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「効果的な利他主義」って、なんか自己矛盾?《その③》


シリーズ: 行雲流水


《その②》の対話では、ビル・ゲイツが、ゲイツ財団発足当初のテクノロジー中心・トップダウン型の発想の慈善活動から、現地の文脈やパートナーシップを重視する方向へと苦闘しながら学んでいった軌跡を追いました。


今回の富良野とPhronaの対話では、「効果的利他主義(EA)」というムーブメントと、1960年代以降の「国際開発学」との間に見られる類似点を探りつつ、そこから得られる教訓をさらに深掘りしていきます。



富良野:EA(効果的利他主義)の活動を見ていると、開発学がたどった道を思い出しますね。技術的解決への過信、現地の声の軽視、測定可能な指標への執着といった点で。


Phrona:ああ、1960年代から70年代、近代化論が主流だった頃の開発援助の世界ですね。「自分たちは政治的に中立で、純粋に技術的な解決策を提供している」と専門家たちが信じていた時代。


富良野:はい、その結果何が起きたかというと、典型例が「緑の革命」ですよね。高収量品種を導入して飢餓をなくそうとした。技術的には成功して収量は大幅に増えましたが、高価な種子や肥料を買えない貧しい農民は土地を失い、かえって格差が広がりました。


Phrona:技術的に最適な解決が、社会的にはネガティブな結果を生んでしまったわけですね。


富良野:この「文脈の無視」という落とし穴は、EAが目指す「普遍的に効果的な介入」と共通しています。人類学者のジェームズ・ファーガソンが分析したレソトでの開発プロジェクトが象徴的です。


Phrona:どんなプロジェクトだったんですか?


富良野:アフリカ南部のレソト王国で1975年から1984年にかけて実施された大規模な農牧業開発プロジェクトです。農業や畜産の近代化を目指し、現地の牛を「非効率的」と見なして改良種を導入したり、近代的な飼育方法を指導したりするなど、牛の品種改良が主要な柱の一つでした。ただ、現地の人々にとって牛は単なる経済財ではなく、婚資や友情の証、威信の象徴として社会関係を媒介する存在だったんですよ。


Phrona:つまり、文化的な意味を軽視して、経済的な価値だけを重視してしまったわけですね。


富良野:そうなんです。ファーガソンは、このような技術的介入が現地の政治的・社会的な問題を「非政治化(depoliticize)」して、技術的・官僚的な問題にすり替えてしまうことで、結果として現地社会には根付かず、官僚制や国家権力の強化だけが進んでしまったと批判しました。彼は、国際開発の現場で「善意」や「技術的合理性」の名のもとに、現地の政治的現実や権力構造が不可視化され、むしろ不平等や支配構造が再生産される仕組みを「反政治機械(Anti-Politics Machine)」と名付けました。


Phrona:支援とは、本来、資源配分や貧困の根本原因といった政治的な議論が不可欠な課題への介入なのに、「私たちは中立です」「データに基づく最も効率的な方法です」と言って、専門家が中立的・技術的な課題として扱うことで、現地社会の政治的議論や住民の主体的な関与をむしろ抑圧してしまうわけですね。


富良野:その通りです。EAも「イデオロギーではなくエビデンスに基づく」と強調していますが、同じ落とし穴に陥るリスクをはらんでいると思います。


Phrona:「データが示している」と言われてしまうと、反論すること自体が非合理的なように感じてしまいますね。複雑な課題の根本にある異なる価値観がぶつかり合う場そのものを見えなくして、議論を封じ込めてしまう。


富良野:それだけでなく、効率的な資源の再分配には政治的な議論はむしろ邪魔だとすら考えている節がありますね。マラリア予防のための蚊帳を配ることは推奨するけれど、アフリカの国々がなぜずっと貧しいままなのか──植民地主義の歴史や不公正な貿易構造といった、根本的で政治的な議論は避けがちです。


Phrona:でも、その議論を避けること自体が、現状維持に加担するという政治的な選択ですよね。


富良野:まさしく。病気の原因をそのままにして、痛み止めだけ飲み続けているようなものです。そしてさらに深刻なのは、「誰の声を聴くか」という選択の政治性なんですよ。

Phrona:どういうことですか?


富良野:開発学者のロバート・チェンバースは、外部の専門家が陥りがちなバイアスを「農村開発観光」と呼びました。専門家が4WDで村を訪れ、有力者とだけ話し、成功事例だけを見て帰ってしまう。本当に貧しい人々の声はそこにはありません。


Phrona:それ、EAが重視するエビデンスにも似た問題があるように思います。EAが支援先を決める際に参照する『GiveWell』や『J-PAL』などの評価は、これらの組織が収集したデータやRCT(ランダム化比較試験)の結果に基づいていますよね。でも、そもそも誰の声を聞き、どんな問題を重視して調査を設計するかという段階で、同じようなバイアスを持ってしまっている可能性がありますよね。


富良野:まさにそうなんです。研究される側の人々の声は、データとして収集はされても、問題の定義や解決策の設計に参加することはほとんどない。


Phrona:開発学は、そうした反省からどう変化していったんですか?


富良野:まず、「自分たちは知らない」ということを自覚することから始まりました。専門家が一方的に教えるのではなく、現地の村人たちから謙虚に学ぶという「参加型農村調査法(PRA)」が生まれたんです。村人自身が地図を描き、問題の優先順位も彼ら自身で決めていく。


Phrona:立場が逆転したんですね。


富良野:ええ、それによって言葉遣いも大きく変わりました。一方的に恩恵を受ける「受益者」ではなく、対等な「参加者」「パートナー」「権利保持者」と呼ばれるようになった。評価方法も、外部の専門家が決めるだけでなく、現地の人々が何を「成功」と捉えるのかを重視する「参加型評価」が採用されました。科学的な知識はもちろん重要だけれど、現地に根付いた実践的な知識も同じように大切にする、「複数の知」という考え方が定着していったんです。


Phrona:でもそれって、短期的な成果を求めるようなプロジェクトの発想とはかなり違いますよね。時間の捉え方が根本的に変わりそうです。


富良野:その通りですね。3年や5年のプロジェクト期間で出せる成果だけでなく、社会的な変化には世代をまたぐような長い時間がかかることも理解されるようになりました。さらに言えば、アマルティア・センが指摘したように、開発とは「自由の拡大」、つまり人々の選択肢そのものを広げることだと捉えられるようになったんです。単に魚を与えるのではなく、一緒に新しい釣り方を見つけていくような、「能力強化(キャパシティビルディング)」が重視されるようになりました。


Phrona:でもEAはまだ可視的な費用対効果ばかり重視しているように感じますね。それに「与える側・受け取る側」という関係性もまだ色濃く残っている。開発学が長い時間をかけて学んできたことを、EAの人たちがあまり参照していないように感じるのは、ちょっと不思議です。


富良野:おそらく彼らは、「自分たちは違う」と考えているんでしょうね。データやテクノロジーを使えば過去の失敗は繰り返さずに済む、と。でも本質的な問題は技術の有無ではなくて、むしろ他者をどう見るか、自分をどう位置づけるかという、もっと根本的な「姿勢」の問題だと思うんですよ。


Phrona:でも、そういう根本的な話になると、具体的にはどうすればいいのか難しくなりますよね。「すべての支援が政治的だ」と言われてしまうと、どこから手をつければいいのか見えなくなりませんか?


富良野:だからこそ、まずは「自分たちは中立だ」という幻想を手放す必要があるんだと思います。自分たちにも特定の立場や偏りがあることを認め、その上で異なる視点や意見に対して謙虚に耳を傾けることが大切じゃないでしょうか。


Phrona:自分たちが特権的な立場にいることや、自分たちの知識にも限界があることを認識する、ということですね。


富良野:ええ。ポストコロニアル理論のスピヴァクが「アンラーン(unlearn)」という考え方を提唱していますよね。スピヴァクは、サバルタン、つまり抑圧された人々の声を知識人が代弁しようとすること自体が、むしろ知識人自身の特権や欲望を覆い隠し、新たな抑圧を生む危険性を指摘しているんです。


Phrona:欧米のフェミニズムが、他の文化圏の女性を一律に「被害者」として描いてしまう問題ですよね。


富良野:はい。だからスピヴァクは、まず自分たちが持つ既存の知識や枠組みをあえて崩してみることを勧めています。自らの特権を相対化し、自分たちが当然とする考え方を問い直すことで、抑圧されてきた人々の声に対してより開かれた態度をとる、ということです。


Phrona:これはEAにも共通する話ですよね。善意で行っているつもりが、実は新しい権力の再生産に繋がってしまうリスクを抱えている。


富良野:ええ。EAがエビデンスや中立性を強調する時、その中立性が実は特権的な立場に根ざしているという自覚を持つ必要があります。その批判を受け止めて、自分たちの視点を問い直すことで、EAが持つ資金や人材、データ分析能力を開発学の教訓や経験とより良く結びつける道が見えてくると思います。


Phrona:具体的には、どんなところから変えていけそうですか?


富良野:例えばGiveWellの評価基準に「受益者参加度」という指標を入れるのはどうでしょう。プロジェクトの設計や評価のプロセスに、現地の人々がどれだけ主体的に関わったかを明確に評価項目にするんです。EAの強みであるインセンティブ設計を活用すれば、組織を内側から変えていけると思います。


Phrona:評価の時間軸も見直す必要がありますね。


富良野:はい。今すぐ命を救う介入と、100年後を見据える長期主義の二極だけでなく、5年や10年という中期的な社会変革にも目を向けるべきでしょう。パウロ・フレイレが提唱した「意識化」のように、すぐに目に見える成果は出にくくても、着実な変化を生む活動が重要です。たとえば、女性の識字教育は数年後に家族の健康改善や収入向上に確実につながります。


Phrona:最近EAが関心を示しているシステムチェンジにもつながる話ですね。


富良野:土地の権利や労働者の権利など、政治的なテーマにも踏み込み、現地の市民社会組織と連携して内側からの変革を支援することも重要だと思います。成果の測定についても、所得向上だけでなく、アマルティア・センの「ケイパビリティ指標」を用いて、人々の選択肢がどれほど広がったかを多面的に評価する。つまり、「何人助けたか」だけでなく、「どのように助けたか」というプロセスにも着目する必要があります。


Phrona:EA組織そのものにも変化が求められそうです。理事会にグローバルサウスの実践者を実質的な決定権を持つメンバーとして加えるとか、EAのフェローシップに開発学のフィールドワークを必須科目として組み込んで、データの向こう側にいる生身の人間を感じさせるとか。日本の内発的発展論を参考に、各地域が独自の優先順位を決められる分権的な仕組みも検討できると思います。


富良野:ええ、そうした組織の文化や構造そのものの改革は欠かせませんね。


Phrona:社会的インパクト投資の世界では、「失敗から学ぶ」文化が浸透していますが、EAもそこから学べるのではないでしょうか。


富良野:確かにそうですね。EAにもそうした考え方はあると思いますが、さらに強化できる余地がありそうです。


Phrona:例えばアメリカのライカー島のソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)のプロジェクトは、契約目標を達成できずに終了しましたが、その経験が次のインパクト投資の設計やリスク管理に活かされました。失敗そのものを否定するのではなく、そこから得られた学びを積極的に評価し活用する考え方です。


富良野:そうした「失敗を許容し、学習を促す」文化が根付けば、EAももっと柔軟で実践的な姿勢になれるはずです。フェローシップで開発学のフィールドワークを必須にすることや、失敗や試行錯誤を評価対象に含めることで、現実に即した経験的な知恵が育つと思います。


Phrona:こうして考えると、EAそのものを否定するのではなく、EAが持つ強みを生かして改革を進めていく道筋がはっきり見えてきますね。


富良野:EAが追求する「効果を最大化したい」という願いそのものは尊いんです。ただ、その「効果」の定義がまだ狭すぎるのかもしれません。より豊かで、多様で、人間的な効果を追求する必要があるのだと思います。


Phrona:「私たちは中立で脱政治的だ」という幻想を捨てつつも、より良い世界を諦めずに目指す、ということですね。


富良野:それが、私たちにできる精一杯の善なのかもしれませんね。自らの偽善性や限界を自覚しながらも諦めない。その正直さこそが、本当の変革への第一歩ではないでしょうか。開発学が長年の失敗と試行錯誤から学んできた教訓を、EAがまた一から繰り返す必要はありませんから。




ポイント整理


1. 初期の開発学とEA(効果的利他主義)に共通する問題点

  • 技術的解決への過信

  • 現地の声や文化的文脈の軽視

  • 測定可能な指標への偏重

  • 政治的議論の回避と「脱政治化」の危険性

2. 開発学が辿った反省とその後の変化:

  • 「自分たちは知らない」という謙虚さから、現地の声を尊重し学ぶ姿勢(参加型農村調査法/PRA)に転換

  • 「受益者」から対等な「参加者」「パートナー」「権利保持者」への意識の変化

  • 「参加型評価」や「複数の知(科学的知識と現地の実践知の共存)」の考え方の導入

  • 短期的成果だけでなく、世代を超える長期的な社会変化の重視

  • アマルティア・センの提唱する「ケイパビリティ指標」を採用した、能力強化(キャパシティビルディング)中心のアプローチ

3. EAが学ぶべき開発学の教訓

  • 「中立」「脱政治的」という幻想を捨て、自分たちの特権や立場性を自覚する

  • ポストコロニアル理論(スピヴァク)の「アンラーン(unlearn)」の姿勢で、自らの知識や特権を問い直し、抑圧された人々の声に謙虚に耳を傾ける

4. EAの具体的変革の可能性

  • GiveWellなどの評価基準に「受益者参加度」を追加し、現地の人々の主体的関与を促進

  • 短期・長期の両極端ではなく、5~10年という中期的な時間軸を含める

  • 土地の権利や労働者の権利など政治的課題にも踏み込み、市民社会組織との連携を強化

  • 成果評価に「ケイパビリティ指標」を導入し、「何人助けたか」だけでなく、「どのように助けたか」も重視する

  • 組織の意思決定にグローバルサウスの実践者を含めることや、EAフェローシップに開発学のフィールドワークを組み込むなど、組織構造・文化の改革

  • 社会的インパクト投資に見られる「失敗を許容し学習を促す文化」をEAに浸透させる



キーワード解説


【開発学(Development Studies)】

貧困、格差、社会的排除、環境問題などの世界的な課題を対象に、それらの原因や解決策を多角的に研究する学問領域。経済学、政治学、人類学など多くの学問分野が関わり、国際開発援助や政策設計に深い影響を与えている。


【緑の革命(Green Revolution)

1960年代以降、高収量品種の種子や化学肥料、農薬を普及させることで農業生産を増やそうとした農業改革運動。一方で格差拡大や環境破壊などの問題も指摘された。


ジェームズ・ファーガソン(James Ferguson)】

アメリカの文化人類学者。国際開発プロジェクトがもたらす意図せざる政治的影響や権力構造の再生産を指摘。主著『反政治機械(The Anti-Politics Machine)』で、技術的・中立的とされる介入が実は政治的であり、現地社会の不平等や支配関係を再生産する仕組みを解明した。


非政治化(Depoliticization)】/【反政治機械(Anti-Politics Machine)

ジェームズ・ファーガソンが提唱した概念で、政治的課題を技術的・官僚的な問題にすり替えることで、現地の政治的構造や不平等を不可視化してしまうメカニズム。


【ロバート・チェンバース(Robert Chambers)】

イギリスの開発学者。開発援助の専門家が陥りやすい現場の偏った認識を批判。「農村開発観光(Rural Development Tourism)」の概念を提唱し、現地の実態や貧困層の声が軽視されることに警鐘を鳴らした。「参加型農村調査法(PRA)」の提唱者としても知られる。


農村開発観光(Rural Development Tourism)

ロバート・チェンバースの概念。専門家が限られた視点しか得られず、現場の実態からかけ離れた理解に陥ってしまうことを指摘したもの。


参加型農村調査法(Participatory Rural Appraisal/PRA)

開発専門家が一方的に指導するのではなく、現地住民自身が主体的に問題分析や優先順位付けを行い、専門家がそれを支援する調査手法。


【複数の知(Multiple Knowledges)

科学的知識だけでなく、現地に根付いた実践的な知識や経験的知識を同等に尊重する考え方。


【アマルティア・セン(Amartya Sen)】

インド出身の経済学者・哲学者。1998年にノーベル経済学賞を受賞。開発の目的を単なる所得や物質的豊かさではなく、「自由の拡大」や「人間の選択肢の増加」と捉える「ケイパビリティ・アプローチ(Capability Approach)」を提唱。開発援助や福祉政策のあり方に大きな影響を与えた。


ケイパビリティ指標(Capability Approach)

アマルティア・センが提唱した、人々の「できること」や「選択肢」を増やすことを目的とした評価基準。単なる所得や資源の増加ではなく、自由や能力の拡大を重視。


【能力強化(キャパシティビルディング/Capacity Building)】

開発援助において、対象者が自ら課題を解決できる能力や技術を高めることを目的とする支援方法。一時的な援助に終わるのではなく、持続可能で自律的な社会変革を促すことを目指す。


【ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak)】

インド出身の文学研究者・ポストコロニアル理論家。著書『サバルタンは語ることができるか?(Can the Subaltern Speak?)』で、知識人が被抑圧者(サバルタン)の声を「代弁」すること自体が、新たな権力や抑圧を生む可能性を指摘。自らの特権性や知識の枠組みを意識的に問い直す「アンラーン(unlearn)」を提唱し、他者に対する倫理的姿勢の必要性を訴えた。


【ポストコロニアル理論(Postcolonial Theory)】

植民地主義や帝国主義の歴史的影響が、現代においても文化や社会構造、知識体系などにどのように影響しているかを分析する理論的枠組み。西洋中心的な視点や知識の枠組みを批判的に問い直し、非西洋地域の主体性や声を重視する。


アンラーン(Unlearn)

スピヴァクが提唱した、自らが持つ特権的な知識や枠組みを意識的に崩し、再学習することを促す概念。抑圧された人々の声を謙虚に聴くための倫理的態度を促す。


【サバルタン(Subaltern)】

ポストコロニアル理論で使われる用語で、社会的に抑圧され、主体的な発言や自己表現の機会を奪われている人々を指す。特に、スピヴァクは「サバルタンが自らを語ることができるか」という問いを立て、知識人による代弁の問題性を指摘した。


【パウロ・フレイレ(Paulo Freire)】

ブラジル出身の教育学者・哲学者(1921〜1997)。主著『被抑圧者の教育学』で、教育を単なる知識の伝達ではなく、人々が社会的・政治的現実を理解し、それを変革する主体として自覚を深めるためのプロセスとして位置づけた。「銀行型教育」(教師が知識を一方的に詰め込む教育)を批判し、「対話型教育」を提唱した。


【意識化(Conscientização/Conscientization)】

パウロ・フレイレが提唱した概念。単なる知識の習得ではなく、個人や共同体が置かれた社会的・政治的状況について批判的に認識を深め、自己と社会の変革に向けた主体性を獲得するプロセス。社会変革やエンパワーメントのための教育や活動において重視される。


【グローバルサウス(Global South)】

主にアジア、アフリカ、ラテンアメリカなど、経済的・政治的に世界システムの中で周縁化されている国々や地域を指す用語。従来の「第三世界」などの表現に代わり、より政治的中立性を持った概念として広まっている。グローバルな不平等、植民地主義の歴史、北側先進国との関係性を批判的に分析する際に使われることが多い。


【内発的発展論(Endogenous Development)】

外部から一方的に与えられる発展モデルではなく、地域住民やコミュニティが主体的に意思決定を行い、地域固有の資源や文化を生かして自律的・持続的な発展を目指す考え方。日本の地域経済学者、鶴見和子らが提唱した概念として知られ、地域開発や国際開発の現場で広く参照される。


【RCT(ランダム化比較試験/Randomized Controlled Trial)】

政策や介入方法の効果を科学的に検証するために、対象をランダムに割り当てて、介入群と対照群で結果を比較する手法。費用対効果や因果関係を厳密に評価できることから、EAや開発援助の分野で広く用いられている。


【GiveWell】

効果的利他主義(EA)に基づき、慈善活動や寄付先を科学的根拠や費用対効果で評価・推薦する非営利組織。客観的なエビデンスや定量的評価を重視して、寄付のインパクトを最大化することを目指している。


【J-PAL(貧困対策行動ラボ/Abdul Latif Jameel Poverty Action Lab)】

MIT(マサチューセッツ工科大学)に拠点を置く研究機関で、貧困削減のための政策や介入方法を、RCT(ランダム化比較試験)を用いて評価・検証する。経済学者のアビジット・バナジーとエスター・デュフロ(ノーベル経済学賞受賞)らが創設した。


【システムチェンジ(System Change)】

個別の問題や課題を単独で解決するのではなく、それらの問題を生み出す社会の仕組みや制度、構造自体を変革することを目指すアプローチ。貧困、気候変動、不平等などの根本原因に着目し、経済、政治、社会のルールや制度に対して介入を行う。効果的利他主義(EA)においても近年注目されているが、評価や成果測定が難しく、介入には長期的な視野と複雑な方法論が求められる。


【社会的インパクト投資(Social Impact Investment)】

財務的リターンだけでなく、社会的・環境的なインパクトを重視する投資手法。ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)など、成果連動型の仕組みも用いられ、失敗や試行錯誤を含めて学習する文化が形成されつつある。


ソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bond/SIB)

投資家が社会的事業に投資し、成果に応じて行政などが資金を返済する仕組み。失敗や中止事例も、経験や知見として活用される。



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