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国際協力は「死んでいない」――それでも変わりゆく世界の協調のかたち

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:World Economic Forum, McKinsey & Company, "The Global Cooperation Barometer 2026" (World Economic Forum Insight Report, 2026年1月)

  • 概要:41の指標を用いて国際協力の状況を「貿易・資本」「イノベーション・技術」「気候・自然資本」「健康・ウェルネス」「平和・安全保障」の5つの柱で計測。2024年のデータを中心に、2025年の動向も加味して分析。全体としての協力水準は横ばいだが、その構成は大きく変化しており、多国間主義が後退する一方で、より柔軟な小規模連合による協力が台頭していることを明らかにした。



世界はいま、分断と対立の時代に入ったとよく言われます。貿易戦争、地政学的緊張、紛争の激化。ニュースを見れば、国際協力という言葉が古びた理想のように響くこともあります。ところが、2026年1月に世界経済フォーラムとマッキンゼーが発表した「グローバル協力バロメーター2026」は、少し違う景色を見せてくれます。


この報告書が伝えるのは、協力は死んでいないということです。ただし、その姿は大きく変わりつつあります。国連のような多国間主義の枠組みが弱体化する一方で、より小規模で柔軟な「有志連合」型の協力が台頭している。気候変動対策では資金や技術の流れが増え、イノベーション分野ではデータや人材の越境移動が活発化している。しかし平和と安全保障の領域では、ほぼすべての指標がパンデミック前を下回っています。


今回の記事では、富良野とPhronaが、この複雑な国際協力の現在地を読み解きます。なぜ協力は「量」ではなく「質」と「形」を変えているのか。どこに希望があり、どこに危機が潜んでいるのか。そして私たちは、この変化をどう受け止めればいいのか――。




「協力は死んだ」という物語に抗う


富良野:この報告書、タイトルだけ見ると堅苦しいんですけど、中身はなかなか示唆に富んでいますね。「グローバル協力バロメーター」、つまり国際協力の気圧計みたいなもので。


Phrona:気圧計というのは面白い比喩ですね。高気圧なのか低気圧なのか、嵐が来るのか晴れるのか。で、結論から言うと、どっちなんでしょう。


富良野:それが一言では言えないところがミソで。全体のスコアは横ばい、つまり大きく下がってはいない。でも中身を見ると、かなりドラマチックな変化が起きている。


Phrona:「横ばい」って聞くと、なんだ大丈夫じゃないか、と思いそうですけど。


富良野:そう、そこが落とし穴で。たとえば多国間主義に紐づく指標、国連の平和維持活動とか開発援助とか、そういうものは軒並み20%以上下がっている。2019年と比べてですね。


Phrona:でも全体は下がっていない。ということは、何かが上がっているわけですよね。

富良野:そうなんです。データの流れとか、デジタルサービスの貿易とか、気候関連の投資とか。より柔軟で、より少数の国が組む形での協力が伸びている。


Phrona:「ミニラテラリズム」と呼ばれているやつですね。全員で合意するのは難しいから、志を同じくする少数でやろうという。


富良野:報告書はこれを「協力の再構成」と呼んでいます。死んだわけじゃない、形を変えているんだと。



5つの柱が見せる濃淡


Phrona:5つの柱それぞれで、だいぶ様相が違うんですよね。


富良野:ええ。一番悪いのが「平和と安全保障」で、すべての指標がパンデミック前を下回っている。紛争数は増え、強制的に避難させられた人は2024年末で1億2300万人に達した。


Phrona:1億2300万人。日本の人口とほぼ同じ規模の人たちが、自分の家を追われているということですね。


富良野:スーダンの内戦だけで1150万人が避難を余儀なくされています。国連安保理の決議数は減り、平和維持要員は2015年から40%以上減少している。


Phrona:多国間の仕組みが機能しなくなっている、という話ですね。


富良野:ただ、面白いことに、地域レベルでは動きがある。アフリカ連合がソマリアで主導する安全保障移行とか、トルコがエチオピアとソマリアの間を仲介したアンカラ宣言とか。


Phrona:大きな枠組みが壊れても、小さな枠組みで何とかしようという動きは出てくるんですね。


富良野:それが報告書の言う「パッチワーク・レジリエンス」、つぎはぎの強靭性というやつです。



気候変動――投資は増えても排出は増える


Phrona:気候と自然資本の柱はどうですか。これは比較的明るい話があるんでしょうか。


富良野:明るいところと暗いところが両方ある。まず明るい方から言うと、太陽光と風力の導入量が2024年に600ギガワットに達した。2022年の倍です。


Phrona:倍というのはすごいですね。


富良野:しかも2025年上半期は前年同期比でさらに60%増。気候関連の資金流入も増えていて、緩和策への投資はパンデミック前の約2倍になっている。


Phrona:でも排出量は。


富良野:増え続けています。2024年も、2025年も推定で増加。結局、導入のスピードがパリ協定の目標達成に必要な速度の半分しかない。


Phrona:投資は増えているのに、成果が追いついていないと。


富良野:ただ、一つ明るいデータがあって。排出原単位、つまりGDPあたりの排出量は下がっている。経済成長しながら排出を相対的に抑える方向には進んでいる。


Phrona:その「相対的」というのが悩ましいですよね。絶対量が増え続けていたら、地球にとっては意味がない。


富良野:おっしゃる通り。報告書もそこは率直に認めていて、「目標には遠く及ばない」と書いている。



イノベーション――AIがすべてを引っ張る


Phrona:イノベーションと技術の柱はどうでしょう。


富良野:これは全体として上昇傾向です。ITサービスの貿易、データの越境流通、国際帯域幅、どれも伸びている。国際帯域幅に至っては2019年の4倍。


Phrona:AIへの投資が引っ張っているんでしょうね。


富良野:まさにそう。データセンターへのグリーンフィールド投資が2025年に約3700億ドルと推計されていて、前年の約1900億ドルから倍増近い。


Phrona:でも同時に、技術の輸出規制も厳しくなっていますよね。


富良野:そこが二律背反で。先端技術や重要資源に関する規制は、特にアメリカと中国の間で強化されている。留学ビザの発給も減っている。2025年第1四半期のアメリカの学生ビザは前年比11%減。


Phrona:協力したい分野と、協力できない分野が分かれてきている。


富良野:報告書は、調査対象の専門家の87%がこの分野の協力は悪化すると答えたと書いています。5つの柱で最も悲観的だったと。


Phrona:投資は増えているのに、将来への見通しは暗いというのは皮肉ですね。



健康――見かけの安定、底の不安


富良野:健康とウェルネスの柱は、表面上は安定しています。平均寿命も、乳幼児死亡率も、妊産婦死亡率も、いずれも改善傾向。


Phrona:パンデミックからの回復ですね。


富良野:そう。でも問題は、その回復を支えていた援助が急減していること。開発援助による保健支援、DAHと呼ばれるものが2024年に6%減、2025年にはさらに110億ドル減ると推計されている。


Phrona:援助を受けていた国はどうなるんでしょう。


富良野:国内予算で賄うしかなくなる。でも多くの低中所得国にはその余裕がない。報告書は「見かけの安定が、将来の脆弱性を隠している」と警告しています。


Phrona:健康の成果というのは、原因から遅れて現れますからね。今の援助削減が、数年後に死亡率の上昇として現れるかもしれない。


富良野:アフリカ医薬品庁の発足とか、東カリブ諸国機構がインスリン価格を下げるモデルを広げているとか、地域レベルの動きはあるんですけど。


Phrona:多国間の穴を地域で埋められるのか。そこが試されていますね。



貿易と資本――再編は進む、縮小はしない


富良野:最後に貿易と資本の柱。これも横ばいですが、中身はかなり動いている。


Phrona:貿易戦争のニュースをよく見ますけど、実際には縮小していないんですか。


富良野:財の貿易量は2025年もGDPの伸びより少し低いながら2.4%成長。縮小というより、相手が変わっている。地政学的に近い国同士の貿易が増え、遠い国同士は減っている。


Phrona:「フレンドショアリング」というやつですね。友好国との取引を優先する。


富良野:報告書によると、世界貿易の平均地政学的距離は2017年から2024年で約7%縮まった。直接投資ではもっと顕著で、約倍の速度で縮んでいる。


Phrona:つまり、取引する相手を選ぶようになっている。


富良野:サービス貿易は伸び続けています。特にデジタルで提供できるもの。ITサービスとか、専門的なビジネスサービスとか。


Phrona:形のあるモノは規制しやすいけど、形のないサービスは流れ続けるということでしょうか。


富良野:そういう面はありますね。あと、新しい貿易連合も生まれている。2025年9月に発足した「投資と貿易の未来パートナーシップ」、FITと呼ばれるもの。ニュージーランド、シンガポール、UAE、スイスが共同で立ち上げて、14カ国が参加している。


Phrona:大きな枠組みが動かないなら、小さな枠組みを作ろうと。


富良野:EUとメルコスール、EUとインドネシア、ASEANのデジタル経済枠組み協定。いろんなところで動きがある。



多国間主義の退潮と「対話」の重要性


Phrona:こうして見ると、多国間主義が後退しているのは間違いないですよね。でも代わりに何かが生まれてもいる。


富良野:報告書は、それを悲観だけで終わらせていないのが興味深い。「協力は形を変えている」という認識に立って、「じゃあどうするか」を提言している。


Phrona:どういう提言ですか。


富良野:3つあって。まず、課題に応じて協力の形式を使い分けること。グローバル、地域、少数国連合、それぞれに適した課題がある。


Phrona:全部を国連でやろうとしない、と。


富良野:次に、組織の能力を高めること。変化を追跡する情報チームを作り、新しい協定やイニシアチブにすぐ対応できる体制を整える。


Phrona:企業向けの提言ですね。


富良野:最後に、官民連携と民民連携を進めること。政府間だけでなく、企業同士が共通の利害で動くことも力になる。


Phrona:報告書が特に強調しているのは何でしょう。


富良野:「対話」ですね。ちょっと青臭く聞こえるかもしれないけど、今の対話は一方的な立場表明になっていて、共通点を探すものになっていない。それを取り戻すことが基本だと。


Phrona:立場を言い合うだけでなく、聞き合うこと。


富良野:国連事務総長のグテーレスが「冷徹なプラグマティズム」と呼んだものに通じます。協力が意味をなすのは、相互に利益があるときだと。



「協力」の意味を問い直す


Phrona:私、この報告書を読んで思ったんですけど、「協力」という言葉の意味自体が変わってきているんじゃないかと。


富良野:というと。


Phrona:冷戦後の協力って、どこかに「みんなで一つの方向に進む」という前提があった気がする。自由貿易、民主主義、国際機関。でも今は、「みんな」が成り立たない。


富良野:だから「誰と」「何について」協力するかを選ぶようになっている。


Phrona:それは後退なのか、それとも現実主義なのか。


富良野:報告書は後者に近い立場を取っていますね。「壊れた」ではなく「再構成」という言葉を使っている。


Phrona:でも、小さな連合だけでは解決できない問題もありますよね。気候変動とか、パンデミックとか。


富良野:そこは報告書も認めていて、WHOのパンデミック協定とか、国連の高海条約とか、多国間の枠組みが動いた例も挙げている。ただし、世界最大の経済大国であるアメリカがこれらに参加していないことにも触れている。


Phrona:多国間主義の理想と、少数国協力の現実と。両方を見ないといけない。


富良野:たぶん「どちらか」ではないんだと思います。多国間が必要な場面と、少数国で十分な場面と、使い分けていく。それが「気圧計」を読むということなのかもしれません。


Phrona:嵐の中でも、局地的に晴れ間があったり、新しい風が吹いていたり。


富良野:そういう複雑さを見ないと、「協力は死んだ」という物語に飲み込まれてしまう。死んでないんですよ。変わっているだけで。


Phrona:その変化の中で、何を守り、何を手放すか。それを考える材料として、この報告書は貴重ですね。



 

ポイント整理


  • 全体の協力水準は横ばいだが、その構成は大きく変化している。多国間主義に紐づく指標は軒並み低下する一方、より柔軟で少数国による協力は成長している。

  • 提言として示されているのは、課題に応じた協力形式の使い分け、変化を追跡する組織能力の構築、官民・民民連携の強化。最も基本的なこととして「対話の再生」が強調されている。

  • 5つの柱の動向

    • 「平和と安全保障」は最も深刻で、すべての指標がパンデミック前を下回る。2024年末時点で強制避難民は1億2300万人に達した。

    • 「気候と自然資本」は投資と技術導入が増加し、2024年の太陽光・風力導入は2022年の倍に達した。しかし排出量は増加を続け、目標達成には程遠い。

    • 「イノベーションと技術」はデータ流通、ITサービス貿易が伸びAI投資が牽引する一方、先端技術の輸出規制や留学生ビザ減少など新たな障壁も生じている。

    • 「健康とウェルネス」は成果指標は改善傾向だが、開発援助による保健支援が急減しており、将来の脆弱性が懸念される。

    • 「貿易と資本」は総量は横ばいながら、地政学的に近い国同士への再編が進む。サービス貿易は堅調に成長。

  • 「ミニラテラリズム」の台頭

    • 多国間交渉が困難になる中、少数の志を同じくする国々による柔軟な連合が各分野で形成されている。FITパートナーシップ、EU・ASEAN間の脱炭素協力、アフリカ医薬品庁などが例として挙げられる。

  • 専門家・経営者の認識

    • 調査では85%の専門家が2025年の協力は悪化したと回答。特にイノベーション・技術分野で悲観的な見方が強い。一方、経営者の57%はビジネスへの影響は中立または改善と回答しており、企業は変化に適応しつつある。



キーワード解説


グローバル協力バロメーター(Global Cooperation Barometer)】

世界経済フォーラムとマッキンゼーが共同で開発した、国際協力の状況を計測する指標体系。41の指標を5つの柱で分類し、2012年から2024年までのトレンドを追跡する。


ミニラテラリズム(Minilateralism)】

少数の国々による柔軟で目的限定的な協力形態。全員の合意を必要とする多国間主義と異なり、特定の課題について志を同じくする国が集まって行動する。


地政学的距離(Geopolitical Distance)】

貿易や投資の相手国との政治的・戦略的な近さを測る概念。近年、この距離が近い国同士の取引が増え、遠い国同士は減少している。


排出原単位(Emissions Intensity)】

GDPあたりの温室効果ガス排出量。絶対的な排出量が増えていても、排出原単位が下がれば経済成長と排出削減の両立に向かっていることを示す。


DAH(Development Assistance for Health)】

開発援助のうち保健医療に充てられる部分。低中所得国の医療体制を支える重要な資金源だが、2024年以降急減している。


FITパートナーシップ(Future of Investment and Trade Partnership)】

2025年9月に発足した14カ国による貿易・投資協力の枠組み。ニュージーランド、シンガポール、UAE、スイスが共同で立ち上げた。


パッチワーク・レジリエンス(Patchwork Resilience)】

大規模な多国間枠組みが機能しない中で、地域や少数国連合による「つぎはぎ」的な対応が強靭性を生み出している状態を指す報告書の表現。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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