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企業が社会を変える鍵は「ムーブメント文化」にある──利益と理念を両立させる「中から外へ」の組織づくり

更新日:10月29日

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Brayden King et al. "To Align Purpose and Profit, Company Culture Matters" (Kellogg Insight, 2025年8月20日)

  • 概要:イタリアのエネルギー企業E.ON Italiaの事例を通じて、企業が利益追求と社会的目的を両立させる「ムーブメント文化」の構築方法を解説した記事



企業が社会的な目的を掲げることは珍しくなくなりました。しかし、多くの場合、それは表面的な取り組みにとどまりがちです。本当に社会を変えるためには何が必要なのでしょうか。


ケロッグ経営大学院のブレイデン・キング教授が提唱するのは、企業の「ムーブメント文化」という概念です。これは単なる企業文化とは異なり、社会全体を巻き込んで変化を起こそうとする文化のことです。利益追求と社会的目的を対立させるのではなく、両者を一致させることで、持続可能な成長を実現できるというのです。


イタリアのエネルギー企業E.ON Italiaが展開した「Make Italy Green」キャンペーンは、その成功例として注目されています。2021年から2024年までの3年間で、同社は収益を3倍に伸ばしながら、数百万人のイタリア人を環境保護活動に参加させることに成功しました。


この記事では、富良野とPhronaの二人が、企業が社会を変える力を持つために必要な「ムーブメント文化」について対話を通じて考察します。組織の内側から始まって外側に広がっていく文化の作り方、そして理念と現実のバランスをどのように取るかを探っていきます。

 



企業文化を超えた「ムーブメント文化」とは


富良野:この記事を読んで興味深く感じたのは、企業文化とムーブメント文化の違いですね。E.ON Italiaの事例を見ると、単に内部の価値観を統一するだけでなく、社会全体を巻き込もうとしている。


Phrona:そうですね。私が気になったのは、この「ムーブメント文化」って、従来の企業のCSR活動とは本質的に何が違うのかということなんです。表面的には似ているようにも見えるけれど。


富良野:確かにそこは重要なポイントですね。記事によると、ムーブメント文化の特徴は、企業の戦略と社会的目的が完全に一致していることみたいです。CSRって往々にして本業とは別枠で考えがちだけど、ここでは本業そのものが社会変革の手段になっている。


Phrona:なるほど。E.ON Italiaの場合、エネルギー事業という本業と環境保護という社会的目的がぴったり重なっているから、社員にとっても「仕事をすること=社会をよくすること」になるんですね。


富良野:そうそう。しかも面白いのは、これが実際に業績向上につながっていることです。3年で収益を3倍にしているわけですから。


Phrona:でも逆に考えると、そういう幸運な一致が可能な業界や企業って限られているのかもしれませんね。全ての会社がこうなれるのかしら。


内側から外側へ:文化構築のプロセス


富良野:記事で強調されているのは「内側から外側へ」というアプローチですね。経営陣が一方的に理念を押し付けるのではなく、従業員の声を聞いて、彼らと一緒に文化を作り上げていく。


Phrona:E.ON Italiaがタウンホールミーティングを開いて、従業員の意見を視覚化したマップにしたという話、興味深いです。理念を「見える化」することで、みんなが共有できる「文化の証拠品」を作ったわけですね。


富良野:そういう物理的な成果物って大切かもしれませんね。抽象的な理念だけだと、どうしても人によって解釈が変わってしまう。共通の参照点があることで、組織全体の方向性が統一される。


Phrona:それに、従業員が自分たちの生活習慣まで変えるようになったという話も印象的です。家のサーモスタットを調整したり、車通勤をやめて公共交通機関を使うようになったり。


富良野:これって、仕事と私生活の境界が曖昧になっているとも言えますが、むしろポジティブな意味での「人格の統合」が起きているのかもしれません。


Phrona:そうですね。働く人にとって、仕事での価値観と私生活での価値観が一致しているって、すごく自然で健康的な状態だと思います。ただ、富良野さんがおっしゃったように、これが行き過ぎると個人の自由を束縛する危険性もありそうですが。


富良野:確かに。記事でも触れられているように、この文化に合わない人は離職することになるわけですから。一種の「思想的な選別」が起きているとも言える。


社会への拡張:境界を曖昧にする戦略


Phrona:でも私が一番面白いと思ったのは、E.ON Italiaが自社の顧客以外にも使えるアプリを提供したという点です。普通の企業なら、自社サービスの利用者だけに価値を提供しようとするのに。


富良野:それはまさに「ムーブメント文化」の核心部分ですね。企業の境界を意図的に曖昧にして、社会全体を巻き込もうとしている。短期的には利益にならないかもしれないけれど、長期的にはブランド価値の向上や潜在顧客の獲得につながる。


Phrona:湖に宙に浮かんだボートの展示とか、エアコンで凍った建物のアート・インスタレーションとか、発想が面白いですよね。これって従来の広告とは全然違うアプローチです。


富良野:そうですね。単に商品やサービスを宣伝するのではなく、社会問題そのものについて考えさせる。スティーブ・ジョブズの例も出ていましたが、これは「文化を変える」という志向性なんでしょうね。


Phrona:でも正直、これって相当リスクの高い戦略だとも思うんです。記事にもありましたが、ディーゼル車で太陽光パネルの設置に来た社員が顧客からクレームを受けたという話。


富良野:あ、それで電気自動車への転換計画を立てたんですよね。つまり、理念と実践の一貫性を常に問われ続ける状況に自分たちを置くことになる。


Phrona:そういう「監視される立場」に自分から入っていくって、ある意味で勇気がいることですよね。でも、それだけ本気度が伝わるということでもある。


真の変革への道筋


富良野:最終的に、この事例が示しているのは、企業が社会変革の主体になれるということかもしれません。政府や NPO だけでなく、営利企業も社会を変える力を持っている。


Phrona:ただ、それには条件があるんですよね。記事で「グリーンウォッシング」への言及もありましたが、表面的な取り組みでは結局見破られてしまう。


富良野:そこが難しいところですね。真の「ムーブメント文化」と見せかけだけの取り組みを見分ける目が、消費者や社会全体に求められている。


Phrona:でも逆に言えば、本当に一貫した取り組みをしている企業は、それだけで差別化の要因になるということでもありますね。信頼という最も重要な資産を築けるわけですから。


富良野:そうですね。E.ON Italiaの成功は、理念と利益の対立という古い構図を超えた新しいビジネスモデルの可能性を示していると思います。


Phrona:これからの時代、企業に求められるのは、ただ儲けるだけでなく、どんな社会を作りたいかというビジョンを持つことなのかもしれませんね。そして、そのビジョンに向けて、内側も外側も一緒に動かしていく力。


富良野:そういう企業が増えれば、結果的に社会全体がよい方向に向かうかもしれません。市場の力を社会変革に活用するという発想は、確かに魅力的ですね。



 

ポイント整理


  • ムーブメント文化の定義と特徴

    • 単なる企業文化を超えて、社会全体を巻き込んで変化を起こそうとする組織文化

    • 企業の戦略的目標と社会的目的が完全に一致している点が重要

    • 利益追求と社会貢献を対立概念として捉えるのではなく、両者を統合する

  • 内側から外側への文化構築プロセス

    • 経営陣の一方的な押し付けではなく、従業員との対話を通じて文化を形成

    • タウンホールミーティングや視覚化ツールを活用し、共有可能な「文化の証拠品」を作成

    • 従業員が私生活でも価値観に沿った行動を取るようになることで文化が定着

  • 社会への拡張戦略

    • 企業の境界を意図的に曖昧にし、顧客以外にも価値を提供

    • アート・インスタレーションや無料アプリなど、創造的な手法で社会問題への関心を喚起

    • 短期的な収益よりも長期的なブランド価値向上と潜在顧客獲得を重視

  • 一貫性の重要性とリスク管理

    • 理念と実践の整合性を常に問われる立場に自らを置くことで信頼性を確保

    • 文化に合わない従業員の離職を含めて、組織の方向性を明確化

    • 「グリーンウォッシング」と真の変革の違いを明確にし、継続的な改善を実施

  • ビジネス成果と社会的インパクト

    • E.ON Italiaは3年間で収益を3倍に増加させながら数百万人を環境活動に参加させることに成功

    • 市場での差別化と信頼構築により持続可能な成長モデルを実現

    • 企業が社会変革の主体となる新しいビジネスパラダイムの可能性を示唆



キーワード解説


ムーブメント文化(Movement Culture)】

企業内外の人々を動員して社会的目標の実現に向けて協働する組織文化


【内側から外側へのアプローチ】

組織内部での文化形成から始めて、段階的に社会全体への影響拡大を図る戦略


【境界の多孔質化】

企業と社会の境界を意図的に曖昧にし、より多くの人々が組織のリソースを活用できるようにすること


【戦略的整合性】

企業の利益追求戦略と社会的目的が矛盾することなく一致している状態


【文化の証拠品】

抽象的な組織文化や価値観を視覚化・具体化した物理的な成果物


【グリーンウォッシング】

実質的な環境への取り組みを伴わない見せかけだけの環境配慮アピール


【思想的選別】

組織の価値観や文化に合わない人材が自然に離れていく現象


【文化を変える志向性】

単なる商品販売を超えて、社会全体の価値観や行動様式の変革を目指す姿勢



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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