世界のエネルギー投資は今どこへ向かうのか──電力時代の到来と変わりゆく投資地図
- Seo Seungchul

- 2025年11月18日
- 読了時間: 10分

シリーズ: 論文渉猟
◆今回のレポート:"World Energy Investment 2025" (International Energy Agency, 2022年6月5日)
概要:2024年のエネルギー投資実績と2025年の見通しを分析した年次報告書。クリーンエネルギーへの投資が2.2兆ドルに達し、化石燃料投資の2倍に達することなど、世界のエネルギー投資の転換点について包括的に分析している。
世界で今、お金の流れが大きく変わっています。2025年の世界のエネルギー投資は3.3兆ドルに達し、その3分の2が再生可能エネルギーやバッテリーなどのクリーン技術に向かっています。一方で、化石燃料への投資は2020年以来初めて減少することになりそうです。この劇的な変化は何を意味するのでしょうか。
背景にあるのは「電力の時代」の到来です。データセンターやAI、電気自動車の普及により電力需要が急激に増加し、エネルギーシステム全体の投資バランスが変わってきています。同時に、エネルギー安全保障への関心の高まりが各国の投資戦略に大きな影響を与えています。
今回は国際エネルギー機関の最新報告書から、富良野とPhronaという二人の視点を通じて、この大きな変化の意味を考えてみます。技術革新と地政学的リスクが交錯する中で、私たちはどんな未来のエネルギーシステムを築こうとしているのでしょうか。そして、その投資の流れは本当に持続可能な未来につながっているのでしょうか。
数字の向こうに見える大きな転換
富良野: このIEAの報告書、かなり印象的な数字が並んでますね。クリーンエネルギーへの投資が2.2兆ドルで、化石燃料の2倍になったって。でも僕は、この変化がどれくらい本質的なものなのか、少し慎重に見た方がいいと思うんです。
Phrona: そうですね。数字だけ見ると革命的な変化に見えるけれど、でも実は富良野さんの言う通り、この変化の質を見極めることが大切かもしれません。報告書を読んでいて気になったのは、この投資の急増が必ずしも気候対策が主な動機ではないって書かれていることです。
富良野: ああ、そこですね。エネルギー安全保障への懸念とか、産業競争力の観点から投資が増えているケースが多い。中国は石油・ガス輸入への依存度を下げたいし、ヨーロッパはロシアのウクライナ侵攻以降、エネルギー自立を急いでいる。
Phrona: つまり、地政学的な不安定さが、結果的にクリーンエネルギーへの投資を押し上げているということですね。皮肉な話かもしれないけれど、戦争や対立が持続可能なエネルギーシステムの構築を加速させている面もある。
富良野: そう考えると、この投資の急増が果たして持続的なのかという疑問も湧いてきます。政治的な緊張が緩和されたら、投資の勢いも鈍るかもしれない。
電力の時代が変える投資地図
Phrona: でも一方で、報告書が「電力の時代」って表現している変化は、もう後戻りできないレベルに達しているように感じるんです。データセンターやAI、電気自動車の普及で電力需要が急増している。これはもう構造的な変化ですよね。
富良野: そこは僕も同感です。10年前は化石燃料への投資が電力分野への投資を30%上回っていたのに、今は完全に逆転している。電力分野への投資が1.5兆ドルで、化石燃料を50%上回るまでになった。これは確かに大きな潮流の変化を示していると思います。
Phrona: 興味深いのは、このAIやデータセンターの需要が、実は原子力発電への関心も高めているということです。小型モジュール炉への投資や、テック企業と電力会社の間の新しいパートナーシップが生まれている。
富良野: ああ、そうですね。データセンターは24時間稼働で安定した電力供給が必要だから、太陽光や風力だけでは対応しきれない。原子力やガス火力も組み合わせる必要がある。これは再生可能エネルギーだけでエネルギー転換を語れない現実を示していると思います。
Phrona: でも同時に、中国では石炭火力発電所の建設が再び活発化しているという現実もありますね。電力需要の急増と電力安全保障への懸念から、100ギガワット近い新規石炭火力の建設が承認されている。
富良野: これは複雑な話で、中国の場合、再生可能エネルギーの導入も世界最大規模で進めているんですが、それでも急増する電力需要を満たすには足りない。石炭火力も、以前のようなベースロード電源ではなく、再生可能エネルギーの変動を補完する柔軟性電源としての位置づけが強くなっているようです。
地域格差と取り残される途上国
Phrona: この報告書で最も気になったのは、実は投資の地理的な偏りなんです。中国が世界のクリーンエネルギー投資の3分の1を占める一方で、アフリカは世界人口の20%を占めているのに、クリーンエネルギー投資はわずか2%。この格差は深刻ですよね。
富良野: アフリカの債務負担コストが全エネルギー投資の85%に相当するって数字もショッキングです。つまり、エネルギーインフラに投資したくても、債務の返済だけで手一杯という状況。これでは持続可能な発展は望めませんね。
Phrona: でも一方で、パキスタンの事例は興味深いと思いませんか。中国製の安価な太陽光パネルが大量に輸入されて、家庭や企業レベルでの分散型太陽光発電が急速に普及している。大規模なユーティリティスケールの投資が困難な中で、別のルートでエネルギー転換が進んでいる。
富良野: そうですね。パキスタンでは2024年だけで19ギガワットの太陽光機器が輸入された。これは国の既存の送電網容量の約半分に相当する規模です。送電料金の155%上昇と頻繁な停電に直面した人々が、自衛手段として太陽光発電を選択している。
Phrona: これって、ある意味で「下からの」エネルギー転換とも言えますね。政府の大型プロジェクトを待つのではなく、市民レベルで技術革新の恩恵を享受している。でも同時に、これが電力会社の経営を圧迫して、結果的に低所得層の負担が重くなるという問題もある。
富良野: この分散型のアプローチは、確かに新しい可能性を示していると思います。ただ、電力系統全体の安定性や公平性を考えると、政策的な調整が不可欠でしょうね。
投資の持続可能性への疑問符
Phrona: 投資の中身を見ていて気になることがあるんです。太陽光メーカーの多くが2024年、マイナスの利益率で操業を続けている。競争が激化しすぎて、健全な事業として成り立たなくなっているのではないでしょうか。
富良野: 中国の太陽光パネルメーカーが市場シェア維持のために採算を度外視した価格競争をしていますからね。第4四半期にはマイナス61%の利益率を記録したメーカーもある。これは短期的には消費者には恩恵をもたらしますが、長期的な技術革新や品質向上にとってはマイナスかもしれません。
Phrona: 一方で風力発電の方は、西欧のメーカーが価格を高めに維持して収益性の回復を図っている。でも、その結果として一部のプロジェクトが経済性を失って中止になるケースも出てきている。
富良野: これは市場メカニズムの難しさを表していると思います。技術の普及と事業の持続可能性のバランスをどう取るか。政策的な介入も必要かもしれませんが、どの程度が適切なのか判断が難しい。
Phrona: 報告書では、COP28で合意された再生可能エネルギー3倍増の目標達成には、投資をさらに倍増させる必要があるとしています。でも、現在の投資水準でさえ、一部のメーカーが苦境に陥っている状況で、さらなる投資拡大は可能なんでしょうか。
富良野: そこが一番の課題ですね。量的な拡大だけでなく、質的な改善も同時に必要。送電網への投資や蓄電池技術の向上、そして何より途上国での資金調達コストの低減が不可欠です。
未来への道筋を探る
Phrona: 結局のところ、この大きな投資の流れは、私たちが望む持続可能な未来につながっているんでしょうか。数字だけ見ると確かに希望的ですが、その内実はかなり複雑ですよね。
富良野: そうですね。エネルギー転換は確実に進んでいますが、それが気候変動対策として十分なペースで進んでいるかは別問題です。そして、転換の恩恵が公平に配分されているかという点でも課題が多い。
Phrona: 特に途上国の状況を考えると、国際的な公的資金の役割がもっと重要になってくるのかもしれません。報告書では、新興・途上国のクリーンエネルギー投資の7%程度しか国際公的資金が担っていないとしています。
富良野: COP29で「バクー・ベレン・ロードマップ」が発表されて、2035年までに途上国で1.3兆ドルの低排出プロジェクトへの資金調達を目指すとしています。でも、そのためには投資リスクの軽減や規制環境の整備など、根本的な制度改革が必要でしょう。
Phrona: この10年間のエネルギー投資の変化を見ていると、技術革新の力と地政学的な現実、そして市場メカニズムの限界が複雑に絡み合っているのを感じます。単純な楽観論でも悲観論でもない、現実的な視点が必要ですね。
富良野: 僕もそう思います。エネルギー転換は間違いなく進んでいるし、その勢いは本物だと思います。でも、それが公正で持続可能な形で進むかどうかは、これからの政策や国際協力にかかっている。今回の報告書は、その複雑さを改めて浮き彫りにしていると思います。
ポイント整理
クリーンエネルギー投資の急拡大
2025年のクリーンエネルギー投資は2.2兆ドルに達し、化石燃料投資(1.1兆ドル)の2倍となった。この拡大の70%は化石燃料純輸入国が牽引しており、エネルギー安全保障が主要な動機となっている。
電力の時代の到来
データセンター、AI、電気自動車の普及により電力需要が急増。電力分野への投資が1.5兆ドルに達し、化石燃料供給投資を50%上回った。10年前とは完全に投資バランスが逆転している。
太陽光発電投資の記録的拡大
太陽光発電への投資は2025年に4500億ドルに達し、世界最大の単一投資項目となった。中国製パネルの価格競争激化により、途上国でも急速な普及が進んでいる。
化石燃料投資の初回減少
2020年以来初めて化石燃料投資が減少し、特に上流石油投資が6%減となった。米国のタイトオイルが最も大きな影響を受けている。
送電網投資の遅れ
送電網への投資は4000億ドルに達したが、再生可能エネルギーの導入ペースに追いついていない。世界で1650ギガワットの太陽光・風力発電が送電網接続を待機している。
地域投資格差の拡大
中国が世界のクリーンエネルギー投資の3分の1を占める一方、アフリカは世界人口の20%を占めるが投資シェアは2%のみ。債務負担がエネルギー投資の85%に相当する状況。
原子力発電の復活
過去5年間で原子力投資が50%増加し、2025年には700億ドルを超える見込み。テック企業のデータセンター需要が小型モジュール炉への関心を高めている。
石炭火力の新規建設増加
中国で約100ギガワット、インドで15ギガワットの新規石炭火力が承認され、2015年以来最高水準となった。電力需要急増と供給安全保障への懸念が背景。
低排出燃料投資の成長
CCUS、バイオ燃料、低排出水素への投資が300億ドル近くに達したが、全体に占める割合は依然として3%程度と小規模。
金融面での課題
途上国での資金調達コストが先進国の2倍に達し、持続可能金融の拡大にも逆風が吹いている。投資の量的拡大と質的改善の両立が課題となっている。
キーワード解説
【電力の時代(Age of Electricity)】
データセンター、AI、電気自動車などの普及により電力需要が急激に増加し、エネルギーシステムの中心が電力に移行する時代
【小型モジュール炉(SMR)】
従来の原子力発電所より小型で工場製造が可能な次世代原子力技術。データセンターなど安定電源需要に対応
【タイトオイル】
水平掘削と水圧破砕技術により採掘される米国のシェールオイル。短期投資サイクルが特徴で市場変動に敏感
【CCUS(Carbon Capture, Utilisation and Storage)】
二酸化炭素の回収・利用・貯留技術。化石燃料利用時の排出削減手段として注目
【送電網接続待機】
再生可能エネルギー設備が送電網への接続許可や工事完了を待っている状態。世界的なボトルネックとなっている
【分散型太陽光発電】
大規模発電所ではなく、家庭や企業の屋根などに設置される小規模太陽光発電システム
【エネルギー安全保障】
安定的なエネルギー供給を確保し、外部依存リスクを軽減する政策目標
【低排出燃料】
現代バイオエネルギー、低排出水素、水素ベース燃料など、温室効果ガス排出が少ない燃料の総称
【債務負担コスト】
借入金の利息支払いなどの債務サービス費用。途上国では高金利により重い負担となっている
【最終投資決定(FID)】
プロジェクト開始の正式決定。将来の設備建設や生産能力の指標として重要