サーキュラービジネスの価値評価──新しい分析手法が導く持続可能な収益性
- Seo Seungchul

- 9月17日
- 読了時間: 8分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Samsurin Welch et al. "A New Method for Assessing Circular Business Cases" (MIT Sloan Management Review, 2025年7月23日)
概要: サーキュラービジネスモデルの財務分析における課題と、マルチライフサイクル収益を適切に評価するための新しい分析手法を提示する研究論文
企業が持続可能性を追求する今、サーキュラーエコノミーの考え方を取り入れたビジネスモデルが注目されています。しかし、従来の財務分析では、こうしたサーキュラービジネスの本当の価値を測れないという課題が浮上しています。
リースや再生、再販売、素材回収といった複数のライフサイクルにわたって収益を生み出すサーキュラービジネスは、一度きりの売買で終わる従来のビジネスとは根本的に異なります。この違いを理解せずに投資判断を行えば、収益性を過小評価してしまう可能性があります。
MITスローン経営大学院の研究者たちが提示した新しい財務分析手法は、サーキュラーモデル特有の複雑さを捉える視点を提供します。富良野とPhronaの対話を通じて、この新しい分析手法がもたらす示唆と、それが企業経営に与える影響について探ってみましょう。
サーキュラービジネスの「見えない価値」
富良野: 最近、サーキュラーエコノミーって言葉をよく聞くようになったけど、実際のビジネスレベルで考えると、なかなか難しい問題があるみたいですね。
Phrona: そうなんです。表面的には環境に良いことをしているように見えても、経営陣が実際に投資判断をする時には、従来の財務分析では測りきれない部分があるんですよね。
富良野: 例えば、どういうことです?僕たちが慣れ親しんだ損益計算書や投資回収期間の計算では、何が見落とされてしまうんでしょう?
Phrona: 一番大きいのは、収益の発生パターンの違いだと思います。普通のビジネスって、商品を売ったらそこで取引終了じゃないですか。でも、サーキュラーモデルだと、その商品が何度も価値を生み出すんです。
富良野: なるほど。リコーのトナーボトルの例が記事に出てましたが、使用済みボトルを回収して再利用することで、新品ボトルを作るよりもコストを抑えられる。でも、その回収プロセス自体にもコストの60%以上がかかっている。
Phrona: まさにそこが複雑なところですよね。初期コストは高くなるけれど、長期的には複数のライフサイクルで収益を得られる。従来の分析だと、この時間軸の違いをうまく捉えられないんです。
財務分析の限界と新しい視点
富良野: 記事では「収益の食い合い」についても触れられていましたね。商品の寿命を延ばすことで、顧客が新商品を買う頻度が下がってしまう。
Phrona: それって、短期的には売上減少に見えるけれど、実は顧客との関係性が深くなっているということでもありますよね。一度きりの売買から、継続的なサービス提供への転換とも言える。
富良野: 確かに。スワップフィーツの自転車シェアリングサービスなんかも、自転車を売るのではなく、移動手段としてのサービスを継続的に提供している。顧客データも蓄積できるし、メンテナンスのタイミングも把握できる。
Phrona: データの話が出ましたが、これも従来の財務分析では評価しにくい資産ですよね。使用パターンや故障データが蓄積されることで、次の製品開発に活かせるし、予防保全もできる。
富良野: そう考えると、サーキュラービジネスって、単に環境負荷を減らすだけじゃなくて、企業の学習能力を高めるシステムでもあるんですね。顧客との接点が増えることで、より良い製品やサービスを作れるようになる。
コストと価値の再定義
Phrona: でも、やっぱり初期投資の重さは避けられない課題ですよね。耐久性の高い素材を使ったり、モジュラー設計にしたり、分解しやすい構造にしたりすると、どうしてもコストは上がる。
富良野: 記事にあったキャタピラーの重機リマニュファクチャリングの例は興味深かったです。新品の60-70%のコストで、新品同等の性能を実現している。これって、最初の設計段階から分解・再生を前提にしているからできることですよね。
Phrona: 設計思想の根本的な転換が必要なんですね。従来は「いかに安く作って売るか」だったのが、「いかに長く価値を提供し続けるか」になる。
富良野: そして、その価値を適切に測定する財務手法も同時に必要になる。マルチライフサイクル収益、資産活用率、残存素材価値...これらを統合的に評価できる枠組みがないと、投資判断を誤ってしまう。
Phrona: キャッシュフローのタイミングも全然違いますしね。従来モデルでは売上が一括で計上されるのに対し、サーキュラーモデルでは収益が時間をかけて分散して入ってくる。
企業経営への示唆
富良野: この新しい分析手法が普及すると、企業の投資行動にも大きな変化が起きそうですね。今まで「採算が合わない」と判断されていたサーキュラープロジェクトが、実は収益性が高いことが分かるかもしれない。
Phrona: 逆に言えば、今の財務分析手法を使い続けることで、企業は未来の競争力を見逃している可能性もある。特に、消費者の環境意識が高まる中で、サーキュラーモデルへの転換は避けられない流れでしょうし。
富良野: オランダのロイヤル・アーレントの例も示唆に富んでいました。オフィス家具をProduct-as-a-Serviceとして提供することで、顧客は初期投資を抑えながら、企業側は継続的な収益とデータを得られる。
Phrona: でも、こうした転換には組織の学習能力も問われますよね。従来の売り切りモデルに慣れた営業チームが、サービス提供型の思考に切り替えるのは簡単ではない。
富良野: そう、技術的な側面だけじゃなくて、組織文化や人材育成の観点からの変革も必要になってくる。財務分析の手法を変えることは、実は企業の根本的な価値観を見直すことでもあるんですね。
未来への展望
Phrona: 今回の研究で提示された新しい分析手法が標準化されれば、投資家や金融機関の評価基準も変わってくるでしょうね。
富良野: ESG投資の流れも追い風になりそうです。環境・社会・ガバナンスの観点から企業を評価する投資家が増えている中で、サーキュラーモデルの真の価値を測る手法があれば、より適切な資本配分が可能になる。
Phrona: ただ、移行期には混乱も生じるかもしれませんね。新旧の評価手法が併存する中で、どちらを使うかによって投資判断が変わってしまう。
富良野: 確かに。でも、それは必要な混乱かもしれません。今まで見えていなかった価値が可視化されることで、より持続可能で収益性の高いビジネスモデルが評価されるようになる。
Phrona: 最終的には、企業にとっても投資家にとっても、長期的な価値創造につながる変化だと思います。環境負荷を減らしながら収益性も確保できるなら、これほど良いことはないですから。
ポイント整理
サーキュラービジネスモデルの特徴
複数のライフサイクルにわたって価値を創出する(リース、再生、再販売、素材回収等)
従来の一度きりの取引モデルとは根本的に異なる収益構造を持つ
初期投資は高くなるが、長期的な収益性と持続可能性を両立できる可能性
従来の財務分析の限界
一度きりの製品販売と予測可能なコスト構造を前提とした線形的思考
マルチライフサイクル収益や継続的な価値創出を適切に評価できない
キャッシュフロー・タイミング、収益認識、資産管理の複雑さに対応不足
新しい分析手法の必要性
マルチライフサイクル収益、資産活用率、残存素材価値を統合的に評価
収益性、リスク、長期的な財務パフォーマンスを包括的に分析
投資判断の精度向上と、サーキュラー投資の過小評価を防止
実践例から見える示唆
リコー:トナーボトル再利用で新品ボトルよりコスト削減、ただし回収プロセスがコストの60%以上
キャタピラー:重機リマニュファクチャリングで新品の60-70%コストで同等性能実現
ロイヤル・アーレント:オフィス家具のProduct-as-a-Serviceで継続的収益とデータ蓄積
企業経営への影響
投資行動の変化:今まで不採算とされたプロジェクトの再評価機会
組織文化の転換:売り切りモデルからサービス提供型思考への移行
競争優位の源泉:顧客データ蓄積と継続的な学習能力の向上
キーワード解説
【サーキュラーエコノミー(循環経済)】
資源を循環させ、廃棄物を最小化する経済システム
【マルチライフサイクル収益】
一つの製品が複数の使用段階で収益を生み出すこと
【リマニュファクチャリング】
使用済み製品を分解・再生して新品同等の性能に戻すこと
【Product-as-a-Service(PaaS)】
製品を販売するのではなくサービスとして提供するビジネスモデル
【残存素材価値】
製品のライフサイクル終了時に回収可能な素材の経済的価値
【線形ビジネスモデル】
「取る→作る→捨てる」の一方向的な従来型ビジネスモデル
【収益の食い合い(Revenue Cannibalization)】
新しいビジネスモデルが既存事業の売上を減少させること
【逆物流(Reverse Logistics)】
使用済み製品を回収・処理するための物流システム
【ESG投資】
環境・社会・ガバナンスの観点から企業を評価する投資手法