市民が予算を決める時代──ドミニカ共和国に学ぶ参加型予算制度の可能性
- Seo Seungchul

- 2025年11月17日
- 読了時間: 8分

シリーズ: 論文渉猟
◆今回の論文:Geovanny Vicente-Romero "Participatory Budgeting Within the Framework of Open Government: Dominican Republic as a Case Study" (Columbia University Academica Commons, 2022年2月8日)
概要:オープンガバメントの枠組みにおける参加型予算制度について、ドミニカ共和国の20年以上の実践例を分析した学術論文。
私たちの税金がどう使われているか、政治の決定過程に自分たちの声はどれくらい届いているだろうか。「政治家任せ」ではない、もっと直接的な民主主義の形があることをご存知でしょうか。それが「参加型予算制度」です。この制度は、市民が実際に自治体の予算の一部について、何にお金を使うかを直接決めることができる仕組みで、世界各地で実践されています。
今回は、20年以上にわたってこの制度を運用しているドミニカ共和国の事例を通じて、民主主義の新しい可能性について考えてみたいと思います。単なる理想論ではなく、実際の運用から見えてきた成果と課題、そして透明性や説明責任といったオープンガバメントの原則との関わりまで、富良野とPhronaの対話を通じて探っていきましょう。
民主主義の新しい形を探る
富良野:参加型予算制度って面白い仕組みですよね。市民が直接、自治体の予算の使い道を決められるなんて。
Phrona:本当ですね。ドミニカ共和国では1997年から始まって、今では205の自治体で実施されているそうですが、これって選挙で代表者を選ぶ以外の民主主義の形ですよね。
富良野:そうなんです。論文によると、参加型予算制度は「コミュニティのメンバーが公的予算の一部をどう使うかを決める民主的プロセス」として定義されています。つまり、間接民主主義から直接民主主義への橋渡しみたいな。
Phrona:でも、なぜこういう制度が生まれたんでしょう?従来の政治システムに何か問題があったから?
富良野:それは鋭い指摘ですね。論文を見ると、ドミニカ共和国の地方政府では以前、財政運営が不透明で、監査もされず、投資も住民の利益にならない事業に向けられることが多かったそうです。説明責任も果たされていなかった。
Phrona:ああ、それで市民の側から「自分たちで決めさせて」という声が上がったということですか。でも実際に運用するとなると、どうやって進めるんでしょう?
制度の実際の運用を見てみる
富良野:ドミニカ共和国では3段階のプロセスで進められています。まず準備段階で、どの程度の予算を対象にするか、どの地域にどれくらい配分するかを決める。
Phrona:人口に応じて予算を事前配分するんですね。でも、人口の少ない地域が不利になりませんか?
富良野:実はそこも配慮されていて、あまりに少額になってしまう地域には、連帯の理由で追加予算を振り分けることもできるんです。そして第二段階で住民集会を開いて、実際に何に使うかを決める。
Phrona:住民集会って、どのくらいの規模で行われるんですか?
富良野:30家族以上のコミュニティ単位で集会を開き、そこで地域の最優先課題を特定します。それから地区レベル、最終的には市全体の集会で調整していく。段階的に民意を積み上げていく仕組みです。
Phrona:なるほど。でも第三段階もあるんですよね?
富良野:はい、透明性と監視の段階です。決まった事業を実際に実行する際、住民が選んだ監査委員会が工事の進捗をチェックし、完成後は維持管理委員会に移行する。つまり、決めるだけでなく、実行の監視まで市民が関わる。
Phrona:それって、すごく手間がかかりそうですが、本当に機能するんでしょうか?
オープンガバメントという大きな流れの中で
富良野:そこでオープンガバメントという概念が重要になってくるんです。これは透明性、市民参加、説明責任、協力・イノベーションという4つの柱から成り立っています。
Phrona:オープンガバメントって最近よく聞きますが、具体的にはどういうものなんですか?
富良野:簡単に言うと、政府の活動を市民に開かれたものにしようという考え方です。2009年にオバマ大統領が「前例のない政府の開放性」を約束したメモランダムから本格的に広まりました。
Phrona:透明性については何となく分かりますが、他の要素は?
富良野:説明責任は、政府関係者が自分たちの決定や資源の使い方について市民に報告する義務のこと。ドミニカ共和国では憲法で大統領や議員の年次報告が義務づけられています。
Phrona:協力・イノベーションの部分が少し抽象的に感じるのですが。
富良野:これは政府だけでなく、民間セクターや市民組織との新しい協働関係を作ろうということです。受け身の市民から、解決策を共創する市民への転換を目指している。
Phrona:参加型予算制度は、まさにその具体例ということですね。でも理論と実践には違いがありそうです。
実際の成果と直面する課題
富良野:ドミニカ共和国の経験を見ると、確かに成果も課題も両方見えてきます。2007年には市町村法第176-07号で制度が法制化され、2010年には憲法に格上げされました。
Phrona:制度として定着したということですが、実際の効果はどうなんでしょう?
富良野:汚職防止や透明性向上には一定の効果があったようです。市民が直接監視に関わるので、以前のような不適切な資源配分は難しくなった。それに、住民のエンパワーメントも進んでいる。
Phrona:でも課題もありますよね?
富良野:はい。小規模な自治体では財政的・人的資源が不足していて、制度の完全な実施が困難なことがあります。それに、参加型予算の対象となる資金の割合が法律で定められた水準に達していない自治体も多い。
Phrona:制度があっても、実際に運用する力が足りないということですね。でも興味深いのは、それでも継続されているということです。
富良野:そうなんです。論文では「パラダイム変化」という表現が使われていますが、単なる制度導入ではなく、政治文化そのものの変革が起きているのかもしれません。
日本への示唆を考える
Phrona:これって、日本でも参考になる部分がありそうですが、どう思われますか?
富良野:文化的背景は違いますが、地方自治体レベルでは試す価値があると思います。日本でも市民参加型の事業はありますが、予算決定への直接参加はまだ限定的ですから。
Phrona:でも日本の場合、住民の政治参加への関心や、合意形成の方法が違いますよね。
富良野:確かに。ドミニカ共和国では30家族以上の集会とありましたが、日本では町内会レベルの単位から始めるとか、デジタル技術を活用した参加方法とか、工夫が必要でしょうね。
Phrona:オンラインでの議論も含めて、多様な参加方法があると良さそうです。それに、最初は小さな予算から始めて、徐々に対象を拡大していくような段階的アプローチも。
富良野:重要なのは、単に制度を導入することではなく、市民と行政の関係性を根本的に見直すことかもしれません。「お任せ民主主義」から「参加型民主主義」への意識変革が必要です。
Phrona:でも、それって簡単なことではないですよね。時間もかかるし、失敗もあるでしょう。
富良野:そうですね。だからこそ、ドミニカ共和国の20年以上の経験は貴重なんです。完璧ではないけれど、継続することで少しずつ改善し、民主主義の質を高めていく。そのプロセス自体に価値がある。
ポイント整理
参加型予算制度の基本構造
市民が自治体予算の一部について直接使途を決定する制度
準備段階、住民協議段階、透明性・監視段階の3段階プロセス
コミュニティレベルから市全体レベルまで段階的な合意形成
オープンガバメントの4つの柱との関係
透明性:予算情報の公開と市民による監視
市民参加:直接的な意思決定への参画
説明責任:事業実施過程での報告義務
協力・イノベーション:行政と市民の新しい協働関係
ドミニカ共和国での実践成果
1997年開始、2007年法制化、2010年憲法格上げ
205自治体での実施(2020年時点)
汚職防止と透明性向上に一定の効果
市民のエンパワーメントと政治意識の向上
制度運用上の課題
小規模自治体での資源不足
法定予算割合の未達成
制度の完全実施に向けた継続的改善の必要性
日本への示唆
地方自治体レベルでの段階的導入の可能性
デジタル技術を活用した多様な参加手法の検討
市民と行政の関係性そのものの見直しの重要性
キーワード解説
【参加型予算制度(Participatory Budgeting)】
市民が公的予算の一部の使途を直接決定する民主的プロセス
【オープンガバメント】
透明性、市民参加、説明責任、協力を柱とする開かれた政府運営の概念
【説明責任(Accountability)】
政府関係者が自らの決定と資源使用について市民に報告する義務
【市民参加】
政策形成から実施、評価まで市民が積極的に関与すること
【透明性】
政府活動に関する情報の公開と市民によるアクセス
【直接民主主義】
代表者を通さず市民が直接政治的意思決定に参加する制度
【地方自治】
地域の事務を住民の意思に基づいて処理する制度
【市民エンパワーメント】
市民が政治的・社会的力を身につけ、主体的に行動できるようになること
【合意形成】
多様な意見を調整し、共通の方針を決定するプロセス
【ガバナンス】
統治や管理における多様な主体の参加と協働