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戦略の名手たちが勝つ理由──不確実な時代に成功する戦略の法則

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Alejandro Krell et al. "How Strategy Champions win" (McKinsey Quarterly, 2025年7月14日)

  • 概要: 400社以上の戦略実践を分析し、「戦略チャンピオン」と「戦略敗者」の違いを12の戦略要素から体系的に解明した研究。特に戦略の動員フェーズが成功の鍵であることを明らかにしている。



なぜ同じような業界環境にいるのに、一部の企業だけが群を抜いて成功を収めるのでしょうか。特に今のような予測困難な時代において、その差はますます広がっているのです。


McKinseyの最新調査では、企業の戦略成功率が過去15年間で40%も低下していることが明らかになりました。2010年に戦略品質の基準を満たしていた企業は35%でしたが、2024年には21%まで落ち込んでいます。しかし、その一方で戦略の成否による企業価値の格差は過去20年間で2倍に拡大しているという興味深い現象が起こっています。


今回は、富良野とPhronaの二人が、この「戦略チャンピオン」と呼ばれる企業群の成功の秘密について語り合います。彼らは戦略の設計だけでなく、それを組織に浸透させる「動員」フェーズで特に優れているという発見に注目し、現代の不確実性の高い環境で求められる戦略能力の変化について考察していきます。読み終わる頃には、なぜ多くの企業が戦略で苦戦する中、一部の企業だけが圧倒的な成果を上げ続けられるのか、その構造的な違いが見えてくるでしょう。




戦略の品質が下がっている現実


富良野:最近の企業戦略を見ていて、なんというか、みんな苦戦してるなあという印象があるんですが、この調査結果は衝撃的ですね。戦略品質の基準をクリアできる企業が15年間で35%から21%まで落ちてるって。


Phrona:それだけ世界が複雑になったということでしょうか。世界不確実性指数というものがあるんですが、1990年以降に不確実性が2倍以上になってるらしいんです。AIの急速な進歩、地政学的な緊張、新しいビジネスモデルの登場...考慮すべき変数がどんどん増えてますよね。


富良野:一方で面白いのは、戦略の成否による格差が広がってることなんです。経済利益のパワーカーブという概念があって、上位20%の企業が全体の経済余剰の90%近くを獲得している。そして下位20%は同じくらい大きな価値破壊の穴を掘ってる。


Phrona:つまり、戦略で勝つ企業と負ける企業の差がますます大きくなってるということですね。中途半端な戦略では、もはや生き残れない時代になったと。


富良野:そうなんです。10年間でパワーカーブの中位から上位に上がれる企業は10社に1社だけ。戦略の重要性は高まってるのに、成功する企業は減ってる。この矛盾が今の経営環境の厳しさを物語ってますね。


戦略チャンピオンの秘密:動員フェーズが鍵


Phrona:でも、その10社に1社の戦略チャンピオンは何が違うんでしょう?普通に考えると、戦略の設計が上手いとか、実行力があるとか想像しますが。


富良野:それが意外な発見なんです。戦略には設計、動員、実行の3つのフェーズがあるんですが、チャンピオンと敗者の最大の差は「動員」にあったんです。戦略的選択を組織の準備状態に変換する、この中間フェーズですね。


Phrona:動員...戦略を決めただけでは駄目で、それを組織全体が実際に動けるようにする段階ということですか。確かに、どんなに良い戦略を作っても、現場の人たちが理解して動けなければ意味がないですもんね。


富良野:まさにそこです。例えば、Nvidiaは主要プロジェクトや戦略的決定に「パイロット・イン・コマンド」を任命する。役職や序列に関係なく、その取り組みに最適なリーダーを選ぶんです。つまり、戦略を個人レベルに落とし込んで、明確な責任とインセンティブを与えてる。


Phrona:人の心が動かないと、どんな立派な戦略も絵に描いた餅になってしまう。戦略チャンピオンは、戦略を具体的な取り組みに細分化して、リソースを再配分し、計画や予算に組み込むのが上手いんですね。


富良野:スタンフォード大学のジェフリー・フェファー教授が「知識と実行のギャップ」と呼んでいる問題を、チャンピオンは体系的に解決してるんです。短期的な意思決定を長期戦略と一致させ続けている。


設計段階での差:トレンドの見極めと大胆さ


Phrona:でも設計段階でも、チャンピオンには特徴があるんですよね?


富良野:はい。特に際立つのは、事業に最大の影響を与えるトレンドを特定する能力です。アマゾンの創設者ジェフ・ベゾスが2016年の株主への手紙で、「外部トレンドの積極的な採用」を破綻や停滞を避ける4つの方法の一つに挙げています。


Phrona:トレンドと戦うのではなく、受け入れて追い風にする発想ですね。でも、どのトレンドが本当に重要なのかを見極めるのは難しそう。


富良野:そこで重要になるのが、もう一つの特徴である「大胆な戦略へのコミット」なんです。不確実な未来に向けて、一貫性のある明確な戦略的行動を選択する。これにはCEO、経営陣、取締役会の戦略的勇気が必要です。


Phrona:ナイジェリアのダンゴート・インダストリーズのアリコ・ダンゴテCEOの話が印象的ですね。「リーダーは最も大胆な人でなければならない」「大きく考え、大きく夢見て、大きなことをせよ」という哲学。


富良野:大胆さは確かに重要ですが、それだけでは不十分です。チャンピオンは戦略を説得力のある物語として紡ぐのも上手い。リソース配分を導く価値創造のアジェンダとして、戦略を語れるんです。


実行段階:継続的な学習と適応


Phrona:実行段階では何が違うんでしょう?


富良野:チャンピオンは受動的に進捗を追跡するのではなく、積極的にパフォーマンスを管理してるんです。配信を阻む障壁を特定して取り除き、実行チームを継続的にサポートしている。


Phrona:シンガポールのDBS銀行の例が面白いですね。デジタル変革戦略を実現するために、パフォーマンス管理のアプローチを再定義して、バランススコアカードを戦略と密接に連携させた。


富良野:そして何より重要なのは、戦略をテストし、学習し、必要に応じて適応させる能力です。戦略設計時に行った各選択の仮定と根拠を明確に文書化しておく。


Phrona:ベストバイのヒューバート・ジョリー元CEOの「自転車理論」は印象的でした。止まっている自転車を操縦するのは難しいけれど、動いている自転車なら方向修正できる、という考え方。


富良野:まさに。仮定を文書化せず、仮説を継続的にテストしない企業は、実行の問題なのか戦略仮説の失敗なのかを区別できずに、欠陥のあるアプローチに投資し続けてしまう。チャンピオンは賢い適応ができるんです。


不確実性レベルによる戦略の使い分け


Phrona:でも、これらの能力って、どんな状況でも同じように必要なんでしょうか?


富良野:それが興味深い発見なんです。戦略チャンピオンは、面している不確実性のレベルに応じて、適切な強みを発揮してるんです。つまり、状況に応じて戦略アプローチを変えている。


Phrona:不確実性が低いときと高いときで、求められる能力が違うということですか?


富良野:そうです。不確実性が低い安定した環境では、チャンピオンは価値創造的な大胆な行動を探求することを優先する。規模、範囲、イノベーション能力を活用して競争力学を変える。ウォルマートのサプライチェーン自動化への大規模投資や、ディズニーの体系的なコンテンツフランチャイズ買収なんかがそうですね。


Phrona:安定した時代に現状を変えるには、確固たる信念が必要なんですね。競争優位性を正直に評価できない企業は、大胆な行動をとる基盤も、困難な時に押し通すリーダーシップの決意も欠いてしまう。


富良野:一方、変化や不安定性の時代には、チャンピオンの最も特徴的な能力は、大胆な行動の探求から戦略的課題への合意形成にシフトします。複数の未来が可能に見えるとき、機会を見つけたり創出したりすることよりも、選択した機会とリスク管理のアプローチに確信を持って合意することに集中する。


Phrona:マイクロソフトのサティア・ナデラCEOの例がまさにそれですね。Windowsの収益を守るのではなく、クラウドファーストの会社になるという目標で取締役会と組織を統一した。


戦略の技法をマスターするには


富良野:じゃあ、戦略チャンピオンになりたい組織は何から始めればいいんでしょうね。


Phrona:調査結果によると、まずは戦略について明確で共有された基準を設定することから始めるべきらしいです。戦略敗者は、質の高い戦略とは何かについてほとんど合意がないことがチャンピオンの2倍近く多い。


富良野:戦略というのは、しばしば誤解される概念なんですよね。理解不足が非生産的な議論や欠陥のある意思決定につながる。アマゾンは「タイプ1」決定(不可逆的またはほぼ不可逆的)と「タイプ2」決定(比較的短期的な影響)を区別して、経営陣の注意を適切に配分している。


Phrona:6ページメモの実践で明確な思考を重視したり、メルカドリブレの90-10システムで、10%の高いリスクを伴う不可逆的な決定は協働で管理する一方、90%の決定はリーダーに完全に権限を与える。こういう共通理解があると、意思決定スピードが上がるんですね。


富良野:実際、チャンピオンは適切なスピードで戦略的意思決定を一貫して行う可能性が敗者の1.7倍高い。そして、戦略能力の向上に専用予算を持つ可能性は2倍、そうした能力への投資に対する経営陣全体の支援を得る可能性は3分の1高いんです。


Phrona:ロールス・ロイスのトゥファン・エルギンビルギッチCEOの例も興味深いですね。明確な選択を行うことを中心とした戦略的見直しを開始し、約500人のリーダーを巻き込んだ「必要なカオス」なプロセスを実施した。


富良野:戦略室で選択を行うことで、戦略が完了する頃には組織全体が一致する、という考え方ですね。これは単にロールス・ロイスの戦略的方向性を変えただけでなく、質の高い戦略とは何か、何が必要かについて意識を合わせたんです。




ポイント整理


  • 不確実性の増大と戦略品質の低下

    • 世界不確実性指数は1990年以降2倍以上に増加し、戦略品質基準をクリアする企業は15年間で35%から21%に低下している。一方で、AIの進歩、地政学的緊張、新ビジネスモデルの登場により、戦略立案で考慮すべき変数が急激に増加している。

  • 経済利益パワーカーブの拡大

    • 上位20%の企業が全経済余剰の90%近くを獲得し、下位20%は同規模の価値破壊を起こしている。上位企業の平均利得と下位企業の平均損失の格差は過去20年間で2倍に拡大し、10年間で中位から上位に移れる企業は10社に1社のみである。

  • 動員フェーズの重要性

    • 戦略チャンピオンと敗者の最大の差は「動員」フェーズにあり、これは戦略的選択を組織準備状態に変換する段階である。Nvidiaのように役職に関係なく最適なリーダーを「パイロット・イン・コマンド」に任命し、明確な責任とインセンティブを設定することが重要である。

  • 設計段階での差別化要因

    • 事業に最大影響を与えるトレンドの特定能力が最も重要で、ベゾスの言う「外部トレンドの積極的採用」により追い風を得る。不確実な未来に向けた大胆な戦略コミットには、CEO、経営陣、取締役会の戦略的勇気が必要で、戦略を説得力のある価値創造アジェンダとして物語化する能力も重要である。

  • 実行段階での積極的管理

    • 受動的な進捗追跡ではなく、配信を阻む障壁の特定・除去と実行チームの継続的サポートを行う。DBS銀行のようにバランススコアカードを戦略と密接に連携させ、戦略設計時の仮定と根拠を明確に文書化して継続的なテストと学習を可能にする。

  • 不確実性レベル別の戦略アプローチ

    • 低不確実性環境では価値創造的な大胆行動の探求を優先し、規模・範囲・イノベーション能力で競争力学を変える。高不確実性環境では戦略的課題への合意形成にシフトし、選択した機会とリスク管理アプローチに確信を持って合意することに集中する。

  • 戦略技法マスターの要件

    • 質の高い戦略についての明確で共有された基準設定から開始し、アマゾンの「タイプ1/2決定」区別のような共通言語を確立する。戦略能力向上への専用予算と経営陣全体の支援、そして組織全体を巻き込んだ戦略プロセスによる意識合わせが必要である。


キーワード解説


【戦略チャンピオン

経済利益パワーカーブの上位に移動・維持する企業群


【経済利益パワーカーブ

企業の経済利益分布を示すグラフで上位企業が圧倒的な価値を獲得する構造


【戦略の動員フェーズ

戦略的選択を組織の実行準備状態に変換する重要な中間段階


【McKinseyの戦略10テスト

戦略品質を評価する体系的フレームワーク


【世界不確実性指数

全世界の不確実性レベルを測定する経済指標


【知識と実行のギャップ

戦略を知っていることと実際に実行することの間の溝


【タイプ1/2決定

Amazonの意思決定分類で不可逆性の度合いによる区別


【パイロット・イン・コマンド

Nvidiaが戦略プロジェクトに任命する最適リーダー制度


【自転車理論

Best Buy元CEOの動きながら方向修正する戦略適応論


【戦略的勇気

不確実性下で大胆な戦略選択を行う経営陣の意志力



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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