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AIを「従業員」として扱う時代の組織論

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Federico Berruti et al. "When can AI make good decisions? The rise of AI corporate citizens" (McKinsey Insights, 2025年6月4日)

  • 概要:AI エージェントを企業市民として位置づける新しい組織運営モデルについて論じた記事



会社でAIを使っているという話は、もはや珍しくありません。でも、AIを「単なるツール」ではなく「デジタル従業員」として捉える視点は、まだそれほど一般的ではないかもしれません。実際、最新の組織運営論では、AI エージェントを「企業市民」として位置づけ、人間の従業員と同じように管理し、評価し、育成していく考え方が注目されています。


この発想の転換は、AIの能力が単純な作業の自動化を超えて、複雑な判断や意思決定を担えるレベルに達したことと無関係ではありません。そして、富良野とPhronaが、この新しい組織論について興味深い対話を繰り広げました。人間とAIが協働する未来の職場では、一体どんな変化が起きるのでしょうか。読み進めていくうちに、私たちが当たり前だと思っている「働く」ということの概念そのものが、実は大きく変わろうとしていることに気づくはずです。




AIが「思考」する時代の到来


富良野: 記事を読んでいて興味深かったのは、従来のAIと今のエージェント型AIの違いですね。昔のシステムは決められた手順を実行するだけだったけど、今のAIは状況を判断して、学習して、他のAIと連携もする。


Phrona: そうですね。記事では金融機関の融資業務を例に挙げていましたが、AIが単に書類をチェックするだけじゃなくて、経済指標を読み取って、申込者の行動パターンを分析して、リスクを予測して...って、本当に「考えている」感じがします。


富良野: まさにそこが転換点だと思うんです。これまでのAIは「高性能な電卓」みたいなものだったけど、今度のは「デジタルな同僚」に近い。問題を発見して、原因を分析して、解決策を提案する。人間の管理者がまだ気づいていない課題を先回りして見つけることもあるそうですから。


Phrona: ただ、ちょっと不安にもなりません? AIが勝手に判断して、勝手に行動して...私たちは何をしていればいいんでしょう。


富良野: それは確かに大きな問題ですね。だからこそ記事では「AIを企業市民として扱う」という発想を提案しているんだと思います。


「デジタル従業員」という新しい概念


Phrona: 企業市民って、つまりAIを人間の従業員と同じように扱うということですよね。給与計算はしないけれど(笑)、それに近い管理をするという。


富良野: そうです。記事では具体的に、AIエージェントにも人間と同じように「総コスト」「明確な目標」「人事評価」「ガバナンス」「部門横断的な活用」が必要だと言っています。


Phrona: 人事評価って面白いですね。AIの査定をするなんて、SF映画みたい。でも確かに、人間だって仕事の速さや正確性、チームへの貢献度で評価されるわけですから、AIにも同じ基準があってもおかしくない。


富良野: その通りです。そして注目すべきは、コスト構造の考え方ですね。人間の従業員には給与だけじゃなく、福利厚生や研修費用もかかる。AIエージェントにも、システム維持費、モデルの再学習費用、統制ツールの導入費用などがある。


Phrona: つまり、AIを導入するときも「この人を雇うかどうか」を決めるときと同じように、総合的な費用対効果を考えなさいということですね。


富良野: そういうことです。そして優秀な人材を適材適所に配置するように、高性能なAIエージェントは最も価値を生み出せる業務に配置すべきだと。


人間の役割はどう変わるのか


Phrona: でも、AIがどんどん賢くなったら、私たち人間はいらなくなっちゃうんじゃないですか?


富良野: それは心配しなくても大丈夫だと思います。記事では「スマート・オペレーション」という概念で、人間とAIの役割分担を整理していますから。


Phrona: スマート・オペレーション?


富良野: 要するに、AIと人間がそれぞれの得意分野で協力し合う体制のことです。AIは大きく4つのタイプに分類されています。単純な指示に従って作業をする「タスクレベル・エージェント」、基本的な判断を伴う複数の手順を実行する「自律問題解決エージェント」、他のAIや人間と連携する「モデル統制エージェント」、そして特定の業務領域に特化した「ドメイン特化エージェント」。


Phrona: なるほど。それで人間の役割は?


富良野: 人間は、データやモデルの品質を管理する「管理者」、曖昧で重要な判断を下す「判断責任者」、例外処理や監査を行う「承認者・監査者」になるということです。


Phrona: つまり、ルーティンワークはAIに任せて、人間はより戦略的で創造的な仕事に集中するということですね。でも、そのためには働く人たちのスキルアップが必要になりそう。


富良野: まさにその通りです。記事でも人材の再教育について触れていて、AI リテラシーやデータ解釈、システム思考などの能力開発が重要だと指摘しています。


意思決定の新しい枠組み


Phrona: ところで、AIに任せる判断と人間が行うべき判断って、どうやって線引きするんでしょう?


富良野: 記事では、リスクレベルと複雑さを軸にした判断フレームワークを提案しています。リスクが低くて複雑でない決定、例えば口座詳細の確認や請求状況のチェックなんかは完全にAIに任せる。でも、不正解決や複雑な例外処理など、リスクが高くて判断力が必要な場面では、人間の監督のもとでAIが支援するという形ですね。


Phrona: それって結構グレーゾーンがありそうですけど。


富良野: そうですね。だからこそ、組織全体で継続的に学習していく仕組みが重要なんだと思います。最初は慎重に人間が関与していても、AIの性能が向上すれば、だんだんAIに任せる範囲を広げていく。


Phrona: でも、そうなると責任の所在が曖昧になりませんか? AIが間違った判断をしたとき、誰が責任を取るんでしょう。


富良野: それは本当に重要な問題ですね。記事でも、ガバナンスと監視体制の整備が不可欠だと強調しています。特に規制の厳しい業界では、透明性や監査可能性、セーフガードの仕組みがないと、そもそも事業が成り立たない。


サービス業務の革命


Phrona: 記事では特にサービス業務に注目していましたが、ここでの変化って具体的にはどんな感じなんでしょう?


富良野: 従来は「いかに問い合わせ件数を減らすか」が目標だったけど、AIエージェントの時代では「大量のデータから価値を生み出す」ことが重要になるんです。


Phrona: つまり、お客さんからの問い合わせは迷惑なものじゃなくて、貴重な情報源になるということですか?


富良野: そういうことです。AIが顧客とのやりとりを通じて、トレンドを発見したり、プロセスの問題を特定したり、システム的な課題を早期に察知したりする。医療分野では予約スケジュールの最適化やキャンセル率の予測、公共サービスでは設備の予防保全なんかも、AIが自律的にやってくれる。


Phrona: それって、顧客サービス部門が会社の「頭脳」みたいになるということですね。単なるコストセンターじゃなくて、競争優位性を生み出す部門に変わる。


富良野: まさに。ボリュームは敵じゃなくて、むしろ知性の源泉になる。より多くのやりとりがあれば、より早く学習できて、より大きな価値を創造できるわけです。


実践への第一歩


Phrona: 理論はわかったけど、実際に始めるとしたら何から手をつければいいんでしょう?


富良野: 記事では4つのステップを挙げています。まず技術部門とビジネス部門の連携強化、それから従業員の役割再設計とスキル向上、組織文化の変革、そしてデータ基盤の近代化ですね。


Phrona: どれも一朝一夕にはいかなそうですね。特に組織文化って、一番難しい部分じゃないですか?


富良野: 確かに。AIに対する信頼を築くには、透明性のあるコミュニケーションや、リーダーシップによる模範的な行動、部門を超えた連携が必要です。抵抗を減らして、規模拡大を持続させるには、文化的な調整が不可欠だと記事でも強調されています。


Phrona: でも逆に言えば、そこさえクリアできれば、組織全体が大きく飛躍できる可能性があるということですよね。


富良野: そうですね。ただし、これは「AIを最も多く持っている組織が勝つ」という話ではないんです。「AIと人間がどう協力するかについて、最も賢い判断ができる組織が勝つ」という話なんです。


Phrona: つまり、技術の問題というより、組織デザインの問題なんですね。


富良野: その通りです。AIエージェントを企業市民として扱うというのは、単なる比喩ではなくて、実際の経営戦略なんだと思います。




ポイント整理


  • エージェント型AIの特徴

    • 従来の決定論的システムと違い、状況を判断し、学習し、他のAIと協力して複雑な決定を下すことができる

  • AI企業市民の概念

    • AIエージェントを人間従業員と同様に管理し、総コスト計算、明確な目標設定、パフォーマンス評価、ガバナンス体制、横断的活用を行う

  • 人間の役割変化

    • ルーティンワークからより戦略的な業務へのシフト、データ管理者・判断責任者・監査者としての新しい役割

  • 意思決定フレームワーク

    • リスクレベルと複雑さに基づいて、AI完全自動化・AI支援・人間主導の領域を分類

  • サービス業務の革命

    • 問い合わせ削減から価値創造へのパラダイムシフト、大量データを競争優位の源泉として活用

  • 実装のための4つの柱

    • 技術-ビジネス部門連携、役割再設計とスキル向上、組織文化変革、データ基盤近代化



キーワード解説


【エージェント型AI(Agentic AI)】

環境を認識し、自律的に判断・行動し、目標達成のために継続的に学習するAIシステム


【スマート・オペレーション】

人間とAIエージェントが協調して業務を遂行する組織運営モデル


【AI企業市民】

AIエージェントを人間従業員と同等の管理・評価対象として扱う概念


【マルチエージェントシステム】

複数のAIエージェントが相互作用・協力して動作する分散型システム


【意思決定フレームワーク】

リスクと複雑さを軸にAIの自動化レベルを決定する判断基準


【デジタル従業員】

人間と同様の役割と責任を持つAIエージェントの位置づけ



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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