「正しい歩き方」は誰が決めたのか──なんば歩きから見える身体と近代化の話
- Seo Seungchul

- 2025年12月25日
- 読了時間: 12分
更新日:1月8日

シリーズ: 行雲流水
私たちは毎日、何も考えずに歩いています。右足を出すとき左腕が前に出て、左足を出すとき右腕が前に出る。まるで呼吸のように自然な動作ですが、実はこの「当たり前」がそれほど古いものではないとしたら、どうでしょうか。
江戸時代の日本人は「なんば歩き」をしていた——そんな話を聞いたことがある方も多いかもしれません。右手と右足を同時に出す、ロボットのような動き。本当にそんな歩き方をしていたのか、半信半疑になるのも無理はありません。ところが、この問いを掘り下げていくと、単なる歴史のトリビアでは済まない、もっと大きなテーマが浮かび上がってきます。「正しい身体の使い方」とは何か。それは誰が、いつ、どんな理由で決めたのか。そして私たちの身体は、知らないうちにどれだけ「教育」されてきたのか。
今回は、なんば歩きをめぐる歴史と身体論について、富良野とPhronaが語り合います。江戸の街並みから明治の軍隊教練、さらにはアフリカの頭上運搬まで——身体という窓から見える、意外な近代史の風景をお楽しみください。
「なんば歩き」の実像
富良野:なんば歩きって、聞いたことがありますか?右手と右足を一緒に出す歩き方。テレビの時代劇特集か何かで見て、江戸時代の人ってそんな変な歩き方してたのかって、妙に印象に残ってて。
Phrona:私もです。で、実際に真似してみると、すごくぎこちないんですよね。本当にこれで日常生活送れたのかなって。
富良野:そう、そこなんです。調べてみると、あの「ロボットみたいな動き」というイメージ自体が、どうやら誤解を含んでいるらしい。
Phrona:誤解というと?
富良野:本質は「身体をねじらない」ということだったみたいなんです。腕を大きく振らない、骨盤を回転させない。その結果として、右足が出るときに右腰も一緒に前に出るから、右肩も自然と前に出る。それが外から見ると「右手と右足が同時に出ている」ように見えた、と。
Phrona:ああ、なるほど。意識的に同側を出しているわけじゃなくて、ねじらないで歩くと結果的にそう見える、ということですね。
富良野:ええ。だから浮世絵を丁寧に見ていくと、普通に左足と右手が出ている人物も描かれているそうです。全員が厳密な同側動作をしていたわけではない。
Phrona:でも、腕を振らないという点では共通していた。
富良野:そうですね。現代の僕たちが当然だと思っている「行進みたいな歩き方」とは、明らかに違うものが主流だったのは確かなようです。
なぜ「ねじらない」が合理的だったのか
Phrona:でも、なぜわざわざそんな歩き方を? 身体をねじって腕を振ったほうが、推進力が出そうな気もしますけど。
富良野:それが、当時の生活環境を考えると、ねじらないほうが圧倒的に合理的だったらしいんですよ。まず着物の問題がある。
Phrona:着崩れ、ですか。
富良野:ええ。体をねじって歩くと、襟元や裾がすぐにはだけてしまう。着物を着たことがある人なら分かると思いますけど、上半身を固定して歩かないと、すぐにだらしない格好になってしまう。
Phrona:たしかに、浴衣を着て歩くだけでも、気をつけないと衿が開いてきますよね。
富良野:それから、武士の場合は刀の問題もあった。腰に刀を差した状態で腕を振ると、腕が刀に当たるし、刀自体も揺れて歩きにくい。
Phrona:草履や下駄も関係ありそうですね。鼻緒のある履物って、踵から着地する歩き方だと脱げやすい。
富良野:そうなんです。足裏全体でフラットに着地するか、すり足気味に歩くほうが安定する。その足運びと、ねじらない上半身の動きは、相性がいい。
Phrona:つまり、服装も履物も道具も、全部がねじらない歩き方を前提に設計されていた。
富良野:というより、ねじらない歩き方が先にあって、それに合わせて文化が形成されていったのかもしれない。鶏と卵みたいな話ですけど。
Phrona:長距離移動の省エネという観点もありますよね。飛脚とか、参勤交代の行列とか。
富良野:ねじる動きはエネルギーロスが大きいんです。現代のマラソンでも、体幹を安定させて無駄な回旋を減らす走法が注目されていますし。江戸時代の人たちは、経験的にそれを知っていたんでしょうね。
明治維新と「身体の近代化」
Phrona:じゃあ、いつから今の歩き方になったんですか?
富良野:明治維新以降ですね。特に大きかったのが、西洋式の軍隊教育の導入です。
Phrona:行進、ですか。
富良野:ええ。腕を大きく振って、足を高く上げて、全員が同じリズムで歩く。これは軍隊を統率するための技術として、17世紀頃のヨーロッパで体系化されたものなんです。
Phrona:それが日本に入ってきて、学校教育にも広がった。
富良野:「気をつけ、前へならえ」とか、体育の授業で習いましたよね。あれは全部、西洋式の規律訓練がベースになっている。
Phrona:面白いのは、「なんば」という言葉がその過程で生まれたということですよね。それまでは名前をつける必要がなかった。
富良野:そうなんです。右手と右足が一緒に出ると「ナンバ」と呼ばれて、矯正の対象になった。つまり、新しい「正しさ」が導入されて初めて、それまでの動きが「間違い」としてラベリングされた。
Phrona:洋服の普及も大きかったでしょうね。洋服なら、体をねじっても着崩れしない。
富良野:靴もそうです。踵がしっかり固定される靴なら、踵から着地してつま先で蹴り出す歩き方ができる。
Phrona:身体の使い方って、本人の意志とは関係なく、環境や制度によって変わっていくものなんですね。
身体は「教育」される
富良野:僕がこの話で一番興味深いと思うのは、「正しい身体の使い方」というものが、実は歴史的・文化的な構築物だということなんです。
Phrona:私たちは、今の歩き方を「自然」だと思っている。でも、それは明治以降の教育によって身についたものであって、人類史的に見れば、むしろ新しい発明に近い。
富良野:そうなんです。150年前の日本人が見たら、僕たちの歩き方のほうが奇妙に見えるかもしれない。
Phrona:でも、それを「奇妙」と感じる感覚自体が、もう失われているわけですよね。身体の記憶と一緒に。
富良野:ええ。古武術の世界では、この「ねじらない身体操作」を再発見しようという動きがあるんですけど、一度失われた身体感覚を取り戻すのは、相当難しいらしい。
Phrona:頭で理解しても、身体が覚えていない。
富良野:僕たちの身体は、学校教育や日常生活を通じて、もう完全に「近代化」されてしまっている。それ自体は良いとか悪いとかではなくて、ただ、そういう歴史があるということを知っておくのは意味があるんじゃないかと思うんです。
世界に広がる「ねじらない歩き」
Phrona:なんば歩きって、日本固有のものだと思われがちですけど、実は世界中にあったんですよね。
富良野:ええ、むしろそちらのほうが本流だったと言ってもいい。アフリカの頭上運搬なんかが典型的な例です。
Phrona:水瓶や薪を頭に乗せて運ぶ。あの状態で体をねじったら、荷物が落ちてしまう。
富良野:背骨を一本の軸として固定して、骨盤を水平に保ったまま、足だけを動かす。力学的には、日本のなんば歩きとほぼ同じ原理なんです。
Phrona:中国や東南アジアの天秤棒もそうですよね。
富良野:棒の両端に荷物を吊るして肩に担ぐわけですから、肩を前後に振ったら荷物が暴れて歩けない。自然と、肩のラインを固定してすり足気味に歩くことになる。
Phrona:重いものを運ぶ文化圏では、必然的にそうなる。
富良野:ヨーロッパでも、17世紀に軍隊式の行進が体系化される前は、もっとなんばに近い歩き方をしていた可能性が高いそうです。中世の農民や兵士が、現代人のように腕を振って歩いていたとは考えにくい。
Phrona:つまり、「腕を振って体をねじる歩き方」のほうが、歴史的には特殊だった。
富良野:そういうことになりますね。近代西洋で生まれた軍事技術が、植民地支配や近代化の波に乗って世界中に広がった。日本もその影響を受けた国のひとつだった。
朝鮮通信使の歩き方
Phrona:朝鮮半島の話も面白かったです。少し事情が違っていたんですよね。
富良野:ええ。江戸時代に朝鮮から来た外交使節団、朝鮮通信使の記録を見ると、「彼らの歩き方は日本人とは違う」という描写があるんです。
Phrona:どう違ったんですか?
富良野:日本人は膝を軽く曲げて、重心を低く落として、すり足気味に歩く。一方、朝鮮の使節団は膝を伸ばして、姿勢を高く保って、ゆったりと歩いていたようです。
Phrona:それは、身分や威厳の表現だったんでしょうか。
富良野:当時の朝鮮の支配階級である両班(ヤンバン)は、ゆったりと威厳を持って歩くことを美徳としていたそうです。ただ、これも現代の行進のように体を激しくねじるわけではなくて、あくまで重心の高さや膝の使い方の違い。
Phrona:同じ「ねじらない」でも、バリエーションがある。
富良野:そうなんです。身体の使い方には、その社会の価値観や美意識が反映される。何が「美しい歩き方」かは、時代や文化によって全然違う。
Phrona:今の私たちが「姿勢がいい」と感じる歩き方も、ある特定の文化圏の基準に過ぎないのかもしれませんね。
「取り戻す」ことの意味
富良野:最近、古武術や身体論の文脈で、なんば歩きを「再発見」しようという動きがありますよね。
Phrona:疲れにくいランニングフォームとしても注目されているとか。
富良野:ええ。体幹を安定させて、無駄な回旋を減らすことで、長距離でも疲労しにくくなる。マラソンランナーの中には、意識的にこの動きを取り入れている人もいるそうです。
Phrona:でも、それは「江戸時代に戻ろう」という話ではないですよね。
富良野:もちろん。着物を着て草履を履いて暮らすわけにはいかないですから。ただ、身体の可能性を広げるという意味では、価値があると思うんです。
Phrona:私たちの身体には、使われていない回路がまだたくさんある。
富良野:そうかもしれない。近代化の過程で「正しい」とされた身体の使い方に最適化されてしまったけれど、それが唯一の正解ではない。
Phrona:でも、一度失われた身体感覚を取り戻すのは、本当に難しそうですね。頭で理解することと、身体で分かることは、全然違いますから。
富良野:だからこそ、まず「知る」ことに意味があるんじゃないかと思うんです。自分の身体がどういう歴史を経て今の形になっているのか。それを知るだけでも、身体との付き合い方が少し変わるかもしれない。
Phrona:自分の身体を、ちょっと距離を置いて眺めてみる、という感じでしょうか。
富良野:ええ。当たり前だと思っていたことを、一度カッコに入れてみる。歩き方ひとつとっても、そこには150年の歴史が詰まっている。
Phrona:明日から歩き方が変わるわけではないけれど、歩くたびに、ちょっとだけ考えることが増えるかもしれませんね。
富良野:それくらいが、ちょうどいいのかもしれません。
ポイント整理
「なんば歩き」の実態
右手と右足を厳密に同時に出す「ロボット歩き」ではなく、「身体をねじらない、腕を振らない歩き方」が本質。結果として同側が前に出ているように見えることがあった。
江戸時代に一般的だった理由
着物の着崩れ防止、刀の携帯、草履・下駄との相性、長距離移動の省エネなど、当時の生活環境においてねじらない歩き方が最も合理的だった。
浮世絵の証拠
広重や北斎の浮世絵には、現代と同じ対角線の動き(左足と右手が出る)で描かれた人物も多数存在し、全員が厳密な同側動作をしていたわけではない。
明治維新以降の変化
西洋式軍隊教育の導入により「行進」が標準化され、学校教育で徹底された。洋服・靴の普及も身体操作の変化を後押しした。
「なんば」というラベル:新しい「正しさ」が導入されて初めて、従来の動きが「なんば」として名付けられ、矯正対象となった。
世界的な分布
アフリカの頭上運搬、中国・東南アジアの天秤棒運搬など、重いものを運ぶ文化圏では同様の「ねじらない歩き」が普遍的に存在した。
ヨーロッパの歴史
軍隊式行進は17世紀頃に体系化された比較的新しい身体技術であり、それ以前は省エネ的な歩き方が主流だったと推測される。
朝鮮通信使との違い
江戸時代の日本人は膝を曲げて重心を低くしたのに対し、朝鮮の両班は膝を伸ばして姿勢高く歩いた。同じ「ねじらない」でも文化的バリエーションがあった。
現代への応用
古武術やマラソンの省エネ走法として再評価されている。体幹を安定させ無駄な回旋を減らすことで、疲労軽減効果が期待できる。
身体の歴史性
「正しい身体の使い方」は普遍的なものではなく、歴史的・文化的に構築されたもの。私たちの身体は、知らないうちに「近代化」されている。
キーワード解説
【なんば歩き/なんば走り】
身体をねじらず、腕を振らない日本の伝統的な歩行・走行様式。厳密な同側動作というより、体幹を固定した省エネ的な移動法。
【同側動作】
右手と右足、左手と左足を同時に出す動き。なんば歩きの特徴として知られるが、実際には「ねじらない」ことの結果として生じる見え方。
【対角線の動き(交差パターン)】
右手と左足、左手と右足を交互に出す現代標準の歩行パターン。西洋式軍隊教育を通じて普及した。
【軍隊式行進(ドリル)】
17世紀ヨーロッパで体系化された、全員が同じリズムで腕を振り足を上げて歩く訓練法。規律と統率のための身体技術。
【頭上運搬(ヘッドキャリング)】
頭の上に荷物を乗せて運ぶ運搬法。アフリカなどで広く見られ、体幹固定が必須となるため、なんば的な歩行を生む。
【天秤棒】
棒の両端に荷物を吊るして肩に担ぐ運搬道具。中国・東南アジアで広く使用され、肩のライン固定が必要なためねじらない歩き方と結びつく。
【両班(ヤンバン)】
朝鮮王朝時代の支配階級。ゆったりと威厳ある歩き方を美徳とし、日本のなんば歩きとは異なる身体文化を持っていた。
【朝鮮通信使】
江戸時代に朝鮮から日本へ派遣された外交使節団。その歩き方が日本人と異なることが当時の記録に残されている。
【古武術】
日本の伝統的な武術の総称。近年、その身体操作法(ねじらない動き)が再評価され、スポーツや介護など様々な分野に応用されている。
【身体の近代化】
学校教育や軍隊訓練を通じて、西洋式の身体規律が浸透していく歴史的プロセス。明治以降の日本で顕著に進行した。