ピケティから学ぶ──BRICSと向き合う時代の始まり
- Seo Seungchul

- 9月24日
- 読了時間: 8分
更新日:10月13日

シリーズ: 知新察来
◆今回のレポート:Thomas Piketty "Piketty insists 'it's time for Western countries to take the BRICS seriously'" (Institute of Art and Ideas, 2025年7月7日)
概要:フランスの経済学者トマ・ピケティによる、BRICSの経済的影響力の拡大と西側諸国の対応について論じた記事。グローバルな税制改革と富の再分配の必要性を具体的に提案している。
世界の均衡が静かに、しかし確実に変わっています。かつて投資銀行の造語として軽視されていたBRICSが、今や世界GDP の32%を占める経済圏へと成長し、加盟を希望する国々が列をなしています。フランスの経済学者トマ・ピケティは、この現実を前に西側諸国へ率直な問いかけをしています。傲慢さを捨てて、BRICSと真剣に向き合う時ではないかと。
この問いの背景には、ガザ紛争をはじめとする国際情勢の変化があります。多くの南側諸国が感じる西側の二重基準への不信。イラク戦争から20年を経て、パレスチナで再び起きている民間人の犠牲。こうした出来事が、北と南の溝を深めています。ピケティの視点は、BRICSを敵対勢力として捉えるのではなく、多国籍企業をコントロールし世界経済を制御するために必要な対話相手として見る必要性を示唆しています。
本記事では、経済学者の洞察を手がかりに、BRICSの本質と西側諸国が直面する選択について、多角的に考えていきます。数字の向こうにある政治的・社会的ダイナミクスを読み解き、新しい世界秩序への理解を深めていきましょう。
数字で見る現実の変化
富良野:ピケティさんの指摘で印象的なのは、やはり数字の変化ですよね。BRICS5カ国の合計GDPが購買力平価ベースで40兆ユーロを超えて、G7の30兆ユーロを上回ったという話。
Phrona:そうですね。でも富良野さん、単純に数字だけ見ると見落としてしまうことがありませんか?一人当たりの所得で見ると、G7が月約3000ユーロ、BRICSが1000ユーロ未満、サハラ以南アフリカが200ユーロ未満って格差は相変わらず大きい。
富良野:確かに。ただ、BRICSが自分たちを「地球の中間層」って位置づけてるのは面白いと思うんです。努力して生活を改善してきた、そしてこれからも向上していくつもりだ、という自己認識。
Phrona:あ、それは興味深い視点ですね。つまり彼らは既に「到着した」存在ではなく、「上昇中」の存在として自分たちを捉えてる。そこに一種の誇りと、同時に西側への不満が混在してるのかもしれません。
富良野:そうそう。しかも2014年に上海に新開発銀行を設立して、既存のブレトンウッズ体制、つまりIMFや世界銀行に対する代替案を模索し始めた。まだ規模は小さいけど、南側諸国への議決権配分が変わらない限り、将来的には競合する可能性があると。
Phrona:でも富良野さん、この「代替案」っていう言葉、ちょっと気になるんです。代替って、既存のものを置き換えるという意味もあれば、単に選択肢を増やすという意味もありますよね。BRICSは本当に西側システムを「置き換えたい」のか、それとも「発言権がほしい」だけなのか。
政治的多様性という現実
富良野:うーん、たぶんその辺りが複雑なところで。ピケティさんも指摘してるけど、BRICS内部の政治体制自体がかなりバラバラですからね。中国は完璧なデジタル独裁に近づいているし、ロシアは軍事的クレプトクラシー。でも一方でインドは長年の選挙民主主義国家。
Phrona:そのバラバラさが、逆に魅力になってるのかもしれませんね。つまり、お互いの内政に干渉しない緩い結びつき。西側の「価値観外交」に疲れた国々にとっては、むしろ心地よいのかも。
富良野:面白い見方だね。ピケティさんもインドの有権者数が西側諸国全体より多いって指摘してて、2019年の総選挙の投票率が67%。これ、フランスの2022年の48%より高いんですよ。
Phrona:数字だけ見れば、どちらがより「民主的」なのかわからなくなりますね。しかもフランスでは貧しい地域と豊かな地域の投票率格差が2世紀ぶりに急拡大してるって話もある。
富良野:そう、そして米国だってグアンタナモから国会議事堂襲撃まで、民主主義の脆弱性を露呈してる。ブラジルのトランプ主義者たちに悪い見本を示したとまで言われてる。
Phrona:つまり、西側が「正しい民主主義」を説く資格があるのかっていう根本的な問いかけですね。ピケティさんの批判はかなり手厳しい。
西側への厳しい現実認識
富良野:ピケティさんの西側批判で特に印象的だったのは、「正義と民主主義について世界中に説教するのをやめるべきだ」という指摘ですね。特に、十分な利益が得られる限り、最悪の独裁者や怪しい富裕層とでも取引する用意があるくせに、という。
Phrona:ああ、これは痛いところを突いてますね。価値観を掲げながら、実際の行動は経済的利益に左右される。その二重基準が、南側諸国の不信を深めてるということか。
富良野:そうです。で、ピケティさんが提案してるのは、もっと具体的で実質的な変化。国際機関のガバナンス、金融システム、税制に至るまで、権力と富の分配を根本的に見直すべきだと。
Phrona:でも富良野さん、そういう構造的な変化って、既得権益を持つ側からすると相当な抵抗があるんじゃないですか?理想論で終わってしまう可能性も。
富良野:確かにそのリスクはある。でも、ピケティさんは相当具体的な提案もしてるんです。例えば、多国籍企業と富裕層に対する最低税率の設定と、その収益を各国の人口と気候変動への脆弱性に応じて再分配するという案。
Phrona:それは興味深いですね。つまり、税収を既存の税収基盤ではなく、各国のニーズに応じて配分するということ。
富良野:そう。特にアフリカなど南側の極貧国では、学校や診療所、病院の運営に深刻な困難を抱えているから、たとえ世界の多国籍企業や富裕層からの税収のほんの一部でも、大きな違いを生むだろうって。
気候変動と社会変革の関係
Phrona:記事の最後で、キム・スタンリー・ロビンソンの小説『未来省』への言及があったのも印象的でした。大きな気候災害の後でしか経済システムの変革が起きない世界の話。
富良野:インドでの大規模熱波による数百万人の死者、南側からの報復的エコテロリズム、プライベートジェットの撃墜やコンテナ船の沈没...かなり暗い未来図ですね。
Phrona:でも、それがリアルな可能性として語られてることに、ピケティさんの危機感が表れてるのかもしれません。つまり、今の格差と不平等を放置すれば、本当にそういう破滅的な対立に向かってしまうかもしれないと。
富良野:だからこそ、BRICSからの競争圧力を契機として、富裕国が課題の規模を理解し、それが破滅的な衝突に至る前に富の分配を進めるべきだというのが、彼の結論なんでしょうね。
Phrona:そう考えると、BRICSの台頭は単純な地政学的対立の話ではなくて、グローバルな社会正義と持続可能性の問題として捉える必要があるということですね。
新しい国際協調の可能性
富良野:結局のところ、ピケティさんの提案の核心は、多国籍企業をコントロールするために国際協調が必要だということだと思うんです。そのためには、BRICSとの対話が不可欠だと。
Phrona:それは納得できます。企業の力が国境を越えて拡大している現代では、一国だけ、あるいは西側だけでは対処しきれない問題が山積みですもんね。
富良野:税逃れの問題一つとっても、タックスヘイブンを利用した複雑なスキームに対抗するには、世界的な協調が必要。BRICSを敵視してる場合じゃないと。
Phrona:でも実際問題として、そういう協調を実現するのは簡単じゃないですよね。BRICS内部だって、中国とインドの利害が必ずしも一致するわけでもないし。
富良野:そうですね。ただ、ピケティさんの警告は、そうした困難があるからといって現状維持を続けていれば、もっと深刻な対立や混乱に向かってしまうということかもしれません。
Phrona:つまり、完璧な解決策はなくても、少しずつでも変化を積み重ねていかないと、破滅的な結果を招く可能性があるということですね。
富良野:僕はそう理解してます。そして、その変化の起点として、西側諸国がBRICSと真剣に向き合うことから始めるべきだと。傲慢さを捨てて、対話の扉を開くことから。
ポイント整理
経済力の逆転
BRICS5カ国の合計GDP(購買力平価ベース)が40兆ユーロでG7の30兆ユーロを上回り、世界経済における力関係が変化している
制度的対抗軸
2014年設立の新開発銀行を通じて、既存のブレトンウッズ体制に代わる選択肢を模索。南側諸国への議決権配分改革が実現しない限り競合関係は続く
政治的多様性の受容
中国の権威主義からインドの民主主義まで異なる政治システムが、内政不干渉を前提に結束。西側の「価値観外交」への代替案を提示
西側の二重基準への批判
民主主義を説教しながら独裁者とも取引する西側の矛盾が、南側諸国の不信を深めている
具体的改革提案
多国籍企業と富裕層への最低税率設定と、収益の人口・気候変動脆弱性に応じた再分配システムの構築
気候変動との連動
経済格差の放置が気候災害と組み合わさることで、破滅的な社会対立を招く可能性への警告
キーワード解説
【BRICS】
ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国による経済協力枠組み
【新開発銀行】
2014年にBRICSが設立した多国間開発銀行。本部は上海
【購買力平価(PPP)】
各国の物価水準の違いを調整したGDP比較方法
【ブレトンウッズ体制】
戦後国際金融制度の基盤となったIMFと世界銀行を中心とする仕組み
【クレプトクラシー】
政治指導者が国富を私物化する統治形態
【デジタル独裁】
ITによる監視技術を駆使した権威主義体制
【最低税率】
多国籍企業の税逃れを防ぐため国際的に合意された最低限の法人税率
【気候変動脆弱性】
気候変動の影響を受けやすい地理的・社会経済的条件