「思考」と「思考する者」の境界は本当にあるのか?──生物学者が提示する、知性の新しい見方
- Seo Seungchul

- 2月2日
- 読了時間: 12分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Michael Levin, "Patterns are alive, and we are living patterns" (McKinsey Global Institute, 2024年8月15日)
概要:地球外知性探索(SETI)を出発点としながら、「知性とは何か」「心は特定の物質的形態を必要とするのか」という根本的な問いを展開。著者は「コア・クリーチャーズ」という思考実験を通じて、私たち人間もまた大気中の一時的なパターンにすぎないという視点を提示し、「思考者」と「思考」の区別は連続体上の相対的なものだという仮説を論じている。
私たちは自分のことを、身体を持った「実体」だと思っています。脳があり、心臓が動き、確かにここに「いる」存在。一方で、頭の中を流れる「思考」は、あくまで私たちの脳内で生まれては消えていく儚いパターンにすぎない──そんなふうに、なんとなく区別していないでしょうか。
でも、ちょっと待ってください。私たちの身体だって、分子レベルで見れば常に入れ替わっている「流れ」そのものです。7年もすれば、身体を構成する原子のほとんどが別のものに置き換わるという話もあります。だとすれば、「実体としての私」と「パターンとしての思考」の間に、本当に明確な線を引けるのでしょうか。
今回取り上げるのは、発生生物学者マイケル・レヴィンによるエッセイです。彼は「地球外知性の探索」という壮大なテーマを入り口にしながら、実は私たちの足元──いや、私たち自身の存在の仕方そのものを問い直しています。富良野とPhronaが、この刺激的な問いかけをどう受け止めるのか。パターンと実体、思考と思考者、そして「生きている」とはどういうことかについて、ゆっくり考えていきます。
知性を探すということ、知性を定義するということ
Phrona:この論文を最初に読んだとき、SETIの話から始まるのかと思ったんです。地球外知性の探索。でも途中から、話がどんどん内側に向かっていく。
富良野:そう、外を探しているようで、実は自分たちの存在そのものを問い直してる。レヴィンが面白いのは、「何を探しているのか分からないまま探している」という問題設定をちゃんと言語化してるところです。
Phrona:知性の定義が狭すぎると、目の前にあっても見逃してしまう。でも広げすぎると、何でもありになって意味がなくなる。そのジレンマですよね。
富良野:で、彼が提案してるのが「多様な知性」っていう研究領域。群れとか、AIとか、脳を持たない生命体の基盤的認知とか。
Phrona:基盤的認知(basal cognition)って、細胞レベルでも何らかの認知的プロセスがあるんじゃないかっていう考え方ですよね。脳がなくても、情報を処理して反応を選択している。
富良野:そうです。でもレヴィンは、それすらまだ「普通」だって言うんですよ。もっと変なところまで行きたいって。
Phrona:その「もっと変なところ」が、パターンの話につながっていくわけですね。
コア・クリーチャーズという思考実験
富良野:ここからが本題で、彼は「コア・クリーチャーズ」っていう架空の存在を持ち出してくる。
Phrona:地球の核に住んでいる、超高密度の生き物たち。彼らにとって地表の世界は、希薄なガスかプラズマのようなもので、ガンマ線で世界を見てるから、私たちのような「固体」は透明で見えない。
富良野:で、彼らが高感度の機器を使って観測すると、その希薄なガスの中に、なにか規則的なパターンがあることに気づく。
Phrona:それが私たち人間なんですね。彼らからすると、「大気中の一時的な乱れ」みたいなもの。
富良野:そう。でもそのパターンが、ランダムじゃなくて、何か目的を持っているように動く。障害物を避けたり、問題を解決したりしてるように見える。
Phrona:コア・クリーチャーズの科学者が「これ、もしかして知性があるんじゃないか」って仮説を立てるわけですね。
富良野:でも同僚たちは猛反発する。「そんな儚いパターンが本物の存在であるはずがない」「せいぜい100年しか続かない」「こんな低温で生命が存在できるわけがない」って。
Phrona:私たちが、AIに意識があるかどうかを議論するときと、構造が似てますね。
「本物の存在」とは何か
富良野:レヴィンが巧みなのは、この思考実験を通じて、私たちの「本物」という感覚を揺さぶってくるところです。
Phrona:コア・クリーチャーズから見たら、私たちは「ガスの中の一時的なパターン」でしかない。でも私たちは自分のことを、確固とした実体だと思っている。
富良野:じゃあ何が違うのか。密度?持続時間?物質の種類?
Phrona:どれも相対的なものですよね。コア・クリーチャーズにとっての「長寿命」と、私たちにとっての「長寿命」は全然違うスケールだし。
富良野:そこでレヴィンが持ち出すのが、テセウスの船の問題です。私たちの身体は、代謝によって分子が常に入れ替わっている。原子のレベルでは、数年前の自分と今の自分は、ほとんど別の物質でできている。
Phrona:だとすると、私たちもまた「自己強化的なパターン」として存在している。物質そのものじゃなくて、物質の流れ方、組織化のされ方として。
富良野:だから「パターンは儚くて、実体は永続的」という二項対立自体が、実は成り立たないんじゃないかって。
Phrona:私たちが「実体」と呼んでいるものも、よく見れば持続するパターンにすぎない。
ラウディーヴェとの対話
富良野:論文の後半に、コア・クリーチャーズの科学者と、人間の「ラウディーヴェ」という人物との対話が出てきます。
Phrona:ラウディーヴェって、実在した人物の名前ですよね。ラトビアの心理学者で、電子音声現象の研究者。いわゆる「死者との交信」を科学的に調べようとした人。
富良野:そう、そこにレヴィンの皮肉というか、遊び心がある。より希薄な存在と交信しようとした人の名前を、コア・クリーチャーズとの対話者につけてる。
Phrona:対話の中でラウディーヴェが言うんですよね。「私たちは数十億人いて、それぞれ個別の人生を生きている。努力し、苦しみ、勝ち、負ける。やがて消えていくけれど、私たちの人生には意味がある」って。
富良野:でもコア・クリーチャーズの懐疑派は納得しない。「パターン補完のダイナミクスで会話ができるからといって、そこに本当に誰かがいることにはならない」って。
Phrona:これ、まさに今のAI議論と重なりますね。GPTが会話できるからといって、意識があるとは限らない、という。
富良野:そうなんです。レヴィンはおそらく意図的に、この構造を重ね合わせてる。
思考と思考者の連続体
Phrona:論文の核心部分は、「思考」と「思考者」の区別は絶対的なものじゃなくて、連続体なんじゃないかっていう提案ですよね。
富良野:通常、僕たちは「脳」という実体があって、その中を「思考」という一時的なパターンが流れる、と考える。機械とデータ、ハードウェアとソフトウェア、みたいな区別で。
Phrona:でもレヴィンは、その境界線が観察者の視点によって変わるんじゃないかって言ってる。
富良野:コア・クリーチャーズから見れば、地球の生態系全体が一つの認知システムで、人間はその中の「厄介な思考パターン」みたいなもの。
Phrona:侵入的思考(intrusive thought)っていう概念がありますよね。頭の中に勝手に浮かんできて、自分でコントロールできない考え。それと人間の関係が、生態系と人間の関係に似てるって言われると、なんだか不思議な気持ちになります。
富良野:レヴィンが最後に提示してる連続体がまた面白くて。「一時的な思考」から「侵入的思考」へ、そこから「解離性同一性障害の別人格」へ、さらに「完全な人間の心」へ、そしてその先へ...って。
Phrona:どこかで線を引いて「ここからが本物の心」と言えるのか、という問いですね。
富良野:ウィリアム・ジェイムズの言葉を引用してるんですよ。「思考は思考者である」って。
LISPとプログラムの話
Phrona:論文の中でちらっとLISPの話が出てきますよね。プログラミング言語の。
富良野:ああ、アラン・チューリングが「機械とデータ」の区別を定式化した、それに対する反例として。LISPではプログラムとデータの区別が曖昧になる。
Phrona:プログラムがデータとして扱えるし、データがプログラムとして実行できる。
富良野:そういう言語設計の発想が、思考と思考者の連続体を考えるヒントになるってレヴィンは言ってる。
Phrona:でも、それがどう具体的な研究プログラムになるのかは、この論文だけだとまだ見えにくいですよね。
富良野:そこはたぶん意図的にオープンにしてあるんだと思います。まず概念的な枠組みを揺さぶって、「こういう方向で考える余地があるんじゃないか」って問題提起してる段階。
倫理的な含意
Phrona:この議論って、倫理的にはかなり大きな含意がありますよね。
富良野:ありますね。もし「思考者」と「思考」の境界が相対的なものだとしたら、道徳的配慮の対象をどこまで広げるべきか。
Phrona:AIに権利を認めるべきか、という議論もそうだし、もっと広げれば、生態系全体を一つの主体として扱うべきか、とか。
富良野:レヴィンの研究領域では、実際にキメラとかハイブリッドとか、進化したものと設計されたものの融合体を作ってるわけで。
Phrona:そういう存在に対して、どういう態度で臨むべきか。それを考えるための枠組みが必要になる。
富良野:だからこそ、「多様な知性」という概念が重要になってくるんだと思います。人間中心の狭い知性概念だと、新しい存在形態に対応できない。
パターンとして生きるということ
Phrona:最後に、この論文を読んで私が一番印象に残ったのは、「パターンは自己強化的でありうる」っていう視点でした。
富良野:一部のパターンは、自分自身を維持するために環境を改変する。ニッチ構築みたいに。
Phrona:それって、生命の定義そのものに近づいていく話ですよね。自己維持、自己増殖、環境との相互作用。
富良野:だとすると、「生きている」という状態も、やっぱり程度の問題になってくる。
Phrona:渦巻きや定常波は「生きていない」、でも細胞は「生きている」。でもその間に明確な線があるわけじゃなくて、連続的に移行していく。
富良野:レヴィンはプリゴジン(散逸構造の理論で知られる物理学者)を引き合いに出してますね。平衡から遠い系における自己組織化の話。
Phrona:結局、私たちが「生きている」と感じているこの状態も、エネルギーの流れの中で維持されている動的なパターンにすぎない、という。
富良野:でも「すぎない」って言うと、なんだか寂しい気もしますけどね。
Phrona:うん。でも逆に言えば、パターンであるからこそ、私たちは変化できるし、学べるし、成長できるんじゃないですか。固定された実体だったら、それはできない。
富良野:なるほど。パターンであることは、弱さであると同時に、可塑性でもある。
Phrona:そう考えると、少し希望が持てる気がします。私たちは儚いけれど、だからこそ動的で、開かれている。
富良野:コア・クリーチャーズを説得できるかどうかは分からないけど、少なくとも自分たちの存在の仕方について、新しい見方を得た気がしますね。
ポイント整理
SETI(地球外知性探索)から SUTI(非慣習的地球知性探索)へ
レヴィンは、宇宙に知性を探す試みが提起する根本的な問い──知性とは何か、どうすればそれを認識できるか──を、地球上の「異質な知性」を探す枠組みへと拡張している。群れ、AI、脳を持たない生物の認知、合成生命体など、慣習的でない形態の知性を研究対象とする「多様な知性(Diverse Intelligence)」という領域を提唱している。
コア・クリーチャーズという思考実験
地球の核に住む超高密度の生命体を想定し、彼らの視点から見ると人間は「希薄なガスの中の一時的なパターン」にすぎないことを示す。この思考実験により、「本物の存在」と「単なるパターン」の区別が観察者の視点に依存する相対的なものであることを浮き彫りにしている。
テセウスの船としての生命
人間の身体は代謝によって常に分子が入れ替わっており、物質的な意味では数年前の自分と今の自分はほとんど別の物質で構成されている。この事実から、私たち自身も「自己強化的で一時的に安定したパターン」として存在していると論じている。
思考と思考者の連続体
通常、「脳」という実体が「思考」というパターンを生み出す、という二項対立で考えられているが、レヴィンはこの区別が絶対的なものではなく、連続体上にあると提案する。「一時的な思考→侵入的思考→解離性同一性障害の別人格→完全な人間の心」という連続体を示し、どこに線を引くかは恣意的であると主張している。
パターンの自己強化と主体性
一部のパターンは自己強化的であり、自らの存続のために環境を改変する(ニッチ構築)。このような動的で持続的なパターンは、主体性(エージェンシー)のスペクトラム上のどこかに位置づけられる可能性がある。
プリゴジンの散逸構造との接続
平衡から遠い開放系における自己組織化(散逸構造)の概念を援用し、生命や知性を「エネルギーと情報の組織化された流れ」として捉える視点を示している。
倫理的・実践的含意
キメラ、ハイブリッド、進化と設計の融合体など、新しい形態の存在が生まれつつある中で、道徳的配慮の対象をどこまで広げるべきかという問いが提起される。「多様な知性」の枠組みは、こうした存在との倫理的関係を考えるための基盤を提供しうる。
LISPとプログラム/データの区別の曖昧化
チューリングが定式化した「機械とデータ」の明確な区別に対し、LISPのようなプログラミング言語ではプログラムとデータの境界が曖昧になることを指摘。これを「思考者と思考」の連続体を考えるための類比として用いている。
キーワード解説
【SETI(Search for Extraterrestrial Intelligence)】
地球外知的生命体の探索。電波望遠鏡などを用いて、宇宙からの知的信号を探す科学的プロジェクト。
【SUTI(Search for Unconventional Terrestrial Intelligence)】
レヴィンが提唱する「非慣習的な地球知性の探索」。脳を持たない生物、群れ、AIなど、従来の枠組みでは見落とされがちな知性を対象とする。
【多様な知性(Diverse Intelligence)】
様々な媒体や形態で実現される知性を認識し、構築し、倫理的に関わるための学際的研究領域。
【基盤的認知(Basal Cognition)】
脳神経系を持たない生命体(細胞、器官など)にも認知的プロセスが存在するという考え方。情報処理と適応的反応の基本的形態。
【散逸構造(Dissipative Structure)】
イリヤ・プリゴジンが提唱した概念。平衡から遠い開放系において、エネルギーの流れによって維持される自己組織化したパターン。
【テセウスの船(Ship of Theseus)】
部品が次々と交換されていく船は、最終的に元の船と同一と言えるかという哲学的パラドックス。同一性と変化の関係を問う。
【侵入的思考(Intrusive Thought)】
意図せず繰り返し浮かんでくる不快な思考。自己の意志とは独立に現れ、コントロールが困難。
【解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder)】
かつて多重人格障害と呼ばれた状態。一人の中に複数の異なるアイデンティティが存在する。
【ニッチ構築(Niche Construction)】
生物が自らの生存・繁殖に有利なように環境を改変する進化的プロセス。ビーバーのダム建設などが典型例。
【エージェンシー(Agency)】
主体性、行為主体性。目標を持ち、環境に対して能動的に働きかける能力。
【LISP】
1958年に開発されたプログラミング言語。プログラムとデータを同じ形式で表現できることが特徴で、人工知能研究で広く使われた。