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中国自動車メーカーが世界を変える驚異的なスピード経営──6週間で新車をヨーロッパ仕様に改造する企業の正体

更新日:9月6日

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Nick Carey et al. "How China's new auto giants left GM, VW and Tesla in the dust" (Reuters, 2025年7月3日)


新車の開発に何年もかけるのが当たり前だった自動車業界で、いま革命が起きています。中国の自動車メーカー・チェリーは、たった6週間でヨーロッパ向けSUVの足回りを完全に作り直してしまいました。中国の滑らかな道路用に設計された車を、ヨーロッパの曲がりくねった荒れた道路に対応させるために、サスペンション、ステアリング、ブレーキ、タイヤまで一新したのです。


この話は単なる技術力の自慢ではありません。中国の自動車産業が、従来の常識を覆すスピードで世界市場を席巻している象徴的な出来事なのです。新車開発期間を従来の半分以下の18ヶ月まで短縮し、平均車齢が1.6年という驚異的な新しさを実現している中国メーカー。一方で、従来の自動車大国の企業は平均5.4年という「古さ」に甘んじています。


富良野とPhronaが、この急激な変化が意味するものと、私たちの未来への影響について語り合います。単なる製造業の話を超えて、働き方、組織のあり方、そして「完璧」への考え方まで、根本的な価値観の転換が見えてきます。




なぜ中国メーカーはこんなに早いのか


富良野: このロイターの記事、本当に驚きました。チェリーが6週間でヨーロッパ仕様に車を改造したって話、欧米メーカーなら1年以上かかるらしいですね。


Phrona: そうですね。でも私が気になったのは、その背景にある働き方なんです。中国の自動車メーカーの従業員は週6日、1日12時間働くって書いてありました。これって単純にハードワークの話なんでしょうか。


富良野: それだけじゃないと思います。BYDなんて90万人も従業員がいるんですよ。トヨタとフォルクスワーゲンを合わせたくらいの人数です。でも注目すべきは、この人数を活用した並行開発のシステムですね。


Phrona: 並行開発?


富良野: 従来の欧米メーカーは直列型、つまり設計部門が終わったら次は生産技術部門、その次は品質管理部門というふうに順番待ちをしていた。でも中国メーカーは全部門が同時に動く。Zeekrなんて上海と杭州のエンジニアが夜に仕事を終えたら、スウェーデンのヨーテボリのチームに引き継いで、20時間ぶっ通しで開発を続けるんです。


Phrona: それって、なんだか人間の生活リズムを無視しているような気もしますが…でも同時に、国境を超えた連携の美しさも感じます。時差を逆手に取った発想の転換ですね。


「完璧」への考え方が根本的に違う


富良野: 興味深いのは品質に対する考え方です。記事によると、中国のエンジニアは欧米の業界標準の検証プロセスを「過度な品質の追求」だと結論づけたそうです。


Phrona: 過度な品質って、なんだか矛盾した言葉ですね。でも分からなくもない。完璧を目指すあまり、永遠に市場に出せないより、80点で素早く出して改良を重ねる方が実際的かもしれません。


富良野: まさにシリコンバレーのスタートアップ的な「フェイル・ファスト」の思想ですね。トヨタとBYDが共同開発したbZ3の話が象徴的でした。BYDが開発の後期段階でも平気で設計変更することに、トヨタの技術者が仰天したって。


Phrona: トヨタといえば改善とカイゼンの会社ですが、それでも驚くレベルだったんですね。でも気になるのは、この「良いだけで十分」という哲学が長期的にどんな影響を与えるかです。


富良野: そうなんです。記事ではトヨタの技術者が「長期的な信頼性への影響を懸念している」と言っています。プロトタイプを6台も作って何万キロもテストするトヨタと、シミュレーションとAIに頼って素早く市場投入する中国メーカー。どちらが正しいんでしょうね。


Phrona: どちらも正しいのかもしれません。ただ、時代のスピードに合わせて「正しさ」の定義が変わっているんじゃないでしょうか。


競争の残酷さが生む創造性


富良野: 中国市場の競争の激しさも尋常じゃないですよね。169社の自動車メーカーのうち93社が市場シェア0.1%以下って。


Phrona: Xpengの社長が言った「生き残った企業は非常に強力になるが、それは非常に残酷で競争的なプロセスだ」という言葉が印象的でした。でも残酷さから生まれる創造性って、どこか人間らしいような気もします。


富良野: 興味深いのは価格競争の話です。BYDが5月に20モデルを値下げして、エントリーレベルのSeagullを約78万円で売ったって。これで業界全体が「不健康」だと言われるほどの価格戦争になっている。


Phrona: でも国外では同じ車が倍の価格で売れているんですよね。これって何を意味しているんでしょう。


富良野: グローバル市場での価格設定力を持っているということかもしれません。国内では競争のために安く売って、海外では適正利益を確保する。ある意味、非常に戦略的です。


Phrona: そう考えると、中国市場が彼らにとって一種の実験場なんですね。激しい競争を通じて技術とスピードを磨いて、それを武器に世界に出ていく。


組織のあり方そのものが違う


富良野: BYDの王伝福会長の話も面白かったです。会社の寮に泊まって、制服を着て、自分で車を運転する。これって日本の経営者とはずいぶん違いますね。


Phrona: そうですね。記事では「彼の人生はBYDが全て、他には何もない」って書かれていました。でもこれって単なる仕事人間の話じゃなくて、組織との関係性が根本的に違うんじゃないでしょうか。


富良野: フラットな組織構造で、多くの人が直接会長に報告するシステムになっているらしいです。意思決定が早くなるのは当然ですね。


Phrona: でも気になるのは持続可能性です。90万人の従業員が週6日12時間働くって、人間として大丈夫なんでしょうか。短期的には成果が出ても、長期的には燃え尽きませんか。


富良野: 一方で、BYDは会社が住居、交通、学校まで補助しているんです。ある意味、会社が生活全体を支える共同体になっている。


Phrona: それって昔の日本の企業城下町みたいですね。でも現代版は規模もスピードも桁違いです。これが新しい働き方のモデルになるのか、それとも一時的な現象なのか…


技術革新の本質


富良野: 技術面での革新も興味深いです。Zeekrは部品をデジタル図書館に20年分蓄積して、AIで最適な既存部品を選び出すシステムを使っている。


Phrona: 過去の知識を活用しながら、同時に未来を作っていくって感じですね。でもフォルクスワーゲンでナビの木の色を変えるだけで75,000キロのテストが必要だったという話は極端すぎませんか。


富良野: これは文化の違いかもしれません。ドイツ的な徹底主義と中国的な実用主義。どちらにも価値があるけれど、今の時代のスピードには中国的なアプローチの方が適応している。


Phrona: でも安全性のテストで、中国ブランドがヨーロッパの厳格な基準で5つ星を取っているのは注目すべきですね。「中国=低品質」というステレオタイプは完全に過去のものになっている。


富良野: そうです。ユーロNCAPの担当者が「中国ブランドの品質は他社より良い」と明言しているのは驚きです。


世界への影響


Phrona: チェリーがヨーロッパに工場を建設して、現地生産を始めるという話も興味深いです。単なる輸出じゃなくて、現地に根を下ろそうとしている。


富良野: Jaecoo 7の話が象徴的でした。もしヨーロッパの消費者に受けなければ、同じ名前でも中身を完全に変えて2年以内に新型を出すって。この柔軟性は従来メーカーには真似できません。


Phrona: でもこれって、ブランドの一貫性とか、企業のアイデンティティをどう考えているんでしょうね。商品が全く変わっても同じ名前を使うって、消費者は混乱しませんか。


富良野: 確かに。でも逆に言えば、名前やブランドよりも実用性を重視するという価値観の表れかもしれません。消費者のニーズに合わせて中身を変える方が、ブランドの一貫性を保つより大切だという。


Phrona: それって、とても現代的な考え方ですね。固定的なアイデンティティより、適応する能力の方が価値があるという。


私たちへの問いかけ


富良野: 結局のところ、この中国自動車メーカーの躍進は、私たちに根本的な問いを投げかけているような気がします。完璧を追求するのと、素早く実行するのと、どちらが本当に価値があるのか。


Phrona: そして、働き方や組織のあり方についても。個人の生活と会社のミッションが一体化した世界が、私たちにとって幸せなのかどうか。効率的だけど、人間らしさはどこにあるんでしょう。


富良野: 技術的な話だけじゃなくて、文化の衝突でもありますよね。西洋的な個人主義と東洋的な集団主義、ドイツ的な職人気質と中国的な実用主義。


Phrona: でも興味深いのは、中国メーカーが単純に安いものを作っているんじゃなくて、新しい価値を創造していることです。BYDのU9スーパーカーが踊ったり跳んだりするって、技術の遊び心を感じます。


富良野: そうですね。単なるコスト競争じゃなくて、イノベーションの競争になっている。そして、そのイノベーションのスピードが今の時代の鍵なのかもしれません。


Phrona: 私たちも、この変化の波の中でどう生きていくか考える必要がありますね。完璧主義的な日本の文化と、この新しいスピード重視の世界観をどう調和させるか。


富良野: 答えはまだ見えませんが、確実に言えるのは、従来の常識だけでは通用しない時代になったということです。でも、それは同時に新しい可能性の扉でもある。そんな気がしています。




ポイント整理


  • 開発スピードの革命

    • 中国自動車メーカーは新車開発期間を18ヶ月まで短縮し、従来の半分以下を実現。平均車齢は1.6年と圧倒的に新しい

  • 並行開発システム

    • 従来の直列型開発ではなく、全部門が同時進行。時差を活用した24時間体制の国際開発チームも構築

  • 品質哲学の転換

    • 「過度な品質追求」を見直し、シリコンバレー的な「フェイル・ファスト」思想を採用。プロトタイプ削減とAI活用でスピード重視

  • 組織の大規模化と統合

    • BYDは90万人の従業員を擁し、部品の75%を内製化。住居・交通・教育まで会社が支援する総合コミュニティを形成

  • 激烈な競争環境

    • 169社中93社が市場シェア0.1%以下という過酷な競争。生産能力5400万台に対し実際の生産は2750万台という供給過多状態

  • グローバル戦略の二面性

    • 国内では価格競争で薄利、海外では適正価格で利益確保。チェリーは100ヶ国以上に輸出し、ヨーロッパ現地生産も開始

  • 技術革新への異なるアプローチ

    • デジタル図書館とAIによる部品選択、20時間連続開発、ハードウェア・イン・ザ・ループテストなど従来手法を刷新

  • 文化的価値観の衝突

    • 西洋的完璧主義vs東洋的実用主義、個人主義vs集団主義、職人気質vs適応重視という根本的な違いが表面化



キーワード解説


【フェイル・ファスト】

早期の失敗を通じて学習し、迅速な改善を図るシリコンバレー発祥の開発思想


【並行開発】

従来の順次処理ではなく、複数部門が同時進行で作業する効率的な開発手法


【ハードウェア・イン・ザ・ループ】

実物部品をデジタルシミュレーションに組み込んでテストする先進技術


【垂直統合】

部品調達から製造まで自社で一貫して行う経営戦略


【デジタル図書館】

過去の設計データをAIで活用し、最適な部品選択を支援するシステム


【プラットフォーム戦略】

複数車種で共通の基盤技術を使い、開発効率とコスト削減を両立


【ユーロNCAP】

ヨーロッパの独立安全評価機関による自動車安全性テスト


【過度な品質追求】

中国エンジニアが欧米標準を評した表現。完璧より実用性を重視する思想の表れ



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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