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平均リターンとボラティリティドラッグ──生存制約下で組み直す長期投資

8月26日
読了時間: 14分


シリーズ: 行雲流水


運用成績の表に「過去10年の平均リターン8%」と書かれていたら、多くの人は100万円が毎年8%ずつ増える姿を思い浮かべる。10年後の金額を計算機に入れ、将来を少し先取りした気分にもなる。


だが、その8%が算術平均なら、資産が年8%の複利で増えたとは限らない。毎年の元本は、その前の年の損益によって変わる。投資成果は率の足し算ではなく、変化した元本への掛け算として残るからだ。


この違いは、金融数学の小さな注意事項に見える。実際には、長期投資の目的をどこに置くかという問題まで届く。高い平均リターンを求めるだけでは、途中の大幅損失や資金需要、強制清算、狼狽売りを扱えない。反対に、変動を小さくすることだけを目標にすれば、必要な成長まで失う。


長期投資で最大化すべき量を一つ挙げるなら、単純なCAGRでは足りない。必要な流動性を残し、許容できない損失を避け、方針を継続できるという制約の内側で、実現可能な複利成長を求める。この順番がよい。




二つの平均


100万円が一年目に50%増え、二年目に50%減ったとする。残高は100万円から150万円へ増え、その後75万円になる。二年間の騰落率を足して二で割れば0%だが、資産は25%減っている。


算術平均は「50%+マイナス50%」を二で割る。幾何平均は「1.5×0.5」の平方根から1を引く。この場合、幾何平均は年率約マイナス13.4%になる。75万円が二年続けて同じ率で増減した結果になるよう、年率へ引き直した数字である。


CAGRも同じ方向から資産を見る。初期額をV0、最終額をVT、年数をTとすれば、CAGRは「(VT÷V0)の1/T乗−1」で求められる。毎年の騰落がばらばらでも、始点と終点を結ぶ一定の複利年率へ変換できる。


算術平均に意味がないわけではない。ある一期間の期待リターンを考えるなら、算術平均は自然な物差しになる。問題は用途の混同だ。過去の各年を平均した数字を、そのまま長期の資産成長率として読むと、変動によって失われた分が消えてしまう。


もう一つ、CAGRは過去形の数字である。過去10年のCAGRが8%だったことは、次の10年も8%になるという約束ではない。将来の複利成長を考えるには、期待リターンと変動を推定しなければならず、その入力値にはかなりの誤差がある。過去のCAGRを未来の利率として扱えば、算術平均とは別の仕方で計算が人を安心させてしまう。



掛け算の摩擦


ボラティリティドラッグとは、リターンが複数期間にわたって掛け合わされるため、算術平均より幾何平均が低くなる現象を指す。小さなリターンを前提にした単純化では、幾何平均成長率gは、おおよそ次のように表される。


g ≈ μ − σ² / 2


μは算術平均リターン、σはリターンの標準偏差である。率を小数で置き、リターン分布について一定の仮定を置いた近似なので、あらゆる資産へ機械的に当てはめる式ではない。それでも、変動が二乗で効くという関係はよく見える。期待リターンが同じなら、標準偏差が大きい方は複利成長で不利になりやすい。


ここから「ボラティリティはコストだ」と言いたくなる。半分は正しい。同じ期待リターンを得る二つの資産があり、一方の変動だけが大きいなら、その余計な変動には複利上の負担がある。


残り半分が投資判断を難しくする。現金、債券、株式の期待リターンは同じではない。株式が大きく変動しても、その変動を補う期待リターンが十分に高ければ、低変動資産より高い幾何平均成長を得られる。低いボラティリティを無条件に選ぶ戦略では、資産を増やす力そのものが足りなくなることがある。


したがって問うべきは、変動があるかどうかではない。追加で負う変動に見合う期待リターンがあるか、その危険は分散によって減らせないか、生活上の資金需要と両立するかである。単一銘柄への集中や、中身の重なるETFの併有は、期待リターンをあまり変えずに損失幅を広げるかもしれない。将来の勝者は分からなくても、同じ危険を重ねていることなら調べられる。



変動、下落、毀損


投資の議論では、ボラティリティドラッグ、最大ドローダウン、永久損失が近い意味で使われることがある。ここは分けた方がよい。


ボラティリティは、ある期間のリターンが平均の周囲でどれほど散らばったかを測る。標準偏差を使う場合、上振れも下振れも同じく変動として数える。投資家にとって嬉しい急上昇まで「リスク」に含まれるため、資産価値を失う危険の全体像にはならない。


最大ドローダウンは、ある時点の最高値から、その後の最安値まで何%下がったかを測る。50%下落した資産が元の額へ戻るには100%の上昇が必要になる。これは深い谷によって回復の基準額が縮んだ結果であり、算術平均と幾何平均の差そのものではない。


永久損失は、回復を支える経済価値が失われることをいう。企業倒産、競争力の喪失、不正会計、過大債務による希薄化などが該当する。一時的な市場価格の下落とは違う。価格が半値になっても事業の将来収益が保たれている場合はあるし、価格が穏やかでも内部で価値が失われている場合もある。


三つを一つの「リスク」に畳むと、対応を誤る。日々の価格変動には分散が効くことがある。深いドローダウンには、資産配分、現金余力、レバレッジ管理が効く。永久損失を避けるには、事業価値、負債、流動性、制度上の権利まで見なければならない。



経路と生活資金


「最終的に上がるなら、途中の値動きは関係ない」という主張には、成立する範囲がある。追加投資も引き出しもなく、借入も強制清算もなく、最後まで保有できる場合である。

各期リターンの集合が同じなら、その順序を入れ替えても最終資産額は変わらない。

1.2×0.9と0.9×1.2が同じになるからだ。ただし、最大ドローダウンと回復期間は順序によって変わる。最終額が同じ二つの道でも、途中で60%沈む道と20%しか沈まない道では、保有者の経験も売却の危険も違う。


資金の出入りがあれば、順序は最終額も変える。積立期に価格が下がると、同じ拠出額で多くの口数を買える。その後に資産価格が回復し、投資対象の価値が失われていなければ、初期の下落が有利に働く場合がある。


取り崩し期は逆方向の圧力を受ける。退職直後に大きく下がり、生活費を得るために安値で売れば、回復局面へ持ち越せる口数が減る。同じ平均リターンでも、下落が前半に集中した方が資産寿命は短くなりやすい。これがシークエンス・オブ・リターンズ・リスクである。


ここで投資家の心理を補足条件として置くのは不十分だ。狼狽売りを避ける精神力だけの話ではない。いつ使うお金か、給与収入が続くか、借入があるか、担保不足で売却を迫られるか。生活のキャッシュフローが投資の経路と交差した瞬間、耐久性は運用成績の一部になる。


商品のCAGRと、保有者が実現するCAGRは一致しない。途中で売れば当然だが、資金の出入りがあるだけでも個人の収益率は変わる。長期投資の実行可能性を「心理面への配慮」として脇へ置くべきではない。実行できない戦略の期待リターンは、家計にとってゼロに近い。



組み合わせの仕事


分散投資は、保有銘柄数を増やす作業ではない。異なる収益源と危険要因を組み合わせる作業である。


二資産のポートフォリオ分散は、各資産の分散だけで決まらない。二つがどの程度同時に動くかを示す相関が入る。単純な式で書けば、二資産の分散は「各資産の比率の二乗×各分散」に、「二つの比率×二つの標準偏差×相関×2」を加えたものになる。相関が1より小さければ、組み合わせた全体の変動は単純加重平均より小さくなり得る。


この効果が、ボラティリティドラッグとの接点になる。期待リターンを大きく落とさずにポートフォリオ全体の変動を下げられれば、幾何平均成長率を改善できる余地が生まれる。個別資産の期待リターンだけを比べていては、この組み合わせ効果を見落とす。


ただし、銘柄名が違うだけでは足りない。S&P500連動ETF、米国大型株ETF、テクノロジーETFを持っても、上位構成銘柄と収益要因が重なっていれば、同じ局面で一斉に下がる。複数の暗号資産を持つ場合も、危機時に共通の流動性要因で売られるなら、見た目ほど分散されていない。


相関も固定値ではない。平時に低かった相関が危機時に上がることはあるし、株式と債券の関係もインフレや金融政策の局面によって変わる。分散は損失を消さない。特定の見通しが外れたとき、全資産が同じ理由で傷つく事態を減らす。期待できるのはそこまでだが、その役割は小さくない。


Investor.govの投資家向け資料も、異なる市場条件で異なる動きをする資産区分を組み合わせれば、変動を抑え、大きな損失を限定できる可能性があると説明している。



配分を戻す仕事


値上がりした資産を売り、値下がりした資産を買う。リバランスはこの動作から「安く買って高く売る仕組み」と説明されやすい。うまく働く局面はあるが、最初から収益源として扱うと見誤る。


株式60%、債券40%で始めたポートフォリオを考える。株式の上昇によって比率が80%へ増えれば、保有者は当初より株式市場の影響を強く受ける。リバランスの第一の仕事は、比率を60%へ戻し、最初に選んだ危険の大きさへ戻ることだ。Investor.govもこの役割を中心に説明している。


相関の低い二資産が相対的な上昇と下落を繰り返し、両方に正の長期期待リターンがあり、費用と税が小さいなら、定期的な売買が複利成長に寄与することがある。反対に、一方が長く上昇し続け、もう一方が停滞する相場では、リバランスは勝者を早く売る。価値を失いつつある資産へ機械的に資金を足すなら、配分を守った結果として資産を傷める。


税と売買費用も残る。課税口座で含み益を何度も実現すれば、理論上の改善が税負担で消えることがある。新しい入金を比率の低い資産へ振り向ける方法なら、売却を減らしながら配分を戻せる。Investor.govも、売却、追加購入、継続拠出の配分変更を挙げ、費用と税の確認を促している。


リバランスを採用する理由は、未来の値動きが往復すると確信しているからではない。どの資産が勝ち続けるか分からない状況で、一つの資産がポートフォリオ全体を支配するまで膨らむのを防ぐためである。収益上の上振れは条件付き、配分維持は直接の仕事。この区別を残しておきたい。



日次レバレッジの経路


レバレッジETFは、変動と複利の関係が大きく見える例である。多くの商品は、対象指数の一日の騰落率について二倍や三倍を目指す。保有期間全体の指数騰落率に同じ倍率を掛ける商品ではない。


指数が一日目に10%上昇し、二日目に約9.09%下落すれば、100は110を経て100へ戻る。日次二倍型が目標を正確に達成し、費用もないと仮定すると、100は120へ増え、翌日に約18.18%下がって約98.18になる。指数は横ばいだが、二倍型は約1.82%減る。


同じ指数が二日続けて10%上昇したら結果は逆になる。指数は100から121へ進み、累積上昇率は21%。二倍型は100から144へ進み、44%上昇する。指数の累積上昇率を単純に二倍した42%を上回る。複利が連続上昇を増幅したからだ。


単純化した連続時間モデルでは、倍率をLとすると、費用控除前の期待幾何成長率はおおよそ「Lμ−L²σ²/2」と書ける。期待リターン側は倍率に比例し、変動による負担は倍率の二乗に近い形で増える。この近似も分布とリバランスについて仮定を置くが、高倍率の商品が乱高下に弱い理由は読み取れる。


実際の商品には管理費用、資金調達費用、デリバティブ取引の費用、指数への追随誤差が加わる。米国証券取引委員会は、多くのレバレッジETFとインバースETFが日次目標を持ち、一日を超える成績は表示倍率から大きく離れ得ると注意を促している。


FINRAの規制通知には、2008年12月から2009年4月までに指数が約2%上がった一方、日次二倍を目指すETFが6%下落した例や、別の指数が約8%上がったのに日次三倍型が53%下落した例が載っている。商品が日次目標を外したという話ではない。日次目標を積み重ねた結果と、保有期間全体の指数騰落率に倍率を掛けた結果が別物なのである。


「レバレッジETFは長期保有すると必ず減価する」という言い方は正確ではない。強い連続トレンドでは有利な複利が働く。それでも、方向、変動、経路、保有期間、費用を同時に予測し、監視する必要がある。長期の中核資産と同じ扱いをするには、かなり癖の強い商品である。



目的関数の順番


CAGRだけを最大化しようとすると、想定CAGR10%で最大下落70%の戦略が、想定CAGR8%で最大下落20%の戦略より常に優れていることになる。現実の家計では、その結論を採れない。資金が必要になる時期、収入の安定性、借入、税、心理的な保有限界が違うからだ。


目的関数を複雑にする必要はある。しかし、毎日共分散行列を更新し、将来リターンの小数点以下を予測する必要はない。むしろ順番を決めればよい。


最初に、数年以内に使う資金と緊急予備資金を危険資産から分ける。次に、許容できる下落と強制売却の条件を考える。その範囲で、異なる収益源を組み合わせ、費用控除後の期待成長を比べる。最後に、配分がずれたときの戻し方を決める。


新しいETFを検討する場面でも、問いは同じである。その商品の過去リターンが高いかを最初に見ない。すでに持つ資産と中身が重複していないか、危機時に同時に下がるか、最大ドローダウンをどこまで深くし得るか、必要時に売れるか、費用と税を払った後にも役割が残るかを確認する。


過去のボラティリティ、相関、最大ドローダウンは将来の上限ではない。精密な最適点を出しても、入力が外れれば配分は簡単に崩れる。その弱さを認めたうえで、不要な集中を避け、レバレッジを制限し、現金余力を置く。少し鈍い方法だが、予測誤差に対しては強い。



複利が続く条件


投資を、高いリターンの商品を探すゲームとして理解すると、ボラティリティは後から差し引く罰点になる。資産の組み合わせから考えると、見え方が変わる。期待リターンはポートフォリオ全体の一要素となり、変動は資産同士の関係によって増減し、家計の資金需要は保有可能期間を決める。


この見方は高リターンを否定しない。必要な成長を得るための危険は引き受ける。ただし、追加の期待リターンをほとんど生まない集中、複利を中断させるほどのレバレッジ、生活資金を巻き込む深い下落は外す。安全性を最大化するのでも、成長率だけを最大化するのでもない。


生き残れる範囲での複利成長、と呼ぶのが近い。


この考えを投資の外へ広げるなら、条件を付ける必要がある。成果が掛け算のように蓄積し、途中退出が回復しにくい領域では、平均的な成果より大きな失敗の管理が重要になることがある。企業経営やキャリアのすべてを投資の式で語るのは無理がある。似ているのは、蓄積と退出が同時に存在する部分だけだ。


複利は時間を味方につけると言われる。時間を長くすれば自動的に味方になるわけではない。途中で資本を失い、売却を迫られ、方針を放棄すれば、時間は回復を待ってくれない。長期投資で先に確保すべきものは、長期という時間を実際に使い切れる条件である。




ポイント整理


  • 平均の用途

    • 算術平均は一期間の期待値を考える物差しとして使えるが、複数期間に実現した資産成長をそのまま表さない。

    • 過去の資産蓄積には幾何平均やCAGRが近い。ただし、CAGRは途中の下落を隠し、将来を保証しない。

  • 変動の選別

    • 同じ期待リターンなら、大きな変動は複利成長を押し下げる。

    • 低変動化そのものは目的にならない。追加リターンに結びつかない集中や重複を優先して減らす。

  • 損失の種類

    • ボラティリティ、最大ドローダウン、永久損失は、測っている危険と必要な対策が違う。

    • 入出金や強制清算があれば、リターンの順序も最終資産額へ影響する。

  • 配分の維持

    • 分散は異なる収益源を組み合わせ、単一予測の失敗による致命傷を減らす。

    • リバランスの直接の仕事は危険配分を戻すこと。複利成長の改善は、相関、トレンド、税、費用に左右される。

  • 実現可能な成長

    • 流動性、許容損失、保有期間を先に定め、その制約内で期待複利成長を求める。

    • 理論上の最高成績より、生活の中で継続できる配分が家計の実現成績を決める。



キーワード解説


【算術平均リターン】

各期間のリターンを足し、期間数で割った値。一期間の期待リターンを扱うときには意味があるが、複数期間の実際の資産増加率とは一致しないことがある。


【幾何平均とCAGR】

幾何平均は各期の成長倍率を掛け合わせ、期間数に応じた累乗根を取った平均である。CAGRは初期資産と最終資産から一定の年平均複利成長率を逆算する金融指標で、過去の長期運用成績を要約する際に使われる。


【ボラティリティドラッグ】

複数期間のリターンが掛け合わされるため、算術平均より幾何平均が低くなる現象。同じ算術平均リターンなら、変動が大きいほど差が広がりやすい。期待リターンの違いまで無視して、低変動資産の優位を意味する言葉ではない。


【最大ドローダウン】

ある時点の最高値から、その後の最安値までの最大下落率。リターンの散らばりを測るボラティリティと違い、投資家が途中で経験した最も深い谷を表す。将来の最大損失を保証する数字ではない。


【シークエンス・オブ・リターンズ・リスク】

同じ平均リターンでも、収益が発生する順番によって資産の最終額や寿命が変わる危険。とくに取り崩し期の初期に大幅下落が起きると、安値で売却する口数が増え、その後の回復に参加する元本が減る。



本稿を素材として対話形式で再構成した記事も、近日中にnoteに掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。

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