Z世代の「配当幻想」── 高利回りETFに潜む甘い罠と苦い現実
- Seo Seungchul

- 10月28日
- 読了時間: 10分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Denitsa Tsekova et al. "The New American Hustle: Dividends Over Day Jobs" (Bloomberg Markets, 2025年9月4日)
概要:Z世代投資家による高配当ETFへの大規模な資金流入と、その背景にある労働観の変化、複雑なデリバティブ戦略の問題点を詳細に分析したBloombergの特集記事
何十年も学校に通い、一生働いて、運が良ければ数年楽しんで、そして終わり。これが100年以上にわたってアメリカ人に売られてきた人生設計です。しかし、今の若い世代はこの取引を「詐欺だ」と言い切っています。
2025年7月のある金曜日の午後、マンハタンのミッドタウンに20数名の若い個人投資家が集まりました。彼らが説く道は、給料ではなく配当によって舗装されたもの。「新しいタイプの配当戦略にお金を注ぎ込み、その安定した現金の流れを使って9時5時の生活から逃れよう」というのが彼らの合言葉です。それが長期的にポートフォリオにダメージを与えるかもしれないことは、気にしていません。
この「配当してまったり」とも呼べる現象の背景には、アメリカの若い世代が抱える深刻な経済不安があります。インフレ、手の届かない住宅価格、AIによる経済破綻の恐れ。そんな中で生まれた、いくつもの「宗教的投資運動」の一つが、この高配当ETFブームなのです。
「働く」ことへの根本的な疑問
富良野:この記事、読んでいてゾッとしましたね。26歳のEli Breeceさんの「祖父は工場で一生働いた。僕は65歳まで資金を封印したくない」という言葉が象徴的です。
Phrona:本当に。でも彼の気持ち、分からなくもないんです。私たちの世代だって、年金制度の将来に不安を感じているし、終身雇用なんてもう幻想ですから。
富良野:ただ、彼らが選んでいる解決策が問題なんです。記事によると、高配当ETF市場は過去3年で4倍に成長して1600億ドル規模。一見すると魅力的に見えるけれど、実際の仕組みを見ると...
Phrona:MSTYっていうETFの例が衝撃的でした。マイクロストラテジーの株を直接買った人は10万ドルが46万3000ドルになったのに、このETF経由だと34万3000ドル。さらに配当を生活費に使った人は27万ドルしか残らなかった。
富良野:そうなんです。しかも最終的にETF自体の価値は7万3000ドルまで目減りしている。つまり、配当をもらっているつもりで、実は自分の元本を切り崩していただけという話です。
複雑なカラクリと心理的な罠
Phrona:でも、なぜこんなことが起きるんでしょう? 従来の配当株とは何が違うんですか?
富良野:従来の配当は企業が実際に稼いだ利益の一部を還元するものです。でも、これらの新しいETFは「カバードコール」という複雑なオプション戦略を使っている。株を保有しながら、その株の売る権利を他の人に売るんです。
Phrona:うーん、ちょっと難しいですが...権利を売った分だけ即座に収入は得られるけれど、株価が大きく上がったときの利益は諦めることになる、ということですか?
富良野:まさにその通り。ボストン大学のサミュエル・ハーツマーク教授が研究している「無料配当の錯覚」という現象です。投資家は配当と値上がり益を別々のものだと思いがちで、配当が高いほど得だと錯覚してしまう。
Phrona:モーニングスターのクリスティン・ベンツさんが言っている「手の中の鳥の心理的魅力」ですね。確実に手に入る配当の方が、不確実な将来の値上がり益より魅力的に感じる。
富良野:ただ、その「確実」だと思っている配当が、実は元本の切り崩しだということを理解していない人が多い。QVR AdvisorsのベンN・アイファートが「彼らは人々を騙している。収入を得ていると思わせているが、実際は自分のお金を返しているだけ」と批判しているのは、まさにこの点です。
若い世代の経済的現実
Phrona:でも、記事に出てくる27歳のセザール・アルテアガさんの話を読むと、彼らを責めるだけでは済まない気がします。モンタナに引っ越したけど仕事が見つからない、だから高配当ETFに手を出した、って。
富良野:そうですね。彼は「光るものに飛びつく症候群」があると自分で言っていますが、オプション取引で1万5000ドル失って、ミームコインで取り返して、今度は高配当ETFにハマっている。でも根本にあるのは経済的な不安定さです。
Phrona:家と車2台を売って、さらに3万ドルのマージンローンまで使って16万ドルを投資。月9000ドルの配当収入を期待しているけれど、ローンの支払いや税金は計算に入れていない...
富良野:非常に危険ですよね。しかも、これらのデリバティブベースの配当は通常の配当より高い税率で課税される。NEOSの共同創設者トロイ・ケーツが「投資家は宿題をしなければならない」と言っていますが、そういう重要な情報がきちんと伝わっていない。
インフルエンサー文化と情報の質
Phrona:気になるのは、彼らがどこでこういう投資方法を学んでいるかです。記事では、YouTubeチャンネルやRedditのコミュニティが出てきますが。
富良野:「配当で退職」というFacebookグループを作ったマーク・ヴァンワーゲネンさんは、妻の退職金口座を解約してYieldMaxのETFに投資している。アカウンタントとして働きながら、投資収入で住宅ローンやガス代、ネット代を払っているそうです。
Phrona:彼のYouTube動画では、30億ドル規模のULTYというETFについて「47%の資本減価は残念だが、それでも収入は良い」と言っている。つまり、問題を理解しながらも推奨している?
富良野:そこが複雑なところです。YouTubeチャンネル「Live off Dividends & Options NOW!」を運営するトーマス・ベルさんは、父親が電気技師として働いて貯金していたのを見て、「22歳で大学を卒業した時は若くて見た目も良いけどお金がない。どうやって早くお金を手に入れるか?」と考えた、と言っています。
Phrona:彼の気持ちも分からなくはないですが、2022年にウォール街の銀行を辞めて、資産の60%を高配当戦略に投資して年間6万5000ドルの配当を得ている...これって持続可能なんでしょうか?
富良野:記事を見る限り、かなり疑問ですね。そして、こういう成功談がSNSで拡散されて、より多くの若い人を引き寄せている。YieldMaxが7月にナスダックでフィンフルエンサーたちとイベントを開催したのも、そういうマーケティング戦略の一環でしょう。
規制の現状と課題
Phrona:規制当局はこの状況をどう見ているんでしょうか? こういう商品を野放しにしていいんですか?
富良野:実は、2019年以降のSECによる規制変更が、こうしたETFの承認とデリバティブルールを簡素化して、この波を可能にしているんです。皮肉な話ですが、規制緩和が問題を生んでいる側面もある。
Phrona:でも、SECも懸念は示しているんですよね?
富良野:はい。ただ、規制が追いついていないのが現状です。そして、YieldMaxのマイケル・ヴェヌートのように「基礎となる株式をただ所有したいなら、基礎となる株式を所有すればいい。我々は基礎を打ち負かそうとしているのではなく、株式のボラティリティを収入に変えようとしている」と開き直る運用会社もある。
Phrona:つまり、リスクを理解した上で買えということですか? でも、実際にはそのリスクが十分に理解されていない。
富良野:まさにそこが問題です。アルファ・アーキテクトのウェス・グレイCEOが「イールド商品は安全に感じるから投資家にアピールするが、通常は税効率が悪く、秘伝のソースに装った高価な神話だ」と厳しく批判しているのも、そういう理由からです。
より良い選択肢はあるのか
Phrona:じゃあ、若い人たちはどうすればいいんでしょう? 従来通り「コツコツ働いて老後に備えろ」と言うのも、現実的じゃない気がします。
富良野:難しい問題ですね。記事に出てくるEli Breeceさんは比較的保守的で、ポートフォリオの40%をシュワブの配当ETFに投資して月500ドルの配当を得ている。これぐらいなら、それほど無茶ではない。
Phrona:でも、それだけでは生活できませんよね。彼も「10年後、20年後に仕事を選択制にしたい」と言っているけれど、現実的にはまだ働き続ける必要がある。
富良野:そうなんです。JPモルガンのJEPIのように、比較的慎重なアプローチを取るファンドもありますが、それでも開始以来S&P500を58ポイント下回っている。ハミルトン・ライナー運用責任者は「目標は収入提供とボラティリティの最小化で、リターンの最大化ではない」と言っていますが。
Phrona:結局、リスクとリターンのトレードオフから逃れることはできない、ということですね。
富良野:ただ、彼らの働き方への疑問自体は正当だと思います。問題は、その解決策として選んでいる投資戦略が、実は目標と正反対の結果をもたらす可能性があることです。
新しい働き方への模索
Phrona:全体として見ると、これは単なる投資の話ではなくて、働き方や生き方の話でもありますよね。
富良野:まさに。記事のタイトルが「新しいアメリカン・ハッスル:日雇いより配当」となっているのも象徴的です。従来の労働モデルに対する根本的な疑問が背景にある。
Phrona:ベルさんの「大学を卒業したとき、22歳で若くて見た目も良いけどお金がない。どうやって早くお金を手に入れるか?」という問いも、ある意味では切実です。
富良野:ただ、「早くお金を手に入れる」ことと「持続可能な資産形成」は別物です。短期的な収入と長期的な資産価値のバランスをどう取るかが重要で、それには金融リテラシーの向上が不可欠です。
Phrona:でも、そういう教育を受ける機会が限られているのも事実ですよね。結局、YouTubeやRedditに頼らざるを得ない。
富良野:そこが根本的な問題かもしれません。信頼できる金融教育の機会を増やすことと、もっと柔軟で多様な働き方を可能にする社会システムの構築が必要でしょうね。投資だけに頼るのではなく、複数の収入源を持つポートフォリオ的な働き方も一つの答えかもしれません。
ポイント整理
高配当ETFブームの背景と実態
Z世代投資家の間で従来の労働モデルへの反発が強まり、配当収入による経済的自立を目指す動きが拡大している
高配当ETF市場は過去3年で4倍に成長し約1600億ドル規模に達し、年利8%超の攻撃的商品だけで約1600億ドルの資産を集めている
YieldMaxなどの運用会社が2022年以降50以上のETFを新規設定し、年利100%超を謳う商品も登場している
デリバティブ戦略による配当生成の問題点
新世代高配当ETFはカバードコール戦略など複雑なオプション取引を活用して高い配当率を実現している
MSTYの例では、直接株式投資なら46万3000ドルの価値になったが、ETF経由では34万3000ドル、配当を引き出した場合は27万ドルまで減少
多くの場合、高配当の実態は元本の切り崩しであり、ETF価値の継続的な減少を伴う構造になっている
投資家の実例と危険な行動パターン
27歳のセザール・アルテアガ氏は家と車2台を売却し、3万ドルのマージンローンを活用して16万ドルを投資
月9000ドルの配当収入を期待しているが、ローン返済や税負担は考慮に入れていない
オプション取引やミームコインの経験を経て高配当ETFに移行するなど、「光るものに飛びつく症候群」的な投資行動が見られる
税務上の問題と隠れたコスト
デリバティブベースの配当は通常の適格配当とは異なり、通常所得税率で課税される
高い管理手数料と複雑な取引コストが長期リターンを圧迫する
JPMorganのJEPIのような比較的保守的なファンドでも、開始来S&P500を58ポイント下回る結果となっている
ソーシャルメディアを通じた情報拡散の影響
YouTubeチャンネル「Dividendology」(21万7000フォロワー)や Reddit「r/dividends」(78万メンバー)などで情報が拡散されている
マーク・ヴァンワーゲネン氏のFacebookグループ「Retire on Dividends」(3万メンバー近く)やYieldMax専用subreddit(7万メンバー)が情報発信拠点となっている
成功事例が強調される一方で、構造的リスクの説明が不十分な場合が多い
キーワード解説
【カバードコール戦略】
保有株式に対してコールオプションを売却し、プレミアム収入を得る代わりに株価上昇時の利益を制限する投資手法
【YieldMax】
オプション戦略ベースの高配当ETFを専門とする運用会社。2022年以降50以上のETFを設定
【MSTY】
YieldMax MSTR Option Income Strategy ETF。マイクロストラテジー株を対象としたカバードコール戦略ETF
【FIRE運動】
Financial Independence, Retire Early(経済的独立・早期退職)を目指すライフスタイル運動
【無料配当の錯覚】
投資家が配当と株価変動を別々に捉え、配当を追加収入と誤認する心理的バイアス
【デリバティブ】
株式や債券などの原資産から派生した金融商品。オプション、先物、スワップなどが含まれる
【分配率】
ETFが支払う分配金の年率換算値。元本切り崩しを含む場合があるため注意が必要
【マージンローン】
証券担保ローン。保有証券を担保として追加資金を借り入れる仕組み
【フィンフルエンサー】
金融・投資分野でSNSを通じて影響力を持つインフルエンサー
【適格配当】
優遇税率が適用される配当。通常の配当所得税率より低い税率で課税される