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技術と知識と秩序の話──トランプ政権によるハーバード攻撃の奥にあるもの 《その2》


シリーズ: 行雲流水


技術と知識と秩序の話──トランプ政権によるハーバード制裁の奥にあるもの

と題して、トランプ政権の言動に見え隠れする「反知性主義」をめぐって始まった富良野とPhronaの仮想対話。

そこから浮かび上がったのは、「歴史上、情報技術のイノベーションが、知や真実の構造そのものを変えてきた」という富良野の見立てでした。今回の対話は、そこからさらに踏み込みます。



富良野:そうなんですよ。ただ、枢軸時代以降の展開って、私たちが想像するほど単純ではなかったと思うんです。理性や論理の基盤は確かに整えられましたが、それが宗教的権威と単純に対立したわけではない。むしろ、両者は複雑に絡み合いながら、知の枠組みを共に形づくっていったのではないでしょうか。


Phrona:どういう意味ですか?


富良野:たとえば中世ヨーロッパを見てみてください。キリスト教が社会の中心にあったのは確かですが、同時に「なぜ聖書は真実なのか」「聖書の教えをどう理解すべきか」という問いに対して、神学者たちは非常に理性的な探究を重ねていました。


Phrona:なるほど。単に権威を鵜呑みにするのではなく、その正統性を論理的に説明しようとする知的努力があった、ということですね。


富良野:そうです。たとえばトマス・アクィナスがアリストテレス哲学をキリスト教神学に統合したのも、単なる制度化ではなく、「理性と信仰をどう調和させるか」という挑戦だったと思うんです。理性は信仰の敵ではなく、むしろ神の真理を理解するための手段とされていた。


Phrona:確かに。スコラ哲学なんて、論理的な分析と信仰的確信が緻密に編み合わされた知の体系ですよね。アンセルムスの「理解するために信じる」という姿勢も、まさにその精神を象徴していると思います。


富良野:だから中世の知的世界は、決して「盲目的な権威主義」ではなかった。聖書の解釈をめぐって激しい議論もあったし、異端とされた思想も含めて、実はかなり多様で動的な知的探究が行われていたんです。


Phrona:でも、そうした探究も基本的にはキリスト教という大きな枠組みの中でのものでしたよね。枢軸時代に生まれた理性的探究の精神が、宗教的権威と複雑に絡み合いながら継承され、展開されていったというか。


富良野:その通りです。そして、先ほどの「情報技術のイノベーションが知や真実のあり方を変える」という歴史的パターンで言えば、次の大きな転換点がまさに活版印刷技術の登場だったんですよ。


Phrona:ああ、口承から文字、文字の標準化という流れの次に来るのが印刷技術というわけですね。これもまた、情報技術としての革命的イノベーションでした。


富良野:そう。ただ、これも単純に「宗教から世俗へ」といった直線的な「世俗化」として理解するのは違う気がします。


Phrona:どういう意味ですか?


富良野:たしかに、印刷によって本が大量生産され、価格も劇的に下がった。かつては農民の年収に相当したラテン語の聖書が、数日分の賃金で手に入るようになった。でも重要なのは、それによって「聖書の探究」そのものが民主化されたということだと思うんです。


Phrona:ああ、なるほど。ルターがドイツ語に翻訳した聖書が印刷を通じて広まったことで、一般の人々が神の言葉に直接触れられるようになった。でもそれは、信仰を弱めたというより、むしろ個人が聖書と直接向き合い、自らの解釈を持つという文化を生み出したということですね。


富良野:まさに。そしてこの変化は、確かにそれまでの権威構造には大きな脅威だった。でもそれは単なる「教会対民衆」という二項対立ではなく、「解釈の独占」から「解釈の多様化」への転換だったと見るべきかもしれません。


Phrona:たしかに。カトリックとプロテスタントの対立にとどまらず、プロテスタント内部でもルター派、カルヴァン派、英国国教会などに分裂していって、それぞれが「自分たちの解釈こそ正しい」と主張するようになった。でもこれは、宗教的信念の弱体化を意味するというより、むしろ信仰の在り方が多様化し、より主体的な探究へと広がっていったと捉えることもできそうですね。


富良野:そう、むしろ宗教的探究の活性化と多様化が進んだと言える。そしてこの変化は宗教の領域だけでなく、科学の領域にも及びました。たとえば、コペルニクスの『天体の回転について』が印刷によって広まり、地動説をめぐる議論が活発になった。


Phrona:ガリレオの宗教裁判なんて、まさに新しい観察と論証の方法と、従来の聖書的世界観との衝突の象徴でしたよね。でも、ガリレオ自身は無神論者ではなく、「神が与えた二つの書物」──つまり聖書と自然──の両方を読むことが真理に近づく道だと考えていた。


富良野:その視点は重要です。印刷技術の登場によって、異端的思想や科学的発見が広範に拡散するようになったけれど、それは単純な「宗教 vs. 科学」の構図を生んだのではなく、むしろ真理の探究の方法が多様化したという側面のほうが大きいんじゃないでしょうか。


Phrona: でもちょっと待ってください。それって少し単純化しすぎじゃないですか?確かに多様化は起きたけれど、同時に宗教戦争や魔女狩りみたいな悲惨な現象も生まれたわけでしょう?印刷技術が必ずしも「良い多様化」だけをもたらしたわけではないと思うんですが。


富良野: それは確かにおっしゃる通りです。印刷技術は確かに知識の民主化を進めましたが、同時にデマや偏見の拡散も加速させた。魔女狩りの手引書が印刷されて各地に広まったのも事実ですしね。


Phrona: つまり、印刷という技術が登場したことで、「知」や「真実」をめぐるまったく新しい問題が生まれた。以前は特定の権威の解釈が中心だったのが、印刷によって多様な解釈が並列的に流通するようになった。でもそれは必ずしも「真実に近づく」ことを意味しなかった。むしろ、混乱や対立が激化したケースも少なくなかったのでは?


富良野:そうですね。読者が複数の本を比較しながら考えることができるようになったのは確かだけれど、その一方で「どれが正しいのか分からない」という不安も新たに生まれた。批判的思考が促された反面、情報の氾濫に圧倒されて判断が難しくなるという側面もあったと思います。


Phrona: それから、印刷技術は世俗的な知識の発展にも大きく影響しましたよね。商業や技術に関する実用書とか、地図や暦などが大量に印刷されて、宗教とは違う次元の知識体系が形づくられていきました。


富良野: ええ、中世までは知識といえばほとんど神学一辺倒だったのが、印刷技術のおかげで実用的で世俗的な知識も価値を持つようになったわけですよね。


Phrona: もちろん、中世以前にも世俗的な知識は存在していた訳ですが、そうした古典的な知識が再発見されたり、再評価されたりする大きなきっかけが印刷技術だったと言えると思います。


富良野:そして、この変化は政治にも影響を与えましたよね。印刷物を通じて政治的な議論や批判が広がり、絶対王政に対しても疑問が投げかけられるようになりました。


Phrona: フランス革命なんて、パンフレットや新聞が果たした役割を無視できませんよね。ヴォルテールやルソーの思想が印刷物で広まって、従来の「王権神授説」に対する批判的な世論が形成された。


富良野:活版印刷がもたらしたのは単なる情報の流通だけではなく、「何が真実で、どんな知識が正当なのか」という社会における「知」や「真実」の基盤そのものを揺るがすことでした。その結果、正統性の根拠も変化し、代表制民主主義を支える「公共的な議論」の基盤が整ったのだと考えています。


Phrona: なるほど、活版印刷によって多様な議論の場が生まれ、「王権神授説」のような絶対的な正統性を持つ政治理論が次第に通用しにくくなった。その結果、統治の正統性が「神の意志」から公共的な議論を通じて再構築される新たな統治の形へ移行していった、ということですね。


富良野:その通りです。情報技術の進歩は、「知」や「真実」が社会的に作られるプロセス自体を変化させ、そうしたプロセスを基盤として正統性を維持してきた従来の社会統治も、変化を余儀なくされたのだと思います。啓蒙思想以後の試行錯誤を経て成立した国民国家、近代官僚制、代表制民主主義といった新しい統治形態も、活版印刷による情報革命に対する反応だったという側面があるかもしれません。


Phrona: 同じ言語で書かれた印刷物が地域を超えた共通意識を生み、ナショナリズムの基盤になった訳ですね。 ベネディクト・アンダーソンの言う「想像の共同体」が国民国家を可能にした、と。


富良野:近代官僚制もまたそうです。法や行政手続きの標準化と文書化が印刷技術で可能になり、血統ではなく能力で選抜する、メリトクラシーの理論的基盤ができました。中世の人格的関係に基づく封建制から、抽象的制度に基づく近代国家への転換は、まさに印刷技術が持つ抽象化能力の飛躍的向上の産物ではないでしょうか。


Phrona: ただ、イギリスの名誉革命とフランス革命の展開が全く異なっているように、同じ印刷技術が存在しても、国ごとの統治制度の発展は多様でしたよね。技術以外の要素も大きいと思いますが。


富良野:それは間違いないですね。技術がすべてを決定するわけではなく、経済状況や地理的条件、それまでの社会構造など、多くの要素が絡み合って影響を及ぼしているということだと思います。


Phrona: ところで、16世紀のカトリック教会からすると、宗教改革ってどう映ったと思います?長い年月をかけて蓄積された神学の知識を、素人が「聖書を読んだだけ」で否定するように見えたんじゃないでしょうか。


富良野:ああ、それは興味深い視点ですね。教父の解釈や教会会議の決定といった伝統的な学問を軽視して、パンフレットなどの印刷物を通じた感情的な扇動が広がった。個人の「直感的理解」が、長年積み重ねてきた専門的知見を上回ると主張したわけですから、専門家には暴挙に見えたでしょうね。


Phrona: それこそ既存の秩序を守ろうとする人々にとっては、「反知性主義」や「ポスト真実」だったように思います。


富良野:トマス・モアが『ユートピア』の中で印刷文化に批判的だったのも、まさに同じ文脈ですね。「誰でも本を読んで自分の意見を持てることが、必ずしも良いこととは限らない」と危惧していました。


Phrona: 名誉革命やフランス革命も今でこそ肯定的に評価されますが、絶対王政を当然として育った人々からすれば、「ポスト真実」や「反知性主義」と呼べるような衝撃的な出来事だったんじゃないでしょうか。


富良野:同感です。王党派からすれば、何世紀も続いてきた神聖な秩序を不確かな「理性」で破壊し、「国民主権」などという新奇な概念を掲げる民衆が印刷物に踊らされて暴走しているように映ったでしょうね。


Phrona: 「神が定めた秩序に従うことこそ理性的」とする王党派と、「人民の意志に従うことが理性的」とする革命派。どちらもそれぞれの立場で合理的だったわけですね。


富良野:そう考えると、「反知性主義」は一概に悪いとは言い切れないのかもしれません。情報技術の革新に伴う混乱や対立の中では、ある意味自然な反応とも考えられますね。


Phrona:で、活版印刷の次の大きな情報技術のイノベーションとなると、電報と電話ということになりますかね?


富良野:そうですね。やはり19世紀の電信技術は革命的でしたよね。1840年代から普及した電報によって、それまで馬や船でしか運べなかった情報が瞬時に大陸を横断できるようになったわけですから。


Phrona: ロイター通信なんか、まさに電報を活用した国際ニュース配信で成長した会社でしたよね。


富良野:ただ電報って、単に情報の伝達速度を劇的に変えただけじゃなくて、社会における情報の扱われ方そのものを大きく変えた気がします。


Phrona: それはどういうことでしょう?


富良野:電報以前は、情報が届くまで数日から数週間かかることが普通でしたから、それに応じて判断にもじっくり時間をかけることが当然だった。でも電報時代になると、情報が瞬時に届くようになったことで、判断もまた瞬時に行うことが求められるようになったんです。


Phrona: ああ、なるほど。競争相手も同じ情報をほぼ同時に入手している可能性があるので、悠長に構えていると機会を逃したり手遅れになるリスクが高まったということですね。株式取引はその典型ですよね。電報以前なら、例えばロンドン市場の情報が船で1~2週間かけてニューヨークに届いても、それを見てゆっくり判断しても間に合った。でも電報が登場すると、ロンドンの情報が数分でニューヨークに届くようになって、他の投資家も同時に情報を受け取るため、即断即決しないと機会損失に直結してしまうわけですね。


富良野:軍事作戦でも同じことが言えます。以前は前線からの報告が数日かけて本国に届いて、そこからじっくり会議を開いて対応策を練る余裕がありました。でも電報で報告が数時間で届くようになると、敵も同じスピード感で動いている可能性を考えざるを得なくなり、即座の対応が求められるようになりました。


Phrona: つまり、電報が変えたのは単に情報の伝達速度だけでなく、社会全体が情報にどのくらい迅速に対応すべきかという「期待値」そのものだった、ということですね。


富良野:はい、それによって、情報の真偽を慎重に検討したり、多角的に吟味したりするための時間が、構造的に削られていったのだと思うんです。情報伝達が高速化すると競争自体も加速し、迅速な意思決定を迫る強い圧力が生まれます。その結果として、情報の真偽をじっくりと判断する余裕が失われてしまいました。こうした構造的な変化こそが、電報時代以降の情報との向き合い方、さらには社会における「真実」や「知」のあり方を根本的に変えたのではないでしょうか。


Phrona: 面白い視点ですね。先ほど富良野さんが「電報は情報の扱われ自体を変えた」と言っていましたが、今のお話を聞いていて、それだけでなく、社会が情報に対して抱く期待値も変えたように感じました。現代の私たちにもつながるような、「情報完璧主義」とも言うべき新しい執着を生み出すきっかけになったのではないでしょうか?


富良野:「情報完璧主義」ですか?それは具体的にどういう意味でしょうか?


Phrona: 電報以前の社会は、ある意味で情報の不確実性を当然の前提として受け入れていたと思うんです。情報は不完全で不確かなものであるのが当たり前だったので、複数の情報源を比較したり、時間をかけて吟味したりするのが自然なプロセスでした。「現時点で分からないことは分からない」と認める余裕もあった。つまり、不確実な状況の中で意思決定することが、普通だったわけです。


富良野: なるほど。ところが電報が登場したことで、「正確で完全な情報がすぐに得られるはずだ」という新しい期待、あるいは強迫観念に近いものが生まれた、ということですね。


Phrona: はい。そして、「完璧な情報が手に入らないのは、誰かの怠慢や無能のせいだ」と考えられるようになり、それまである程度許容されていた情報の不確実性が、「努力や技術によって解決すべき問題」へと変わってしまったんです。その結果、「完璧な情報に基づいて完璧な判断をしなければならない」というプレッシャーが社会全体に広がっていったのだと思います。


富良野:1876年にベルが発明した電話も、特に都市部では急速に普及して、「情報完璧主義」をさらに複雑化させましたよね。Phrona: そうですね。電報が文字として記録に残るのに対して、電話は基本的に音声だけで、その場限りで消えてしまいます。皮肉にも、この特性が電報によって高まった「完璧な情報」への期待を、ある意味で裏切る結果になったわけです。


富良野:「確かに言った」「確かに聞いた」と思っても、物的証拠が残らないわけですから、厳密には「完璧な情報」とは言えませんよね。密室での電話外交などはまさにその典型で、公式記録と実際の口頭での約束やニュアンスとの乖離が、新たな問題を生むことになりました。


Phrona: この「完璧な情報」を求める文化への変化は、単に情報の扱い方が変わったという表面的な話だけじゃない気がします。もう少し深い、価値観レベルの変化だったんじゃないでしょうか。情報が不確かなのを「ある程度仕方ない」と受け入れる姿勢から、「徹底的になくそう」とする姿勢へ。じっくり時間をかけて慎重に考えることより、即座に確定させることを求めるようになり、物事を多面的に理解することよりも、「唯一の正解」を見つけ出すことに社会全体が傾いていったように思います。


富良野:「唯一の正しい情報がどこかに必ず存在する」という発想は、もともと近代国家が持っている中央集権的な性質と非常に親和性が高い気がします。


Phrona: そうですね。「唯一の正しい情報」を決めようとすると、情報を中央政府が一元的に集約し、その内容や解釈までを直接管理しようという動きに拍車がかかることになりますからね。


富良野:そして、電信技術による情報伝達の即時性というのは、交通手段の進化と並んで、欧米列強による帝国主義的な領土拡張と統治を可能にする決定的な要素になりましたよね。

Phrona: ええ、世界史における帝国主義の時代の始まりは一般に1870年代頃とされますけど、それに先立って1850年代半ばには、イギリスが中心となって海底ケーブルの敷設に着手し、国際的な電信網の整備への動きが始まっています。


富良野:ちょうどその頃の1857年にインド大反乱が起きますが、これを鎮圧したイギリスはインドを直接支配下に置いて、より強力な中央集権的な統治体制を築いていく。その際に電信網の整備も大幅に加速しているわけです。その後もイギリスはエジプトや南アフリカなど世界中の植民地に交通網とともに電信網を広げていって、ロンドンの中央政府が各地の情勢をリアルタイムで把握し、軍事的・政治的な指示を迅速に出せる仕組みを作っていきました。


Phrona: フランスも同じですよね。アルジェリアやインドシナに電信網を設置して、中央政府がより効率的に統治できるようにしましたし、各地での反乱や抵抗運動にも素早く対応できる体制を築きました。また、ロシア帝国やドイツ帝国も広大な領土を電信網で結んで、中央政府が地方行政や軍事行動を精密にコントロールできるようになりました。電信技術の登場によって、中央集権的な統治システムがより広域に、そしてより精密に機能できるようになったのは間違いないですね。


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