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アメリカの「集中戦略」は世界を変えるのか──トランプ政権が描く新しい世界秩序

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Michael Lind, Daryl Press "Strategies of Prioritization: American Foreign Policy After Primacy" (Foreign Affairs, 2025年6月24日)


アメリカがついに変わろうとしています。トランプ政権2期目が始まって半年も経たないうちに、これまでとは全く違うアプローチが見えてきました。カナダやグリーンランドの併合を口にし、同盟国にも容赦ない批判を浴びせかける姿は、多くの人に困惑を与えています。


しかし、この一見破天荒な外交政策の背後には、実は明確な論理があります。それは「優先順位の戦略(strategies of prioritization)」と呼ばれる考え方です。簡単に言えば、アメリカはもう世界全体のリーダーでいることをやめ、最も重要な脅威である中国に集中しようとしているのです。


この記事では、富良野とPhronaという二人の視点を通じて、この新しい戦略がなぜ生まれたのか、そして世界にどんな変化をもたらす可能性があるのかを探っていきます。アメリカの変化は、実は私たちの未来にも深く関わってくる話なのです。




戦略転換の背景:なぜ今なのか


富良野:トランプ政権の外交政策って、確かに一見バラバラに見えるけれど、実は裏にすごく一貫した論理があるのかもしれませんね。


Phrona:そうですね。でも私、この「優先順位の戦略」って名前がちょっと気になるんです。優先順位をつけるのって、当たり前のことじゃないですか?なのに、なぜ今これが「新しい戦略」として語られているんでしょう。


富良野:それは多分、これまでのアメリカが優先順位をつけることを避けてきたからだと思うんです。冷戦後の30年間、アメリカは「世界のリーダー」として、全ての地域、全ての問題に関わろうとしてきた。でも、それがもう持続不可能になってきている。


Phrona:ああ、なるほど。つまり「何でもやる」から「選んでやる」への転換なんですね。でも、それって結局、アメリカが弱くなったということなんでしょうか?


富良野:弱くなったというより、現実を受け入れたということじゃないかな。記事でも触れられてるけど、アメリカの公的債務は29兆ドルで、GDP比で100%を超えている。それに、中国という強力なライバルが現れた。ソ連とは違って、中国は経済的にもアメリカと対等に近い力を持っている。


Phrona:でも、選択と集中って、何かを諦めることでもありますよね。アメリカが手を引いた地域や問題は、どうなってしまうんでしょう。そこで生きている人たちのことを思うと、なんだか複雑な気持ちになります。


富良野:それは確かに重要な問題ですね。でも、逆に言えば、アメリカが無理して全部やろうとして失敗するより、できることに集中した方が、結果的にはみんなのためになるかもしれない。


ヨーロッパへの態度変化:同盟から自立へ


富良野:この戦略で一番分かりやすいのが、ヨーロッパに対する態度の変化ですよね。これまでの「鉄の絆」みたいな表現をやめて、むしろ距離を置こうとしている。


Phrona:メルケル首相との写真の話、印象的でした。トランプさんが腕組みして、メルケルさんが困った顔をしている。あの写真一枚で、関係性の変化が見えるような気がします。


富良野:あれは象徴的でしたね。でも、これは単なる個人的な相性の問題じゃなくて、戦略的な計算があるんです。ヨーロッパの政策エリートに「もうアメリカには頼れない」ということを本気で理解させたい。


Phrona:つまり、わざと冷たくしてるってことですか?でも、それって危険じゃないですか。本当に関係が悪くなってしまったら?


富良野:確かにリスクはあります。でも、記事を見ると、ヨーロッパとロシアの軍事バランスを考えれば、ヨーロッパの方がずっと有利なんですよね。ロシアの人口は欧州連合の3分の1、GDPは10分の1程度。技術力も遅れている。


Phrona:数字で見ると確かにそうですね。でも、それなのにヨーロッパが自分たちで防衛できないのは、なぜなんでしょう。


富良野:それが まさに問題の核心で、これまでアメリカが「安全保障の安全網」を提供してきたから、ヨーロッパ諸国は防衛費を削って社会保障に回すことができた。ある意味、甘やかされてきたんです。


Phrona:なるほど、それで今度は「安全網を外すから、自分でやってね」と。でも、急に突き放されたヨーロッパの人たちは、どんな気持ちなんでしょうね。


アジア重視の論理:なぜ中国なのか


Phrona:でも、なぜそこまで中国を重視するんでしょうか?確かに強くなったとは言え、アメリカもまだまだ強いですよね。


富良野:中国の場合、単に強いだけじゃなくて、地域覇権を握ろうとする意志と能力の両方を持っているからなんです。南シナ海や東シナ海での「グレーゾーン戦術」、台湾への圧力、軍事力の近代化。これらは全て、地域の支配を目指している証拠だと見られている。


Phrona:グレーゾーン戦術って、要するに戦争じゃないけれど圧力をかけ続けるってことですよね。なんだか、じわじわと状況を変えていく感じで、気がついた時には手遅れになってそう。


富良野:まさにそういうことです。だからこそ、今のうちに対処しなければならない。でも、興味深いのは、この戦略がトランプ政権だけのものじゃないってことです。オバマ政権も「アジア重視」を掲げていたし、バイデン政権も実質的には同じ方向を向いていた。


Phrona:つまり、トランプさんが特別なことを言っているわけじゃなくて、みんなが薄々感じていたことを、はっきりと形にしたってことですか?


富良野:そうです。ただ、これまでの政権はヨーロッパとの関係を壊すことを恐れて、中途半端にしかできなかった。トランプ政権は、その政治的コストを払ってでも実行しようとしている。


Phrona:なるほど。でも、それって台湾の問題とも直結してますよね。アメリカが本気で台湾を守ろうとすれば、中国との軍事衝突もあり得る。それって、すごく危険な賭けじゃないですか?


富良野:確かに危険です。記事でも指摘されてるけど、これは核武装した超大国同士の衝突につながりかねない。でも、逆に言えば、今対処しなければ、将来もっと大きな問題になる可能性もある。


戦略の矛盾と課題


Phrona:でも、この戦略には矛盾もありますよね。資源が限られているから集中すると言いながら、国防費は増額を要求している。


富良野:それは確かに矛盾ですね。でも、考えてみれば、中国という強大な相手に対処するためには、一時的にでも軍事力を増強する必要があるのかもしれません。長期的には、同盟国の負担増によって、アメリカの負担を減らそうということでしょう。


Phrona:それに、核拡散の問題もありますよね。アメリカが信頼できないとなると、ヨーロッパや他の地域で独自の核武装を考える国が出てくるかもしれない。


富良野:それは本当に深刻な問題です。記事でも、ドイツやポーランドが独自の核武装を検討する可能性について触れられている。核拡散は誰にとっても好ましくないけれど、それでも世界全体のリーダーシップは維持できないという現実がある。


Phrona:なんだか、どの選択肢も完璧じゃないって感じですね。アメリカが世界のリーダーを続けるのも無理、でも手を引けば核拡散のリスクがある。


富良野:そうなんです。完璧な答えはないけれど、現実的な選択をしなければならない。記事の最後で、この戦略は時間をかけて洗練されていくだろうと書かれているのも、そういう意味だと思います。


日本への影響:アジアの同盟国として


Phrona:日本の立場から見ると、これはどういう意味を持つんでしょうか。アメリカがアジア重視になるのは良いことのような気もしますが。


富良野:複雑なところですね。確かにアメリカの注意がアジアに向くのは日本にとってプラスですが、同時により多くの負担を求められることにもなる。記事でも指摘されてるように、日本の防衛費は長い間GDP比1%程度で、最近でも1.8%程度です。


Phrona:それって、国際的に見ると少ないんですか?


富良野:そうですね。記事では、アジアの同盟国が「安全ただ乗り(cheap ride)」をしてきたと表現されています。中国が台頭し、より積極的になっているのに、防衛支出は横ばいか減少している国が多い。


Phrona:でも、日本の場合、憲法の制約もありますよね。そう簡単に軍事力を増強できない事情もある。


富良野:その通りです。でも、トランプ政権のような「取引的な」政権だからこそ、そういう事情をあまり考慮してくれないかもしれません。結果を求められる。


Phrona:なるほど。アメリカに頼り切りではいけないけれど、急に自立しろと言われても難しい。日本も含めて、アジアの国々は難しい立場に置かれそうですね。


未来への展望:この変化は続くのか


富良野:記事の最後で興味深いのは、この変化は多分元に戻らないだろうという予測です。一度アジアに移した軍事資源を、次の政権がヨーロッパに戻すことは考えにくい。


Phrona:つまり、これは一時的な政策変更じゃなくて、アメリカ外交の構造的な転換点だということですね。でも、それって世界にとって良いことなんでしょうか。


富良野:良いか悪いかは、それぞれの立場によって違うでしょうね。でも、現実的に考えれば、アメリカが無理して世界全体の面倒を見ようとして破綻するより、持続可能な関与の仕方を見つける方が長期的には良いのかもしれません。


Phrona:そうですね。でも、変化の過程で混乱や不安定が生まれるのは避けられないでしょうね。特に、これまでアメリカに依存してきた地域では。


富良野:記事でも、この戦略は時間をかけて洗練されていく必要があると書かれています。冷戦時代の「封じ込め」戦略も、最初は不完全だったけれど、段々と改良されていった。同じようなプロセスが必要でしょう。


Phrona:なるほど。つまり、今は新しい戦略の「第一版」で、これから試行錯誤しながら改良していくってことですね。その過程で、私たちも変化に適応していかなければならない。


富良野:そういうことです。そして、この変化は批判する人も含めて、みんなで考えていかなければならない問題だと思います。完全に賛成でも反対でもなく、より良い形を模索していく。




ポイント整理


  • 戦略転換の背景

    • アメリカの債務問題、中国の台頭、過去30年の世界リーダーシップ戦略の限界が、より集中的なアプローチへの転換を促している

  • ヨーロッパ政策の変化

    • NATO同盟国に対する厳しい態度は、ヨーロッパの自立を促すための意図的な戦略。ロシアに対してヨーロッパが持つ圧倒的な経済・技術的優位を活用させたい

  • アジア重視の論理

    • 中国が地域覇権を握る意志と能力の両方を持つ唯一の脅威であり、グレーゾーン戦術や台湾への圧力が地域支配の意図を示している

  • 戦略の矛盾

    • 資源制約を理由としながら国防費増額を要求、核拡散リスクの増大、アジア同盟国の「安全ただ乗り」問題の継続

  • 長期的影響

    • この政策転換は一時的ではなく、アメリカ外交の構造的変化であり、将来の政権も基本的には継続する可能性が高い

  • 戦略の発展

    • 冷戦時代の封じ込め戦略と同様、初期版は不完全であり、時間をかけて洗練されていく必要がある



キーワード解説


【優先順位の戦略(Strategies of Prioritization)】

アメリカが世界全体のリーダーシップから撤退し、最重要脅威である中国に集中する新しい外交・安全保障戦略


【グレーゾーン戦術】

武力紛争には至らないが、外交圧力や軍事的威嚇を通じて現状変更を図る手法


【安全ただ乗り(Cheap Ride)】

同盟国がアメリカの安全保障に依存し、自国の防衛努力を怠ること


【地域覇権】

特定地域において政治的・経済的・軍事的に支配的地位を確立すること


【封じ込め戦略】

冷戦期にアメリカがソ連の影響力拡大を阻止するために採用した戦略


【核拡散】

アメリカの信頼性低下により、各国が独自の核武装を検討するリスク



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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