top of page

ビットコイン財務戦略の光と影──企業が「デジタル金庫」に賭ける理由

ree

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:



2025年のビジネス界で注目を集める現象があります。それは、企業が現金の代わりにビットコインを金庫に積み上げる「ビットコイン財務戦略」です。MicroStrategyの成功に触発され、世界各地で100社以上の企業がこの戦略を採用しています。しかし、その華々しい成果の裏側には、深刻なリスクも潜んでいることが専門家の分析で明らかになってきました。なぜ今、企業はビットコインに賭けるのでしょうか。そして、この戦略は本当に持続可能なのでしょうか。富良野とPhronaが、この新しい企業戦略の本質と課題について議論します。




企業が現金からビットコインに向かう理由


富良野:これまでの企業財務って、基本的には安全性を最優先にして、現金や短期国債みたいな確実な資産で運用するのが常識だったんですよね。それが今、ビットコインという変動の激しい資産に切り替える企業が増えているという。


Phrona:たしかに、すごく興味深い現象ですよね。でも考えてみると、その背景にあるのって、現金がもう「安全」じゃなくなったという危機感なのかもしれません。インフレが進んで、現金の価値がどんどん目減りしていく。


富良野:そうなんです。アメリカやヨーロッパでは4〜5%のインフレが続いているけど、金利はそれに追いついていない。つまり実質的には、現金を持っているだけで毎年価値が減っていくという状況になっている。


Phrona:なるほど。それって、まるで溶けていく氷のようですね。MicroStrategyのCEOが現金を「溶ける氷の塊」って表現したのも、そういう実感があったからなんでしょうね。


富良野:加えて地政学的なリスクも大きくなってます。制裁や資本規制で、一夜にして資金の移動が制限される可能性がある。ビットコインなら24時間365日、国境を越えて価値を移転できるという利点がある。


Phrona:でも、それってある意味で、企業が国家の枠組みを超えた価値保存手段を求め始めているということですよね。従来の金融システムへの信頼が揺らいでいるサインでもあるのかも。


MicroStrategyが切り開いた新しい道


富良野:この流れを作ったのは間違いなくMicroStrategyですね。2020年にマイケル・セイラーCEOがビットコイン戦略を始めたとき、多くの人は懐疑的だった。でも5年経った今、同社は21万4000BTCを保有して、株価は5倍近くになっている。


Phrona:すごい数字ですね。でも、MicroStrategyって元々はソフトウェア会社だったんですよね?それがビットコイン投資会社のような存在になってしまった。


富良野:そうです。実は本業の収益が減少していて、ビットコインへの転換は一種の事業転換でもあったんです。でも結果的に、この戦略が大成功して、今では他の企業のお手本になっている。


Phrona:面白いのは、単にビットコインを買って持っているだけじゃなくて、その保有量を増やすために株式や債券を発行して資金調達を繰り返しているところですよね。まるで、ビットコイン保有量を増やすことが目的になっているみたい。


富良野:それが「ビットコイン・イールド」という指標で測られているんです。発行済み株式数に対してビットコイン保有量がどれだけ増えたかを示す数値で、MicroStrategyの場合、これが投資家の期待収益の基準になっている。


Phrona:でも、それって少し危うくないですか?本来の事業価値よりも、ビットコインの保有量で企業価値が決まるようになってしまうと、ビットコインの価格に運命を託すことになってしまう。


急拡大する「ビットコイン財務企業」の世界


富良野:実際、今では126社の上場企業が合計で約82万BTCを保有しているという調査結果が出ています。これは全体の21万枚の供給量の約4%に相当する規模です。


Phrona:企業の種類も多様になってきているんですね。マイニング会社だけじゃなくて、GameStopみたいなゲーム小売業者や、KindlyMDのような医療関連企業まで参入している。


富良野:特に2024年から2025年にかけて、二つの大きな追い風がありました。一つはFASB(財務会計基準審議会)の公正価値会計ルールの改正で、これまでビットコインは下落時だけ損失計上が必要だったのが、上昇時の利益も計上できるようになった。


Phrona:それまでは「頭打ち、尻すぼみ」の会計処理だったということですね。上がっても利益にならないけど、下がったら損失になるなら、CFOが二の足を踏むのも当然です。


富良野:もう一つは規制面での進歩で、アメリカでビットコインETFが承認されたり、3月にはアメリカ戦略ビットコイン準備金に関する大統領令が出されたりして、ビットコインが国家レベルで価値保存手段として認められるようになった。


Phrona:国が「ビットコインは正当な資産だ」と認めたわけですね。それは企業にとって大きな後押しになりそうです。でも、みんなが同じことを始めたら、先行者利益はどんどん薄れていくんじゃないでしょうか。


急拡大がもたらす新たなリスク


富良野:まさにそこが問題になってきているんです。ベンチャーキャピタルのBreedが出したレポートによると、多くのビットコイン財務企業は「死の螺旋」に陥るリスクがあるという分析が出ています。


Phrona:死の螺旋って、なんだか物騒な名前ですね。具体的にはどういう仕組みなんでしょう?


富良野:企業の株価がビットコインの価値に連動しているため、ビットコイン価格が下落すると、株価も下がって資金調達が困難になる。そうすると債務の返済に迫られてビットコインを売却せざるを得なくなり、それがさらなる価格下落を招くという悪循環です。


Phrona:なるほど、雪崩のような連鎖反応が起きるということですね。一度転がり始めると止まらなくなってしまう。


富良野:現時点では多くの企業が借金ではなく株式発行で資金調達しているから、リスクは限定的だとされています。でも、もし債務による調達が主流になったら、一つの企業の破綻が市場全体に波及する可能性がある。


Phrona:でも考えてみると、これって従来の金融システムでも起こりうることですよね。リーマンショックのような金融危機も、似たような連鎖反応から始まった。ただ、ビットコインの場合は価格変動がより激しいから、そのサイクルが加速する可能性がある。


富良野:そうですね。そして専門家は、最終的に生き残るのは「強いリーダーシップ、規律ある実行、巧妙なマーケティング、そして市場の変動に関係なくビットコイン保有量を増やし続ける独自の戦略」を持つ限られた企業だけだと予測しています。


市場の二極化が進む可能性


Phrona:つまり、今は多くの企業が参入しているけれど、やがて勝者と敗者がはっきり分かれるということですね。それって、ある意味で自然淘汰のようなプロセスなのかもしれません。


富良野:実際、企業のビットコイン購入量がETFの購入量を3四半期連続で上回っているという現象が起きています。でも、これらの企業の動機はETF投資家とは根本的に違う。ETF投資家は価格の上下を気にするけど、企業は株主価値を高めるためにビットコイン保有量を増やすことが目的になっている。


Phrona:それって、ビットコインそのものの価値というより、「ビットコインをたくさん持っている企業」としてのブランド価値を追求しているということでしょうか。


富良野:その通りです。そして、この戦略が有効なのは、市場がまだそれを珍しがっている間だけかもしれません。10年後には、ビットコインを持つ企業が当たり前になって、プレミアムがつかなくなる可能性もある。


Phrona:なんだか、バブルの構造に似ているような気がします。最初に始めた人は大きな利益を得るけど、みんなが真似し始めると、その価値は薄れていく。そして最後に参入した人たちが一番大きなリスクを負うことになる。


中規模企業にとっての選択肢


富良野:とはいえ、大企業だけでなく中規模の企業にとっても、この戦略を検討する価値はあると思います。ただし、十分な準備と理解が必要です。


Phrona:どんな準備が必要なんでしょうか?


富良野:まず、明確な投資方針を文書化して、取締役会の承認を得ること。保有期間の目標、配分比率の上限、リバランスのタイミングなどを事前に決めておく必要があります。


Phrona:それに、法的な側面も複雑そうですね。証券法、商品取引法、税法、破産時の資産保全など、従来の財務管理とは全く違った専門知識が必要になりそう。


富良野:カストディ、つまり安全な保管方法も重要です。マルチシグ・コールドストレージという技術を使って、複数の署名が必要な仕組みで保管したり、保管業者の破綻リスクから資産を切り離す契約を結んだりする必要がある。


Phrona:でも、こういった技術的・法的な複雑さって、企業の本来の事業活動から注意を逸らすリスクもありますよね。経営者がビットコイン価格に一喜一憂するようになったら、本業がおろそかになってしまうかもしれません。


富良野:そのリスクは確実にあります。だからこそ、ドルコスト平均法のような定期購入方式を使ったり、オプション取引でヘッジをかけたりして、価格変動の影響を和らげる工夫が重要になってくる。


批判的な視点:「模倣の時代」への警鐘


富良野:実は、この流れに対して懐疑的な見方をする専門家もいるんです。SkyBridge Capitalの創設者アンソニー・スカラムーチは、ビットコイン財務戦略は一時的なトレンドに過ぎないと指摘している。


Phrona:スカラムーチさんって、どんな立場の人なんでしょうか?


富良野:ヘッジファンドの創設者で、暗号資産業界では著名な人物です。興味深いのは、彼自身はビットコインに強気な立場なのに、企業のビットコイン財務戦略には批判的だということです。


Phrona:なるほど、ビットコイン自体の価値は認めているけれど、企業がそれを財務戦略として使うことには疑問を持っているわけですね。理由は何なんでしょう?


富良野:彼の言葉を借りると「なぜ投資家が、自分で直接買える資産を保有するだけの企業に対して、プレミアムを払わなければならないのか」という問題意識です。つまり、根本的な価値提案に疑問を投げかけている。


Phrona:たしかに、それは核心をついた指摘ですね。MicroStrategyの株を買うより、直接ビットコインを買った方が合理的だという考え方もできる。


富良野:ただし、スカラムーチはMicroStrategyの場合は別だと認めています。セイラーCEOが複数の事業ラインを展開していて、単なるビットコイン保有会社を超えた価値を創造しているからです。


Phrona:でも、それ以外の「模倣企業」については厳しい見方をしているということですね。特に小規模企業や低位株企業が、単に話題性や資金調達のためにビットコインを採用しているケースについては。


東京からアメリカまで:世界的な模倣の波


富良野:実際、この模倣の波は世界規模で起きています。東京の上場企業メタプラネットは、元々ホテル管理会社だったのに、今やビットコイン財務戦略を採用している。Semler Scientificという医療機器メーカーも2024年5月から同様の戦略を始めました。


Phrona:それって、本業とは全く関係ない分野の企業が、MicroStrategyの成功を見て「自分たちもできるはず」と考えているということですよね。でも、業界も規模も全然違うのに、同じ戦略がうまくいくとは限らない。


富良野:さらに、ビットコインだけでなく、イーサリアムやXRPを財務資産として採用する企業も出てきています。つまり、「何でもありの状況」になりつつある。


Phrona:それは少し危険な傾向に聞こえます。ビットコインの場合はまだ「デジタル・ゴールド」という位置づけがあるけれど、他の暗号資産の場合、価格変動がさらに激しかったり、用途が不明確だったりしますよね。


富良野:スカラムーチが「各財務企業に関連するコストをしっかり見極める必要がある」と警告している理由もそこにあります。表面的な成功に惑わされずに、本質的な価値を見極めろということでしょう。


未来への展望:淘汰と進化の時代


富良野:長期的に見ると、この動きは二つの方向に分かれていくんじゃないでしょうか。一つは、スカラムーチが予測するような「模倣企業の淘汰」。もう一つは、真に革新的な価値を創造する企業の進化です。


Phrona:なるほど。単にビットコインを買って持っているだけの企業は、やがて投資家から見放されるようになる。でも、それを活用して新しいビジネスモデルを作り出す企業は生き残るということですね。


富良野:BlackRockのような大手資産運用会社がビットコインETFを運用し、投資適格債券がビットコインで担保されるような時代になってきています。つまり、従来の金融とデジタル資産の境界が曖昧になっている。


Phrona:それって、企業の財務担当者が外国為替や商品と同じようにビットコインを扱うようになるということですよね。特別なものではなく、日常的な財務管理の一部として。


富良野:また、ProCap Financialのような企業が示しているように、単にビットコインを保有するだけでなく、それを担保にした貸付やデリバティブ取引、Lightning Networkを使った決済サービスなど、保有資産から収益を生み出す動きも出てきています。


Phrona:そうすると、ビットコインを「死蔵」するのではなく、「活用」する方向に進化する企業だけが生き残るということになりそうですね。銀行が預金を元手に貸付を行うように、ビットコインも金融活動の原資として使われるようになる。


富良野:規制面でも、アメリカのFASBルール、EUのMiCA II、アジアの類似規制によって、国際的な調和が進んでいく可能性があります。そうなれば、企業にとってビットコインを保有することのハードルがさらに下がるでしょう。


Phrona:でも、スカラムーチの指摘を考えると、規制が整備されて参入しやすくなった時には、もう「先行者利益」は終わっているかもしれませんね。みんなが同じルールで同じことをするようになったら、差別化が本当に難しくなる。


新時代の企業財務戦略


富良野:結局のところ、ビットコイン財務戦略というのは、企業が変化する経済環境に適応しようとする試みの一つなんでしょうね。インフレ、地政学的リスク、金融システムの変化に対する一つの答えとして。


Phrona:でも、それは同時に新しいリスクも生み出している。成功した企業の真似をするだけでは不十分で、自分たちなりの戦略と準備が必要だということがよく分かりました。


富良野:特に中規模企業にとっては、大企業ほどのリスク許容度はないでしょうから、慎重な検討と段階的なアプローチが重要だと思います。


Phrona:それに、この動き自体が企業と国家、そして貨幣の関係を変えていく可能性もありますよね。企業が国家の通貨ではなく、デジタル資産に価値を見出すようになったとき、それは経済システム全体にどんな影響を与えるのか。


富良野:それは確実に、今後数年間で明らかになってくる問題でしょうね。ビットコイン財務戦略は、単なる企業戦略を超えて、新しい経済秩序の実験でもあるのかもしれません。




ポイント整理


  • 企業のビットコイン採用が急拡大

    • 126社の上場企業が計82万BTCを保有し、全供給量の約4%を占める

  • MicroStrategyが先駆者

    • 2020年から始まったビットコイン戦略で株価が5倍近くに上昇、他社の模範となる

  • 制度面の追い風

    • FASB会計ルール改正とビットコインETF承認により企業採用のハードルが低下

  • 企業購入がETFを上回る

    • 3四半期連続で企業のビットコイン購入量がETFを上回る現象が発生

  • 「死の螺旋」リスク

    • ビットコイン価格下落時に資金調達困難→売却圧力→さらなる下落の悪循環リスク

  • SkyBridge創設者の警告

    • スカラムーチはビットコイン財務戦略を「一時的なトレンド」と批判、模倣企業の価値に疑問

  • 世界的な模倣現象

    • 東京のメタプラネット(元ホテル会社)など業界を問わず企業が戦略を採用

  • 暗号資産の多様化

    • ビットコインだけでなくイーサリアムやXRPを財務資産とする企業も登場

  • 本質的価値への疑問

    • 「なぜ直接買える資産を保有する企業にプレミアムを払うのか」という根本的問題

  • 中規模企業の参入増加

    • 適切な準備とリスク管理により中規模企業にも機会が拡大

  • 収益化モデルの進化

    • 単純保有から貸付・デリバティブ・決済サービスへの展開が始まる

  • 規制環境の改善

    • 国際的な規制調和により企業のビットコイン保有がより安全かつ容易に

  • 長期的影響は未知数

    • 10年後の普及により現在のプレミアムが消失する可能性



キーワード解説


【ビットコイン財務戦略】

企業が現金や短期証券の代わりにビットコインを財務資産として保有する戦略


【ビットコイン・イールド】

発行済み株式数に対するビットコイン保有量の増加率を示すMicroStrategy独自の指標


【FASB公正価値会計】

2024年改正により上昇時利益も計上可能になった会計基準


【死の螺旋】

価格下落→資金調達困難→売却圧力→さらなる下落の悪循環現象


【MNAV (Multiple of Net Asset Value)】

純資産価値に対する株価倍率、財務企業の健全性指標


【カストディ】

デジタル資産の安全な保管・管理サービス


【マルチシグ・コールドストレージ】

複数署名が必要なオフライン保管システム


【ドルコスト平均法】

定期的に一定額を投資してリスクを分散する手法


【Lightning Network】

ビットコインの高速決済を可能にする技術


【SkyBridge Capital】

アンソニー・スカラムーチが創設したヘッジファンド、ビットコイン投資で著名


【模倣企業】

MicroStrategyの成功を真似て同様の戦略を採用する企業群


【メタプラネット】

東京上場の元ホテル管理会社、ビットコイン財務戦略に転換した事例


【価値提案】

企業が投資家に対して提供する本質的な価値や利益



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
bottom of page