DeepSeekだけじゃない──中国のオープンウェイトAI戦略が問いかけるもの
- Seo Seungchul

- 6 日前
- 読了時間: 12分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Caroline Meinhardt et al., "Beyond DeepSeek: China’s Diverse Open-Weight AI Ecosystem and Its Policy Implications" (Stanford University Human-Centered Artificial Intelligence, 2025年12月)
概要:中国における多様なオープンウェイトAIエコシステムの実態と、それが国際的なAIガバナンスに与える影響を分析した政策レポート。DeepSeekをはじめとする複数の中国企業のモデルリリース状況、政府の支援体制、オープン化の動機、そして西側諸国が取るべき政策的対応について包括的に論じている。
中国のAI企業DeepSeekの躍進が注目を集めていますが、実はその背後には、もっと大きな構造が動いています。中国では政府の支援を受けた複数の企業が、競争力の高いオープンウェイトAIモデルを次々とリリースし、独自のエコシステムを形成しつつあります。これは単なる技術競争の話ではなく、AI開発の未来、国際的なガバナンス、そしてイノベーションと安全性のバランスをめぐる根本的な問いを投げかけています。
富良野とPhronaは、スタンフォード大学HAIとDigiChinaによるこの政策分析レポートをもとに、中国のオープンウェイトAI戦略が持つ意味を掘り下げます。なぜ中国政府はオープン化を推進するのか。それは国際競争における戦略的選択なのか、それともイノベーションを加速する理想なのか。そして、私たちはこの動きにどう向き合うべきなのか。二人の対話を通じて、技術と政策、理想と現実が交差する地点を探ります。
エコシステム全体で動く中国AI戦略
Phrona:DeepSeekの報道って、一企業の成功物語みたいに扱われてますけど、実際はそうじゃないですよね。
富良野:このレポート読むと、DeepSeekは氷山の一角だってよく分かる。Alibaba、Baidu、01.AI、MiniMax……中国では20以上の企業がオープンウェイトモデルをリリースしてる。しかも政府が補助金を出して支援してる。北京市だけで最大100万ドル、上海も深センも似たような政策をやってる。
Phrona:政府が補助金出してオープンソースを推進するって、言葉として矛盾してませんか。オープンソースって本来、草の根のコミュニティが自発的に知識を共有する文化だったはずで。
富良野:理想としてのオープンソースと、戦略としてのオープンウェイトは別物なんだよね。ただ僕が思うのは、OpenAIだって最初はオープンを掲げてたけど結局クローズドになった。理念だけじゃ続かないのがこの業界の現実で、曖昧さ自体が悪いわけじゃない。問題は、どこに立ってるのか明示しないことなんじゃないかな。
Phrona:明示しないっていうより、意図的に隠してる感じがします。オープンって言葉の持つポジティブなイメージを利用して、実際には自分たちのプラットフォームに人を囲い込もうとしてる。MetaがLlamaでやったのと同じ戦略ですよね。
富良野:そう、エコシステムを作って外部開発者に勝手にアプリを作ってもらう。オープンの皮を被った囲い込み戦略。で、もっと複雑なのは、これが単なる企業戦略じゃなくて国家戦略だってこと。アメリカのGPU輸出規制への対抗として、ハードウェアで劣勢ならソフトウェアで勝負する。オープンウェイトモデルを世界中に広めれば、中国のAI技術が事実上の標準になる可能性がある。
Phrona:完全に地政学的な戦略じゃないですか。でもそれって逆効果になりませんか。政治的な意図が見え透いてたら、長期的には信頼されないと思うんです。
富良野:長期的にはそうかもしれないけど、短期的には性能で選ばれるんだよね。実際DeepSeekのモデルは世界中でダウンロードされてる。で、その短期と長期のギャップが問題を見えにくくする。数年後にはエコシステムができあがってて、抜け出せなくなってる可能性がある。
Phrona:ロックインを狙ってるわけですね。でも富良野さん、これって中国だけの話じゃないですよね。OpenAIもAnthropicも、結局はアメリカの価値観や利益を体現してるわけで。どの技術も中立じゃない。
富良野:たしかに。ただ透明性の度合いは違うんじゃないかな。西側の企業は少なくとも、どういう価値観で動いてるか比較的明示してる。
Phrona:明示してるっていうより、自分たちの価値観が普遍的だと思い込んでるだけなんじゃないですか。それって、別の形の傲慢さですよね。
矛盾を抱えた統治の実験
富良野:このレポートで一番興味深いのは、中国政府がオープン化を推進する一方で、AIコンテンツには厳格な規制をかけてるっていう矛盾なんだよね。生成AIサービスは社会主義の核心的価値観に合致してるか審査を受けないといけない。でもオープンウェイトモデルを公開したら、誰がどう使うか管理できないはずで。
Phrona:完全に矛盾してますよね。でも一つの見方としては、新しい統治の形を実験してるのかもしれない。イノベーションを促進しながら社会統制も維持しようとする試み。
富良野:実験って言葉には、失敗しても仕方ないっていうニュアンスが含まれてるよね。でも政策の失敗は人々の生活に直接影響する。
Phrona:そうなんです。政策を実験って呼ぶとき、そこには人間が含まれてない感じがするんです。で、この矛盾って本当に機能するんでしょうか。
富良野:不可能かもしれないし、新しい形が生まれるかもしれない。僕が思うのは、西側が考える自由と統制の二項対立自体が、もしかしたら限定的な枠組みなのかもしれないってこと。別の文化圏では、別の組み合わせがあり得るのかもしれない。
Phrona:でもそれって相対主義に陥りませんか。どんな統治の形も、その文化圏では正当化されるっていう。
富良野:相対主義と多元主義は違うと思うんだよね。多元主義は複数の価値体系が競合しながら存在することを認める。で、その競合の中で、何が機能して何が機能しないかが明らかになっていく。ただ、機能するかどうかを判断する基準自体が、また論争の的になるわけだけど。
グローバルなルールは誰のものか
Phrona:このレポートは、中国のオープンウェイト戦略が西側の規制議論を揺さぶってるって指摘してますけど、具体的にはどういうことなんですか。
富良野:今、アメリカやヨーロッパではフロンティアモデルをどう規制するかっていう議論が進んでる。基本的にはリスクが高いから慎重にって方向なんだけど、中国がどんどんオープンウェイトモデルをリリースしてると、一方で厳しく規制しても意味がなくなる。
Phrona:でもそれって、ルールを作る人が決めたルールでしかないですよね。西側が作ろうとしてるルールは西側の価値観に基づいてるわけで。何を守るべきか、何が危険か、その前提自体が違ったら共通のルールなんて作れないんじゃないですか。
富良野:価値観が違うから共通のルールは無理だっていうのは一つの結論だと思う。でもそれだと結局、力のあるものが勝つっていう世界になる。何らかの共通の枠組みがないとカオスになる。
Phrona:共通の枠組みが必要だっていうのは分かります。でもその枠組みを誰がどう作るかが問題なんですよね。上から押し付けられるんじゃなくて、対話を通じて作られるべきだと思うんです。
富良野:対話っていうのは理想としては素晴らしいけど、今の米中関係で本気で対話できるのかっていう。過去には気候変動とか核兵器とか、対立しながらも協力してきた例はあるんです。共通の脅威があれば協力の余地が生まれる。
Phrona:でもAIの場合、共通の脅威って何ですか。何が脅威かっていう定義自体が違いますよね。ある人にとっての脅威は、別の人にとっての安全かもしれない。監視技術が発達したら、政府は安全だって思うかもしれないけど、市民にとってはプライバシーが侵害されて危険ですよね。
富良野:視点によって安全の意味が変わる。安全性っていう言葉は中立的に聞こえるけど、実際には権力関係を含んでる。その都度、何を守ろうとしてるのか明示する必要があるね。
Phrona:堂々巡りですね。でも堂々巡りだからって諦めちゃいけないと思うんです。簡単に答えが出ないってことを認めた上で、対話を続けるしかない。対話を諦めたら、残るのは対立だけですから。
理想と現実の狭間で
富良野:結局、オープンって何だったんだろうね。
Phrona:この話してて、オープンって言葉が最初に持ってた理想が失われていく感じがするんです。知識は共有されるべきだ、誰もが平等にアクセスできるべきだって、そういう理想があったはずなのに、今は戦略とか競争とか、そういう言葉の方がしっくりくる。
富良野:理想だけじゃ続かないっていうのが現実で。資金が必要だし、インセンティブも必要。理想と現実のギャップを認めた上で、その中でできることを探していくしかない。
Phrona:でも現実を受け入れるだけでいいんですか。現実がおかしいなら、変えようとしなくていいんですか。理想を手放したら、残るのは権力闘争と利益追求だけですよね。
富良野:変えようとするのは大事だと思う。ただ、理想を掲げるだけじゃ変わらないし、現実に妥協しすぎても変わらない。理想と現実の間を行ったり来たりしながら、少しずつ進んでいくしかないんじゃないかな。たぶん、語り続けることなんだと思う。理想がどこにあったのか、何を大切にしようとしてたのか、それを忘れないように語り続ける。
Phrona:語り続けるだけで足りますか。
富良野:足りないかもしれない。でも語ることをやめたら、理想は完全に消えちゃう。語り続けることが、最低限の抵抗なのかもしれない。
Phrona:最低限の抵抗、か。地味ですけど、それしかできないのかもしれないですね。
の判断と交渉だけ。
ポイント整理
中国のオープンウェイトAIエコシステムは国家戦略
DeepSeekだけでなく、Alibaba、Baidu、01.AI、MiniMaxなど20以上の企業がオープンウェイトモデルをリリース。政府が国家・地方レベルで補助金や政策支援を提供しており、単発の現象ではなく構造的な動き
オープンという言葉の戦略的利用
モデルの重みは公開するが訓練データは非公開、商用利用に制限があるなど、完全なオープンソースとは異なる。オープンという言葉が本来持っていた理想的な意味が、競争戦略のために変質・利用されている
地政学的戦略としてのオープン化
アメリカのGPU輸出規制への対抗として、ハードウェアで劣勢ならソフトウェアで勝負する戦略。オープンウェイトモデルを世界中に広めることで事実上の技術標準を獲得し、エコシステムのロックインを狙う
管理とオープン性の根本的矛盾
中国政府はAIコンテンツに厳格な規制(社会主義の核心的価値観への合致審査)を課す一方で、オープンウェイトモデルの推進も行う。この矛盾は、イノベーション促進と社会統制の両立という新しい統治形態の実験とも解釈できるが、人々への影響を考えると実験という言葉は軽すぎる
信頼と性能の時間的ギャップ
政治的意図が明確なモデルは長期的な信頼を得にくいが、短期的には性能が優先される。この短期と長期のギャップが問題を見えにくくし、気づいたときにはエコシステムに依存して抜け出せなくなっている可能性
技術的中立性の幻想
どの技術も中立ではなく、どこで開発されたか、誰が資金を出しているかによって方向性が決まる。西側の企業も中国の企業も、それぞれの価値観や利益を体現している。西側が自らの価値観を普遍的と思い込むのも別の形の傲慢さ
グローバルなガバナンスの困難性
西側が進めるフロンティアモデル規制の議論は、中国のオープンウェイト戦略によって複雑化。価値観や優先事項が根本的に異なる場合、共通のルール作りは極めて困難。何を守るべきか、何が危険かという前提自体が異なる
安全性概念の多義性と権力性
誰にとっての安全性なのか(政府、市民、企業など)によって意味が変わる。安全性という言葉は中立的に聞こえるが、実際には権力関係を含んでおり、その都度何を守ろうとしているのか明示する必要がある
相対主義と多元主義の区別
相対主義は全てが等価だというが、多元主義は複数の価値体系が競合しながら存在することを認める。その競合の中で何が機能して何が機能しないかが明らかになっていく。ただし機能性の判断基準自体が論争の的となる
対話と協力の区別
国際協力には共通の目標と信頼が必要だが、対話は違いを認めながら話し続けることで可能。何が脅威かという定義自体が異なる場合、まず対話から始める必要がある。対話を諦めたら残るのは対立だけ
理想を語り続けることの重要性
現実に妥協しながらも、理想がどこにあったのか、何を大切にしようとしていたのかを忘れないように語り続ける。語ることをやめたら理想は完全に消える。語り続けることが最低限の抵抗
矛盾を抱えた選択の必要性
簡単な答えがない中で、その都度判断していくしかない。絶対的な基準は存在せず、あるのは状況に応じた判断と交渉だけ。矛盾を隠さず、分からないことは分からないと認め、簡単な答えに飛びつかず、理想を完全には諦めない誠実さが求められる
思考し続けることの価値
報われるかどうかで判断せず、報われなくてもやる価値があることをやる。確実性がない中で選択し、その責任を引き受ける。地道に考え続けることが、派手な解決策やスローガンに飛びつくことへの抵抗となる
キーワード解説
【オープンウェイトAI】
モデルの重み(パラメータ)を公開し、誰でもダウンロードして利用できるAIモデル。完全なオープンソースとは限らず、訓練データやコードは非公開、商用利用に制限がある場合も多い
【DeepSeek】
中国のAIスタートアップ企業。R1モデルがOpenAIのo1と同等の推論能力を低コストで実現したことで注目を集めた
【フロンティアモデル】
現在の技術水準における最先端の大規模AIモデル。高い能力を持つ一方、潜在的なリスクも大きいとされる
【GPU輸出規制】
アメリカが中国への高性能GPU(グラフィック処理装置)の輸出を制限する政策。AI開発に必要な計算資源へのアクセスを制限する狙い
【エコシステム】
特定の技術やプラットフォームを中心に形成される開発者コミュニティ、アプリケーション、サービスなどの相互依存的な関係。一度形成されるとロックインが発生する
【ロックイン】
特定の技術やプラットフォームに依存すると、切り替えコストが高くて離れられなくなる現象
【社会主義の核心的価値観】
中国政府が定めるイデオロギー的指針。AIコンテンツもこれに合致することが求められる
【多元主義】
複数の価値体系が競合しながら共存することを認める考え方。相対主義(全てが等価)とは異なる
【ガバナンス】
統治や管理の仕組み。誰が管理する側で誰が管理される側かという権力関係を含む概念