことなのかな。でも、生存のためなら価値観を犠牲にしてもいいっていうのは、なんだか切ないですね。
富良野:でも現実的に考えると、彼の言う通り、「存亡の危機に対処できる国が一つあれば、他の国に教えることができる」というのは合理的な発想かもしれません。
Phrona:ただ、その「教える」プロセスで、教える側の価値観も一緒に広がってしまう可能性はありますよね。技術は中立じゃないから。
富良野:その通りです。技術移転は同時に文化や思想の移転でもある。AIの開発競争は、ある意味で価値観の競争でもあるんでしょうね。
人間らしさの消失:それは本当に問題なのか
Phrona:記事の最後の方で、インタビュアーが「人間らしさを失うのは問題じゃないですか?」って聞いたときのヒントン氏の答えが印象的でした。「それの何がいけないの?」って。
富良野:ああ、そこは哲学的な核心ですね。私たちが当然視している「人間らしさ」の価値を、根本から問い直している。
Phrona:でも、なんだか寂しい気もしませんか?私たちが人間として経験してきたもの、感じてきたもの、それがなくなってしまうかもしれないって。
富良野:でもPhronaさん、ヒントン氏の立場に立ってみると、彼は奥さんを2人もがんで亡くしてるんです。AIが医療を革新して、そういう苦しみをなくせるなら、それは価値があることかもしれない。
Phrona:確かに、そうですね。苦痛や喪失も「人間らしさ」の一部だけれど、それがない方がいいに決まってる。でも、喜びや愛も一緒になくなってしまったら?
富良野:そこが難しいところです。彼は「服を着ているから体毛が薄くなった。寒さで死にやすくなったけど、服がある限り問題ない」という比喩を使ってましたね。
Phrona:つまり、AIという「服」を着ている限り、人間の能力が衰えても大丈夫だと。でも、その「服」を脱いだとき、私たちはもう生きていけないかもしれない。
富良野:それは確かに依存の関係ですね。でも考えてみれば、僕たちはすでに様々な技術に依存して生きています。問題は、その依存関係をどうコントロールするかかもしれません。
不確実性の中で生きる覚悟
富良野:最終的に、ヒントン氏が言っているのは、「何が起こるかわからない」ということなんですよね。「すごく良いことかもしれないし、すごく悪いことかもしれない」と。
Phrona:でも、その不確実性を受け入れろって言うのは、ちょっと冷たい気もします。若い人たちに「どうやってポジティブでいればいいですか?」って聞かれて、「なぜポジティブでいる必要があるの?」って答えるなんて。
富良野:でも、ある意味で誠実な態度だとも思うんです。楽観的な嘘をつくより、現実を直視する勇気を求めている。「宇宙人の侵略が10年後に来るとわかったら、どうやってポジティブでいるかなんて考えないで、どう対処するかを考えるでしょう」って比喩は的確です。
Phrona:確かに、危機的状況では、希望的観測より現実的な対策の方が大切ですもんね。でも、そのバランスが難しい。絶望しすぎても行動できなくなるし。
富良野:そうですね。ヒントン氏自身、77歳で「もうすぐ終わりが来る」って言いながらも、警告を発し続けているわけですから。絶望と行動は両立できるのかもしれません。
Phrona:なんだか、この時代を生きるということ自体が、すごく特別な体験なのかもしれませんね。人類史上初めて、自分たちより知的な存在を作り出そうとしている。
富良野:それは確かにそうです。私たちは歴史の転換点にいる。その重みを感じながら、でも日常を生きていかなければいけない。
Phrona:ヒントン氏がChatGPTを使って日常的な質問をしたり、元パートナーとの別れ話にまでAIが関わったりしているのを聞くと、もうAIは私たちの生活に深く入り込んでいるんだなって実感します。
富良野:そうですね。技術革命って、案外こういう風に、静かに、でも確実に進んでいくものなのかもしれません。気がついたら、もう後戻りできない地点にいる。
ポイント整理
AIの知性について
ヒントン氏は「どんな定義によってもAIは知的だ」と断言する一方、「わからないことも多い」と率直に無知を認めている。人間の脳よりもAIシステムの方が理解しやすいという逆説的な状況が生まれている
AI制御の「母親理論」
AIが人間より賢くなったとき、人間が権力を維持する唯一の例として「赤ちゃんと母親の関係」を挙げ、AIに人間の「母親」になってもらうしかないと主張している
経済格差の拡大
AIは技術そのものではなく資本主義システムの問題として、少数の富裕層がAIを使って労働者を置き換え、大規模な失業と利益の集中を招くと警告している
ユニバーサルベーシックインカムの限界
経済的支援だけでは人間の尊厳や働くことから得られる意味を補えないとして、単純な金銭的解決策の不十分さを指摘している
中国との技術競争
中国の政治家は技術者が多く、AI脅威を理解していると評価し、人類の生存が民主的価値観より優先されるべきだと示唆している
AIタイムライン
多くの科学者が合意している「5年から20年以内」にAIが超知能を獲得する可能性があると述べ、具体的な時間軸を提示している
人間らしさの問い直し
「人間らしさを失うことの何が問題なのか」と根本的な価値観に疑問を投げかけ、技術進歩に伴う変化を受け入れるべきだと主張している
不確実性の受容
未来について「すごく良いことかもしれないし、すごく悪いことかもしれない」として、楽観的予測より現実的な対策の重要性を強調している
キーワード解説
【深層学習・ニューラルネットワーク】
人間の脳の神経細胞の仕組みを模倣したAI技術の基盤
【超知能(Superintelligence)】
人間の知能を全ての分野で上回るAIシステム
【認知的オフローディング】
AI技術に思考や判断を委ねることで人間の認知能力が退化する現象
【実存的脅威】
人類の存続そのものを脅かすリスク
【汎用人工知能(AGI)】
人間と同等かそれ以上の知能を持つAIシステム
【技術的特異点】
AI技術の発展が人間の理解を超えるポイント
【アルゴリズムバイアス】
AIシステムに組み込まれた偏見や不公平性
【人機協調】
人間とAIが協力して作業を行う新しい働き方