ファーウェイのAI戦略から見える、オープンソースが変える世界のものづくり
- Seo Seungchul

- 8月19日
- 読了時間: 8分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Dylan Butts "China's Huawei open-sources AI models as it seeks adoption across the global AI market" (CNBC, 2025年7月1日)
なぜ今、世界中の企業が自社の高度な技術を無料で公開しているのでしょうか。一見すると商売上がったりのような話ですが、実は技術業界では今、オープンソース化によって市場全体のパイを大きくし、自社の影響力を拡大する戦略が主流になりつつあります。
2025年7月、米国の制裁下にありながらもAI分野で着実に存在感を高めているファーウェイが、自社のAIモデル「Pangu」シリーズを一部オープンソース化すると発表しました。同じ週にはバイドゥも大規模言語モデル「Ernie」をオープンソース化するなど、中国のテック企業によるオープンソース戦略が加速しています。
この動きは単なる技術的な判断を超えて、グローバルなAI覇権争いにおける新しい戦略の現れでもあります。富良野とPhronaの対話を通じて、オープンソースが生み出す生態系の力学と、それが世界の技術開発にもたらす変化について考えてみましょう。
なぜ今、オープンソース化なのか
富良野:ファーウェイがAIモデルのオープンソース化を発表したニュース、興味深いですね。米国の制裁下にある企業が、逆に技術を公開することで影響力を拡大しようとしている。
Phrona:一見矛盾しているようで、実は理にかなってるのかもしれませんね。門を閉ざされたら、今度は自分で扉を開けて人を招き入れる、みたいな。
富良野:そうそう。記事を読むと、ファーウェイの狙いがよく見えてくるんです。オープンソースのAIモデルを無料で提供することで、開発者に自社のAIチップ「Ascend」を使ってもらう。これはGoogleがやっていることと似ているんですよ。
Phrona:あ、なるほど。技術を公開するのは慈善事業じゃなくて、別のところでビジネスを作るための種まきなんですね。
富良野:まさに。専門家が「Google的な戦略」と呼んでいるのがそれです。Googleも自社のAIチップと組み合わせてGemmaモデルをオープンソース化している。無料のソフトウェアで生態系を作って、有料のハードウェアで収益を上げる構造ですね。
Phrona:でも、それって本当に持続可能なんでしょうか?みんなが同じことをやりだしたら、今度はハードウェアの価格競争になってしまいそうで。
富良野:鋭い指摘です。ただ、ファーウェイの場合は少し違う文脈があるんです。米国からNVIDIAの先端チップを買えない中国市場では、ファーウェイのAscendチップが主要な選択肢なんですよ。制裁によって作られた保護された市場で、自社製品の普及を図っているとも言える。
専門特化 vs 汎用性という戦い方
Phrona:記事で気になったのは、ファーウェイが政府や金融、製造業といった特定分野に特化したAIモデルを作っているという話です。DeepSeekやバイドゥのような汎用的なモデルとは違うアプローチを取ってるんですね。
富良野:そこは戦略の分かれ目ですね。汎用的な大規模言語モデルで勝負するなら、OpenAIやGoogleと真っ向勝負になってしまう。でも特定の業界に深く入り込んで、その業界特有のニーズに応えるモデルを作れば、差別化できる。
Phrona:職人的な感じがします。大量生産の製品じゃなくて、お客さんの要望に合わせてオーダーメイドで作る、みたいな。
富良野:。実際、政府のシステムや金融機関なんかは、汎用的なAIよりも、その業界の規制や慣習を理解したAIの方が使いやすいでしょうし。
Phrona:そうすると、オープンソースにする意味も変わってきますね。不特定多数に使ってもらうというよりは、特定の業界の開発者に触ってもらって、さらに業界特化を進めていく、という感じでしょうか。
富良野:その通りです。記事でも、開発者やパートナー企業からフィードバックを集めて改善していくと書いてある。オープンソースを、協力的な製品開発の手段として使っているんです。
グローバル展開の新しい形
Phrona:ところで、この戦略って海外展開にも関係してそうですね。記事では開発途上国での価格感応度の話が出てきましたけど。
富良野:そこは重要なポイントです。先進国ではNVIDIAやGoogleが強いけれど、価格に敏感な市場では違う競争軸がある。無料のオープンソースモデルと、比較的安価なハードウェアの組み合わせは魅力的でしょう。
Phrona:なんだか、技術の民主化みたいな側面もありそうです。高価な技術を使えない人たちにも、AIの恩恵を届けるというか。
富良野:そうですね。ただ、善意だけでやってるわけでもないでしょう。新しい市場を開拓して、将来的にはそこでも収益を上げたい。でも結果として、より多くの人がAI技術にアクセスできるようになるのは確かです。
Phrona:複雑ですね。企業の利益追求と技術の普及が、同じ方向を向いているというか。
富良野:オープンソースの面白いところはそこなんです。一社だけでは達成できない規模の技術普及を、競合他社や開発者コミュニティと協力しながら実現する。競争しつつ協調するという、現代的な戦略ですね。
制裁が生んだ逆転の発想
Phrona:でも考えてみると、ファーウェイがこういう戦略を取るようになったのも、米国の制裁があったからこそかもしれませんね。
富良野:それは興味深い見方です。制裁によって既存の技術サプライチェーンから切り離されたからこそ、独自の生態系を作る必要に迫られた。
Phrona:逆境が創造性を生むという話でしょうか。閉ざされた扉の前で立ち尽くすんじゃなくて、別の道を作り始めた。
富良野:記事でも、ファーウェイが「通信企業から技術総合企業に変貌した」という表現がありましたね。制裁によって既存のビジネスモデルが通用しなくなったとき、より幅広い技術領域に進出せざるを得なくなった。
Phrona:そして今や、AIのハードウェアからソフトウェアまで一貫して手がけるようになった。ある意味で、制裁が同社をより強くしたとも言えるのかもしれません。
富良野:皮肉なものです。アメリカとしては中国の技術力を削ぐつもりだったのに、結果として中国企業の自立性を高めることになった可能性もある。
Phrona:この話、単純な善悪で割り切れない複雑さがありますね。技術の発展と地政学的な対立が絡み合って、予想もしない結果を生んでいる。
オープンソースが変える競争のルール
富良野:最後に、この動きが業界全体に与える影響について考えてみましょうか。中国企業のオープンソース化が進むと、他の企業も対応せざるを得なくなる。
Phrona:競争の軸が変わっていくということでしょうか。技術を秘匿して優位性を保つのではなく、むしろ公開することで影響力を拡大する。
富良野:そうです。これまでは「いい技術を作って売る」だったのが、「技術を公開して生態系を作り、そこで利益を得る」に変わりつつある。ビジネスモデルの根本的な転換ですね。
Phrona:開発者の立場から見ると、選択肢が増えるのはいいことですよね。色々な企業のモデルを試して、自分の用途に一番合うものを選べるようになる。
富良野:ただし、その分、どのプラットフォームを選ぶかという判断も重要になってきます。今日使えるモデルが、明日も同じように使えるとは限らない。オープンソースとはいえ、企業の戦略次第で方針が変わる可能性もありますから。
Phrona:自由度が増す一方で、選択の責任も重くなるということですね。便利になるけれど、それなりにリスクも伴う。
富良野:オープンソースは万能薬ではありませんからね。でも、技術の発展と普及を加速させる力は確実にあります。ファーウェイの今回の動きも、そうした大きな流れの一部として見ると、また違った意味が見えてくるかもしれません。
ポイント整理
ハードウェアを売るためのソフトウェア戦略
ファーウェイはAIモデルを無料公開することで、自社のAIチップ「Ascend」の採用を促進しようとしている。これはGoogleなど他社も採用する「フリーミアム×エコシステム」戦略の一種
専門特化による差別化
汎用的な大規模言語モデルではなく、政府・金融・製造業など特定分野に特化したAIモデルを開発することで、競合との差別化を図っている
制裁による戦略転換
米国の制裁によって既存のサプライチェーンから切り離されたことで、独自の技術生態系構築の必要性が高まり、結果として自立性が向上した可能性
価格感応市場への展開
開発途上国など価格に敏感な市場において、無料のオープンソースモデルと比較的安価なハードウェアの組み合わせは競争優位性を持つ
競争軸の変化
技術の秘匿から技術の公開へ、単発の製品販売から継続的な生態系構築へと、業界全体の競争ルールが変化しつつある
キーワード解説
【オープンソース】
ソースコードや技術仕様を無料で公開し、誰でも利用・改良できるようにする開発手法
【Ascendチップ】
ファーウェイが開発するAI専用チップ。中国市場ではNVIDIAの代替選択肢として位置づけられている
【Panguモデル】
ファーウェイが開発するAIモデルシリーズ。特定業界向けに特化した機能を持つ
【エコシステム戦略】
単独製品ではなく、関連する製品・サービス・開発者コミュニティを含めた生態系全体で競争優位性を構築する戦略
【フリーミアム】
基本機能は無料で提供し、高度な機能や関連サービスで収益を得るビジネスモデル
【大規模言語モデル(LLM)】
大量のテキストデータで訓練された、自然言語を理解・生成するAIモデル