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「市場が決める」社会で、政治はどこへ消えたのか――借金と金融が世界を動かす仕組み

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事: Bartolomeo Sala, "How Global Finance Drove Deindustrialization" (Jacobin Magazine, 2026年3月22日)

  • 概要:経済学者アン・ペティフォーへのインタビュー。シャドーバンキングとは何か、1971年のニクソン・ショックがいかにして現在のグローバル金融システムと脱工業化を招いたか、利子率と気候変動の関係、そして対案としての「経済の再設計」について語る。ペティフォーは2008年金融危機を事前に予言した人物としても知られる。



「なぜ生活は苦しくなっているのに、金融業界だけが儲かり続けるのか」——そんな疑問を持ったことはありませんか?


経済学者アン・ペティフォーは、その問いに対してひとつの大きな物語を描いています。それは、1970年代のある政治的決断が引き金となり、世界中の工場が消え、賃金が停滞し、気候変動が加速し、やがて「強いリーダー」を求める声が高まっていくという、半世紀かけて進んだ構造変化の話です。


ペティフォーの最新著書では、「シャドーバンキング」と呼ばれる規制の外側にある巨大な金融の世界が、いかに私たちの日常生活、民主主義、そして地球環境までを侵食しているかが描かれています。金融の話というと難しく聞こえますが、突き詰めれば「誰が、誰のために、何を決めているのか」という問いです。


富良野とPhronaが今回取り上げるのは、この巨大なテーマ。どこかから入らないと話が始まらないので、まず「借金」という、誰にでも身近な概念から入ってみます。そして気づけば、世界経済の設計図の話になっている——そんな螺旋状の対話をお楽しみください。


 


借金ってそんなに悪いもの?


富良野:ペティフォーさんの議論、最初に読んだとき、問いの立て方が面白いと思いましたよ。「金融が悪い」という話じゃなくて、「誰のための金融か」という問いから始めている。


Phrona:たしかに。でも正直、最初は「シャドーバンキング」という言葉で少し気持ちが引いてしまって(笑)。銀行の影?みたいな。


富良野:イメージはわかります。要するに、普通の銀行の規制が及ばない場所で行われているお金の貸し借りのことですね。ヘッジファンドや資産運用会社が主役で、数千億円、数兆円単位で動く世界です。


Phrona:そのスケールになると、普通の銀行には預けられないんですよね。メガバンクですら「大きすぎて無理」ってなる規模で。


富良野:そう。だから「貸し付ける」という形でお金を動かす。で、貸し付けた側は約束手形のようなものを担保にして、また別のところから借りてくる。これを積み重ねていくと、実体経済の何倍もの「紙の上の資産」が生まれる。


Phrona:積み木みたいですね。下の段が崩れたら全部いく。


富良野:まさに。ペティフォーさんが問題にするのは、構造的な矛盾なんです。この世界は「規制なんかいらない、市場に任せろ」と言いながら、危機になると中央銀行、つまり公の機関に助けを求める。2008年も、2020年も、シリコンバレー銀行の破綻のときも。


Phrona:いいとこ取りですよね。もうけは私に、損は社会に。


富良野:ペティフォーさんはそこを「アウトレイジャス(outrageous)」と言っています。公然とした不正義、みたいな感覚でしょうね。



設計図が破られた日


Phrona:で、この話をするとき、ニクソン・ショックという話が出てくるんですよね。1971年の。


富良野:そう。現代の金融の「出発点」として、ペティフォーさんはここを非常に重視している。でも多くの経済学者は「小さな出来事」と見なしてきた、とも言っていて。


Phrona:そんなに大事な話なんですか、それ。


富良野:説明しますね。第二次世界大戦後の1944年、ブレトン・ウッズという会議でひとつの金融の「設計図」が作られた。ケインズという経済学者が主導して、通貨の価値をだいたい固定して、各国が貿易の不均衡を管理して、お金が無秩序に国境を越えないようにする仕組みです。


Phrona:管理するって、具体的にはどういう状態?


富良野:簡単にいうと、「どの国もドルとの交換レートを一定範囲に保つ」ルールです。そしてドルは金と交換できた。だからドルを持っていれば、金と同じように信頼できた。


Phrona:なるほど。お金に「錨(いかり)」がついていたわけですね。


富良野:そう、で、1971年、ニクソンがその錨を外した。ドルと金の交換を一方的に停止した。ベトナム戦争で財政が苦しくなって、金を渡せなくなっていたからです。


Phrona:錨を外したら、船はどこへでも流れていけちゃう。


富良野:それが資本の自由化につながっていく。お金が国境を自由に越えられるようになった。企業はより安い労働力を求めて工場を海外に移した。製造業が空洞化した。


Phrona:で、残された人々の賃金は下がった。


富良野:停滞した、ですね。上がらなかった。消費できなくなった。そしてペティフォーさんは、この流れの先に今の政治的な怒りがあると言う。


Phrona:50年かけて起きたことなんですね。でもそれが直接、政治の話に繋がるのが、少し飛躍に感じる気もして。


富良野:その「橋」を架けるのが、ポランニーという社会学者の議論なんですよね。



市場が統治するとき


Phrona:カール・ポランニー。ペティフォーさんも強く影響を受けたと言っていました。


富良野:彼の『大転換』という本が1944年に出ていて——ちょうどブレトン・ウッズと同じ年ですね——市場が社会を飲み込んでいくとどうなるかを描いている。


Phrona:市場が社会を「飲み込む」というのは?


富良野:もともと市場というのは、社会の中の一部の仕組みでした。でも近代になって、社会のほうが市場に「埋め込まれる」ようになっていった。住む場所も、医療も、教育も、市場が値付けして、市場が決める。


Phrona:政治家が決めるんじゃなくて。


富良野:ペティフォーさんは、若い頃のイギリスを例に挙げている。政府が水道会社も電力会社も持っていた。政治家が資源配分を決めていた。それが今は全部民営化されて、市場が決める。政治家には何も決める力がない。


Phrona:そうすると、何かを変えてほしいと思っても、「投票先がない」という感覚になりますよね。誰を選んでも市場が決めるなら。


富良野:それをポランニーは「市場による統治」と呼んでいる。そして人々は、市場から守ってくれる「強い指導者」を求め始める。それがポピュリズムの土台だ、とペティフォーさんは言うわけです。


Phrona:でもそれって、強いリーダーに頼っても市場の構造は変わらないから、むしろ悪化するって話ですよね。


富良野:そう。ポランニーも同じことを言っていて——強い指導者を求めることで、人々は自分たちの問題をさらに悪化させる、と。中央集権化した権力が、結局は市場に奉仕することになるから。


Phrona:なんというか、罠ですね。出口に見えるドアが、実はもう一つ部屋に入るドアだった、みたいな。


富良野:うまい言い方です。で、この罠の設計図が、ちょうど「借金の論理」とも重なるんですよね。



利子率という一本の糸


Phrona:あ、借金の話に戻ってきた。


富良野:螺旋っぽくなってきたでしょう(笑)。ペティフォーさんの議論で一番面白いと思うのが、利子率を軸に置いている点なんです。


Phrona:利子率って、ローンにかかる金利みたいなもの?


富良野:そうです。でもペティフォーさんの見方は少し違う。利子率とは「資本の収益率」であり、それは時間とともに数学的に上昇していく、という見方です。複利って聞いたことありますよね。


Phrona:借り続けると、利子の上に利子がのっかって、雪だるまになっていく。


富良野:それを地球規模で考えると、何が起きるか。金融の世界には莫大な「資産」があって、それが運用益を得るためには、どこかで現実の資産から価値を抽出し続けなきゃいけない。


Phrona:現実の資産、というのは……?


富良野:森であり、海であり、土地であり、人の労働です。ペティフォーさんは、途上国が外国の借金を返すために森林を切り続けたり、漁業資源を使い尽くしたりする話を出しています。借金を返すためには、地球を収奪し続けるしかない。

Phrona:利子率と環境問題がつながるって、最初は思いもしなかった。


富良野:これが、ペティフォーさんの言う「経済、金融システム、生態系をつなぐ線が利子率だ」という主張の意味です。利子率を下げれば、この強制的な収奪のペースも落とせる。


Phrona:でも利子率を下げたら、金融機関の儲けが減りますよね。誰が反対するかは目に見えてる。


富良野:そこなんですよね。ペティフォーさんは「グリーン経済への転換にはお金がかかるが、そこで莫大な収益を期待してはいけない」と言う。洪水対策をしても、住宅を断熱改修しても、利子で増え続けるような収益は出ない。でもそれをやらなければ、今の金融システムは気候変動によって自滅する。


Phrona:借金の論理が、自分たちの土台を食い尽くしている、ということですね。


富良野:サフォーク州の海岸沿いに住む人たちの話がインタビューに出てきます。海面上昇で家が崩れていく。でも借金はある。資産は消えたのに、負債だけが残る。


Phrona:それ、縮図ですね。世界経済の縮図として読める。



「地産地消」は後退じゃない?


富良野:ペティフォーさんが出している「対案」も、最初はちょっと意外に感じました。「国内に経済を取り戻せ」みたいな話だから、ナショナリズムに聞こえかねない。


Phrona:でも彼女、「私はナショナリストじゃない」とはっきり言っていましたよね。


富良野:そこが面白くて。「自給」と「搾取しない」は別の話だと言うんです。イギリスが毎日新鮮なインゲン豆を食べたいからといって、他の国の水資源を使い、安い労働力を使っていいのか、という問いです。


Phrona:それは「ナショナリズム」じゃなくて「環境的な倫理」の話ですよね。


富良野:そう。でも彼女が言うのは、そこに「主権」が戻ってこなきゃいけない、ということでもある。政府が自国民のために決定できる力を持つことが、民主主義の前提だと。


Phrona:でも今の状況では、どの国の政府も、グローバルな金融市場に逆らえない。債券市場が「ノー」と言えば、政策は変えられる。


富良野:イギリスのトラス政権のことを思い出しますね。就任直後に大型減税を発表したら、金融市場が猛反発して、数週間で辞任に追い込まれた。


Phrona:政治家じゃなくて市場が統治している、という話が、また戻ってきましたね。


富良野:螺旋ですよね、これ。ブレトン・ウッズの崩壊から始まって、資本の自由化、脱工業化、賃金停滞、気候変動、政治の空洞化——全部つながっている。で、どこを変えればいいかというと、また「金融の設計図を作り直す」に戻ってくる。


Phrona:ペティフォーさんは「プランBを提示したい」と言っていましたよね。今のシステムが崩壊するとき、左派にプランBがなかった2008年の反省として。


富良野:でも、それが「ユートピアに聞こえるかもしれないけど、誰かほかにいいアイデアがあるなら聞かせてほしい」という終わり方だった。挑戦的だけど、正直だと思います。


Phrona:正直ですよね。わからないことを「わからない」と言いながら、それでも問いを手放さない。


富良野:「市場に決めさせるほうが楽だ」という誘惑に抗い続けることが、民主主義の条件なのかもしれない。


 

 

ポイント整理


  • シャドーバンキングの矛盾

    • 規制を嫌いながら危機時には公的救済を求める。ヘッジファンドや資産運用会社(ブラックロックなど)が年金資金を吸収し、規制外の巨大市場を形成している。この「私益の利用・損失の社会化」がペティフォーの核心的な批判。

  • ブレトン・ウッズ体制の意味

    • 1944年に設計された戦後金融秩序は、通貨の安定・貿易均衡・資本規制を三本柱とした。この「設計図」は1930年代の金融崩壊と大戦への反省から生まれた。ケインズが主導し、為替レートの管理と貿易不均衡の是正を制度的に担保した。

  • 1971年ニクソン・ショックの射程

    • ドルと金の交換停止は単なる通貨政策ではなく、戦後の金融秩序全体の解体につながった。その後の資本規制撤廃・変動相場制移行が、企業の国際的な資本移動を容易にし、製造業の空洞化(脱工業化)を加速させた。

  • 利子率と地球収奪の論理

    • 複利の性質により、金融資産は数学的に膨張し続ける。それを満たすため、現実経済から継続的に価値を引き出さざるを得ない。途上国の資源収奪・先進国の過剰労働・気候変動の加速は、すべてこの論理の帰結としてペティフォーは描く。

  • 市場による統治とポピュリズムの連鎖

    • カール・ポランニーの「大転換」を援用し、政治的決定が市場に委譲されるほど、民主主義の実質が失われる。市民が「強い指導者」を求めるのは合理的な反応だが、それは構造的問題を解決せず悪化させることが多い。

  • 気候変動と金融の共犯関係

    • 再生可能エネルギーへの転換には莫大な初期投資が必要だが、そこに高い収益率は期待できない。一方、化石燃料は高収益であり続ける。高い利子率が支配する金融システムは、構造的に化石燃料に有利に働く。

  • 「地産地消」はナショナリズムではない

    • 経済の自給志向は、他国の資源を搾取しないための環境倫理的判断でもある。同時に、政府が市場ではなく国民に対して説明責任を持つために、経済的主権の回復が必要だとペティフォーは主張する。



キーワード解説


シャドーバンキング(Shadow Banking)】

通常の銀行規制の外側で行われる金融仲介の総称。ヘッジファンド、資産運用会社、マネー・マーケット・ファンドなどが含まれる。規制の外にあるため柔軟だが、危機時には中央銀行による救済に依存することがある。


ブレトン・ウッズ体制(Bretton Woods System)】

1944年に米国ニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで合意された戦後国際金融秩序。各国通貨をドルに、ドルを金に固定する「金・ドル本位制」を採用。国際通貨基金(IMF)と世界銀行がここで設立された。


ニクソン・ショック(Nixon Shock)】

1971年8月、リチャード・ニクソン米大統領がドルと金の兌換(交換)を一方的に停止した出来事。ブレトン・ウッズ体制の実質的崩壊を招き、変動相場制への移行と資本自由化の出発点となった。


資本の自由化】

国境をまたぐ資金移動への規制を撤廃すること。企業が海外への投資・工場移転を容易にした一方、賃金の低い国への製造業移転(脱工業化)を加速させた。


脱工業化(Deindustrialization)】

国内の製造業が縮小し、雇用や産業の重心がサービス業・金融業などに移行する現象。特に1970年代以降の欧米諸国で顕著。製造業雇用の喪失が中間層の縮小と賃金停滞につながったとされる。


利子率(Interest Rate)】

元本に対して課される借入コストの割合。複利で計算されると、時間とともに指数関数的に増大する。ペティフォーはこれを「地球の収奪を加速させる装置」として批判する。


カール・ポランニー(Karl Polanyi)】

ハンガリー出身の経済人類学者(1886-1964)。著書『大転換』(1944年)で、市場経済が社会に「埋め込まれる」のではなく、社会が市場に埋め込まれていく危険性を論じた。ファシズムと市場自由主義の連関を分析した先駆的思想家。


トービン税(Tobin Tax)】

経済学者ジェームズ・トービンが提唱した、国際的な短期資本移動(投機的取引)に課す小さな取引税。短期的な投機を抑制し、為替の安定を図ることを目的とする。ペティフォーはこれを金融規制の具体的手段として支持する。


グリーン・ニュー・ディール(Green New Deal)】

大規模な公共投資によって気候変動対策と雇用創出を同時に実現しようとする政策構想。ペティフォーはその主要な思想的源泉の一人とされる。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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