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信頼がカギを握る循環経済──なぜ私たちは「使い捨て」から脱却できないのか

シリーズ: 論文渉猟


◆今回のレポート:British Standards Institution (BSI) and University of Cambridge Institute for Sustainability Leadership (CISL) "The Tipping Point: Building trust in the circular economy" (Green Industry Platform, 2025年7月)

  • 概要: 8225人を対象とした国際調査と30の企業インタビューを基に、循環経済における信頼構築の重要性と実現のための5つの柱を分析した包括的レポート



リサイクルや修理が「当たり前」だった祖父母の時代から、私たちはずいぶん遠いところに来てしまいました。今や「使って捨てる」が当然の社会で、私たちはどこかで立ち止まって、本当にこのままでいいのかと考え始めています。循環経済という言葉が広がる中で、なぜ消費者は理想と現実の間で揺れ動くのでしょうか。そして、企業はどうすれば人々の心に届く、本当に信頼される循環型の商品やサービスを生み出せるのでしょうか。


実は、循環経済への移行を阻む最大の要因は技術でも制度でもなく、「信頼」の欠如にあります。8000人を超える世界規模の調査からは、86%の人が循環経済を重要視している一方で、品質や安全性への不安が大きな壁となっていることが明らかになりました。


この記事では、富良野とPhronaが、なぜ私たちは頭では理解していても行動に移せないのか、そして企業はどんな道筋で人々の信頼を勝ち取れるのかを、お茶を飲みながらじっくりと考えていきます。




頭では分かっているけれど


富良野:調査結果を見ていて興味深いのは、86%の人が循環経済を重要だと考えているのに、実際の行動との間にずいぶんギャップがあることですね。これって人間の矛盾というか、知識と行動の乖離をよく表していると思うんです。


Phrona:そうですね。でも、このギャップって単純な矛盾じゃないような気がするんです。だって、中古品や修理品を買うときの心境って、けっこう複雑じゃないですか。環境にいいと分かっていても、「本当に大丈夫かな」「恥ずかしくないかな」みたいな気持ちが湧いてくる。


富良野:確かに。調査では品質への不安が56%、安全性が51%、信頼性が49%と、圧倒的に機能面での懸念が上位に来ている。これは理性的な判断というより、もっと根深い感情的な反応かもしれませんね。


Phrona:興味深いのは、年代による違いです。18〜24歳の世代は品質への不安が43%なのに対して、25〜65歳以上では58%。若い世代の方が中古品や修理品に対する心理的な壁が低いんですね。


富良野:これは文化的な背景もありそうです。若い世代にとって、メルカリやヴィンテージファッションはもはや「普通」の選択肢ですからね。一方で、僕らの世代以上は「新品こそ正義」みたいな価値観で育っている部分があります。


Phrona:でも、それだけじゃない気もするんです。実際に循環型の商品を手に取ったときの「触感」というか、体験の質が大きく影響しているんじゃないでしょうか。例えば、きちんとクリーニングされた古着と、なんだかにおいが気になる古着では、全く印象が違いますよね。


お金と便利さの現実


富良野:そして、もう一つ重要な要素がコストです。調査では46%の人が「価格の高さ」を障壁として挙げている。これは循環経済の根本的な課題ですね。


Phrona:でも面白いのは、コストが障壁であると同時に、68%の人が「節約」を循環行動の最大の動機として挙げていることです。つまり、お得感があれば積極的に行動するということでしょうか。


富良野:そうなんです。そこに企業の戦略のヒントがあると思うんです。初期投資は確かにかかるかもしれないけれど、長期的にはコスト削減になるという構造を、もっと分かりやすく伝える必要がある。


Phrona:ボルボの事例が象徴的ですよね。再製造部品で顧客の総所有コストを30%削減している。これって「環境にいいから我慢して使って」ではなくて、「お得だから使わない手はない」という発想の転換です。


富良野:利便性の問題も見逃せません。37%の人が「不便さ」を障壁として挙げている。いくら理念が素晴らしくても、面倒くさかったら続かない。これは人間の本能的な部分ですから。


Phrona:修理に出すより新しいのを買った方が早いとか、分別が面倒だとか、日常の小さなストレスが積み重なって、結局元の習慣に戻ってしまうんですよね。企業側は、この「便利さ」の部分をもっと真剣に設計する必要があります。


信頼という見えない土台


富良野:でも、結局のところ、これらの問題の根っこにあるのは「信頼」なんじゃないでしょうか。調査でも59%の人が「認証ラベル」があれば信頼すると答えている。


Phrona:信頼って、本当に繊細なものですよね。一度失うと取り戻すのに時間がかかるし、逆に一度築けると、多少の不便さは受け入れてもらえる。でも、どうやって信頼を築けばいいんでしょうか。


富良野:レポートでは5つの柱が提示されていますね。まず「保証された性能と品質」。これは基本中の基本で、循環型商品が従来品と同等以上の性能を持つことを証明する必要がある。


Phrona:「透明性と追跡可能性」も重要ですね。その商品がどこから来て、どのように作られ、どのような道筋を辿ってきたのかが見えること。デジタル商品パスポートみたいな技術が普及すれば、消費者も安心して選択できるようになりそうです。


富良野:そして「検証と認証」。第三者機関による客観的な評価があることで、企業の自己申告ではない信頼性が担保される。BSIキットマークのような仕組みが、消費者の不安を和らげる役割を果たしています。


Phrona:「標準化による調和」も見逃せません。業界全体で共通の基準やルールがあることで、消費者は比較検討しやすくなるし、企業同士も公平に競争できます。


富良野:最後の「安全で倫理的なデータ管理」は、デジタル時代特有の課題ですね。商品の追跡や使用状況の監視にはデータが必要だけれど、プライバシーの保護も同じくらい重要です。


業界ごとの温度差


Phrona:興味深いのは、業界によって消費者の受け入れ度が全然違うことです。服や電子機器は比較的抵抗が少ないけれど、医療分野では慎重な姿勢が目立ちます。


富良野:医療機器の再利用について「新品と同程度に信頼する」と答えたのは3分の1だけでしたからね。これは当然といえば当然で、命に関わる分野では慎重になるのが自然です。


Phrona:でも、医療分野でも変化の兆しはあります。再利用可能な手術着で排出量を30%削減できるという研究結果もあるし、規制に基づいた医療機器の再処理で50%のコスト削減も実現している。


富良野:食品分野では66%の人が循環型の取り組みを支持している。これは比較的高い数字ですが、一方で食品廃棄の問題は深刻です。Too Good To Goのようなプラットフォームが広がることで、意識も変わってきそうです。


Phrona:建築分野は面白いですね。ドイツでは72%の人が既存建物の改修を強く支持している一方で、日本では51%に留まっている。これは建築文化の違いも反映していそうです。


富良野:確かに。木造建築の伝統がある日本と、石造建築が主流のヨーロッパでは、「建物の寿命」に対する感覚が根本的に違うのかもしれません。


企業の変革への道筋


Phrona:企業側の視点で見ると、循環型ビジネスモデルへの転換は本当に大変ですよね。サプライチェーン全体の再設計が必要だし、新しいスキルも必要になる。


富良野:でも、成功事例を見ると共通点があります。まず、品質に妥協しないこと。ボルボの再製造部品は最新の技術仕様にアップデートされているし、アウディのバッテリーパスポートは透明性を高めている。


Phrona:そして、顧客体験の再設計ですね。Fernishのような家具のサブスクリプションサービスは、所有から利用への意識転換を上手に促している。顧客にとってのメリットが明確だから受け入れられるんです。


富良野:重要なのは、循環経済を「我慢」や「犠牲」として位置づけるのではなく、より良い選択として提示することです。品質、コスト、便利さのどれかで妥協を求めるのではなく、全てを向上させる方向で設計する。


Phrona:政策の役割も大きいですね。フランスのスーパーマーケットでの食品廃棄禁止や、EUのデジタル商品パスポート義務化など、規制が市場の方向性を決める場面が増えています。


富良野:規制は重要ですが、それだけでは不十分です。消費者の心に響く商品やサービスを作ることが、結局は最も効果的な変化の方法だと思います。


未来への展望


Phrona:調査結果を見ていると、希望的な要素もたくさんありますよね。75%の人が自分の購買行動で循環経済を推進できると信じているし、多くの人が循環型行動の「早期採用者」だと自認している。


富良野:そうですね。意識の土壌は整っている。あとは、その意識を行動に移すための「橋渡し」をどう作るかです。企業にとっては大きなチャンスでもあります。


Phrona:技術の進歩も追い風になりそうです。ブロックチェーンによる追跡可能性の向上、AIによる需要予測、IoTによる製品の状態監視など、これまで難しかった循環型ビジネスモデルが実現可能になってきています。


富良野:ただし、技術だけでは解決しません。最終的には人間の感情や価値観、生活習慣の変化が必要です。そこに寄り添える企業が、次の時代のリーダーになるんじゃないでしょうか。


Phrona:小さな変化が積み重なって、いつの間にか大きな転換点を迎える。それがティッピングポイントの本質ですね。私たちはもしかすると、そんな変化の真っ只中にいるのかもしれません。


富良野:そうかもしれませんね。祖父母の時代の「もったいない」精神が、最新の技術と組み合わさって、新しい形で蘇ってくる。そんな未来が見えてきた気がします。




ポイント整理


  • 循環経済への消費者意識の現状

    • 86%の人が循環経済を重要視している一方で、実際の行動との間にギャップが存在

    • 最大の動機は環境改善(67%)とコスト削減(68%)、特にコスト削減効果への期待が高い

    • 年代による意識差が顕著で、若年層ほど循環型商品への心理的抵抗が少ない

  • 信頼構築を阻む主要な障壁

    • 品質(56%)、安全性(51%)、信頼性(49%)への不安が最大の懸念事項

    • コストの高さ(46%)と利便性の欠如(37%)が実用的な障壁として機能

    • 環境主張への不信(32%)が購買行動の阻害要因となっている

  • 信頼構築のための5つの柱

    • 保証された性能と品質:循環型商品が従来品と同等以上の性能を持つことの証明

    • 透明性と追跡可能性:製品ライフサイクル全体の情報開示とデジタル技術活用

    • 検証と認証:第三者機関による客観的評価と認証ラベルの活用

    • 標準化による調和:業界共通の基準・ルール設定による比較可能性の向上

    • 安全で倫理的なデータ管理:デジタル化に伴うプライバシー保護とデータセキュリティ

  • 業界別の特徴と課題

    • 医療分野:安全性への高い要求から慎重な姿勢、しかし規制下での再処理で50%のコスト削減実績

    • 食品分野:66%が循環型取り組みを支持、Too Good To Go等のプラットフォームが廃棄削減に貢献

    • 建築分野:国による文化的差異が顕著(ドイツ72%対日本51%の改修支持率)

    • ファッション・電子機器:若年層で受容度が高く、リセール市場が急成長中

  • 成功事例から見る実現要因

    • 経済的メリットの明確化:ボルボの再製造部品で30%のコスト削減実現

    • 顧客体験の再設計:家具サブスクリプション等、所有から利用への転換促進

    • 技術革新の活用:バッテリーパスポート等による透明性向上

    • 政策との連携:EU規制等による市場環境の整備



キーワード解説


【循環経済(Circular Economy)

資源を循環させ廃棄物を最小化する経済システム


【ティッピングポイント

小さな変化が急速に広がり自己強化される転換点


【デジタル商品パスポート

製品の生涯にわたる情報を記録するデジタル記録


【再製造(Remanufacturing)

使用済み製品を新品同等の性能に回復させる工程


【リバースロジスティクス

使用済み製品の回収・処理のための逆方向供給網


【拡大生産者責任(EPR)

製品の生涯コストを生産者が負担する制度


【BSIキットマーク

英国規格協会による品質・安全性認証マーク


【グリーンウォッシング

実態を伴わない環境配慮のアピール


【プロダクト・アズ・ア・サービス

製品販売から利用権提供への転換モデル


【バッテリーパスポート

電池の組成・履歴を記録する標準化されたデジタル記録



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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