中国の「多極通貨システム」が描く、デジタルマネーの新しい地平
- Seo Seungchul
- 1 日前
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シリーズ: 知新察来
出典: Cointelegraph (2025年6月18日)
概要: 中国人民銀行総裁がデジタル人民元の国際展開と「多極通貨システム」構想を発表。上海に国際運営センター設立を表明。
2025年6月、上海の陸家嘴フォーラムで中国人民銀行総裁の潘功勝氏が口にした「多極通貨システム」という言葉が、静かな波紋を広げています。デジタル人民元、通称e-CNYの国際展開を明言したこの発言は、単なる技術的な進歩の話ではありません。米ドル一極集中の世界に楔を打ち込もうとする中国の戦略的意図と、国際金融システムの地殻変動を予感させるものです。
しかし、この動きを単純な「中国の覇権主義」として片付けてしまえば、本質を見誤るかもしれません。現在の米ドル中心システムが抱える構造的問題、民間発のステーブルコインが実は別の形の従属関係を生み出している現実、そして国家主導のCBDCが持つ両義性。瀬尾とPhronaの対話を通して、この複雑な構図を読み解いていきます。デジタルマネーをめぐる覇権争いの向こう側に見えてくるのは、私たちが当然視してきた金融システムそのものの再編なのかもしれません。
瀬尾: 中国がデジタル人民元の国際展開を打ち出しましたね。「多極通貨システム」という表現も興味深い。これって単なる対米対抗というより、もう少し構造的な問題意識があるんじゃないでしょうか。
Phrona: そうですね。従来の決済システムが地政学的リスクに弱いって潘総裁が指摘してるのも、的を射てる気がします。SWIFT制裁とか見てると、金融インフラって結局政治的な武器になってしまってる。
瀬尾: まさにそこなんです。僕たちはつい「中国が覇権を狙ってる」って見がちですけど、現在のシステム自体が既に一つの覇権構造なわけで。米ドルとSWIFTを軸にした金融秩序って、結局はアメリカの政治的影響力の延長線上にある。
Phrona: でも一方で、CBDCって国家が全ての取引を把握できるシステムでもありますよね。プライバシーとか個人の自由って観点では、どの国のCBDCでも同じような問題を抱えそう。
瀬尾: そうですね。ただ、今だって金融取引の大部分は既に記録されてるわけで、CBDCが根本的に新しい監視を生むというより、管理の精度と範囲が変わるって話かもしれません。問題は、その管理権限をどこの国が握るかってことでしょう。
Phrona: ああ、なるほど。ステーブルコインも結局は米ドルにペッグされてるし、発行企業はアメリカの規制下にある。表面的には「民間主導」に見えても、実質的にはアメリカの金融システムの一部ですよね。
瀬尾: そういう意味では、中国の「多極化」って主張にも一理あるんです。リスクの分散という観点から見れば、一つの国の通貨や金融システムに過度に依存するのは健全じゃない。
Phrona: でも実際のところ、デジタル人民元が本当に国際的に受け入れられるんでしょうか?個人レベルでは、既にステーブルコインでの取引が定着してますし。
瀬尾: そこが戦略の巧妙なところかもしれません。個人向けじゃなくて、政府間取引や大規模なインフラ投資の決済で使われれば、じわじわと存在感を増していく。一帯一路なんかはまさにそういう場面ですよね。
Phrona: BtoGの世界ですね。そうなると、結局は「どちらの経済圏に属するか」みたいな話になりそう。経済のブロック化が進んでしまうのかな。
瀬尾: 可能性はありますね。ただ、記事を見てると他の国も独自のCBDCを開発してる。UAEやイスラエル、欧州も。これって、みんな自分なりの金融主権を確保したがってるってことかもしれません。
Phrona: お金の概念そのものが変わろうとしてるのかも。物理的な現金から完全にデータ化された価値へ。でもそうなると、全ての経済活動が記録されるわけで、税務の話も変わってきますよね。
瀬尾: そうなんです。パナマ文書やパンドラ文書で明らかになったような、富裕層の組織的な租税回避は難しくなる。ペーパーカンパニーを使って資金をグルグル回すような手法は、取引が全部記録されれば通用しなくなりますから。
Phrona: それは確かに公平性の観点では良いことですね。普通の人は給料から自動的に税金引かれてるのに、超富裕層だけが巧妙なスキームで逃れてるのは不公平でしたし。
瀬尾: ただ、課税権をどこの国が持つかって問題も出てきます。デジタル人民元で取引された場合、その取引に対する税務当局の管轄権は誰が持つのか。取引の場所なのか、通貨の発行国なのか、当事者の居住地なのか。
Phrona: それって、すごく複雑な話になりそうですね。お金を使うたびに、どこの国の法律が適用されるかを考えなきゃいけない。
瀬尾: 国際税法の新しい枠組みが必要になってくるでしょうね。でも一方で、記事にもあるように、CBDC導入を遅らせる中央銀行も多い。慎重論も根強いんです。
Phrona: 技術的な課題もあるでしょうし、既存のシステムとの調整も大変そう。それに、一度導入したら後戻りは難しいですからね。でも中国は2014年からもう11年も研究してるって聞くと、この長期的な視点はちょっと驚きます。
瀬尾: そうですね。ただ、最終的に普及するかどうかは、やっぱり利便性次第だと思うんです。どんなに政治的な思惑があっても、使いにくいシステムは結局淘汰される。
Phrona: でも今回の話で感じるのは、私たちが当然だと思ってた金融システムって、実はすごく政治的な構造物だったんだなってことです。現金にしても電子決済にしても、結局は誰かの管理下にある。
瀬尾: 完全に中立な通貨システムなんて、おそらく存在しないんでしょうね。問題は、その管理構造がより多様で、相互牽制が働くようなシステムを作れるかどうか。中国の「多極化」にしても、アメリカの現行システムにしても、それぞれに一長一短がある。
Phrona: 結局のところ、技術の進歩が私たちに突きつけてるのは、便利さと引き換えに何を受け入れるかという選択なのかもしれませんね。完璧な答えはないけれど、少なくとも無自覚ではいられない時代になった気がします。
ポイント整理
金融システムの政治性の顕在化
現在の米ドル中心システムもCBDCも、いずれも政治的な構造物であり、完全に中立な通貨システムは存在しない
多極化の合理性
中国の「多極通貨システム」提唱は単なる覇権争いではなく、一極集中によるシステミックリスクの分散という側面もある
ステーブルコインの従属性
民間主導に見えるステーブルコインも、実質的には米ドル金融システムの延長線上にあり、政治的中立性は幻想
政府間取引での戦略的活用
CBDCは個人利用よりも政府間貿易や大規模投資での決済手段として影響力を拡大する可能性
租税回避対策の効果
全取引の記録化により、パナマ文書的な富裕層の組織的租税回避は困難になり、税負担の公平性が向上する可能性
国際税法の再構築
CBDCの普及により、課税権の帰属や国際的な税務管轄について新たな法的枠組みが必要になる
慎重論の背景
技術的課題、既存システムとの調整、不可逆性への懸念から、多くの中央銀行がCBDC導入に慎重な姿勢を示している
キーワード解説
【CBDC(Central Bank Digital Currency)】
中央銀行が発行・管理するデジタル通貨
【デジタル人民元(e-CNY)】
中国人民銀行が開発している中央銀行デジタル通貨
【多極通貨システム】
米ドル一極集中ではなく、複数の通貨が国際金融で重要な役割を果たすシステム
【ステーブルコイン】
米ドルなど安定した資産にペッグされた暗号資産
【SWIFT】
国際銀行間通信協会が運営する国際送金ネットワーク
【一帯一路】
中国が主導する大規模なインフラ投資・経済協力構想
【陸家嘴フォーラム】
上海で開催される国際金融フォーラム
【パナマ文書】
2016年に流出した、租税回避地を利用した富裕層の金融取引を暴露した文書
【パンドラ文書】
2021年に公開された、世界の政治家や富裕層のオフショア金融活動を明らかにした文書