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スーパーボウルのハーフタイムに響いた「植民地」という言葉──バッド・バニーが音楽で突きつけたもの

更新日:2月9日

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Cruz Bonlarron Martínez, "Bad Bunny’s Super Bowl Show Was Political Art at Its Best" (Jacobin, 2026年2月9日)

  • 概要:プエルトリコ出身のアーティスト、バッド・バニー(本名ベニート・マルティネス・オカシオ)がスーパーボウルLXのハーフタイムショーで全編スペイン語のパフォーマンスを行い、プエルトリコの植民地的地位への批判と汎アメリカ的連帯を表現した。トランプ大統領の激しい非難を招く一方、彼がスーパーマーケットの袋詰め係からグラミー賞受賞アーティストへと成長する過程で、ハリケーン・マリア後の連邦政府の対応への批判、独立運動の象徴の使用、ジェントリフィケーション批判など、一貫して政治的メッセージを発信してきた軌跡を辿る。記事はグラムシの「有機的知識人」の概念を援用し、バッド・バニーをカリブ海・中南米ディアスポラの知識人として位置づけている。



2026年2月のスーパーボウル。全米が注目するスポーツイベントのハーフタイムショーで、プエルトリコ出身のアーティスト、バッド・バニーがステージに立ちました。彼はすべてをスペイン語で歌い、プエルトリコの旗を掲げ、南北アメリカ大陸のすべての国名を叫んで締めくくりました。翌日、トランプ大統領はSNSで激怒。「最悪のショーだった」と。


しかし世界中で何百万もの人々が、あのパフォーマンスに胸を打たれていました。なぜ一人のポップスターのステージが、これほどの政治的波紋を広げたのでしょうか。その背景には、プエルトリコという場所が抱える長い歴史——アメリカの「領土」でありながら、国家として自立できない複雑な地位——があります。富良野はこの出来事を制度と政治の構造から読み解こうとし、Phronaはアーティストの身体性と文化的記憶という角度から光を当てます。スポーツと音楽とナショナリズムが交差する、きわめて現代的な一夜を振り返ります。




ハーフタイムという「隙間」の力


富良野:スーパーボウルのハーフタイムショーって、アメリカの文化イベントとしてはほぼ最大級の舞台ですよね。そこで全編スペイン語、プエルトリコの旗、南北アメリカ全部の国名コール。……これは相当に計算された行為だと思うんです。


Phrona:計算、というと冷たく聞こえるかもしれないけど、私もそう感じました。ただ、計算というよりは覚悟に近いかもしれない。あの舞台でスペイン語しか使わないって決めること自体が、もうメッセージですよね。


富良野:そうなんですよ。アメリカのスポーツ文化って、基本的に英語で、星条旗があって、軍のフライオーバーがあって……という様式美がある。そこにまったく別の文脈をぶつけてきた。


Phrona:しかも対象が漠然とした「社会批判」じゃなくて、プエルトリコという具体的な場所に根ざしている。彼の音楽を聴いてきた人にはわかるけど、初めて見た人にとっては「何が起きてるの?」っていう衝撃があったはずです。


富良野:ハーフタイムショーって、前半と後半のあいだの「隙間」の時間じゃないですか。メインコンテンツではない。でもその隙間だからこそ、普段なら流されてしまうメッセージが刺さる場合がある。


Phrona:試合の緊張感がいったんほどけて、なんとなくぼんやり見ているところに、ドンと来る。あの「油断している瞬間」に入り込む力って、抗議デモとはまた違う浸透力がありますよね。


富良野:トランプ大統領が激怒した、という事実自体が、あのパフォーマンスの有効性を証明してしまっているのが皮肉です。無視できなかった。


Phrona:「最悪のショーだった」って言ったんでしたっけ。……でも、最悪だったなら放っておけばいいのに、わざわざ反応している時点で、何かが刺さっているわけですよね。



「スーパーの袋詰め」から「有機的知識人」へ


富良野:記事で面白かったのは、バッド・バニーの出発点がプエルトリコのベガ・バハという町のスーパーマーケットの袋詰め係だったという話です。ほんの十年前ですよ。


Phrona:そのスーパーがいまや観光地になっているっていうのも、なんだか不思議な話。でも、彼がラテン・トラップ……つまりラテンアメリカの労働者階級のリアルを反映したヒップホップの一種から出発しているのは、大事なポイントだと思います。


富良野:元記事がグラムシの有機的知識人(オーガニック・インテレクチュアル)という概念を持ち出しているんですよね。大学やアカデミアから出てくるんじゃなくて、大衆の中から生まれて、支配的な価値観に挑戦する思想家のことです。


Phrona:それってすごく重要な区別ですよね。「外から教える人」じゃなくて、「中から語る人」。バッド・バニーの言葉が届くのは、彼自身がスーパーの袋詰めをしていた側の人間だから。


富良野:しかもその政治化には段階があって、いきなり独立運動を叫んだわけではない。2017年のハリケーン・マリアが転換点なんです。カテゴリー5のハリケーンがプエルトリコを直撃して、少なくとも4,645人が亡くなった。連邦政府の対応は遅く、多くのアメリカ本土の人が初めて「え、プエルトリコってアメリカの一部なの?」と気づいた。


Phrona:トランプ大統領がプエルトリコを訪問して、被災者にペーパータオルを投げたエピソードは象徴的でしたよね。……その直後に、まだ無名に近かったバッド・バニーが「あんたはツイッター荒らしなの? それとも大統領なの?」って書いたTシャツを着てチャリティーコンサートに出た。


富良野:駆け出しのアーティストとしては、かなりリスクのある行動ですよね。スポンサーが引くかもしれないし。


Phrona:でも、そのリスクを取ったこと自体が、あとから振り返ると「この人は本気なんだ」という信頼の根拠になっている。最近売れたから急にポリティカルになった、という批判がしにくい。



プエルトリコの「見えない植民地」問題


富良野:ここで少しプエルトリコの法的地位について整理しておきたいんですが、プエルトリコはアメリカの非編入領域(unincorporated territory)なんですよ。州ではないし、独立国でもない。住民はアメリカ市民権を持っているけど、大統領選挙の投票権はない。連邦議会でも投票権のある代表を出せない。


Phrona:つまり、アメリカの法律には縛られるけど、それを決める過程には参加できない。


富良野:そう。税制や経済政策もワシントンの方針に大きく左右される。これを「植民地」と呼ぶかどうかは政治的な立場によって分かれますが、構造的にはかなりそれに近い。


Phrona:バッド・バニーの楽曲には、その構造への怒りが一貫して流れていますよね。2022年のエル・アパゴン(停電)っていう曲では、電力会社の民営化後に頻発する停電を批判して、ジェントリフィケーション……つまり本土から来た富裕層が島の不動産を買い占めて地元住民が追い出される問題も取り上げている。


富良野:あと2025年のアルバムでは、プエルトリコ独立運動の英雄エウヘニオ・マリア・デ・オストスに言及している。彼はドミニカ共和国に埋葬されていて、プエルトリコが自由になったら遺体を戻してほしいと遺言した人物です。


Phrona:その淡い水色の旗——独立の象徴としての旗を、スーパーボウルの舞台で使ったわけですよね。知っている人にはすぐわかるし、知らない人には「なんだろう?」と調べるきっかけになる。


富良野:これは非常にうまいやり方だと思います。説教するのではなく、記号を置いておく。興味を持った人が自分で調べに行く回路を開いている。



音楽は「抵抗」になりうるのか


Phrona:一つ考えたいのは、じゃあ音楽やパフォーマンスが政治的な力を持つって、具体的にどういうことなのか、ということなんです。すごく率直に言えば、ハーフタイムショーを見て感動した人がいたとしても、プエルトリコの法的地位が翌日変わるわけではない。


富良野:それはその通りで、政策変更に直結はしない。でも僕は、可視性(ビジビリティ)の問題だと思っています。プエルトリコの状況って、多くのアメリカ人にとって「見えていない」んですよ。あるいは見えていても、自分の問題として認識されていない。


Phrona:1億何千万人が見ている場所で、スペイン語で、植民地の歴史を歌い上げるという行為そのものが、可視化のプロセスとしてはこれ以上ないくらい効果的だったと。


富良野:加えて、バッド・バニーのリスナー層は若いんです。十代、二十代のラテン系の若者が、自分たちの文化的アイデンティティを肯定されたと感じる。その長期的な影響は無視できない。


Phrona:私が興味深いと思うのは、彼の方法が「怒りの表出」だけではないところです。ディストピア的な短編映画を作ったり、歴史家と協力して教育的なコンテンツを出したり。怒りを知識に変換する回路を同時に用意している。


富良野:プエルトリコの歴史家ホレル・メレンデス=バディージョの著作と連動した動画を出しているんですよね。アーティストと学者の協働って、なかなかこの規模では見られない。


Phrona:それって、まさに有機的知識人の現代版かもしれない。アカデミアの言葉をそのまま使うんじゃなくて、音楽とビジュアルに翻訳して、何百万人に届ける。


富良野:ただ、僕は少し慎重でもあって。こうした文化的抵抗が盛り上がる一方で、実際の政策レベルでの変化がなければ、最終的にはガス抜きになってしまうリスクもある。感動と変革は別物ですから。


Phrona:それはそうですね。でも、感動がなければ変革への意志も生まれない、ということもある。たぶんどちらか一方ではなくて、両方が必要なんだと思います。……少なくとも、あのステージの上で起きたことは、「エンターテインメントと政治は別」という前提そのものを揺さぶった。


 

 

ポイント整理


  • バッド・バニーは2026年スーパーボウルLXのハーフタイムショーで全編スペイン語のパフォーマンスを行い、プエルトリコの植民地的地位への批判と汎アメリカ的連帯を表現した。南北アメリカ全国の国名を叫んで締めくくる演出は、19世紀のボリバル的な大陸連帯思想を想起させるものだった。

  • トランプ大統領はSNS上でショーを「最悪」と非難したが、この反応自体がパフォーマンスの政治的インパクトの大きさを裏付ける結果となった。

  • バッド・バニーはプエルトリコのベガ・バハ出身で、わずか十年前にはスーパーマーケットの袋詰め係をしていた。ラテン・トラップというジャンルから出発し、労働者階級のリアルを反映した音楽で頭角を現した。

  • 2017年のハリケーン・マリア(カテゴリー5、死者推定4,645人以上)が政治的転換点となった。連邦政府の遅い対応はプエルトリコの植民地的地位を国際的に可視化し、バッド・バニーも明確に政治的発言を始めた。

  • 記事はアントニオ・グラムシの「有機的知識人」の概念を援用し、バッド・バニーを大衆の中から生まれて支配的価値観に挑戦する知識人として位置づけている。アカデミアからではなく、労働者階級のコミュニティから思想的影響力を発揮する存在。

  • 2019年にはリッキー・ロセジョ知事がハリケーン犠牲者を侮辱するチャットが流出し、大規模抗議に発展。バッド・バニーは抗議の最前線に立ち、知事辞任を要求した。

  • 2022年の楽曲エル・アパゴン(停電)では、電力会社民営化後の頻繁な停電と、本土富裕層による不動産買い占め(ジェントリフィケーション)を批判。独立系ジャーナリストのビアンカ・グラウラウによるドキュメンタリーも併せて制作した。

  • 2025年のアルバムでは独立運動の英雄エウヘニオ・マリア・デ・オストスに言及し、独立派の象徴である淡い水色の旗をスーパーボウルで使用。プエルトリコ人が自国で少数派になるディストピア的短編映画も制作した。

  • 歴史家ホレル・メレンデス=バディージョと協力し、アルバム楽曲に連動したプエルトリコ史の教育コンテンツを制作。アーティストと学者の大規模な協働として注目される。

  • プエルトリコはアメリカの非編入領域であり、住民はアメリカ市民権を持つが大統領選挙の投票権や連邦議会での有効な代表権を持たない。経済政策も連邦政府の方針に大きく左右され、構造的に植民地に類似した状態にある。



キーワード解説


バッド・バニー(Bad Bunny)】

プエルトリコ出身のアーティスト。本名ベニート・マルティネス・オカシオ。ラテン・トラップやレゲトンを基盤に世界的な人気を獲得し、政治的メッセージを積極的に発信する。


スーパーボウル】

アメリカのNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の優勝決定戦。アメリカ最大のスポーツイベントであり、ハーフタイムショーは文化的にも大きな注目を集める。


プエルトリコ】

カリブ海に位置するアメリカの非編入領域。住民はアメリカ市民だが、大統領選挙の投票権や連邦議会での投票権を持たない。


ラテン・トラップ(Latin Trap)】

ラテンアメリカの労働者階級の現実を反映したトラップ音楽(ヒップホップの派生ジャンル)のこと。


有機的知識人(Organic Intellectual)】

イタリアの思想家アントニオ・グラムシが提唱した概念。アカデミアではなく大衆の中から生まれ、支配的な価値観や秩序に挑戦する思想家・文化的指導者。


ハリケーン・マリア】

2017年にプエルトリコを直撃したカテゴリー5のハリケーン。推定4,645人以上が死亡し、連邦政府の遅い対応がプエルトリコの植民地的地位を国際的に浮き彫りにした。


ジェントリフィケーション(Gentrification)】

富裕層の流入により地域の不動産価格が上昇し、元の住民が生活できなくなり追い出される現象。プエルトリコでは本土からの移住者による問題が深刻化している。


エル・アパゴン(El Apagón)】

「停電」の意。バッド・バニーの2022年の楽曲で、電力会社の民営化後に頻発する停電とジェントリフィケーションを批判した。


エウヘニオ・マリア・デ・オストス】

19世紀のプエルトリコ独立運動の指導者・思想家。プエルトリコが自由になるまで遺体を戻さないでほしいとの遺言を残し、現在もドミニカ共和国に埋葬されている。


汎アメリカ主義(Pan-Americanism)】

南北アメリカ大陸の諸国が連帯し、協力を推進すべきという思想。記事中では、シモン・ボリバルの大陸統合思想に重ね合わせて使われている。


非編入領域(Unincorporated Territory)】

アメリカ合衆国憲法のすべての条項が自動的に適用されない領域。プエルトリコ、グアム、米領サモアなどが該当し、州昇格や独立について長年議論が続いている。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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