「パナマの成功」は繰り返せるのか?──ベネズエラ情勢をめぐる中南米諸国の対応とトランプの「ディール至上主義」のリスク
- Seo Seungchul

- 1月4日
- 読了時間: 23分
更新日:1月6日

シリーズ: 行雲流水
トランプ政権がベネズエラのマドゥロ大統領を拘束したというニュースを見て、歴史に詳しい人なら1989年のパナマ侵攻を思い出すかもしれません。当時も「麻薬密輸」を口実に、ノリエガ将軍がアメリカに連れ去られました。しかし、37年前の「成功体験」を今回も再現できるのでしょうか。
ベネズエラという国が抱える複雑さは、アフガニスタンの終わりなきゲリラ戦、ハイチの国家崩壊、イラクの資源争奪戦──過去20年間にアメリカが経験した「失敗のすべて」を凝縮したかのようです。しかも、トランプ大統領は早くも民主派のマチャド氏を「統治能力がない」と切り捨て、旧体制との取引を示唆しています。
富良野とPhronaが、国際法の正当性から中南米の分裂、そして「民主主義なきディール」の行方まで、この歴史的事件の深層を読み解きます。
「パナマの再現」という幻想
富良野:今回のベネズエラ攻撃、トランプ政権は明らかに1989年のパナマ侵攻をモデルにしていますよね。「麻薬テロ」を口実に、相手国のトップを「犯罪者」として米国内で起訴し、軍事行動を「法執行の延長」として正当化する。このロジックの組み立て方がそっくりです。
Phrona:ええ、でも「似ている」ことと「同じようにうまくいく」ことは、まったく別の話ですよね。パナマって、そもそもどういう国だったか考えると……。
富良野:実は、パナマという国家そのものがアメリカの作品なんです。1903年、セオドア・ルーズベルト大統領が運河建設のために、コロンビアの一部だったパナマ地峡を強引に独立させた。独立からわずか15日後には、アメリカに運河地帯の永久的な統治権を与える条約が結ばれています。
Phrona:つまり、生まれた瞬間からアメリカの「プロジェクト」だった国に対して、アメリカが介入したわけですね。自分の庭の掃除みたいな感覚があったのかもしれない。
富良野:その表現、的確だと思います。しかもノリエガ自身、長年CIAの協力者だった。かつてブッシュ大統領がCIA長官だった時代からの知己です。「飼い犬が手に負えなくなったから始末した」というのが、パナマ侵攻の本質でしょう。
Phrona:ベネズエラは全然違いますよね。スペインからの独立以来、独自の歴史とナショナリズムを持つ国。しかも「ボリバル主義」という反帝国主義の思想的支柱がある。
富良野:そう、ベネズエラにはパナマのような「アメリカの手で国がつくられた」という歴史がない。米軍の介入は、完全なる侵略者として受け止められる。この違いは、占領後の統治において致命的な差になりえます。
国際法という「建前」の崩壊
Phrona:国際法の観点から見ると、どちらの作戦も相当苦しい立場にあるんですよね?
富良野:そうなんですが、苦しさの質が違います。1989年のパナマには、一応「言い訳」がいくつかあった。まず、パナマ運河条約という二国間の取り決めがあって、運河の安全を守る権利が米国に認められていました。
Phrona:運河という具体的なインフラを守るという大義名分があったと。
富良野:それに加えて、ノリエガ支持派による米兵殺害事件が発生していたので、「米国民の保護」という自衛権の主張も、苦しいながらも成り立った。さらに、侵攻直前に選挙で勝利したとされるエンドアラ氏を大統領として宣誓させ、彼が米軍を「招待した」という形式をとっています。
Phrona:形式的には「正当な政権の同意」があったことにしたわけですね。
富良野:ただし、国連総会では「国際法の著しい違反」として非難決議が採択されています。当時の日本は棄権しましたが。
Phrona:今回のベネズエラはもっと厳しい?
富良野:はるかに厳しい。まず、該当する二国間条約がない。「麻薬テロ」という米国内法の概念を、他国への武力行使の根拠にしている。これは国際法では通常、警察権の範疇であって、軍事攻撃の対象とはみなされません。
Phrona:自衛権の拡大解釈ということですか。
富良野:極端な拡大解釈です。そして最も問題なのは、現職の国家元首を武力で拘束したこと。国際法上、現職の国家元首には他国の刑事裁判権からの免除があります。ノリエガは「軍の実権掌握者」であって法的な国家元首ではなかったのですが、マドゥロ氏は──選挙の正当性に疑義があるとはいえ──現職大統領です。
Phrona:これが前例になると、気に入らない他国のリーダーを「犯罪者」と呼んで連れ去ることが可能になってしまう。
富良野:チャタムハウスなどの専門家が「危険な前例」と警告しているのは、まさにその点です。
ハイチ介入との対比
Phrona:1994年のハイチ介入は、国際法的にはどうだったんでしょう?
富良野:あれは極めて珍しい、そして強力な成功例です。まず、事前に国連安保理決議940号を取り付けている。「民主主義の回復」を理由に安保理が武力介入を認めた史上初のケースでした。
Phrona:しかも、介入される側のアリスティード大統領本人が、介入を要請していたんですよね。
富良野:そうです。アリスティードはハイチ初の自由選挙で選ばれた「疑いようのない正当なリーダー」で、クーデターで追放された後、亡命先から米国に介入を求めていた。だから主権侵害という批判を回避できた。
Phrona:今回のベネズエラとは正反対……。
富良野:まったく逆です。安保理決議なし、正当な政権の同意なし、米国の単独行動。国際法的な「防御可能性」という点では、ハイチが最強、パナマが苦しいながらも複数の根拠あり、そして今回のベネズエラは極めて脆弱、という順番になります。
分裂する中南米
Phrona:中南米諸国の反応も、1989年とはずいぶん違うようですね。
富良野:決定的に違います。1989年は冷戦終結直後で、多くの国が米国の行動を黙認せざるを得ない空気がありました。でも2026年の今、中南米は真っ二つに割れています。
Phrona:キューバやニカラグアは激しく反発しているんですよね。
富良野:ええ、キューバは「国家テロ」と断罪しています。彼らにとってベネズエラは、格安の石油供給を受ける代わりに医師や軍事顧問を派遣する相互扶助の関係にあった。マドゥロ政権の崩壊はエネルギー供給の遮断を意味し、国家存立の危機に直結します。
Phrona:キューバにとっては、単なる連帯以上の意味があるんですよね。
富良野:生存に直結しています。キューバは長年、ベネズエラから格安の石油供給を受ける代わりに、医師や軍事顧問を派遣するという相互扶助の関係にあった。マドゥロ政権の崩壊は、キューバにとってエネルギー供給の遮断を意味する。文字通り国家存立の危機なんです。
Phrona:ニカラグアのオルテガ大統領も同じ立場?
富良野:足並みを揃えています。オルテガ氏自身も米国から人権弾圧などで制裁を受けていますから、マドゥロ氏の拘束を「国際法を蹂躙する野蛮な行為」と非難している。しかも近年ニカラグアはロシアとの軍事協力を深めていて、「多極化した世界では、もはや米国の横暴は許されない」というトーンで、暗に中露の介入を期待するような姿勢も見せています。
Phrona:「明日は我が身」という恐怖もあるでしょうね。トランプ政権が「暴政の三首魁」と呼んでいた国々ですから。
富良野:まさにそこが核心です。トランプ政権は以前から、ベネズエラ、キューバ、ニカラグアを一つのセットとして敵視してきた。今回のベネズエラ攻撃が成功し、マドゥロ氏が米国内で裁かれるという既成事実ができれば、「次は自分たちのリーダーも麻薬やテロを口実に連れ去られるのでは」というドミノ倒しへの恐怖が、彼らを突き動かしています。
左派の「グラデーション」
Phrona:でも、キューバやニカラグアと、ブラジルのルラやメキシコのロペス・オブラドールは、一口に左派と言ってもまったく色が違いますよね。
富良野:非常に重要な指摘です。現在のラテンアメリカの左派、いわゆる「ピンク・タイド」は一枚岩じゃない。大きく二つのキャンプに分かれています。一方は、反米を国是として強権的な統治を行うキューバ、ニカラグア、ベネズエラの「強硬・革命派」。もう一方は、民主的選挙で選ばれ、市場経済も容認するブラジル、メキシコ、チリ、コロンビアなどの「穏健・民主派」。
Phrona:ルラやロペス・オブラドールにとって、マドゥロは「理想のリーダー」じゃないわけですね。
富良野:むしろ「頭の痛い隣人」でした。経済を破綻させ、大量の難民を送り込んでくる。ブラジルにはベネズエラ難民が100万人以上流入していて、国境地帯の負担は相当なものです。
Phrona:それでも米国の攻撃を批判するのは……。
富良野:「非介入原則」という絶対のルールがあるからです。メキシコのロペス・オブラドールにとって「内政不干渉」は外交の教典のようなもの。マドゥロを支持しているわけじゃなく、米国の「世界の警察官」的な振る舞いが自国に及ぶことを警戒している。
Phrona:ブラジルのルラ大統領も同じスタンス?
富良野:ルラは南米の盟主としてのプライドがあります。米国の独断専行は「南米の主権」を軽視するものと受け止める。彼が今回の攻撃を「一線を越えた」と明確に拒絶したのは、マドゥロへの連帯というより、「いかなる理由があれ、大国が武力で他国の政権を覆すこと」は、パナマ侵攻やチリのクーデターといったラテンアメリカの悲劇的な歴史を想起させるからです。
Phrona:法と対話による解決を求めると。
富良野:そうです。だから彼らの本音は「マドゥロはいなくなってほしいが、米国の手によって、あのような暴力的な形で退場させられるのは、中南米の安定と主権にとって極めて危険だ」というもの。今後、米国を支持するのではなく、「法と対話」を掲げて、米国と距離を置く中露と歩調を合わせる可能性が高い。
Phrona:チリのボリッチ大統領はどうですか?若い左派リーダーとして注目されていますよね。
富良野:ボリッチは興味深い立場にいます。彼はマドゥロ政権の人権弾圧を公然と批判してきた。つまり「左派だからマドゥロを助ける」という時代は終わっていて、怒っているのは「米国による武力解決」というプロセスに対してなんです。
Phrona:コロンビアのペトロ大統領は?ベネズエラと長い国境を接していますよね。
富良野:ペトロ政権は非常に複雑な立場です。左派として米国の介入には反対しているんですが、国内にはベネズエラを拠点とするゲリラ組織、ELNやFARC残党を抱えている。米軍の攻撃でベネズエラ側の統制が失われると、これらの組織がコロンビア側になだれ込んで、国内の治安がさらに悪化するリスクがある。
Phrona:かといって米軍に協力すれば、国内の左派支持層から批判される。
富良野:まさにジレンマです。ペトロ政権が米軍への協力を拒めば、国境地帯がゲリラの「聖域」になる。協力すれば政治的な代償を払う。どちらを選んでも痛みが伴う状況に追い込まれています。
「親米右派」の熱狂と不安
Phrona:一方で、アルゼンチンのミレイ大統領やエルサルバドルのブケレ大統領は歓迎しているんですよね。
富良野:熱烈な歓迎です。ミレイ氏はマドゥロ拘束の報を受けて「自由の進撃!」とSNSに投稿しました。彼はマドゥロ政権を「共産主義的な地獄」と呼んで激しく嫌悪していたので、米国の介入を「抑圧からの解放」と定義しています。
Phrona:トランプ大統領との同盟関係をアピールする狙いもある?
富良野:間違いなくあります。ミレイ氏はアルゼンチンを南米における米国の「筆頭パートナー」として印象づけようとしている。トランプ氏との緊密な関係を誇示することで、国内での求心力を高めたいという計算もあるでしょう。
Phrona:エルサルバドルのブケレ大統領はどうですか?
富良野:ブケレ氏は自分自身がギャング掃討のために超法規的な強権発動を行っている人物です。数万人規模の一斉逮捕、令状なしの拘束……人権団体から激しく批判されている。だから米国の「麻薬テロリスト掃討」という理屈には強い親和性がある。
Phrona:「犯罪者を捕まえるのに議論は不要」という発想ですね。
富良野:しかも、ブケレ氏には極めて現実的な「貸し」を作る意図も見えます。米国による介入主義を是認することで、自身の国内での強硬策に対する米国からの批判を封じ込めようとしている。
Phrona:伝統的に親米のコスタリカやドミニカ共和国はどうでしょう。
富良野:彼らはもう少し慎重ですね。コスタリカは伝統的に「法の支配」を重んじる国なので、武力攻撃そのものには微妙な言い回しをしている。でも「ベネズエラの民主主義回復に向けた決定的な一歩」として、マドゥロ不在の現状は歓迎するというスタンスです。
Phrona:ドミニカ共和国は?
富良野:観光や貿易で米国と深く結びついている国ですから、地域の不安定化を懸念しつつも、基本的には米国の行動を「地域全体の治安への貢献」として追認する立場。ただ、熱狂というよりは「やむを得ない」という雰囲気ですね。
Phrona:親米諸国にも不安はあるんですか?
富良野:当然あります。「麻薬テロ」を理由に米軍が介入できる前例ができることは、将来的に自国のリーダーが米国の意に沿わなくなった時のリスクにもなる。それに、攻撃後の混乱でさらに多くのベネズエラ難民が自国に流れ込んでくる恐怖もある。
Phrona:難民問題は親米・反米を問わず共通の懸念ですね。
富良野:そうなんです。すでにベネズエラからは700万人以上が国外に逃れていて、コロンビアに約300万人、ペルーに150万人、チリに50万人以上……。今回の攻撃で混乱がさらに深まれば、この数字は跳ね上がる可能性がある。
Phrona:1989年のパナマ侵攻時は、こういう分裂はなかったんですか?
富良野:なかった、というより「できなかった」に近い。当時は冷戦の論理で、多くの中南米諸国が米国に従わざるを得ない面があった。でも2026年は、米国以上に「過激な正義」を求めるミレイやブケレのような勢力と、主権を盾に米国と対峙するルラやペトロのような勢力に、大陸が真っ二つに割れている。この分裂は、1989年には見られなかった新しい現象です。
三つの陣営を俯瞰する
Phrona:ここまでの話を整理すると、中南米は大きく三つの陣営に分かれているわけですね。
富良野:そうですね。一つ目は、キューバ、ニカラグア、そしてベネズエラの「強硬・革命派」。反米を国是とし、相互に資源や人材を融通し合ってきた。彼らにとって今回の攻撃は、同盟の崩壊であり、次は自分たちが標的になるという実存的な脅威です。
Phrona:二つ目は、ブラジル、メキシコ、コロンビア、チリなどの「穏健・民主派」。
富良野:民主的選挙で政権についた左派で、マドゥロには批判的だけど、米国の武力介入には反対する。「非介入原則」という中南米の歴史的トラウマに基づいた立場です。彼らは米国と正面衝突はしないけど、協力もしない。
Phrona:三つ目がアルゼンチン、エルサルバドル、コスタリカなどの「親米・右派」。
富良野:介入を歓迎し、マドゥロの排除を「自由の勝利」と位置づける。ただ、その中にも温度差があって、ミレイやブケレのように熱烈に支持する「極右」と、コスタリカのように慎重に追認する「伝統的親米」に分かれます。
Phrona:この三つの陣営が、今後のベネズエラの行方をめぐって対立する。
富良野:しかも「穏健・民主派」にはブラジルやメキシコという大国が含まれている。彼らが米国の新政権を承認しない、経済協力を拒否する、といった行動をとれば、ベネズエラの復興は大幅に遅れる。パナマの時のように「米国が勝って終わり」にはならない構造的な理由がここにあります。
Phrona:米国にとっては、外交的な孤立のリスクもある。
富良野:すでに兆候が出ています。ルラ大統領は今回の攻撃を受けて、BRICSの枠組みでの結束を呼びかけている。中南米が米国離れを加速させ、中露に接近していく流れが、この事件をきっかけに強まる可能性があります。
隣国への波及──武装勢力の「聖域」
Phrona:近隣諸国の分裂は、ベネズエラ国内の武装勢力にも影響を与えますよね。
富良野:非常に大きな影響があります。マドゥロ氏が拘束された今、親マドゥロ派の武装勢力にとって、周辺国の政治的スタンスは「生存圏」を左右する問題になっている。
Phrona:つまり、逃げ場があるかどうか。
富良野:ええ。たとえばコロンビアのペトロ政権が米国の介入に反対し続けるなら、ベネズエラ側から逃げてくるゲリラを積極的に追い詰める理由がなくなる。国境地帯が「聖域」化して、米軍を翻弄する拠点になりえます。
Phrona:キューバやニカラグアからの支援は?
富良野:直接的な武器供与は難しいでしょうが、情報提供や地下活動のノウハウ、通信技術の支援は十分考えられる。彼らにとって、ベネズエラ国内で抵抗が続くことは、米国の視線を自国から逸らすための「防波堤」になりますから。
Phrona:武装勢力が自立して動く可能性もありますよね。
富良野:むしろそちらが深刻です。マドゥロ政権という「中央」を失ったことで、各武装組織は自分たちの資金源を確保するために、より過激な活動に走る可能性がある。
Phrona:「トレン・デ・アラグア」のような犯罪組織が……。
富良野:ええ、彼らは政治的な目的じゃなく「ビジネス」として動く。混乱に乗じてブラジルやチリ、さらには米国本土への移民ルートを支配し、人身売買や麻薬密輸を拡大させる恐れがある。すでに南米各国で彼らの活動が確認されていて、チリでは社会問題化しています。
Phrona:周辺国の分裂が、犯罪組織の拡散を助けてしまう構図……。
富良野:ブラジルのルラやメキシコのロペス・オブラドールが「法と対話」を掲げて米国の作戦に協力しない限り、武装勢力は国境を越えて安全に逃げ込める。彼らは米国を敵対視しているわけじゃないけど、「協力しない」というだけで、結果的にゲリラや犯罪組織の助けになってしまう。
中露の「冷徹な計算」
Phrona:中国やロシアはどう動くんでしょう。マドゥロを助けにくるとは思えないけれど……。
富良野:おっしゃる通り、彼らにとってベネズエラは「守り抜く対象」ではありません。でも「アメリカを泥沼に引きずり込み、外交的リソースを浪費させるための道具」としては、非常に価値がある。
Phrona:直接的な軍事介入はしないけど、間接的な嫌がらせを続けると。
富良野:ロシアにとって、今回の攻撃は最高の「反論の武器」です。米国が「主権侵害だ」とウクライナ侵攻を非難してきたことに対して、「米国も麻薬捜査を口実に他国の大統領を拉致しているではないか」と言える。
Phrona:「勢力圏の相互承認」を迫るカードにもなりますね。「米国が南米で好き勝手やるなら、ロシアが東欧で影響力を行使するのも当然だ」と。
富良野:中国は、軍事的な衝突を避けつつ、外交・経済面で「大人の対応」を演出するでしょう。国連で「米国の覇権主義が地域の安定を壊している」と繰り返し主張し、介入を嫌う国々の支持を取り込む。
Phrona:しかも経済的には、混乱に乗じてベネズエラ産原油をさらに安く買い叩くこともできる。
富良野:そうです。中露にとっての勝利とは、マドゥロを大統領に戻すことじゃない。米国がベネズエラの治安維持に莫大なリソースを割かざるを得なくなり、アジアやウクライナへの関与が手薄になること。「米国は自分勝手な侵略者だ」という認識が世界に広まること。それが彼らの狙いです。
「三つの地獄」の交差点
Phrona:ベネズエラの今後を考えると、過去のアメリカの介入の失敗がすべて重なっているような……。
富良野:まさにその通りで、アフガニスタン、ハイチ、イラクの「最悪のシナリオ」が同時に進行しているような状況です。
Phrona:アフガニスタン的な要素というと?
富良野:終わりのない「聖域」とゲリラ戦です。広大なジャングルと山岳地帯は、米軍のハイテク兵器でも捕捉しきれない。しかもマドゥロ政権が長年育てた都市民兵「コレクティーボ」や、コロンビア系の左翼ゲリラは、タリバンのように市民に紛れて抵抗を続ける準備がある。
Phrona:ハイチ的な要素は、国家の「ギャング化」ですか。
富良野:ええ、マドゥロ氏という「重し」が外れた瞬間、軍や警察が利権を奪い合う軍閥やギャングに変貌するリスクがある。ベネズエラにはすでに「トレン・デ・アラグア」という巨大犯罪組織があって、ハイチのギャング以上に重武装で国際的なネットワークを持っています。
Phrona:イラク的な要素は資源の呪い……。
富良野:世界最大の石油埋蔵量が、「復興の資金」ではなく武装勢力や腐敗した勢力による「奪い合いの種」になる。イラクで旧フセイン派を排除してISの誕生を招いたように、チャベス派を完全に排除すれば、大量の「武装した失業者」が反米勢力に合流するかもしれない。
Phrona:しかもベネズエラには、アフガンにはなかった石油、ハイチにはなかった広大な国土、イラクにはなかった南米全体への犯罪拡散リスクがある。
富良野:「史上最難」の介入になる可能性があります。1989年のパナマでは、軍を叩けば抵抗は終わった。でもベネズエラには「思想」「犯罪」「生存」が複雑に混ざった無数の小規模集団がいる。
民主主義という「看板」の切り捨て
Phrona:トランプ大統領は、民主派のマチャド氏をどう扱おうとしているんでしょう。
富良野:驚くほど冷淡です。攻撃直後の会見で、ノーベル平和賞を受賞した彼女について「とてもナイスな女性だ。しかし、彼女にはベネズエラ国内での支持がない。リスペクトもない。彼女がリーダーになるのは非常に難しい」と断言しました。
Phrona:民主化の象徴に対して、「ナイス」という軽い言葉を使いつつ「統治能力がない」と……。
富良野:しかも「我々が直接運営する」とまで言っています。民主派への権力譲渡ではなく、米国が一時的にベネズエラを「統治」し、インフラを米企業が整備すると。
Phrona:トランプさんにとって、制度構築とか統治能力の育成とか、そういう概念はコストがかかるだけでリターンが遅い「無駄」に見えているんでしょうね。
富良野:おそらくそうです。彼にとって外交は「価値観の布教」ではなく「損得勘定」。だから、マチャド氏の代わりに興味を示しているのが、マドゥロ政権のナンバー2だったデルシー・ロドリゲス副大統領なんです。
Phrona:独裁者マドゥロ一人は排除するけど、その下の統治機構はそのまま使う。「マドゥロ抜きのマドゥロ体制」……。
富良野:「米国に石油を流し、移民を止める」ことを条件に、彼らの支配を認める。これがトランプ氏にとっての「最も安上がりな勝利」の形でしょう。
「ディール」の行方
Phrona:トランプさんなら、事によるとマドゥロ本人との和解すら言いかねない気がします。さすがにないとは思いますが……。
富良野:完全には排除できないシナリオですね。北朝鮮やタリバンとの直接交渉の前例がある。もしマドゥロ氏が「ロシアや中国との縁を切り、石油の管理権を米国に戻し、移民を食い止める」と約束するなら、一夜にして評価を覆す可能性すらある。
Phrona:「彼は私の友人だ。素晴らしい仕事をした」と……。
富良野:トランプ氏が最も嫌うのは「金と命を使い続ける終わりのない戦争」です。だから、道徳的・法的な正当性を平気で手放して、かつての敵とでも握手する。1989年のブッシュ政権には「新世界秩序」という理想があったけど、トランプ氏にはそれがない。
Phrona:マチャド氏のような理想主義者は、「ディールの邪魔になる不確定要素」でしかない。
富良野:彼女を完全に敵に回すことはせず、たまに「ナイスな女性だ」と持ち上げたり式典に呼んだりして「正統性の看板」として利用し、実権は一滴も与えない。そういう扱いになるでしょう。
Phrona:「裏切られた民主派」がどう動くかも気になりますね。
富良野:トランプ氏はおそらく、エサをぶら下げつつのらりくらりやればどうにでもなると考えている。でも、民主派を切り捨てて旧体制と手を組んだ結果、「マドゥロを倒したはずが、より強固な軍事独裁を米国が承認する」という皮肉な結末になりかねない。
Phrona:かつてアメリカが各地に「親米独裁者」を立てた時代への、最も極端な形での回帰……。
富良野:マチャド氏が「裏切られた」と気づく頃には、ベネズエラの油田にはすでに米企業の旗が立ち、治安維持はマドゥロの元部下たちが担っている。そんな光景が目に浮かびます。
問いとして残るもの
Phrona:パナマ侵攻は「外科手術」のように短期間で終わって、それなりに安定したと言われていますよね。でも今回は……。
富良野:構造的にまったく違います。パナマは小さな「アメリカのプロジェクト」で、運河地帯に米軍基地があり、国防軍を叩けば終わった。ベネズエラは広大な資源大国で、反米の思想的支柱があり、周辺国は分裂し、中露が「泥沼化」を望んでいる。
Phrona:しかもトランプさんは「民主主義の制度構築」には興味がなく、「結果さえ出ればプロセスが汚くても構わない」という立場を貫ける人。
富良野:「勝利宣言」はできても、ベネズエラの治安を完全に回復できず、「終わりのない法執行」というコストの罠にはまるリスクがある。あるいは、「マドゥロは捕まえたから目的は達した」として早期に撤退し、後に残されるのは脆弱な傀儡政権と内戦状態……。
Phrona:「南米のアフガニスタン」になる可能性もあると。
富良野:1989年のパナマ侵攻が、冷戦終結後の「アメリカ一強時代」の幕開けを告げる成功体験だったとすれば、2026年のベネズエラ攻撃は、多極化した世界でのアメリカの「帝国としての限界」を露呈させる転換点になるかもしれません。
Phrona:「パナマの再現」どころか、パナマの時には存在しなかった無数の困難が待ち受けている。
富良野:この先、ベネズエラがどうなるかは、トランプ氏の「ディール」の腕前だけでなく、中露の思惑、近隣諸国の対応、そして何より──声を奪われたベネズエラの人々が何を選ぶかにかかっています。答えはまだ、誰にも見えていない。
ポイント整理
パナマ侵攻(1989年)とベネズエラ攻撃(2026年)の共通点
「麻薬テロ」を口実に他国のトップを「犯罪者」として米国内で起訴し、軍事行動を「法執行の延長」として正当化するロジック。電撃的な拘束と米国内への移送という手法。
パナマ侵攻との決定的な違い
国の成り立ち:パナマは1903年にアメリカが運河建設のためにコロンビアから独立させた「アメリカのプロジェクト」。ベネズエラはスペインからの独立以来の歴史と「ボリバル主義」という反帝国主義の思想的支柱を持つ。
軍事的環境:パナマには米軍基地があり、小国で軍も脆弱だった。ベネズエラは広大な国土に、都市民兵「コレクティーボ」、コロンビア系ゲリラ、巨大犯罪組織「トレン・デ・アラグア」など複数の武装勢力が存在する。
国際環境:1989年は冷戦終結直後でソ連は崩壊寸前、米国の一極集中だった。2026年は多極化が進み、中露がベネズエラを「米国を泥沼に引きずり込む道具」として利用するインセンティブを持つ。
国際法上の正当性
1994年のハイチ介入は国連安保理決議と正当な大統領の要請があり最も強固。パナマ侵攻は運河条約と自衛権で苦しいながらも複数の根拠あり。ベネズエラ攻撃は安保理決議なし、条約上の権利なし、現職国家元首の拘束という点で極めて脆弱。
中南米の分裂
キューバ・ニカラグア・ベネズエラの「強硬・革命派」と、ブラジル・メキシコなどの「穏健・民主派」は同じ左派でも性質が異なる。後者はマドゥロを救いたいわけではないが、「非介入原則」から米国を批判。右派のアルゼンチン・ミレイ政権やエルサルバドル・ブケレ政権は歓迎。
「三つの地獄」の複合
アフガニスタン的要素(終わりのないゲリラ戦と聖域)、ハイチ的要素(国家のギャング化と無政府状態)、イラク的要素(資源の呪いと旧勢力排除による武装失業者の発生)が同時に存在。
トランプの「ディール至上主義」
民主派マチャド氏を「統治能力がない」と切り捨て、旧体制(マドゥロ政権のナンバー2など)との取引を示唆。「民主主義の制度構築」よりも「石油を流し、移民を止める」実利を優先する姿勢。
中露の戦略
直接的な軍事介入はしないが、情報戦・サイバー攻撃・経済的裏口の提供で間接的に米国を疲弊させ、「米国は自分勝手な侵略者」という認識を世界に広めることが狙い。
キーワード解説
【Operation Just Cause(正当な理由作戦)】
1989年のパナマ侵攻の作戦名。米軍約2万6千人が投入され、数日でノリエガ政権を崩壊させた。
【トルホス・カーター条約】
1977年に署名されたパナマ運河に関する条約。運河の管理権を段階的にパナマへ移行し、1999年末に完全返還することを定めた。
【コレクティーボ(Colectivos)】
ベネズエラの親政権都市民兵組織。チャベス・マドゥロ政権下で武装化し、地域コミュニティに根を張っている。
【トレン・デ・アラグア(Tren de Aragua)】
ベネズエラ発の巨大犯罪組織。刑務所内で生まれ、南米各国および米国にまで活動を拡大している。
【ボリバル主義】
シモン・ボリバルの思想に基づく、ラテンアメリカの団結と反帝国主義を掲げるイデオロギー。チャベス政権が政治的基盤とした。
【暴政の三首魁(Troika of Tyranny)】
トランプ政権第一期にボルトン国家安全保障補佐官が命名した、ベネズエラ・キューバ・ニカラグアを指す呼称。
【ピンク・タイド(Pink Tide)】
2000年代以降の中南米における左派政権の台頭を指す。革命的な「赤」より穏健な「桃色」の潮流という意味。
【国家元首の不逮捕特権】
国際慣習法上、現職の国家元首は他国の刑事裁判権から免除されるという原則。
【失敗国家(Failed State)】
中央政府が領土の実効支配や基本的な公共サービスの提供ができなくなった国家の状態。