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意識が生命を作った?──進化論を覆すかもしれない新しい視点

更新日:10月13日

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シリーズ: 知新察来


◆今回のレポート:Stuart Hameroff et al. "Consciousness came before life" (Institute of Art and Ideas, 2024年5月8日)

  • 概要:ペンローズ・ハメロフの量子意識理論を基に、意識が生命の進化に先行し、それを可能にしたという仮説を展開。小惑星サンプルの分析を通じて、この理論の検証を試みる研究について紹介している。



生命がいつ、どのように誕生したのか。この古典的な問いに、今、量子物理学の観点から全く新しい答えが提示されています。従来の科学では「まず生命があり、その後に意識が進化した」と考えられてきました。しかし、ノーベル物理学賞受賞者のロジャー・ペンローズと麻酔科医のスチュアート・ハメロフを中心とした研究チームは、その逆かもしれないと主張しています。意識こそが生命を可能にし、進化を駆動してきた根本的な力だった可能性があるというのです。


この仮説は単なる思弁ではありません。研究チームは、小惑星ベンヌから持ち帰られたサンプルや、1969年にオーストラリアに落下したマーチソン隕石に含まれる有機物質を分析し、「意識の萌芽」とも呼べる現象の痕跡を探ろうとしています。もしこの理論が正しければ、私たちが考えてきた生命観、宇宙観、そして私たち自身の存在についての理解が根本から変わることになるでしょう。


 


量子の世界に潜む「意識の種」


富良野:この記事、意識が生命の前に存在していたかもしれないという話なんですが、Phronaさんはどう思われます?


Phrona:面白いですね!一般的には生命が複雑になって、脳ができて、それで意識が生まれたと考えられているのに。


富良野:そうなんです。でもペンローズとハメロフの理論では、量子力学の「重ね合わせ状態」の崩壊そのものが意識の正体だと考えるんです。コインを投げた時を想像してみてください。


Phrona:量子の世界では、コインが表と裏の両方で同時に存在できるということですよね。でも誰かが見た瞬間に、どちらか一方に決まってしまう。


富良野:まさにそれです。従来の解釈では「意識が観測することで量子状態が崩壊する」とされていたんですが、ペンローズは逆なんです。「量子状態の崩壊が意識を生み出す」と。


Phrona:なるほど...それって、観測する主体がいなくても、宇宙のどこかで絶えず量子の崩壊が起きていて、その度に小さな意識の瞬間が生まれているということでしょうか?


富良野:そうです。彼らはそれを「原意識」と呼んでいます。個別の、バラバラな意識の断片が、宇宙の始まりから存在していたと。最初はランダムで脈絡がないけれど、時々快楽的なものもあった。


Phrona:快楽を感じる分子...それは不思議な表現ですね。でもそう考えると、最初の原始スープの中で、分子たちが何かを「求めて」動き回っていたのかもしれません。


原始スープに宿った「欲望」


富良野:まさにそこが核心なんです。研究チームは、原始スープの中で「両親媒性分子」という特別な構造に注目しています。片方の端は油のような芳香環、もう片方は水に溶ける構造を持つ分子です。


Phrona:芳香環って、化学の教科書でよく見るベンゼン環みたいなものですか?炭素原子が輪っかになっているやつ。


富良野:そうです。そして重要なのは、この芳香環の周りには「パイ電子雲」という、非常に量子効果に敏感な電子の雲があることです。これが隣接する芳香環と量子もつれを起こせる。


Phrona:量子もつれ...離れていても瞬時に影響し合う、あの現象ですね。でも分子レベルでそんなことが可能なんでしょうか?


富良野:バンドーパディヤイの実験グループが実際に証明したんです。細胞の中の微小管というタンパク質構造体に、様々な周波数の電磁波を当てて導電性を測ったところ、「3つのグループが3つにまとまる」という特殊なパターンを発見しました。


Phrona:3つの3つ...なんだか数学的な美しさがありますね。これが「時間結晶」と関係があるんですか?


富良野:そうなんです。普通の結晶は空間的に繰り返しパターンを持ちますが、時間結晶は時間的にも繰り返すんです。エネルギーを消費せずに永続的に動き続ける、ある種の永久機関のような状態です。


Phrona:それって、まるで生命の鼓動みたいですね。心臓や呼吸のリズムのように、止まることなく繰り返される...。生命の根幹にあるリズムが、実は量子レベルの時間結晶だったということでしょうか?


麻酔が暴く意識の境界線


富良野:研究チームの検証方法が興味深いんです。意識は主観的で直接観測できませんが、麻酔は意識だけを選択的に遮断する。だから、麻酔で影響を受ける分子システムがあれば、それは意識に関連している可能性が高いと。


Phrona:なるほど、逆説的なアプローチですね。意識そのものは見えないけれど、それが失われる瞬間は観察できる。まるで影の輪郭から本体の形を推測するような。


富良野:そうです。そして彼らが注目しているのは、芳香環を含む分子です。ドーパミン、セロトニン、LSD、DMTなど、多くの精神活性物質も芳香環を持っている。


Phrona:あ、それは面白い発見ですね。意識を変化させる物質と、生命の基本構造に共通するパターンがある。これは偶然というより、何か根本的な関係がありそうです。


富良野:実際、脳の特定のタンパク質の中で、麻酔薬が作用する場所は芳香環に富んだ、量子効果が起きやすい領域なんです。つまり、意識を止める薬は、量子コヒーレンスを破壊することで効果を発揮している可能性があります。


Phrona:ということは、私たちの日常的な意識も、絶えず起こっている量子コヒーレンスの産物だということでしょうか?それは随分とはかない基盤の上に成り立っているんですね。


富良野:はかない、でも同時に宇宙的でもあります。この理論が正しければ、意識は個人の脳の中だけの現象ではなく、宇宙の基本構造と直接つながっている。


数学と美の宇宙的原理


富良野:ペンローズの理論の中で特に興味深いのは、ゲーデルの不完全性定理を意識の説明に使っていることです。複雑な形式システムには常に、そのシステム内では証明できない真の命題が存在する、というあの定理です。


Phrona:数学の限界を示した有名な定理ですね。でもそれが意識とどう関係するんでしょう?


富良野:ペンローズは、意識には「非計算可能」な側面があると主張するんです。つまり、古典的なコンピュータでは再現できないプロセスが意識には含まれている。そして、その非計算的な性質は量子物理学から来ていると。


Phrona:なるほど...だから量子の世界の法則が必要になるわけですね。でも、量子の選択はランダムではないんですか?


富良野:そこがまた興味深い点で、ペンローズは量子プロセスの選択が完全にランダムではなく、時空幾何学に内在する「プラトン的価値」に影響されると考えているんです。つまり、宇宙には何らかの美的・数学的な原理が組み込まれているということです。


宇宙からの手がかり


Phrona:ところで、彼らは実際にどうやってこの理論を検証しようとしているんですか?太古の意識なんて、どうやって探すのでしょう?


富良野:なんと、小惑星からのサンプルを使うんです。ダンテ・ラウレッタが指揮したNASAのOSIRIS-REx探査機が小惑星ベンヌから持ち帰った物質や、1969年にオーストラリアに落下したマーチソン隕石を分析しています。


Phrona:隕石から意識の痕跡を...?それはSFみたいな話ですね。でも考えてみれば、隕石は45億年前の太陽系の記録を保持している、いわば宇宙の化石ですものね。


富良野:そうです。特に注目しているのは「有機ナノグロビュール」という球状構造なんです。これがミセルに似ていて、複雑なパターンで配列した芳香分子を含んでいる。


Phrona:ミセル...原始スープでオパーリンが提唱した、生命の前駆体となった構造ですね。宇宙にも同じような構造があったということでしょうか?


富良野:マーチソン隕石から発見された「M-IOM-M」という分子のシミュレーションが興味深いんです。これが2ナノメートルの葉巻状二量体を形成し、線状フィラメントに自己組織化し、最終的に微小管そっくりの円筒構造になる。


Phrona:それは驚きです。地球の生命が使っている基本設計図が、すでに宇宙空間に存在していたということですか?


富良野:しかも、M-IOM-Mは「3つの3つ」のペタヘルツ振動を示し、RNAとも結合するんです。つまり、生命の兆候とされる8つの特徴のうち、4つをすでに満たしている。


Phrona:それは本当に「生命の兆候」と呼べそうですね。でも、これが本当に意識と関係があるかどうかは、どうやって確かめるのでしょう?


富良野:そこで麻酔実験なんです。もしこれらのサンプルが麻酔ガスで活動を阻害されれば、人間や動物の意識を遮断するのと同じメカニズムが働いている可能性がある。それが「意識の根源」の証拠になります。


進化論への新しい問いかけ


Phrona:でも、これって従来の進化論とはずいぶん違いますよね。ダーウィンの理論では、環境への適応が進化を駆動するとされているのに。


富良野:そこが最も革命的な部分かもしれません。この理論では、進化は意識の産物であって、逆ではないんです。原始的な快楽を求める傾向が、より複雑な生命形態への発展を促したと。


Phrona:快楽を求める分子...それは何とも人間的な動機ですね。まるで宇宙全体が、最初から何かを「欲している」かのようです。


富良野:考えてみれば、僕たちが日常的に感じる「生きる意欲」も、結局は快楽を求め、不快を避けようとする衝動ですからね。それが38億年前の原始スープから続いている根本的な性質だとしたら...


Phrona:生命と意識の境界が曖昧になってきますね。アメーバが餌に向かって移動するのも、岩が砂になって風に流されるのとは質的に違う。そこには何かしらの「意図」のようなものがある。


富良野:そうです。岩は自分を守ろうとしないけれど、アメーバは身を守ろうとする。この違いはどこから来るのか。従来の物理化学では説明が困難な問題です。


Phrona:でも意識が根本にあるとすれば、生命の「目的性」も自然に説明できる。分子レベルから始まって、細胞、個体、種族...すべてが快楽を最大化し、苦痛を最小化する方向に向かっている。


富良野:記憶、信念、予測、意図といった高度な認知機能も、この原始的な快楽追求システムの洗練された形なのかもしれません。生命は意識の乗り物になったと。


科学と哲学の交差点で


Phrona:この理論が正しいとすると、私たちの存在そのものについての理解が変わりますね。意識は脳の副産物ではなく、宇宙の基本的な性質だということになる。


富良野:確かに革命的ですが、同時に批判も多いんです。量子効果が温かく湿った脳の中で維持できるのか、意識の主観的体験をどう説明するのか、多くの課題があります。


Phrona:でも、考えてみれば、意識ほど身近でありながら謎めいたものはありませんよね。私たちは毎日それを体験しているのに、それが何なのか、どこから来るのか、まったく分からない。


富良野:ペンローズの理論の魅力は、量子力学の測定問題、意識のハードプロブレム、生命の起源という3つの大きな謎を、一つの原理で説明しようとしていることです。オッカムの剃刀の精神に従えば、よりシンプルな説明の方が真実に近いかもしれません。


Phrona:そして何より、検証可能だということが重要ですね。小惑星のサンプル分析や麻酔実験など、具体的な実験で確かめられる予測を立てている。


富良野:もしこの理論が実証されれば、私たちは単なる化学反応の集合体ではなく、宇宙の基本構造と直接つながった存在だということになります。それは科学的であると同時に、とても詩的でもありますね。


Phrona:意識が宇宙の根本にあるとすれば、私たちの内なる体験─喜びや悲しみ、美的感動や知的好奇心─も、単なる脳の電気信号ではなく、もっと深い宇宙的なリアリティの一部ということになりますね。


富良野:現在進行中の研究結果が楽しみです。ベンヌのサンプル分析で何が見つかるか、それによって私たちの世界観が本当に変わるかもしれません。



 

ポイント整理


  • 量子意識理論の核心

    • ペンローズは、意識が量子重ね合わせ状態の崩壊そのものであるとし、これまでの「意識が量子状態を崩壊させる」という解釈を逆転させました。

  • 原意識の概念

    • 宇宙の初期から、量子状態の客観的収束によって原始的な意識の瞬間が生じており、これが生命進化の駆動力となったという仮説です。

  • 芳香環の特殊な役割

    • 炭素原子の環状構造とパイ電子雲が量子効果に敏感で、生命の基本構造と精神活性物質の両方に共通して存在することが重要な手がかりとなっています。

  • 微小管の時間結晶特性

    • 細胞内の微小管が「3つの3つ」というパターンで振動し、エネルギーを消費せずに持続する時間結晶として機能することが実験的に確認されています。

  • 麻酔による検証方法

    • 意識を選択的に遮断する麻酔薬の作用メカニズムを逆手に取り、麻酔で影響を受ける分子システムを意識の指標として活用する独創的なアプローチです。

  • 宇宙からの証拠探索

    • 小惑星ベンヌ(OSIRIS-REx探査機による)と小惑星リュウグウ(日本の探査機による)から持ち帰られたサンプル、およびマーチソン隕石に含まれる有機ナノグロビュールの分析により、生命の兆候として以下8つの特徴を調査しています。

      • 1)芳香環間のコヒーレント振動

      • 2)周波数間位相結合と共鳴

      • 3)フォノン振動を伴う量子光学蛍光

      • 4)時間結晶行動

      • 5)分離した芳香環間の量子もつれ

      • 6)地球外多環芳香族炭化水素の精神薬理学的効果

      • 7)自己複製・自己組織化

      • 8)遺伝物質との相互作用。

  • 進化論への新たな視点

    • 環境適応ではなく、原始的な快楽追求が生命進化の根本的動機であるという、従来の進化理論に対する根本的な再考を提起しています。

  • ゲーデルの不完全性定理との関連

    • ペンローズは、意識が量子状態崩壊によって生じるという主張を、ゲーデルの不完全性定理を援用して支持しています。意識は「非計算可能」なプロセスであり、古典物理学の枠を超えた量子物理学の法則に基づくと論じています。

  • プラトン的価値による選択

    • 量子プロセスは非計算的・非アルゴリズム的でありながらランダムではなく、時空幾何学に内在する「プラトン的価値」によって影響を受けるとされています。



キーワード解説


量子重ね合わせ (Quantum Superposition) 】

量子粒子が複数の状態を同時に持つ現象


客観的収束 (Objective Reduction, OR)

時空幾何学の閾値により自発的に起こる量子状態の崩壊


原意識 (Proto-consciousness)

個別でランダムな原始的意識の瞬間


オーケストレーテッドOR (Orchestrated OR, Orch OR)

生物学的に組織化された客観的収束による意識理論


微小管 (Microtubules)

細胞内の構造タンパク質で意識の量子過程の場とされる


芳香環 (Aromatic Rings)

ベンゼン環のような炭素原子の環状構造


パイ電子雲 (Pi Electron Cloud)

芳香環周辺の非局在化した電子の雲


時間結晶 (Time Crystal)

時間的に周期的なパターンを持つ物質の状態


両親媒性分子 (Amphipathic Molecules)

親水性と疎水性の両方の性質を持つ分子


ミセル (Micelles)

両親媒性分子が形成する球状構造体


多環芳香族炭化水素 (PAHs)

複数の芳香環が結合した有機化合物


ナノグロビュール (Nanoglobules)

隕石中の球状有機物質粒子


フレーリッヒコヒーレンス (Fröhlich Coherence)

生体分子におけるレーザー様の量子コヒーレント振動


有機ナノグロビュール (Organic Nanoglobules)

小惑星サンプル中の球状有機物質構造体


M-IOM-M

マーチソン隕石不溶性有機物質分子の略称


OSIRIS-REx探査機

NASAが小惑星ベンヌのサンプル採取に使用した宇宙探査機


オパーリンのミセル理論

生命起源における原始細胞の前駆体としてのミセル構造


客観的閾値 (Objective Threshold)

量子状態崩壊を引き起こす時空幾何学的条件



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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