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スマホが壊した月との約束──女性の月経周期と月の関係を探る

更新日:2025年11月29日


シリーズ: 論文渉猟


◆今回の論文:Charlotte Helfrich-Förster et al. "Synchronization of women’s menstruation with the Moon has decreased but remains detectable when gravitational pull is strong" (Science Advances, 2025年9月24日)

  • 概要:過去24年間にわたる176人の女性、総計11,565回の月経記録を分析し、月の3つの異なる周期(朔望月、近地点遠地点周期、月の南中高度変化周期)との同調性を詳細に調査。



古来より語り継がれてきた「女性の体は月のリズムと繋がっている」という話を、科学的にどう考えればよいのでしょうか。2025年9月に発表された最新の研究では、驚くべき事実が明らかになりました。女性の月経周期は確かに月の満ち欠けと同調していたのですが、LED照明とスマートフォンの普及により、この太古からの繋がりが急速に失われているというのです。


この研究は、ドイツ・ヴュルツブルク大学のシャーロット・ヘルフリッヒ=フェルスター教授らによる、過去24年間にわたる176人の女性の月経記録を分析した大規模な調査です。研究チームは、2010年のLED普及とスマートフォンの爆発的拡散を境に、人類と月との生物学的な繋がりが劇的に変化していることを発見しました。特に注目すべきは、現在でも1月だけは月との同調が残っており、この時期にGoogleでの「生理痛」検索が世界的にピークを迎えるという現象です。


この発見は、現代の技術文明が私たちの生物学的基盤にどのような影響を与えているのか、そして失われつつある自然のリズムとの繋がりをどう理解すべきなのかという、深遠な問いを投げかけています。


 


失われた月時計の謎を解く


富良野: この研究、スケールが圧倒的ですね。176人の女性を最大37年間追跡して、11,565回の月経データを分析してる。しかも単なる満ち欠けだけじゃなくて、月の3つの異なる周期すべてとの関係を調べているのが画期的です。


Phrona: そうそう、朔望月だけじゃなくて、近地点遠地点周期とか月の南中高度変化周期とかも含めて。月って思っているより複雑な動きをしてるんですね。29.5日、27.6日、27.3日の3つの周期があるって。


富良野: そこが面白いところで、研究では月経周期が真の意味での内在的な月時計として機能している証拠を見つけてるんです。同調できる周期の範囲が決まっていて、それを外れると同調しなくなる。


Phrona: 朔望月には26日から36日の周期で同調できるけど、近地点遠地点周期には24日から31日、南中高度変化周期には23日から30日って、それぞれ違うんですね。体の中に月専用の時計があるみたい。


富良野: 特に印象的なのが、37年間記録した女性のケースです。13歳の初経から50歳の閉経まで、最初は33日周期だったのが徐々に短くなって、最後は24.5日になってる。そして周期が25日より短くなると、もう月との同調は起こらなくなる。


Phrona: 年齢というより、周期の長さそのものが重要なんですね。35歳を超えても26日以上の周期を保てていれば、まだ月と同調できる可能性があるって。体内時計の限界範囲みたいなものがあるんでしょうか。


2010年という転換点の衝撃


富良野: でも一番衝撃的なのは、2010年前後での劇的な変化ですよね。2010年以前は明らかに満月や新月との同調が見られたのに、以降は集団レベルでは完全に消失している。


Phrona: ただ完全に失われたわけじゃないのが興味深いです。1月だけは今でも同調が残ってる。これって重力の影響らしいですね。


富良野: そう、近日点の影響です。1月は地球が太陽に最も近づく時期で、太陽と月の重力が相乗効果を発揮する。その時だけは人工光に負けないくらい強いシグナルが届いているということでしょう。


Phrona: 面白いのは、Googleトレンドでの「生理痛」の検索数も1月にピークを迎えているってことです。ドイツでもオーストラリアでも同じ傾向が見られるから、これは季節の問題じゃなくて、本当に重力的な影響かもしれませんね。


富良野: LED照明の影響も衛星データで裏付けられてますね。2010年以降、地球からの光放射が急激に増加した。従来の白熱電球よりもはるかに高エネルギーで、微細な月光のシグナルを完全にかき消してしまう。


Phrona: 人工光は月光を見えなくするだけじゃなくて、月経周期自体も短くしちゃうんですって。短くなると月の周期との同調がますます難しくなる。悪循環ですね。


月時計の精巧なメカニズム


富良野: この研究で証明されたのは、月経周期が真の意味での内在的振動子だということです。自由継続周期を持ち、限られた範囲でのみ外部周期と同調する。生物時計の典型的な特徴を全て満たしてる。


Phrona: 相対協調という現象も観察されてるんですよね。同調の限界近くでは、同調したり外れたりを繰り返す。これって他の生物時計でも見られる典型的な現象だそうです。


富良野: そして驚くのが、18年周期という長期的な重力変動の影響です。小月停止という現象が起きる年には、満月付近での月経開始が特に集中する。2015年がまさにその年だった。


Phrona: サロス周期137番という、月が地球に特に近づく18年周期と重なった年なんですね。その時は本当に多くの女性が月と同調していたって。宇宙的なスケールでの現象が、個人の体に影響を与えているなんて。


富良野: 考えてみれば、海洋生物が月の満ち欠けに合わせて繁殖するのは当たり前のことですからね。プランクトン、カニ、魚、サンゴまで。人間だけが例外だと考える方が不自然かもしれません。


Phrona: 生命が海で誕生した頃、月は今よりずっと地球に近くて、重力の影響も強かった。その記憶が今でも私たちの体に刻まれているとしたら、とてもロマンチックな話ですね。


進化的意味と現代への示唆


富良野: 研究では、月経が満月時に起こる女性は新月時に排卵していたという推測も示されてます。暗い夜に繁殖行動をとることで、捕食者から身を守る進化的優位があったのかもしれません。


Phrona: アフリカのライオンの狩りパターンの研究も引用されてますね。ライオンは満月後の欠けていく月の時期、夜の始まりが暗い時間帯に主に狩りをするって。タンザニアでライオンに殺された人も、欠けていく月の時期に集中してるんですって。


富良野: バッドガーは新月の時期に交尾するし、ベネズエラの牛は新月直前に受胎率が最高になる。日本の北海道でも牛の分娩は満月直前にピークを迎える。みんな月の暗さや明るさを利用してるんですね。


Phrona: でも現代においてこの同調性が失われることの意味をどう考えればいいんでしょうか。健康に直接害があるわけじゃないけれど、何か大切なものを失っているような気もします。


富良野: 研究者は妊娠しやすさとの関連も示唆してますね。月経周期の長さが年齢依存的な妊娠能力の指標になる可能性があるって。現代女性の周期短縮は、単なる生活習慣の変化以上の意味があるかもしれません。


Phrona: 地域差も興味深いですよね。イタリア北部の女性の方がドイツの女性より同調性が低い。光害の程度と一致してるんですって。イスラエルの女性も周期が短い傾向があるみたい。


失われたつながりを取り戻せるか


富良野: ただし研究の限界も認識しておく必要がありますね。これは相関関係であって因果関係は証明されていない。それでも状況証拠としてはかなり説得力があります。


Phrona: 重力の直接的な感知は難しいでしょうけど、間接的な影響は考えられますよね。大気圧の変化、電磁場の変動、宇宙線の変化、地殻変動による微震動やラドン放出まで。


富良野: ラドンが脳の概日時計に影響を与える可能性も指摘されてます。もしかしたら月概日時計も同じメカニズムで影響を受けているかもしれません。


Phrona: でも、この発見をどう受け止めればいいんでしょうね。昔に戻れというわけにもいかないし、LEDもスマホも現代社会には不可欠だし。


富良野: 重要なのは、何かを失っているということを自覚することかもしれません。私たちは技術の進歩の代償として、太古から続いてきた生物学的なリズムを手放している。


Phrona: でも1月だけは今でも繋がりが残ってるっていうのは、希望とも言えますね。完全に失われたわけじゃない。条件が整えば、まだ宇宙とのつながりを感じられる可能性がある。


富良野: そうですね。たまには人工光を避けて、本当の夜の暗さの中で月を見上げるのも悪くないかもしれません。科学的な効果があるかどうかは別として、私たちが何者であるかを思い出す時間にはなりそうです。



 

ポイント整理


  • 2010年を境界とする劇的変化

    • LED照明とスマートフォンの普及と同時期に、女性の月経周期と月の満ち欠けとの同調性が集団レベルで完全に消失。2010年以前は明確な同調が見られたが、以降は1月(重力が最強の時期)のみに限定される

  • 月の3つの周期との同調メカニズム

    • 朔望月(29.5日)、近地点遠地点周期(27.6日)、月の南中高度変化周期(27.3日)の3つすべてに対する同調範囲を解明。朔望月が最も強い同調因子で26-36日の周期範囲、他は23-31日の範囲で同調可能

  • 真の内在的月時計の証明

    • 月経周期が自由継続周期を持つ内在的振動子であることを証明。限定的な同調範囲、相対協調現象、光への応答性など、生物時計の全条件を満たす

  • 37年間の個人追跡データの解析

    • 初経から閉経まで497回の月経を記録した女性の分析により、周期が33日から24.5日に短縮し、25日以下になると月との同調が完全に失われることを確認

  • 18年周期重力変動の影響

    • サロス周期137番(2015年)と小月停止の同期により、満月での月経開始が特に集中。18.6年周期の大月停止・小月停止により同調パターンが変化

  • 近日点効果とGoogle検索データ

    • 1月の地球最接近時期に月経と月の同調が残存し、世界各国で「生理痛」検索数がピークを迎える現象を確認。北半球・南半球共通の傾向

  • 地域差と光害の相関

    • イタリア北部とイスラエルで同調性が低く、ドイツとの比較で光害レベルとの相関を示唆。月経周期も光害地域で短縮傾向

  • 進化的背景と捕食回避仮説

    • 新月時期の排卵により暗闇での繁殖行動を促し、捕食者回避の進化的優位を獲得。アフリカライオンの狩猟パターンや他の哺乳類の繁殖行動との一致



キーワード解説


朔望月】

新月から新月までの月の満ち欠け周期(29.5日)で、最も強い月経同調因子


近地点遠地点周期】

月が地球に最も近づく点と遠ざかる点を結ぶ軌道周期(27.6日)


月の南中高度変化周期】

月の軌道面の傾斜変化により生じる南中高度の変化周期(27.3日)


内在的月時計】

月の周期に同調する体内の生物学的振動子システム


相対協調】

同調限界近くで自由振動と同調を繰り返す生物時計特有の現象


サロス周期137番】

18年間隔で起こる月の軌道とその重力効果の周期的変化


小月停止・大月停止】

18.6年周期で起こる月の軌道傾斜の極値現象


近日点】

地球が太陽に最接近する1月初旬の時期で重力効果が最大化


光害】

人工照明による自然光環境の阻害現象



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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