ステーブルコインが変える金融システム ――デジタル通貨の「普通さ」が生む革命
- Seo Seungchul

- 9月15日
- 読了時間: 9分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Douglas Kurdziel et al. "From Niche to Utility: Stablecoins Move toward the Financial Mainstream" (Bain Insights, 2025年4月)
概要: 世界的なコンサルティング会社ベインが、ステーブルコインの現状と将来性について分析したレポート。規制環境の変化、企業の導入事例、金融システムへの影響を包括的に検証している。
デジタル通貨と聞くと、まだまだ投機的でリスキーなイメージを持つ人も多いかもしれません。でも実は、アメリカの国債を大量に保有し、すでに世界的な大企業が業務で使い始めている「ステーブルコイン」という新しい通貨の形があります。これは暗号資産でありながら、ドルなどの法定通貨と価値が連動するように設計された、まさに安定性を重視したデジタル通貨です。
このステーブルコインをめぐって、いま世界各国で規制の枠組みが次々と整備されています。アメリカ議会では法整備の議論が進み、ヨーロッパやアジア各国でも新たなルールが施行されました。規制の明確化によって、これまで慎重だった金融機関や大手企業も本格的な活用に踏み出しています。
この変化は単なる技術の進歩にとどまりません。送金や決済、資産管理といった金融システムの根幹に関わる仕組みが変わろうとしているのです。一方で、既存の銀行や決済業者にとってはビジネスモデルへの挑戦でもあります。果たしてステーブルコインは、私たちの日常的なお金の使い方をどう変えていくのでしょうか。そして、この技術が持つ可能性と課題を、どう理解すればよいのでしょうか。
「安定」という名前に込められた狙い
富良野: このベインのレポートを読んでいて、まず驚いたのがステーブルコインの規模なんですよね。もうアメリカ国債の大口保有者になってるって。
Phrona: そうなんです。テザーが約1,160億ドル、サークルが約500億ドル分の米国債を持ってるって。これって相当な金額ですよね。
富良野: 僕らが「暗号資産」って聞くと、どうしてもビットコインみたいな価格変動の激しいものを想像するけど、ステーブルコインは全然違う発想なんだよね。
Phrona: 価値を安定させることが目的っていうのが面白いですよね。普通の暗号資産が「価格が上がるかも」という期待で成り立ってるとすると、ステーブルコインは「変わらない」ことに価値を見出してる。
富良野: まさに。ドルと同じ価値を保つために、実際のドルや国債を裏付け資産として持ってるわけだから。ある意味、デジタル版のドルを作ろうとしてるんですね。
Phrona: でも、どうしてわざわざそんなことを?普通にドルを使えばいいじゃないですか。
富良野: そこがポイントで、レポートにもあるように、ブロックチェーン技術の特性を活かせるからなんです。送金が瞬時にできて、しかも24時間365日止まらない。
デジタルならではの新しい可能性
Phrona: 従来の銀行システムだと、平日の営業時間に縛られたり、国際送金に数日かかったりしますもんね。
富良野: そう。スイフトみたいな既存の国際送金システムだと、複雑なケースでは1〜2日かかることもある。でもステーブルコインなら、ほぼ瞬時に処理できる。
Phrona: プログラマブルっていうのも興味深いです。あらかじめ条件を設定しておけば、自動的に支払いが実行されるって。
富良野: スマートコントラクトですね。例えば、商品が納品されたら自動的に代金が支払われるとか、そういう仕組みが組み込める。これは従来の決済システムにはない機能ですよね。
Phrona: 透明性も高いって書いてありますね。取引がリアルタイムで追跡できるから、不正防止にもなりそう。
富良野: ただ、この透明性って諸刃の剣でもあるんじゃないかな。プライバシーとのバランスをどう取るかは難しい問題になりそうです。
規制という「お墨付き」の力
富良野: レポートで重要なのは、規制環境が急速に整備されてるっていう点ですね。アメリカでは議会が法整備を議論してて、EUや中東、シンガポールではもう規制が施行されてる。
Phrona: 規制って、普通は「制約」のイメージがあるけど、ここでは逆に「お墨付き」になってるんですね。
富良野: そうなんです。これまで金融機関が慎重だったのは、規制が不明確だったから。ルールがはっきりすれば、逆に安心して参入できるようになる。
Phrona: ペイパルやストライプみたいな大手企業が参入してるのも、そういう背景があるんでしょうね。
富良野: まさに。レポートでも「規制の明確化によって、より広範な機会への扉が開かれる」って書いてある。特に資産移転や決済の分野でね。
金融機関の本格参入が始まる
Phrona: JPモルガンやソシエテジェネラルみたいな大手銀行も、すでにステーブルコインを使った実証実験をしてるって。これって結構すごいことですよね。
富良野: 銀行って、新しい技術に対しては普通めちゃくちゃ慎重なんですよ。それが実際に使い始めてるっていうのは、もう実用段階に入ったってことの証拠だと思います。
Phrona: でも、銀行にとっては複雑な心境でもありそう。自分たちの本業である送金や決済のコストを下げられる一方で、預金がステーブルコインに流れる可能性もあるわけでしょう?
富良野: そこが面白いところで、レポートでも「銀行は高コストなプロセスを効率化できる機会がある一方で、他社が発行するステーブルコインに預金が移行するリスクもある」って分析してますね。
Phrona: 自分たちでステーブルコインを発行する銀行も出てきそうですね。
富良野: それは十分考えられます。既存の顧客基盤と信頼関係があるから、むしろ有利かもしれない。
企業が見つけた新しい使い道
Phrona: 企業の活用事例を見てると、B2B決済や国際送金から始まってるんですね。
富良野: やっぱり効果が分かりやすいところから入ってるんでしょうね。国際送金のコストと時間の削減は、企業にとって直接的なメリットですから。
Phrona: VisaやShopifyも使い始めてるって。これって私たちの日常的な買い物にも影響してきそう。
富良野: ただ、一般消費者向けだと課題もありそうです。レポートでも「顧客の初期の不慣れや懐疑心、ポイントプログラムへの愛着を克服する必要がある」って指摘してる。
Phrona: たしかに、普通の人からすると「なんでわざわざ?」って思っちゃいますよね。クレジットカードのポイントとか、使い慣れたシステムがあるし。
新しい顧客体験の模索
富良野: でも、企業側からすると、新しい顧客体験を作れる可能性があるんですよね。例えば、商品を買った時に、その場でステーブルコインのウォレットに割引クーポンが送られてくるとか。
Phrona: パーソナライズされたトークンを直接お客さんのウォレットに送る、みたいな。それは確かに今までにない体験ですね。
富良野: テクノロジー企業にとっては、特に面白い機会になりそうです。ソーシャルメディアとデジタルウォレットを連動させた、独自の決済エコシステムを作れるかもしれない。
Phrona: でも、そうなると既存の決済業者にとっては脅威になりますよね。特に外国為替の手数料で稼いでる業者は。
富良野: そうですね。レポートでも「クロスボーダー取引などの分野で競争が激化し、外国為替などの高収益分野でボリュームと利幅の侵食が起きる可能性がある」って書いてある。
お金の「見えない革命」
Phrona: 面白いのは、レポートの最後の方に「ステーブルコインの存在は、バックエンドのネットワークに隠れて、消費者や企業にも気づかれない可能性がある」って書いてあることです。
富良野: ああ、それは重要な指摘ですね。つまり、私たちは「お金が高速で低コストで動く」ことだけを実感して、その仕組みがステーブルコインだってことは意識しないかもしれない。
Phrona: インターネットのTCP/IPプロトコルみたいなものですかね。私たちはウェブページを見てるけど、その下でどんな技術が動いてるかは普段意識しない。
富良野: いい比喩ですね。革命は必ずしも派手である必要はないってことかもしれません。むしろ、気づかないうちに浸透していく方が、本当の意味でのインフラになるのかも。
変化への備えとリスクへの注意
Phrona: でも、レポートでは課題やリスクについても触れてますよね。エラーや詐欺、チャージバックの処理とか。
富良野: そうですね。既存の決済ネットワークは、そういう問題への対処法が確立されてる。ステーブルコインでも同じレベルの安全性を担保しないと、広く普及するのは難しいでしょうね。
Phrona: サイバーセキュリティも重要な課題として挙げられてます。デジタルだからこその脆弱性もありそう。
富良野: あと、流動性の分散化や運用停止、金融安定性へのリスクも指摘されてる。これだけ大きな資金が動くようになると、システム全体への影響も考えなければいけない。
Phrona: 結局、技術的には可能でも、社会的な受容と制度的な整備が追いつくかどうかが鍵になりそうですね。
富良野: そういうことですね。レポートの結論も「規制支援と民間投資が組み合わさって、顧客の金融生活を改善する市場構造を作れるかどうかにかかってる」って書いてある。技術だけでは革命は起こらないってことでしょうね。
ポイント整理
ステーブルコインの急成長
テザーとサークルが合計で約1,660億ドル相当の米国債を保有し、過去5年でステーブルコインの供給量が急激に増加している
規制環境の整備
アメリカで議会審議が進む一方、EUの暗号資産市場規制、UAE の決済トークンサービス規制、シンガポール金融管理局のステーブルコイン規制フレームワークが2023-2024年に施行済み
技術的優位性
ブロックチェーン技術により24時間365日の即座決済、従来システム(Swift等)比での大幅な高速化、スマートコントラクトによる自動化機能を実現
企業の本格導入
JPモルガン、ソシエテジェネラル、PayPal、Stripe、Visa、Shopifyなど大手金融機関・決済企業が実証実験から実用段階へ移行
多様な活用領域
B2B決済・資産移転、国際送金・クロスボーダー取引、日常的な消費者決済、トークン化されたマネーマーケットファンドと新しい金融商品開発
既存業界への影響
銀行の預金基盤への潜在的脅威、決済業者の外国為替手数料収入の圧迫、テクノロジー企業の決済エコシステム構築機会の拡大
消費者体験の変化
バックエンド処理での透明性向上、個人化されたトークン配布による新しい顧客体験、しかし多くの場合は利用者に意識されない形での浸透
課題とリスク
詐欺・エラー・チャージバック処理の確立、サイバーセキュリティ強化、流動性分散化リスク、金融システム安定性への影響懸念
キーワード解説
【ステーブルコイン】
法定通貨や高品質流動資産に裏付けられ、価値安定性を維持するデジタル資産
【スマートコントラクト】
あらかじめ設定された条件に基づいて自動実行される契約機能
【AML/KYC規制】
マネーロンダリング対策・顧客確認義務に関する金融規制
【Swift】
国際銀行間金融通信協会が運営する従来の国際送金システム
【流動性フラグメンテーション】
資金が複数のシステムに分散することで生じる流動性分散リスク
【トークン化マネーマーケットファンド】
従来の投資信託をブロックチェーン上でデジタル化した金融商品
【インターオペラビリティ】
異なるプラットフォーム・ネットワーク間での相互運用性
【プログラマビリティ】
決済や取引に条件設定や自動化機能を組み込める特性