DSAの選挙マシンから学ぶ草の根政治の可能性
- Seo Seungchul

- 9月27日
- 読了時間: 11分

シリーズ: 知新察来
◆今回のレポート:Hadas Thier "How DSA Built Zohran Mamdani’s Electoral Machine" (The Nation, 2025年9月12日)
概要:ゾーラン・マムダニのニューヨーク市長選勝利を支えたDSA(民主社会主義者アメリカ)の選挙運動システムについて詳細に分析した記事。5万人のボランティアを動員した草の根選挙活動の仕組みと、その政治的意義を探る。
アメリカ政治の世界で、既存の秩序を打ち破る新しい動きが注目を集めています。今年6月、ニューヨーク市長選の民主党予備選で、これまでほとんど無名だった州議会議員が、政界の実力者を大差で破って勝利しました。その背景にあったのは、民主社会主義者アメリカ(DSA)という市民組織が築き上げた、従来の選挙運動とは全く異なる「草の根選挙マシン」でした。
この勝利は単なる政治的サプライズではありません。50,000人のボランティアが160万軒の家を訪問し、230万回の電話をかけるという、これまでの選挙運動の常識を覆す規模の市民参加が実現したのです。しかも、これは高額な選挙資金に頼ったものではなく、市民一人ひとりの自発的な参加によって成し遂げられました。
この現象は、従来の政治システムに対する市民の不満と、新しい政治参加の形への渇望を映し出しているかもしれません。富良野とPhronaが、この草の根政治運動の意味と可能性について語り合います。
草の根が生み出した政治の奇跡
富良野:今回のニューヨーク市長選の結果、正直言って驚きました。ゾーラン・マムダニという、アストリア地区の州議会議員が、あのアンドリュー・クオモ元州知事を大差で破ったんですから。
Phrona:そうですね。でも驚いたのは結果だけじゃなくて、その過程の方かもしれません。5万人のボランティアって、想像できます?富良野さん。
富良野:5万人…僕が住んでる市の人口より多いですね(笑)。しかもこれが、お金で雇われた人たちじゃなくて、自発的に参加した市民だというから驚きます。
Phrona:記事を読んでいて印象的だったのは、カリーム・エルレファイという28歳のDSAメンバーが語っていた言葉です。最初は勝てるとは思わなかったけれど、マムダニの演説を聞いて「大きなことができる。僕たちは周りの力に翻弄されるだけじゃない。世界に影響を与える力になれる」って感じたって。
富良野:その感覚、分かる気がします。普通の選挙運動って、市民は「票を入れてください」って頼まれる側ですよね。でもここでは市民が主体になって、自分たちで政治を動かそうとしている。
Phrona:まさに。記事にもありましたが、マムダニが勝利演説で言った「これは私の勝利ではない。私たちの勝利だ」という言葉が、とても象徴的に感じました。足が痛くなるまでドアをノックし続けたバングラデシュ系のおばさんの話とか。
富良野:それにしても、なぜこれほど多くの人が参加したんでしょうね。DSAという組織のメンバーは6,000から7,000人程度だったのに、最終的に5万人ものボランティアが集まったわけですから。
「フィールド・ファースト」という革命的発想
Phrona:記事で面白かったのは、彼らの「フィールド・ファースト」戦略です。普通の選挙運動では、現場で活動する人たちって「選挙の雑用係」みたいに扱われがちじゃないですか。
富良野:ああ、確かに。広報や資金調達の人たちがスーツを着て、現場スタッフはTシャツを着てる、みたいな階層構造がありますね。
Phrona:でもDSAは逆だったんです。「選挙活動の他の全ての要素は、現場活動に奉仕するために存在する」って考え方。広報も資金調達も、すべては有権者との直接対話を支えるためのもの。
富良野:なるほど。それは根本的に違いますね。普通は「メディアでどう見せるか」「どうやってお金を集めるか」が中心になって、現場活動はその従属物になりがちです。
Phrona:そうそう。マイケル・カーターという人が説明していたんですが、「バイラル動画を説明するのは簡単だけれど、5つの行政区にまたがる5万人のボランティアを動かす複雑な仕組みを理解するのは難しい」って。
富良野:確かに、ソーシャルメディアの話題にはなりやすいけれど、本当の力は目に見えない部分にあったということですね。ジュリア・サラザールの州上院選の例も興味深かった。メディアはスキャンダルで叩いたけれど、現場での対話がそれを上回った。
Phrona:その話、すごく重要だと思います。2,000人のボランティアが12万軒を回って、1万人の有権者と直接話をした。メディアの雑音を迂回して、隣人同士の会話で政治を変えていく。
富良野:これって、単なる戦術の話を超えて、民主主義のあり方そのものを問い直してるのかもしれませんね。
組織化の「特別なソース」
Phrona:記事の中で、グレース・マウザーというDSAの共同議長が「特別なソース」という表現を使っていました。「選挙運動に必要なスキルを門外不出にしない」って。
富良野:それは面白い表現ですね。普通の選挙運動って、確かに専門知識を持った少数の人が仕切って、他の人は言われたことをやるだけ、という構造になりがちです。
Phrona:でもDSAは4層の組織構造を作ったんです。まず戸別訪問や電話かけをする基本のボランティア。次に経験を積んだ人が新人を指導するフィールドリーダー。そのリーダーたちを統括するフィールドコーディネーター。最後にキャンペーンスタッフ。
富良野:段階的にスキルアップできる仕組みですね。マムダニの選挙では400人以上がフィールドリーダーになったとありました。
Phrona:そうなんです。ナフタリ・エーレンクランツという人は、12月にボランティアで始めて、最終的には他の地域の新しいリーダーを育成するまでになった。「誰でも一貫して活動して、やる気があれば」リーダーになれるって言われたそうです。
富良野:これは本当に「欠乏マインドセット」を脱却した発想ですね。普通の選挙運動では「800万ドルの予算があっても、5万人のボランティアを管理する人材は雇えない」とマウザーさんが言っていましたが、確かにその通りです。
Phrona:でも考えてみると、なぜこんなことが可能だったんでしょうね。単に仕組みを作れば誰でもできるというものでもない気がします。
理念が生み出すエネルギー
富良野:その答えは、やっぱり彼らの政治的理念にあるんじゃないでしょうか。記事でも「DSAの選挙モデルは、その政治的方向性と切り離して複製することはできない」って書いてありました。
Phrona:ああ、クオモ陣営の有給スタッフが「実は私、マムダニを支持してるんです」って動画で言ってた話ですね(笑)。自分が着てるクオモのTシャツを見下ろしながら。
富良野:それは象徴的ですね。お金のために働いてる人と、信念で動いてる人の違いが如実に表れてる。
Phrona:カリーム・エドモンズという人の話も印象的でした。トランプの勝利後にドゥームスクローリング(悲観的なニュースばかり見ること)をやめて、地方政治に関わろうと決めた。クオモが市長になることへの嫌悪感もあったけれど、マムダニの主張に共感したって。
富良野:彼が戸別訪問で感じた「完全な他人との交流」という体験も興味深いです。同じアフリカ系アメリカ人の住民が、玄関先で5分、10分も時間を割いて話を聞いてくれた。それを「完全な見知らぬ人との交わり」って表現してる。
Phrona:政治って、本来はそういうものなのかもしれませんね。抽象的な政策論争じゃなくて、隣人同士の具体的な対話。生活の中から生まれる政治。
富良野:そして重要なのは、この経験が数万人の人を「長期的な政治参加者」に変えたということです。エドモンズさんも「僕たちには牙を研ぎ澄ませる義務がある」って言って、選挙後も政策実現のために戦う準備をしてる。
「左派の力の大学」という視点
Phrona:アルバロ・ロペスという人が、DSAの政治活動を「左派の力の大学」って呼んでいたのが印象的でした。戸別訪問で労働者階級の人たちに民主社会主義について話し、数千人を興奮させるメッセージを作り上げる方法を学ぶ場所だって。
富良野:「大学」という比喩は的確ですね。単に選挙に勝つためのテクニックを教えるんじゃなくて、政治的な思考力や対話能力を身につける教育機関としての機能を持ってる。
Phrona:でも同時に、彼らは現実的でもありました。全市規模の選挙では、DSAのメンバーだけでは足りない。6,000から7,000人のメンバーが毎日戸別訪問をしても勝利は無理だと分かってた。
富良野:だからDSAを「種銭」として使ったわけですね。12月の町民集会に300人を集めて、最初のフィールドリーダーを育成し、そこから2週間で400人の新しいボランティアを獲得する。
Phrona:最終的には、フィールドリーダーの8割がDSA外部の人になった。組織の境界を越えて、共感する人たちを巻き込んでいく。
富良野:これは興味深い現象ですね。閉じた組織ではなく、開かれたプラットフォームとして機能してる。DSAの政治的理念に共感する人なら、誰でも参加してスキルを身につけることができる。
政治的瞬間と連合の可能性
Phrona:記事の最後で触れられていた「左派リベラル連合」の可能性も考えさせられました。トランプへの怒りだけでなく、民主党主流派がトランプに効果的に対抗できないことへの苛立ちが、新しい政治的可能性を開いているって。
富良野:確かに、従来の二極対立を超えた何かが生まれている感じがします。ブッシュウィックやリッジウッドのナイトクラブで、夜中の1時に若者たちがゾーラン・マムダニについて熱く語ってたという話も象徴的でした。
Phrona:政治参加の形が根本的に変わってるのかもしれません。上から下への動員ではなく、下から上への自発的な参加。そして何より、楽しそうなんですよね。
富良野:そうですね。義務感ではなく、希望と期待感に満ちてる。エルレファイさんが最初に語っていた「僕たちは世界に影響を与える力になれる」という感覚が、多くの人に伝染していったんでしょう。
Phrona:でも同時に、これからが本当の試練ですよね。11月の本選挙、そして当選した場合の市政運営。不動産業界や富裕層、既得権益層は必死に反撃してくるでしょうし。
富良野:記事でも指摘されていましたが、家賃凍結、富裕層への増税、親労組政策を実現するには、選挙で築いた市民の力を持続させる必要がある。一過性の熱狂で終わらせるわけにはいかない。
Phrona:ニューヨークでの成功は他の都市にも影響を与えるでしょうね。
富良野:そして何より、この選挙戦を通じて数万人の人が政治的な力を身につけた。これは長期的に見て、アメリカの政治地図を塗り替える可能性を秘めてるかもしれません。
ポイント整理
DSAの革新的な選挙戦略の特徴
フィールド・ファースト戦略: 従来の選挙運動とは逆に、現場での有権者との直接対話を最優先とし、広報や資金調達はそれを支援する役割に位置づけた革新的なアプローチ
4層構造の組織化システム: ボランティア→フィールドリーダー→フィールドコーディネーター→キャンペーンスタッフという段階的なスキルアップを可能にする仕組みで、専門知識の民主化を実現
スケールアップの実現: DSAの6,000-7,000人のメンバーを「種銭」として、最終的に50,000人のボランティアを動員する拡張可能な組織モデルの構築
市民参加の新しい形
自発的な政治参加の創出: 金銭的報酬ではなく政治的信念に基づく参加により、従来の選挙運動では不可能な規模の市民動員を実現(160万軒の戸別訪問、230万回の電話)
政治的エンパワーメントの体験: 単なる投票者から政治的行為者への転換を促し、選挙後も継続的な政治参加への意欲を生み出す教育的効果
多様性と包摂性: DSAメンバー以外の市民も含む幅広い参加を可能にし、特に若年層、テナント、イスラム系住民など従来の政治から疎外されていた層の政治参加を促進
政治的インパクトと今後の展望
既存政治システムへの挑戦: 金権政治や既得権益に対する草の根市民の力による対抗軸の確立、民主主義の新しい可能性の提示
全国的な影響の可能性: ニューヨーク市の政治的中心性を活かし、他都市でのDSA型選挙運動の複製可能性と、アメリカ政治全体への長期的影響
持続可能性の課題: 選挙勝利後の政策実現における市民力の継続的動員の必要性と、既得権益からの反撃に対する準備の重要性
キーワード解説
【DSA(民主社会主義者アメリカ)】
アメリカ最大の社会主義組織で、草の根レベルでの政治活動を重視する市民団体
【フィールド・ファースト戦略】
現場での有権者との直接対話を選挙活動の中核に据える戦略
【ランク選択投票制】
有権者が候補者に順位をつけて投票する制度で、第三候補の立候補リスクを軽減
【フィールドリーダー】
戸別訪問活動で新人ボランティアの指導や当日の運営を担当する中間管理的役割
【種銭(シードマネー)】
組織拡大の初期投資として機能するDSAの既存メンバー基盤
【左派の力の大学】
政治的スキルと理念を同時に学ぶ場としてのDSA活動の教育的側面
【大きなスイング戦略】
従来の安全圏を超えて大胆な目標設定を行う組織化アプローチ
【欠乏マインドセット】
資源や人材の不足を前提とする従来の選挙運動の制約的思考
【左派リベラル連合】
民主社会主義勢力と進歩的リベラル勢力の政治的協力関係
【政治的瞬間】
トランプ現象と民主党主流派への不満が重なった現在の政治状況