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ステーブルコインは銀行を解体するか──決済と信用創造のきわどい同居

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Peter Thal Larsen, "Why central banks are key to electronic money" (Reuters, 2026年6月30日)

  • 概要:ステーブルコインが本格的な貨幣として機能するには、結局のところ中央銀行という制度的アンカーが必要になる、という論点を、BISのGaston Gelosに聞く形で展開した回。



ステーブルコインをめぐる議論を追っていると、これは貨幣として機能するのか」という問いは繰り返し立てられるのに、「機能するとして、それは何を置き換えるのか」という問いは、なぜかほとんど立てられない。


2026年6月末、ロイターのポッドキャスト番組で、国際決済銀行(BIS)のGaston Gelosが語ったのも、結局は前者の問いだった。彼の結論は明快である。デジタルマネーは、技術がどれだけ進歩しても、最後には中央銀行という制度的アンカーを必要とする。この結論自体に異論はない。ただ、この結論に至る道筋を丁寧にたどっていくと、途中でもっと大きな問いを素通りしていることに気づく。




「制度的達成」という言葉の重み


Gelosの議論の出発点は、貨幣の核心は技術ではなく信頼にある、という立場だ。私たちがドル建ての預金を受け取るとき、どの銀行のドルかをいちいち確認したりはしない。BISはこれを「no questions asked」(裏を取らなくても受け取れる性質)として重視している。この性質を支えているのが、中央銀行による最終決済の保証である。中央銀行が背後で決済の一対一性を担保しているからこそ、どの銀行の預金も同じ一ドルとして流通する。番組ではこれを「中央銀行と商業銀行の二層構造」と呼んでいた。


ブロックチェーンについても、Gelosは頭ごなしに否定していない。ただし、現状の弱点は明確に指摘される。中央の調整役を持たないぶん、取引量の増加が合意形成の負荷となってスケールしにくいこと。同じステーブルコインが複数のチェーンに分断され、相互運用が不完全であること。そして、セルフカストディ型ウォレットが既存の本人確認体制の外側で使われうること。ここまでは、技術的な話として素直に頷ける。


興味深いのは、この議論が19世紀アメリカの私的紙幣という歴史に接続される点だ。中央銀行が存在しなかった時代、民間銀行はそれぞれ独自の紙幣を発行し、利用者はどの銀行の紙幣かをいちいち気にする必要があった。やがてSuffolk Bankのような清算システムが発達し、その機能は最終的に連邦準備制度へと引き継がれていく。分散した私的貨幣は、規模が拡大するにつれて、清算・信用確認・流動性供給・危機対応という機能を、誰かが集中的に担わなければならなくなる。BISが貨幣を「単なる技術ではなく、長い失敗と実験を通じて形成された制度的達成」と位置づけるのは、この歴史的な学習過程を踏まえてのことだろう。番組後半で示される「unified ledger」構想(中央銀行マネー、商業銀行預金、トークン化資産を同じ基盤に乗せる案)も、この延長線上にある。



中央銀行ではなく、銀行が問われている


ところで、「制度的達成」というとき、何が達成されたと言っているのか。番組の答えは「中央銀行という信頼のアンカーが確立された」というものだ。だが、この答えには、当たり前すぎるという弱さがある。


ドル建てステーブルコインがドルという既存の計算単位に依拠しているのは、ほとんど自明の前提である。ステーブルコインの主流的な支持者たちは、中央銀行や国家通貨を不要にしようとしているわけではない。むしろ、既存のドルの信認を前提として、そのドルをより速く、安く、越境的に、プログラム可能な形で使えるようにしようとしている。だとすれば、「ステーブルコインにも中央銀行の裏付けが必要だ」という指摘は、間違ってはいないが、相手の主張への応答としてはいくぶん的を外している。


本当に問うべきなのは、中央銀行が必要かどうかではない。より正確には、商業銀行が歴史的に束ねてきた機能を、今後もひとつの制度体にまとめておくべきなのか、という問いである。中央銀行はおそらく残る。国家通貨もおそらく残る。だが、商業銀行預金が当然の決済手段であり続けるとは限らない。



銀行預金という危うい同居


私たちが日常的に使うお金の大半は、中央銀行マネーではなく商業銀行預金である。給与の受け取りも、振込も、たいていは銀行預金というかたちで動いている。ここで見落とされがちなのは、銀行が単純に預かったお金を又貸ししているわけではないという点だ。銀行は貸出を行うと同時に、借り手の預金を創造する。貸すという行為そのものが、新しい購買力を生み出す。


つまり銀行預金とは、決済に使える安全な手段であると同時に、銀行がリスクを取って作り出した信用でもある。この安全性は、自然に存在するものではない。自己資本規制、流動性規制、預金保険、中央銀行の最後の貸し手機能によって、あとから支えられているものだ。銀行預金とは、リスクを取る信用創造と、安全に見える決済マネーを、同じバランスシートの上に同居させる制度的発明にほかならない。


一対一で現金や短期国債などの安全資産に裏付けられたステーブルコインは、この同居の一方だけを切り出す。利用者から百ドルを受け取り、百ドル相当の安全資産を保有し、百ドル分のトークンを発行する。この構造では、原則として貸出による信用創造は起きない。銀行と同じ「決済」を担いながら、銀行が担ってきた「信用創造」は担わない。ナローバンクに近い、と言ってもいい。


だからといって、これは信用創造がその場で消えるという話ではない。銀行は預金金利を引き上げるかもしれないし、ホールセール調達を増やすかもしれないし、自らトークン化預金を発行するかもしれない。信用創造の総量は、簡単には消えない。だが、その置き場所と担い手は変わりうる。



三つの未来、ひとつのジレンマ


ステーブルコインが広がった先には、大まかに三つの道筋が考えられる。


一つ目は、信用創造が銀行に残る道筋だ。ステーブルコインは越境送金やアプリ内決済など、特定の場面での決済手段として伸びる一方、住宅ローンや企業融資は引き続き銀行が担う。銀行はトークン化預金を発行し、プログラマブルな決済機能を自らの制度の内側に取り込もうとするだろう。


二つ目は、信用創造が銀行の外へ移る道筋だ。銀行預金がステーブルコインに流出すれば、銀行の調達基盤は弱まり、信用供給の一部がプライベートクレジットやノンバンク金融、資本市場型のファイナンスへと移る可能性がある。これは一見効率的に見えるが、リスクが規制の届きにくい場所へ移動するだけかもしれない、という危うさを伴う。


三つ目は、ステーブルコイン発行者自身が銀行化する道筋だ。準備資産を短期国債のような安全資産だけでなく、貸出や社債などのリスク資産へと広げれば、収益性は上がる。しかしそれは、額面償還を約束しながら裏側でリスクを抱えるという、実質的な銀行業にほかならない。そうなれば、自己資本規制や破綻処理を含む、銀行並みの監督体制を免れることはできない。


ここに、避けようのないジレンマがある。ステーブルコインが信用創造をしないなら、銀行預金を代替したときに信用供給の構造そのものが変わってしまう。ステーブルコインが信用創造をするなら、それは実質的に銀行なので、銀行としての規制を受けなければならない。決済の安全性と、信用供給の厚みを、同時に満たすことの難しさが、ここに凝縮されている。



新興国という、もうひとつの現場


先進国の内側だけを見ていると、この議論はまだどこか牧歌的に響く。だが、新興国や通貨不安を抱える国では、事情はまったく異なる。ドル建てステーブルコインは、銀行口座を持たない人々に初めてドルへのアクセスを提供する、金融包摂の道具になりうる。同時にそれは、国内通貨と国内銀行制度を素通りする、デジタル・ドル化の経路にもなりうる。


先進国では「銀行預金かステーブルコインか」で済む争いが、新興国では「自国通貨か、ドルという避難先か」という、より切実な選択として現れる。銀行という制度を分解する技術は、そのまま通貨主権を分解する技術にもなりうる、ということだ。


 

 

ポイント整理


  • 問いのすり替え

    • 「中央銀行は必要か」という問いは、ステーブルコイン支持者の実際の主張(既存通貨の信認を前提に、その可搬性を高めること)への応答としては、的を外している。本当に問われるべきは、商業銀行が束ねてきた機能をどう扱うかである。

  • 銀行預金は二重機能の同居である

    • 銀行預金は、安全な決済手段であると同時に、貸出による信用創造の産物でもある。この危うい同居を、規制と公的バックストップが支えてきた。

  • ステーブルコインは決済だけを切り出す

    • 安全資産に裏付けられたステーブルコインは、銀行預金のうち決済機能だけをナローバンク的に切り離す。信用創造機能はそこに残らない。

  • 信用創造は消えず、置き場所が動く

    • 銀行に残る、銀行外の市場やノンバンクへ移る、発行者自身が銀行化する。三つの道筋のいずれも、決済の安全性と信用供給の厚みを同時に満たすことの難しさというジレンマを抱えている。

  • 争点は先進国だけでは閉じない

    • 新興国では、この分解は通貨主権そのものの問い直しとして現れる。



キーワード解説


【no questions asked】

BISが貨幣の条件として重視する性質。受け取る側がその出所や発行者をいちいち確認しなくても、額面どおりに使えることを指す。この性質が崩れると、貨幣は貨幣として機能しなくなる。


【ナローバンク】

預金に相当する負債を発行しながら、その裏付け資産を現金や短期国債などの安全資産に限定し、貸出のようなリスク資産を持たない金融機関の形態。信用創造を行わないぶん、決済手段としての安全性は高いが、信用供給の担い手にはならない。


【Suffolk Bank】

19世紀アメリカで発達した、複数の民間銀行が発行する紙幣を清算するための民間の仕組み。中央銀行が存在しない時代に、私的な貨幣秩序を安定させるために生まれ、その機能は後に連邦準備制度へと引き継がれた。


【unified ledger】

BISが提示する構想で、トークン化された中央銀行マネー、商業銀行預金、国債などの資産を、相互運用可能な複数のネットワーク上で扱う仕組みを指す。すべてを単一の巨大基盤に統合するという意味ではない。


【デジタル・ドル化】

自国通貨や国内銀行制度を経由せず、ドル建てのデジタル資産を通じて事実上ドル圏に接続していく現象。金融包摂の手段であると同時に、通貨主権を弱める要因にもなりうる。



本稿を素材として対話形式で再構成した記事も、近日中にnoteに掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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