「掲げるだけで投獄」された旗──プエルトリコの三色旗が語る支配と抵抗の400年
- Seo Seungchul

- 6 日前
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更新日:5 日前

シリーズ: 行雲流水
カリブ海に浮かぶプエルトリコ。その象徴的な要塞で、三つの旗が風にはためいています。星条旗、プエルトリコ旗、そしてスペイン帝国時代の軍旗。一見すると「歴史の重なり」を美しく演出した光景に見えますが、その背景には驚くほど複雑な物語が隠されています。
実は、今では誇らしげに掲げられているプエルトリコ旗は、わずか70年前まで「所有しているだけで最大10年の禁固刑」という弾圧の対象でした。自宅の中に隠していても、警察が令状なしで踏み込んできて逮捕される。そんな時代があったのです。
なぜ一枚の旗がそこまで恐れられたのか。なぜ今、かつての支配者の旗と並んで掲げられているのか。そしてその「並び方」は、誰がどんな意図で決めているのか。
富良野とPhronaが、この小さな島に凝縮された植民地主義、アイデンティティ、そして抵抗の歴史をひもといていきます。旗という「布きれ」が持つ政治的な重みと、それをめぐる人々の葛藤が見えてくるはずです。
三つの旗が並ぶ奇妙な光景
富良野:先週、プエルトリコに出張で行ってきたんですよ。サンフアンでの仕事だったんですけど、半日だけ空き時間ができて、モロ要塞まで足を延ばしてみたんです。
Phrona:ああ、16世紀にスペインが建てた要塞ですね。世界遺産の。
富良野:そうそう。で、そこで面白いものを見たんです。要塞に掲げられている旗の組み合わせが、星条旗、プエルトリコ旗、それからスペイン帝国時代の軍旗。この三つが同時にはためいていて。
Phrona:スペイン帝国時代の軍旗というと、ブルゴーニュの十字ですか。白地に赤いX字の、節くれだった木の枝みたいなデザインの。
富良野:まさにそれです。最初は「歴史を大切にしてるんだな」くらいに思ったんですけど、よく考えるとちょっと待てよと。スペインって、プエルトリコを400年近く植民地支配していたわけで。
Phrona:その時代の旗を、今の支配者であるアメリカの旗と並べて掲げている。しかも管理しているのはアメリカの国立公園局。
富良野:そう、連邦政府の機関なんです。つまり、どの旗を、どの高さで、どこに掲げるかは、全部ワシントンD.C.の判断で決まっている。
Phrona:地元の人たちが「うちの歴史だからこうしたい」と言っても、最終決定権は連邦政府にあるわけですね。
富良野:ええ。で、国立公園局は「これは政治的な主張ではなく、18世紀の要塞を正しく再現するための歴史展示です」という立場をとっている。
Phrona:その「中立性」が、逆に何かを隠しているような感じがしますね。歴史の再現といっても、何を再現するか、どの時代を強調するかは、選択ですから。
「掲げただけで投獄」の時代
富良野:もっと驚くのは、今あんなに堂々と掲げられているプエルトリコ旗が、つい70年前まで禁止されていたってことなんです。
Phrona:口封じ法、Ley de la Mordazaですね。1948年から1957年まで。
富良野:そう。独立運動が激化した時期に、アメリカがプエルトリコで制定した法律で。旗を持っているだけで最大10年の禁固刑。自宅の中に隠していても、警察が令状なしで踏み込んできて逮捕できた。
Phrona:旗だけじゃなくて、独立を讃える歌を歌うことも、集会を開くことも、出版することも禁止。
富良野:徹底的なんですよ。なぜそこまでしたかというと、あの赤・白・青の旗が、独立運動の「団結のシンボル」になっていたから。旗を消せば、人々の愛国心も消せると考えたんでしょうね。
Phrona:でも、布を禁止しても、その布に込められた想いは消えない。
富良野:まさにそうで。だから結局、1952年に政府は方針を変えて、プエルトリコ旗を「公式旗」として認めることにした。ただし、条件付きで。
Phrona:色を変えたんですよね。
富良野:ええ。元々は明るい水色、スカイブルーだったのを、星条旗に似せて濃い紺色に変更させた。それから、常にアメリカ国旗と一緒に掲げることを義務付けた。
Phrona:独立のシンボルだったものを、「アメリカの一部としてのプエルトリコ」を示すシンボルに書き換えたわけですね。旗は残したけど、意味を奪った。
色が語る政治的立場
富良野:だから今でも、旗の青色が水色か紺色かで、その人の政治的スタンスがわかるんです。
Phrona:水色を使う人は独立志向、紺色を使う人は現状維持派、みたいな。
富良野:そういうこと。さらに2016年頃からは、黒と白に塗られたプエルトリコ旗が出てきた。
Phrona:それは初めて聞きました。どういう意味なんですか。
富良野:アメリカによる緊縮財政への抗議なんです。プエルトリコは2015年に財政破綻して、連邦政府が設置した管理委員会が予算を握るようになった。自分たちの島なのに、自分たちで決められない。
Phrona:それで、かつての口封じ法時代の抵抗精神を呼び起こすために、あえて色を消した旗を掲げていると。
富良野:サンフアンの旧市街を歩くと、壁に描かれた黒白の旗がいくつも見られるそうです。観光客向けのカラフルな街並みの中に、それが混じっている。
Phrona:観光資源としての「美しい歴史」と、今も続く政治的な葛藤が、同じ空間に共存しているんですね。
「歴史の再現」という名の政治
富良野:話をモロ要塞に戻すと、あそこでスペインの旗を掲げ続けることに対して、批判がないわけじゃないんです。
Phrona:植民地支配の美化だ、という声ですか。
富良野:そう。スペイン統治下では、先住民のタイノ族が過酷な労働を強いられて、アフリカからの奴隷貿易も行われていた。その時代の軍旗を高々と掲げるのは、抑圧された人々の子孫にとっては「栄光」じゃなくて「苦難」の象徴に見える。
Phrona:でも一方で、スペイン語やカトリック信仰は、アメリカ文化に対する「独自のアイデンティティ」の拠り所にもなっている。
富良野:そうなんです。だから「スペインの旗があることで、自分たちがアメリカ以前から続く古い文明を持っていることを示せる」という肯定的な見方もある。
Phrona:複雑ですね。かつての支配者の象徴が、今の支配者に対抗するための文化的な武器にもなりうる。
富良野:で、国立公園局としては、この対立に巻き込まれたくないから、「歴史的再現です」という中立的な立場を維持している。
Phrona:でも「中立」って、現状を変えないという意味では、現状を支持しているのと同じですよね。
富良野:鋭いですね。もしスペインの旗を下ろしたら「アメリカの同化政策だ」と批判される。アメリカの旗を下ろしたら連邦政府としての立場が崩れる。結局、三つ並べておくのが、最も波風を立てない選択なんでしょう。
旗の高さに宿る力関係
Phrona:そう考えると、あの三つの旗が並んでいること自体が、ある種のメッセージですね。
富良野:歴史の層が重なっている、という見せ方。スペイン、アメリカ、そしてプエルトリコ自身。
Phrona:でも、その「見せ方」を決める権限は、プエルトリコの人々にはない。
富良野:ないんです。連邦法と管理マニュアルに基づいて、ワシントンが決めている。あの美しい光景は、「誰がこの場所を管理しているのか」というパワーバランスを、最も明確に示している場所でもある。
Phrona:観光客は「歴史的な場所だな」と感動して帰っていく。でもその感動の裏側には、今も続く支配の構造がある。
富良野:しかも、それが「歴史の保存」という名目で正当化されている。歴史を語ることと、歴史を利用することの境界線って、本当に曖昧ですよね。
Phrona:旗って、結局は布じゃないですか。でもその布に、どれだけの意味が込められて、どれだけの人が傷ついて、どれだけの人が誇りを見出してきたか。
富良野:モロ要塞の風に吹かれるあの三枚の布は、400年分の支配と抵抗の記憶を背負っているんですね。
Phrona:観光地って、そういう重みを見えなくさせる装置でもあるし、逆に、知っている人には見えてしまう窓でもある。どちらの目で見るかは、見る側に委ねられている。
ポイント整理
モロ要塞の三つの旗
星条旗(現在の主権国アメリカ)、プエルトリコ旗(島のアイデンティティ)、ブルゴーニュの十字(スペイン統治時代の軍旗)が同時に掲げられており、プエルトリコの複雑な歴史の層を視覚的に表している
ブルゴーニュ十字
白地に赤いX字で節くれだった木の枝を模したデザイン。16世紀から18世紀にかけてスペイン帝国の軍旗として世界中の植民地で使用された。聖アンデレの殉教を象徴している
口封じ法(Ley de la Mordaza)
1948年から1957年までプエルトリコで施行された法律。プエルトリコ旗の所有・掲示、独立を讃える歌、集会、出版などを禁止し、違反者には最大10年の禁固刑または1万ドルの罰金が科された
旗の色の政治学
1952年にプエルトリコ旗が公式に認められた際、元々の明るい水色(スカイブルー)から星条旗に似せた濃い紺色(ネイビーブルー)への変更が条件とされた。現在でも旗の青色は政治的スタンスを示す指標となっている
黒白の抵抗旗
2016年頃から、アメリカによる緊縮財政への抗議として、色を消した黒と白のプエルトリコ旗がサンフアンの街中に現れるようになった。口封じ法時代の抵抗精神を現代に呼び起こすシンボルとなっている
国立公園局の管理
モロ要塞はアメリカ連邦政府の国立公園局(NPS)が管理しており、旗の掲揚に関する決定権は連邦政府にある。「歴史的再現」という中立的立場を維持することで、政治的対立を回避している
植民地主義への批判
スペイン統治下での先住民タイノ族への過酷な労働やアフリカ奴隷貿易の歴史があり、その時代の軍旗を掲げることを「植民地支配の美化」と批判する声もある
二重の植民地経験
プエルトリコは1898年にスペインからアメリカに移り、現在もコモンウェルス(自治連邦区)という実質的な領土のままであり、「支配者が代わっただけ」という見方も存在する
キーワード解説
【モロ要塞(サン・フェリペ・デル・モロ)】
1539年建設開始。プエルトリコ・サンフアンにあるスペイン統治時代の要塞。ユネスコ世界遺産「サンフアン歴史地区」の一部
【ブルゴーニュの十字(Cruz de Borgoña)】
スペイン・ハプスブルク家の紋章に由来する軍旗。1785年まで公式に使用された
【口封じ法(Ley de la Mordaza / Law 53)】
プエルトリコ独立運動を弾圧するために制定された法律。アメリカのスミス法をモデルにしている
【タイノ族】
カリブ海地域の先住民族。スペイン植民地化により人口が激減した
【コモンウェルス(自治連邦区)】
プエルトリコの現在の政治的地位。アメリカの領土だが州ではなく、住民は大統領選挙の投票権を持たない
【国立公園局(NPS)】
アメリカ内務省の機関。国立公園や国立史跡の管理を担当
【カルリスタ】
スペインの伝統主義的な政治運動。ブルゴーニュの十字をシンボルとして使用することがある