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「すべてはカニになる」?── インターネットミームが示す現代人の奇妙な進化

更新日:8月24日

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Michael Garfield "Are humans destined to evolve into crabs?"  (Aeon, 2025年7月4日)


  • 概要: 生物学的な「カニ化」現象から始まり、人類の技術依存と文明の発展を、カニの進化パターンとの類似性を通じて考察したエッセイ



最近、ネット上で「すべてはカニになる」というミームが話題になっています。一見するとただのネタ画像に見えますが、実はこの現象の背後には、私たちの生活と進化に関する興味深い洞察が隠れているかもしれません。


生物学の「カニ化」という実際の現象から始まって、なぜ人間はカニに魅力を感じるのか、そして私たちの暮らしは本当にカニに似てきているのか。富良野とPhronaが、身近な例を交えながらこの不思議なテーマを掘り下げていきます。


読み終わる頃には、手の中のスマートフォンや毎日の通勤電車が、少し違って見えるかもしれません。




なぜカニなのか?


Phrona:富良野さん、最近ネットで「すべてはカニになる」っていうミーム、見かけたんですけど、あれって何なんでしょう?ただのネタにしては、妙にリアリティがある気がして。


富良野:ああ、あれですね。ただのネタにしては、妙にリアリティがありますね。


Phrona:でも不思議じゃないですか?なんでカニなんだろうって。犬とか猫とか、もっと身近な動物もいるのに、なぜかカニに収束してる。これって偶然なんでしょうか?

富良野:実は、生物学的には全然偶然じゃないんですよ。「カニ化」って実際にある現象で...


Phrona:え、本当にあるんですか?


富良野:はい。違う種類の生き物が、独立してカニみたいな姿になることがあるんです。ヤドカニとかエビガニとか、5つくらいの全然違うグループが、それぞれ別々にカニっぽくなってる。


Phrona:へー...ってことは、カニって何か特別な形なんですね。でも、それが人間と関係あるとは思えないんですが。


富良野:そこなんですよね。僕も最初はそう思ってたんですけど。


殻に包まれた生活


Phrona:でも考えてみると、私たち人間って、なんでカニに対してこんなに複雑な感情を持つんでしょう?映画でも小説でも、巨大なカニって必ず悪役で出てくるじゃないですか。ゴジラみたいに。


富良野:確かにそうですね。


Phrona:でも同時に、なんか親近感も湧くんですよね。完全に異質じゃない感じがする。なんでだろう?


富良野:それって、もしかしたら僕たち自身がカニっぽくなってるからかもしれませんね。


Phrona:え?どういうことですか?


富良野:例えば、今の僕たちって常に何かの「殻」に包まれて生きてるじゃないですか。


Phrona:殻...ああ、家とか車とかですか?でも、それって道具でしょう?


富良野:でも考えてみてください。裸で外に放り出されたら、僕たちってほとんどの場所で生きていけませんよね。


Phrona:それは...確かにそうですね。私なんて、スマホがないと道も分からないし、電車の時間も調べられない。


富良野:現代人が使うエネルギーって、道具込みで計算すると同じ体重の哺乳類の30倍以上になるらしいんですよ。


Phrona:30倍も?そんなに...


富良野:一人で象10頭分くらいのエネルギーを使ってる計算になります。冷蔵庫、車、スマホ、それを作る工場、電気を供給する発電所、全部含めてですけど。


Phrona:うわー、そう言われてみると、私たちって巨大な「外骨格」を着てるようなものなんですね。


見ることの変化


Phrona:でも、エネルギーの話だけじゃなくて、情報の取り方も変わってませんか?私、最近気になってるんですけど。


富良野:どんな風に?


Phrona:ツイッター見ながら、インスタ見ながら、ニュースも見ながら...って、同時にいくつものことを見てる。でも、ちゃんと理解できてるのかなって。


富良野:ああ、それはカニの複眼に似てるかもしれませんね。


Phrona:複眼?


富良野:カニって、小さな目がたくさん集まった複眼を持ってるんです。あちこちの情報を同時に処理できる。


Phrona:でも、カニの場合はちゃんと一つの像として見えるんですよね?私たちの場合は、バラバラの情報が頭の中でごちゃごちゃになってる感じがします。


富良野:そうなんです。情報は増えたけど、理解は深まってない。


Phrona:しかも、それぞれのアプリが私たちの注意を奪い合ってるから、落ち着いて考える時間がない。常に何かに反応してる状態。


富良野:カニが危険を察知したときに攻撃的になるのと似てるかもしれませんね。


分割される私たち


Phrona:それで思い出したんですけど、SNSって変だと思いませんか?私、ツイッターの私とインスタの私と職場の私って、全然違うキャラクターになってるんです。


富良野:分かります。僕もそうです。


Phrona:でも、これって健全なんでしょうか?本当の私ってどれなんだろうって、時々分からなくなります。


富良野:フランスの哲学者ドゥルーズが、現代人を「分人」って呼んだことがあるんです。


Phrona:分人?


富良野:一人の人間(individual)じゃなくて、分割された存在(dividual)だって。場面ごとに違う人格を使い分けてる。


Phrona:ああ、それすごく分かります。でも、昔だって家族の前と友達の前では違ったんじゃないですか?


富良野:確かにそうですね。でも、今は何十ものプラットフォームで、それぞれ違うキャラを演じてる。


Phrona:しかも、それぞれの場所で他の人と競争してますよね。「いいね」の数とか、フォロワー数とか。


富良野:そうなんです。本当は「いいね」って無限にあるはずなのに、なぜかゼロサムゲームみたいに感じてしまう。


Phrona:誰かが多く貰えば、相対的に自分の価値が下がるような気がしちゃう。でも、考えてみれば変ですよね。


効率化の代償


Phrona:でも、技術の進歩って基本的にはいいことなんじゃないですか?便利になったし、昔よりずっと豊かになった。


富良野:もちろんそうです。ただ、カニの進化を見ると、何かを得るために何かを失ってることが多いんですよ。


Phrona:例えば?


富良野:カニの祖先って、今のエビやロブスターみたいに長い尻尾を持ってたんです。


Phrona:尻尾?何に使うんですか?


富良野:主に逃げるためです。エビやロブスターが尻尾をバタンと曲げて後ろに飛び退くの、見たことありません?


Phrona:あー、ありますね!でも、カニってそれができないんですか?


富良野:そうなんです。平たい体型になる過程で尻尾を失った。代わりに硬い殻と強いハサミを手に入れて、戦う戦略に特化したんです。


Phrona:なるほど、逃げるより戦う方を選んだんですね。で、私たちも似たようなことが起きてるってことですか?


富良野:そう思います。例えば、スマホがあるから地図が読めなくなったとか、電卓があるから暗算ができなくなったとか。


Phrona:ああ...確かに。私、道案内がないと知ってる場所にも行けなくなってます。これが現代版の「尻尾を失う」ってことなんですね。


カニの恐怖、カニの魅力


Phrona:でも、そうやってカニ化が進むとして、なんで私たちはカニを怖がるんでしょう?映画とかでは必ず敵役じゃないですか。


富良野:確かにそうですね。H.G.ウェルズの『タイムマシン』でも、遠い未来にはカニしか生き残ってないって設定でしたし。


Phrona:でも考えてみると、カニって効率的で無駄がない。ある意味では理想的な形かもしれないのに、なんで恐怖の対象になるんだろう?


富良野:もしかしたら、カニが人間らしさの対極にあるものを象徴してるからかもしれませんね。


Phrona:人間らしさの対極?


富良野:感情とか創造性とか、効率だけでは測れないもの。カニって、とても機能的だけど、そういう「無駄」がない。


Phrona:ああ、なるほど。私たちが恐れてるのは、効率化の先にある「人間らしさの喪失」なのかもしれませんね。


富良野:そうかもしれません。だから巨大なカニが出てくる映画って、いつも「人間性 vs 機械」みたいなテーマになってる。


希望はあるのか?


Phrona:でも、このままカニ化が進んじゃうんでしょうか?それとも、別の道もあるんですか?


富良野:実は、生物学では「脱カニ化」という現象もあるんです。


Phrona:脱カニ化?


富良野:一度カニになった生き物が、また違う形に進化することです。環境が変われば、カニが最適解じゃなくなる場合もある。


Phrona:へー!例えばどんな風に?


富良野:泳ぎが得意になったカニとか、穴掘りが上手になったカニとか。平たい体型じゃない方が有利な環境もあるんです。


Phrona:そうか、カニって「最終形態」じゃないんですね。


富良野:そうです。しかも統計的には、魚型に進化する生き物の方が多いらしいんですよ。


Phrona:魚...群れで泳ぐ魚ですね。一匹じゃ弱いけど、みんなでいると強い。


富良野:人間も本来は群れの動物ですからね。


Phrona:だから、私たちも選択できるってことですか?カニになるか、魚になるか。


富良野:そう思います。技術を使いこなしながらも、人間らしい繋がりを大切にする。効率だけじゃなくて、創造性とか思いやりとかも重視する。


Phrona:硬い殻に閉じこもるより、自由に泳ぎ回る方がいいですもんね。でも、それって意識的に選ばないといけないってことですよね?


富良野:そうですね。放っておけば、システムの方が僕たちをカニ化させようとしてくる。


Phrona:じゃあ、時々は殻から出て、素の自分で人と話すことも大切なのかな。




ポイント整理


  • カニ化は実際の生物現象

    • 異なる系統の生き物が独立してカニ型の体型に進化する収束進化

  • 現代人の「外骨格」依存

    • 技術なしでは生存困難で、一人当たり象10頭分のエネルギーを消費

  • 情報処理の断片化

    • 複眼のように多数の情報源から情報を得るが、統合が困難

  • アイデンティティの分割

    • SNSなど複数のプラットフォームで異なるキャラクターを演じる現代の「分人」状態

  • 効率化の代償

    • 便利さを得る一方で基本的能力が低下(地図読み、暗算など)

  • カニの象徴性

    • 効率性と機械的冷たさの象徴、人間らしさの対極として恐怖の対象

  • 競争的思考の浸透

    • 本来無限であるはずの「いいね」などをゼロサムゲームとして認識

  • 脱カニ化の可能性

    • 生物学的には魚型進化の方が多く、協調性・柔軟性重視への転換可能性



キーワード解説


【カニ化(carcinisation)

異なる系統の甲殻類が独立してカニのような体型に進化する現象


【収束進化

系統の異なる生物が似た環境で似た特徴を獲得すること


【外骨格

体外にある硬い保護構造。比喻的には人間の技術依存システム全体


【複眼

多数の個眼からなる目。現代の断片化された情報処理の比喩


【分人(dividuals)

ドゥルーズの概念。統一された個人ではなく、状況に応じて分割される現代の主体


【ゼロサムゲーム

誰かの利益が他者の損失となる競争関係


【脱カニ化(decarcinisation)

カニ型から他の体型への進化的変化


【群れの知恵

個体の能力を超えた集合的な問題解決能力



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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