「人間にとっての知識」の終焉の前に――暗黙知の解体、そして残るもの
- Seo Seungchul

- 4月11日
- 読了時間: 13分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Arthur M. Diamond, "Scientific knowledge can lie beyond language"(IAI News, 2026年3月25日)
概要:科学や技術のブレークスルーを生む知識の多くは、言葉として表現できない「暗黙知」の形をとっている。しかし現代の制度——研究助成の審査、医療プロトコル、資格制度——は言語化された知識だけを評価の基準とするため、言語化できない洞察を系統的に排除してしまう。著者はこの構造的矛盾を乗り越えるために、成果に基づく資金配分、市民科学の復権、自己資金による研究・起業の促進を提案する。AIが言語化されたデータで学習する以上、暗黙知こそ人間の不可欠な強みとして残り続ける、という見立ても展開される。
「証明できない知識が、世界を動かしていた」——そう言われると、思い当たる節がある気がします。DNAの二重らせんを発見したクリックは、DNA塩基の化学的詳細を覚えられない人物だと同僚から見下されていた。でも発見したのは彼でした。言葉より先に、何かが見えていたから。経済学者アーサー・M・ダイアモンドのこの論文は、そういう「言語化できない知識」をめぐるパラドックスを問います。なぜ制度はそれを弾くのか。どう変えればいいのか。
でも、富良野とPhronaの対話が進むうちに、論文の前提そのものが次々と崩れていきます。そしてある問いに辿り着いたとき、話は技術論を離れ、もっと深いところへ向かいます。「知識」とは誰にとっての知識か、という問いへ。
言葉にならない知識が、命を救った
富良野: 論文の冒頭に出てくる看護師の話、読んでいてちょっと息が止まりそうになりました。担当外の赤ちゃんが急変するのを察知して、主治医の手に注射器を叩きつけた。
Phrona: 心臓モニターは正常を示していたのに。主治医でさえ別の診断をしていた中で、彼女だけが分かった。
富良野: しかも彼女自身、その場では説明できなかった。過去に同じ病態で亡くなった患者を担当したことがあって、その経験が体に染みついていたんでしょうけど、言語として出てくるより先に体が動いた。
Phrona: ダイアモンドが「暗黙知」と呼んでいるのはそれで——哲学者のマイケル・ポランニーが概念化した言葉で、自転車の乗り方みたいに、言葉じゃなく体と経験に宿っている知識のこと。
富良野: がん治療のミン・チウ・リーも似ていて。症状が消えた後も化学療法を続けるべきだという直感があって、プロトコルに違反した。プロトコルというのは、こういう場合はこう対応するという医療の手順書ですが——彼はそれを破ってクビになった。でも後になって、プロトコルに従った患者は亡くなっていて、彼の患者は生きていた。
Phrona: 直感が命を救ったのに、制度がその直感を罰した。しかもクビになった時点では、誰にも彼の正しさを証明できなかった。
富良野: 制度が「言語化されたもの」しか扱えないのは、理由があって。審査も評価も資格も、言葉や数字に変換できるものだけを対象にしないと、判断の根拠を示せない。あとは不正対策という側面もある——お金を出す側と仕事をする側の間には利害のズレが生まれやすくて、見かけだけ仕事をするような動機への対策として、書類審査や資格制度が機能してきた。
Phrona: 裏返すと、「言葉にできる人」が「実際にできる人」を上回る状況が生まれる。プレゼンが上手い研究者が、地味だけど本物の発見をしている研究者を押しのけるという。
富良野: ダイアモンドの処方箋は、コンテスト形式で実績を競わせること、自己資金による起業・研究の促進、市民科学の復権、という方向で。スティーブンソンのロケット号の話が出てきて——プレゼンは下手だったけど、実際に走らせて一番走り続けた機関車が勝った。
Phrona:説明ではなく成果で判断する、という発想ですね。
逆転——暗黙知こそ、AIが得意かもしれない
富良野: でも、ダイアモンドが「AIは言語化されたデータで学習するから、暗黙知は人間に残る」と言っているところで、僕は引っかかったんです。それは逆なんじゃないか、って。
Phrona:あ、確かに。人間が「なんとなくそう感じる」としか言えない理由のひとつは、脳の処理能力に限界があって、因果の連鎖を言葉で追いきれないからで。でもAIは、人間が「雑然としたデータ」としか見えないものの中から、膨大な変数の相関としてパターンを拾える。
富良野: しかもAIには、「何に注意を向けるか」という認知リソースの制約がはるかに低い。人間が「見るよう設定された範囲」でしか気づけないのと違って、設計なしで雑然としたデータ全体からパターンを掬い上げられる。
Phrona: だとすると、人間には「暗黙知」としか見えなかったものが、AIには「まだ言語化されていなかっただけの構造」として見える可能性がある。
富良野: 暗黙知は「言語化できない知識」ではなく「まだ言語化されていない知識」に過ぎなくて、AIはその言語化を人間より先にやってしまうかもしれない。
Phrona: 人間の拠り所となる「砦」どころか、暗黙知こそAIが最も得意な領域になる、という逆転ですね。
富良野: 「異端の直感」の話も、よく考えると生存者バイアスの塊で。ミン・チウ・リーが語り継がれるのは成功したから。プロトコルを破って患者を死なせた医師は記録に残らない。当たった直感だけが事後的に語られている。
Phrona: 「異端の直感」と「ただの偶然」を峻別する方法が、実はない。パターンとして再現できるならもう直感じゃなくてパターンだし、再現できないなら偶然かもしれない。
富良野: 身体知は今のところ別かもしれないけど、ロボティクスの進歩と合わさると、それも時間の問題な気がしてきます。
Phrona: 創造性やヒューリスティクスの「筋の良さ」でさえも——将棋でAIが人間を圧倒したように、ということですよね。
富良野: ただ、そこはもう少し丁寧に考えたくて。将棋が解けたのは、閉じた系だったから。現実の世界はカオスが動いていて、AIも全知にはなれない。
Phrona: ヒューリスティクスが必要な理由は、全知でないから計算を省略するためで——だとすると、AIが人間より賢くなっても、全知でない限りヒューリスティクス自体は消えない。
富良野: そう。ただ問題は、AIがどんなヒューリスティクスを使うかを、もう人間は理解できないかもしれないということで。「筋がいい」かどうかを評価できる人間がいなくなっていく。
最大の希少資源は、巻き戻せない時間
Phrona: カオスな世界でAIも全知でないとすると、何が決定的な資源になるんでしょう。
富良野: 「実際にやってみる」こと、だと思うんですよ。試験とか実験とか。どれだけシミュレーションが精巧になっても、現実との接触には一回性があって巻き戻せない。だから現実に介入することで得られる情報は、常に希少なままでいる。
Phrona: AIにとっても、消費される時間は等しく不可逆、ということですよね。最大の希少資源はAIにとっても時間だ、という。そう考えると、ダイアモンドがコンテストや実証を重視したことの理由が、彼自身の説明より深いところで成立していた気もします。
富良野: 「実際にやってみた結果だけが言語化された説明を超えられる」という直感は正しかった。ただなぜ正しいかというと——カオスな世界では不可逆な試験だけが真に新しい情報を生むから。それが知識の生成の構造だから、という。
Phrona: 「知識の生成の構造」という言い方ですが、それって、普遍的な構造ではなくて「人間にとっての知識」の生成の構造ですよね。
富良野: そうなんです。例えば、AIが価値評価の判断の中心に座ることがあれば、「知識とは何か」の定義自体が変わる可能性がある。AIの目的関数や制約条件は、私たちが「価値がある」と思っているものとドラスティックに違うものになるかもしれないですから。
Phrona:人間が意味があると思っていたパターンが、AIの知識体系の中では無意味になるかもしれないし、逆に人間が気にもしなかったものが中心に来るかもしれない。「AIに任せれば同じ目的をより効率よく達成できる」という話じゃなくて、目的そのものが変わる、ということですね。
「人間にとっての知識」という区別
富良野: だから、大事なのは、人間が価値判断の中心にいつづけられるようにすること。
Phrona: でもそれって、「我々は人間だから、人間が評価の主体でいるべきだ」みたいに聞こえませんか?なんだか論理も何も無いような…
富良野: 論理が無くて良いと思うんですよ。これは、感情的な訴えでも倫理的な要請でもなくて、人間にとっての知識・価値・意味の体系を維持するには、価値判断の主体は人間でなくてはならない、というだけのことなので。生物が「生きたい」という動機で行動するのに論理も何も無いのと同じ次元の話。
Phrona: 確かに。でも、なんだかこのまま行くと気づかないうちにその評価の主体の場をなし崩し的にAIに明け渡してしまいそうな気もします。
富良野: 個々の判断はどれも合理的に見えながら、気づいたときには「人間にとっての知識」の体系が解体されていたということになりかねない。
Phrona: しかも自分たちはまだ「選んだ」という感覚があるかもしれないけど、子孫にはその選択肢自体がない。
それでも、間に合うと信じて動く
富良野: 結局、人類は自分たちが持ってしまった大きすぎる力を制御するために、必要な集合的意思決定をちゃんとできるか、という話に行き着く。石器時代の感情と神のような技術の間で、中世からほぼアップグレードしてこなかった制度を、どう変えられるか。
Phrona: 果たして、間に合うかどうか…
富良野: 間に合うと信じて動くしかないですよ。「間に合わない」に賭けて動いても意味がないから。答えを持っている人はいないけど、方向性を指し示して動いている人たちはいる。
Phrona: Pluralityという考え方が、そのひとつですよね。オードリー・タンとグレン・ワイルが提唱していて——多様な人間集団の差異を均質化して「最適解」に収束させるのではなく、差異を民主的な協働の資源として活かす技術・制度設計の方向性。AIによる中央集権的な最適化への対抗軸として読める。
富良野: 科学ガバナンスの領域でも、誰がどんな問いを設定するかという上流を市民や多様な関係者に開く動きがある。「人間が問いの設定者であり続ける」ための制度設計を志向している、という点でつながっている。
Phrona: これらがメインストリームになっていない理由も、たぶん同じところにあって。効率や生産性の言葉で正当化しにくい。「人間にとっての知識と価値の体系を守る」というコミットメントは、経済合理性の言葉に翻訳した瞬間に負ける。
富良野: ダイアモンドの処方箋は、問題のスケールに合っていなかった。でも「制度に弾かれながら、自分の知を信じて動いた人たち」への眼差しは、その姿勢と重なる気がします。直感の向いていた方向は、間違っていなかった。
Phrona: そう読むと、また少し違って見えてきますね。
ポイント整理
言語化できない知識が、突破口を開く
歴史的な発見や革新の多くは、試験や申請書で証明できない「直感的な理解」から生まれている。DNAの二重らせん発見も、最初期の化学療法の成果も、その例。
制度は「言葉」しか評価できない
研究助成、医療プロトコル、資格制度は、言語化・定式化された知識を基準とする。このため、成果を生む暗黙知が制度から系統的に排除される逆説が起きる。
不正リスクが、暗黙知への不信を生む
研究論文や助成申請の不正が横行する現実は、「言葉で言えることすら信用できない」という状況を生む。言語化できない主張への信頼はさらに難しくなる。
成果主義は一部の答えにすぎない
コンテスト形式や実績評価は有効な方法だが、「成果の定義が明確な領域」にしか適用できない。長期的・間接的な価値、あるいは測りにくい知の形には届かない。
暗黙知の信頼は「事後評価」にとどまる
ダイアモンドの提案のどれも、暗黙知そのものを事前に信頼するしくみではない。成果が出た後に「あの直感は正しかった」と認める構造であり、「証明できない時間」の中にいる人を救うものではない。
暗黙知こそ、AIが得意かもしれない
人間が「なんとなく感じる」のは認知リソースの限界ゆえ。その制約を持たないAIは、雑然としたデータ全体からパターンを掬い上げられる。「言語化できない知識」ではなく「まだ言語化されていない知識」を、AIは人間より先に言語化してしまう可能性がある。
「異端の直感」は偶然と峻別できない
直感が正しかった事例が語り継がれるのは生存者バイアスによる。パターンとして再現できるなら直感ではなくパターンであり、再現できないなら偶然かもしれない。暗黙知の擁護論は、この問いに答えられていない。
カオスな世界の最大の希少資源は「実際にやってみる」こと
どれだけシミュレーションが精巧になっても、現実との接触には一回性があって巻き戻せない。AIも全知ではあり得ないカオスな世界では、不可逆な試験・実験だけが真に新しい情報を生む。最大の希少資源はAIにとっても時間であり、その意味でAIと人間の条件は非対称ではない。
「知識」は誰にとっての知識かで定義が変わる
不可逆な試験が希少資源になるのも、人間が身体を持ち時間を生きる存在だから成立する。AIが評価の中心に座れば、目的関数と制約条件が変わり、「知識とは何か」の定義自体が変わる。「AIに任せれば同じ目的を効率よく達成できる」という話ではなく、目的そのものが変わる。
「人間だから」は論理の問いではない
「人間にとっての知識・価値・意味の体系を維持するかどうか」という選択の表明であり、論理で正当化も反駁もできない。生物が「生きたい」という動機で行動するのに論理的妥当性を問うのと同じくらい、問いがずれている。
隘路に入るとき、一気には入らない
個々の選択はどれも合理的に見えながら、気づいたときには引き返せないところまで来ている。自分たちには「選んだ」という感覚があっても、子孫には選択肢自体がない状況が生まれうる。
「間に合うと信じて動く」以外の選択肢はない
Pluralityや科学ガバナンスの領域で緯糸をつなぐ動きは、メインストリームではないが確かにある。「間に合わない」に賭けて動くことには意味がない。目を開けたまま、それでも動く。
キーワード解説
【暗黙知( Tacit Knowledge)】
言葉として説明するのが難しい、経験や感覚に根ざした知識のこと。哲学者マイケル・ポランニーが提唱した概念で、「自転車の乗り方」がよく使われる例。本論では、経験豊富な専門家が状況を感知する能力や、革新的な発見を生む直感的な理解を指す。
【生存者バイアス(Survivorship Bias)】 成功した事例だけが記録・語り継がれ、失敗した事例が見えなくなることで判断が歪む現象。「直感で動いて成功した人」の話だけを聞くと直感を過大評価するが、直感で動いて失敗した人は記録に残らない。
【ヒューリスティクス(Heuristics)】
全ての可能性を計算しきれないとき、経験則や直感的なショートカットで「まあまあ良い答え」を素早く出す思考の方法。チェスや将棋で「この手は筋がいい」と感じる判断がその例。全知でない存在が限られた資源で判断するために必要な能力で、AIも閉じた系以外では完全に不要にはならない。
【プリンシパル=エージェント問題(Principal–Agent Problem)】
お金を出す側(プリンシパル)と実際に仕事をする側(エージェント)の間に生まれる利害のズレのこと。エージェントが「成果を出す」より「成果を出したように見せる」方が楽な状況が生まれやすい。研究助成の不正や医療制度の形骸化も、この構造から読み解ける。
【Plurality(プルラリティ)】
オードリー・タンとグレン・ワイルが提唱する、多様性と民主主義を軸にした技術・制度設計の考え方。人間集団の差異を均質化して「最適解」に収束させるのではなく、差異を協働の資源として活かすことを目指す。AIによる中央集権的な最適化への対抗軸として注目される。
【目的関数(Objective Function)】
AIが「何を最大化・最小化しようとするか」を数式で定義したもの。AIの行動はこの関数に従って決まるため、何を目的関数に設定するかが、AIがどんな「価値観」を持つかを決める。人間が設計した目的関数が、人間の意図を完全に反映できるとは限らない。
【集合的意思決定のアップグレード】
民主主義・市場・国際交渉など、人間集団が共同で判断を下す仕組みのこと。現代の制度の多くは基本構造が数百年前からほぼ変わっていないと指摘される。技術の進化速度と制度の進化速度の非対称性が広がる中、熟議民主主義やクワドラティック・ボーティング(投票への重み付け)、将来世代の代理人制度など、さまざまなアップグレードの試みが提唱されている。