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日韓海峡圏統合戦略:バルト海地域の成功に学ぶ経済的合理性と政策提言

更新日:1月22日




シリーズ: 行雲流水


はじめに


日本と韓国が隔てられた海峡を越えて経済圏を統合することは、両国の地方経済にとって大きな飛躍となりうる。事実、九州北部と韓国南東部を含む「日韓海峡圏」は約2,000万人の人口を擁し、その域内総生産(GRDP)は2002年時点で3,688億ドルに達し、オーストラリアやオランダの国家規模を上回る。これだけの経済ポテンシャルを持ちながら、同地域の越境経済協力は言語の違いや情報不足、商慣習の差異などにより進展が遅れてきた。しかし欧州に目を向ければ、国境を越えた地域統合が経済発展の強力な原動力となった成功例が存在する。本稿では、バルト海地域(北欧)の事例と比較しつつ、日韓海峡経済圏の統合による経済的便益を定量的・定性的エビデンスとともに示し、想定される障壁を乗り越えるための段階的な政策方策を提言する。特に脱炭素・デジタル・物流統合の三本柱に沿って、国際比較を交えた政策デザインを提示し、統合推進の経済的合理性を強調する。



欧州に学ぶ越境地域統合の成功事例


オーレスン地域:橋が生んだ単一経済圏の奇跡


デンマークの首都コペンハーゲンとスウェーデン南部マルメを結ぶオーレスン地域は、2000年の海峡大橋(Öresund Bridge)開通によって劇的な統合効果をあげた例である。全長16kmの橋とトンネルの複合リンクは、両都市間の移動時間をフェリー利用時の約1時間から車・鉄道利用で約10分に短縮し、地域経済を実質的に一体化させた。その結果、コペンハーゲンとマルメ間の通勤者数は橋開通後に10倍に増加し、両都市圏は単一の労働市場を形成した。人の移動の円滑化は企業活動にも波及し、高失業率に悩んでいたマルメ側ではコペンハーゲンの人手不足を補う雇用が生まれ、逆に地価や労働コストの低いマルメ側にコペンハーゲンの企業が進出する動きも促進された。実際、オーレスン橋は地域に推定3~4万の新規雇用をもたらしたとされる。また橋の建設費は約40億ドル(2000年時点)にのぼったが、ビジネス売上高は地域全体で20%以上拡大し、経済効果がコストを上回ったことが確認されている。オーレスン地域は現在、人口約370万人規模の統合経済圏を形成し、バイオ医薬(メディコンバレー)や食品、ITなどの分野で国境を超えた産業クラスターを育成している。このように越境インフラ投資と制度連携により、地域GDP増・雇用創出・企業誘致など多方面で便益が困難を上回ることが実証されたのである。


ヘルシンキ・タリン連携:双子都市圏構想とトンネル計画


フィンランドのヘルシンキとエストニアのタリンは、バルト海を挟んだ距離80kmの向かい合う首都であり、EU拡大後に人的・経済的交流が急増した組み合わせである。現在でも年間約900万人もの人々がフェリーで両市間を行き来し、何万人ものエストニア人労働者がヘルシンキ都市圏で週単位の通勤をしている。この両都市を結ぶ全長約103kmの鉄道トンネル(FinEstトンネル)構想は、移動時間を高速フェリーの約1時間半から電車で約30分へと短縮する計画で、欧州でも大胆なクロスボーダーインフラ計画として注目されている。試算によれば、トンネル開通により両都市圏は合わせて300万人規模の「ツインシティ」地域を形成し、人・モノ・サービスの往来が飛躍的に容易になる。労働市場統合による経済成長やビジネス機会拡大、生活の質向上が期待され、旅客は年間12.5百万人に増加、貨物輸送量も現在の倍以上(海運と合わせ年8百万トン)に増えると予測されている。政府試算では、トンネル事業は約170億ユーロのコストに対し、17年程度で投資回収が可能との見通しも示されている。EUの支援(費用の40%負担想定)や官民連携による資金調達モデルが検討され、費用対効果の観点でも十分に成り立つ大型プロジェクトとされる。ヘルシンキ・タリン間では既に電子政府インフラの共有(後述のX-Road)や港湾協力などソフト面の統合が進んでおり、トンネルはそれをハード面で完成させる「仕上げ」と位置づけられる。欧州委員会もこの回廊をTEN-T(欧州交通ネットワーク)の一部に組み込み、中央欧州からフィンランドを経てバルト三国へ至る物流ルート強化として位置づけている。ヘルシンキ・タリンの事例は、地理的近接性と経済補完性を活かし、段階的な統合施策と大規模インフラ計画を組み合わせることで、国境を超えた双子都市圏の創出が現実味を帯びてくることを示している。


成功事例に見る統合の経済効果


以上の欧州事例から得られる示唆は、越境地域統合には困難を上回る経済的便益があるという点である。具体的なエビデンスを以下にまとめる。


  • GDP・雇用の増大:オーレスン橋によるデンマーク・スウェーデン統合では3~4万の新規雇用が創出され、地域のビジネス売上も約20~30%増加した。小規模な北欧地域でもこれだけの効果が出たことは、約2,000万人規模の日韓海峡圏統合ならその数倍の雇用・所得増が見込めることを示唆する。

  • 貿易・投資の拡大:国境の壁が低くなることで域内外との貿易は拡大する。オーレスン地域では企業が国境を越えて進出・投資する動きが活発化し、マルメへの企業誘致やコペンハーゲン企業のコスト最適化投資が進んだ。日韓海峡圏でも、互いの市場アクセス改善により両国間の貿易額増加や対域内投資(FDI)の促進が期待できる。現に同地域の2003年の輸出入額はそれぞれ約988億ドル・746億ドルに上っており、統合が進めば更なる貿易拡大余地がある。

  • スタートアップ・イノベーション誘発:異なる強みを持つ地域が統合すれば、多様な人材・知見の交流から新産業が生まれる。オーレスン地域ではコペンハーゲンとルンド大学等の研究資源が結集し、バイオ医薬クラスター「メディコンバレー」など国境を越えたイノベーション拠点が形成された。ヘルシンキとタリンでもIT人材交流や電子政府連携からスタートアップ企業の相互進出や共同プロジェクトが盛んである。日韓海峡圏では、福岡市が国家戦略特区としてスタートアップ支援に力を入れ、釜山もテクノロジー産業振興を図っている。両者が連携すればより大きな起業エコシステム(例えば日韓合同のアクセラレーターやハッカソン等)の形成が可能となり、革新的ビジネスの創出につながる。

  • 物流効率化と市場統合:物理的な移動時間短縮は市場統合を飛躍的に進める。オーレスン橋は移動時間を6分の1以下に短縮し、通勤圏と商圏の拡大をもたらした。フィンエスト(ヘルシンキ・タリン)トンネルは旅客・貨物輸送量を現在の2~3倍に増やすポテンシャルがある。日韓海峡圏でも、将来的な日韓トンネル建設により両国間の移動時間は劇的に短縮され、物流コストが削減される。例えば博多~釜山間は高速船で約3時間を要するが、仮に高速鉄道で直接連結されれば1時間程度での移動も夢ではない。これにより両都市を中心に人流・物流が頻繁化し、一大経済圏としての統合効果が得られる。さらに長期的には、日韓トンネル経由で日本がユーラシア大陸の鉄道網と接続され、中国・欧州まで陸路で結ばれる可能性もあり、これは日本経済の地政学的位置づけを一変させるインパクトがある。


以上のように、欧州の成功事例は「統合の困難さ」以上に「統合することで得られる利益」が現実に大きかったことを示している。日韓海峡圏も同様に、大胆なビジョンと適切な政策支援があれば、地域GDPの押し上げや貿易拡大、イノベーション創出といった経済的便益が十分に困難を上回りうる。



日韓海峡圏統合に向けた三本柱:脱炭素・デジタル・物流の連携


日韓海峡経済圏の統合を実現するには、多面的なアプローチが必要である。本稿では特に「脱炭素」「デジタル」「物流」の三分野を統合推進の柱と位置づけ、それぞれについて国際比較を交えた戦略を提案する。


脱炭素:越境エネルギー協力とグリーン経済圏の構築


地球規模の気候変動対策の観点からも、日韓両国が協調して脱炭素化を図ることは重要である。エネルギー分野での越境連携は、その鍵となる。


  • 電力網の連結と再エネ共有: 欧州では北海・バルト海を介した国際送電網の統合が進み、各国が余剰の再生可能エネルギーを融通し合うことで電力の安定供給とコスト削減を実現している。同様に、九州と韓国・釜山との間に海底送電ケーブルを敷設し電力網を連結する構想は技術的・経済的に十分可能である。試算では九州~韓国間の連系線は約226kmの海底ケーブルで実現可能で、費用は約1,290億円と見積もられている。この送電網統合によって、九州側で発生している太陽光・風力発電の出力制御(余剰電力のムダ)が緩和され、韓国側は不足する再エネ電力を安価に輸入できると期待される。事実、2022年のデータによれば、九州電力エリアの時間帯別電力価格は68%の時間で韓国より低く(再エネ比率の高さによる)、一方で韓国の再エネ比率は6.9%(日本21.7%)にとどまる。電力融通は双方にメリットがあり、日本側は再エネ過剰時の有効活用で経済的損失を防ぎ、韓国側は石炭・LNGの高コスト電力を再エネ電力に置き換えて脱炭素を加速できる。

  • 共同グリーンインフラ投資: 両国政府および地方自治体が協力し、海峡地域での再エネや水素などグリーンインフラに投資することも考えられる。例えば、対馬海峡付近は風況に恵まれ洋上風力発電の適地となりうる。日韓合同の洋上風車プロジェクトを立ち上げ、発電した電力を海底ケーブルで両国に送電すれば、エネルギー協力と地域産業振興(関連設備の製造やメンテナンス産業など)に繋がる。また、水素エネルギーの活用でも、福岡・北部九州の自動車(水素自動車)技術と、韓国の水素サプライチェーン(韓国政府は水素経済を国家戦略に位置づけている)を結びつけ、海峡圏を水素モビリティや燃料電池船舶の実証フィールドとする構想も考えられる。こうした共同投資はコストを分担でき、かつ環境技術の共有によって脱炭素関連の新産業・新サービス創出を促すだろう。

  • グリーンシップ・低炭素物流コリドー: 脱炭素の柱は物流とも関連する。例えば海運分野では、欧州のバルト海や北海で実施されているように、港湾間のグリーンシッピング・コリドー(低炭素燃料船のみ航行するモデル航路)を博多港-釜山港間で設定することも検討できる。両港はクルーズ船やフェリーの主要拠点であるため、LNG燃料船・水素燃料船への転換や、港湾での陸上電力供給(OPS)インフラ整備を協調して進めれば、域内物流の脱炭素化と環境負荷低減に寄与する。また両港の協力により、船舶のスケジュール調整や手続きのデジタル化を進めれば停泊時間短縮など効率化も図れ、環境と経済の双方で効果が期待できる。


このように、エネルギー・環境分野での越境協力は、単に環境目標達成に資するだけでなく、新たな産業投資やコスト削減を通じて経済的利益をもたらす「グリーン経済圏」を日韓間に築く土台となる。


デジタル:データとサービスの国境なき連携


経済統合の時代において、デジタル統合は物理的統合に勝るとも劣らぬ重要性を持つ。ここでは、電子政府やデータ共有、デジタルビジネス領域での日韓連携の可能性を論じる。


  • 電子政府・行政サービスの相互接続: フィンランドとエストニアは世界で初めて政府のデータ交換基盤(X-Road)を国境越しに接続し、両国の住民基本台帳データを自動連携させるなどリアルタイムの行政情報共有を開始した。これにより、例えばエストニア人がフィンランドに移住しても各種手続が円滑になり、企業の越境活動でも煩雑な書類提出を減らせている。日本と韓国も、マイナンバー制度や韓国の住民登録・行政システムを互いにAPI連携・データ共有できるようにすれば、在日韓国人・在韓日本人の手続き簡素化や、両国企業の税務・物流手続の効率化が期待できる。まずは両国の行政デジタル基盤の互換性確保(データフォーマット統一や認証基盤の相互承認)から着手し、将来的にはフィン・エストニアにならってデータエクスチェンジの相互運用協定を結ぶことが目標となる。

  • DXとスマートシティ連携: 福岡市と釜山広域市はともにスマートシティやデジタルトランスフォーメーション(DX)政策を推進中である。都市間連携プロジェクトとして、交通ICカードや決済システムの相互利用、5G通信インフラのローミング協定などを進めれば、市民や旅行者が国境を意識せずデジタルサービスを利用できる圏域が構築できる。欧州連合では域内ローミング料金撤廃や電子署名の相互承認(EIDAS規則)によって、加盟国間のデジタル統合を深めている。同様に日韓海峡圏でも、Wi-Fiや通信のシームレス化、キャッシュレス決済の標準化などユーザー目線の統合を図ると良い。また両市が保有する都市データ(交通量データ、防災データ等)を共有し、AIを活用した分析で渋滞解消や防災強化といった共通課題に取り組むことも可能だ。データ共有のためにはプライバシー保護やセキュリティの協定も必要だが、これも欧州のGDPR準拠のデータ協定などを参考にルール策定すれば解決できる。

  • デジタル産業とスタートアップの交流: デジタル統合はビジネス面でも相乗効果を生む。福岡はスタートアップ支援拠点(スタートアップカフェ等)やIT企業集積が進み、韓国でも釜山・蔚山にテクノロジー産業団地がある。両地域のIT企業・スタートアップが自由に行き来し合同チームを組める環境を整えれば、新サービス開発が加速するだろう。例えば日韓合同ハッカソンの定期開催、ベンチャー投資ファンドの共同組成、大学・企業の研究開発協力などを推進する。言語の壁も、オンラインプラットフォーム上で英語を共通言語に協働したり、機械翻訳を活用したコミュニケーション基盤を提供することで乗り越えられる。デジタル領域は国境の物理的障壁の影響が小さく、比較的短期で成果を上げやすい統合分野である。ここを突破口に人的交流を深めれば、相互不信の解消にもつながるだろう。


物流:ハード・ソフト両面の一体化で世界のハブへ


3本目の柱は物流統合である。地理的に近接する日韓海峡圏は、東アジアの物流ハブとして共に発展する潜在力を持つ。物流分野での統合戦略は、ハード(インフラ)とソフト(制度・運用)の両面から検討する必要がある。


  • 海上・陸上交通ネットワークの強化: 短期的には、既存のフェリー航路・航空路線の利便性を高める取り組みが挙げられる。博多~釜山間には高速船ビートル等が就航しているが、本数や積載能力には限りがある。双方向の旅客・貨物需要を踏まえ、より大型で環境性能の高い高速船の共同導入や、運航本数の増加を協議するとよい。また下関~釜山間のフェリー航路はトラック輸送の重要ルートであるため、港湾手続きを電子化して通関を迅速化し、貨物滞留時間を短縮するなどの協調が考えられる。空路についても、福岡空港と金海(釜山)空港を結ぶ路線の増便や、将来的なLCC航路の新設支援などにより、人流のさらなる拡大を図る。

  • 将来的な固定リンク(橋・トンネル)構想: 中長期の大規模施策として、日韓海底トンネルまたは橋による直接接続は統合の究極の形である。欧州では英仏間の英仏海峡トンネルやオーレスン橋といった先例があり、大規模プロジェクトの実現性は証明済みだ。日韓間(対馬海峡)も距離的には英仏間(約50km)の数倍程度で、途中に対馬・壱岐といった島嶼が存在し、中継基地の確保も可能である。仮に博多港付近から釜山まで鉄道トンネルが通じれば、旅客はパスポートチェックを受けつつも列車で直接行き来でき、物流はコンテナ貨物を列車に載せたまま陸送できるようになる。これにより従来フェリーで1日がかりだったトラック輸送が大幅に短縮され、サプライチェーンの効率化と在庫圧縮が可能となる。さらに、九州新幹線・山陽新幹線網と韓国KTX網が繋がれば、ソウル~東京間を含む長距離高速鉄道ネットワークのビジョンも描ける。もちろん数兆円規模の投資が必要なプロジェクトではあるが、オーレスン橋(40億ドル)や英仏トンネル(150億ドル超)の事例では利用料金収入や経済効果で長期的な回収が可能であったこと、EUなど超国家的機関からの補助も活用されたことを踏まえれば、日韓トンネルも国際機関(アジア開発銀行等)の支援や日韓共同のPPP(官民パートナーシップ)を組み合わせることで実現性が見えてくる。

  • 港湾・物流拠点の役割分担と連携: 海峡圏には多くの港湾・空港が存在する。福岡港、博多港、北九州港、釜山港、蔚山港、下関港など、それぞれ得意分野(旅客、コンテナ、工業品など)を持つ。これらを競争から協調へと転換し、ハブ&スポーク型の役割分担を進めることで、地域全体の物流効率を上げることができる。例えば、釜山港は東アジア最大級のトランシップ港として機能しているが、ここに北部九州の物流が相乗りする形で連携すれば、日本発着貨物の中継効率が高まる。一方、日本側の港湾も韓国からの原材料や部品を受け入れるゲートウェイとして機能強化できる。両国政府は港湾計画策定時に相互の投資計画を共有し、過剰な設備投資の重複を避けつつ不足する機能には共同出資で補完するなどの調整メカニズムを設けるべきだ。また物流企業間の連携も重要で、両国の港湾・倉庫・運送業者が共同で国際複合一貫輸送サービスを開発すれば、域内企業にとってコストメリットが大きい。デジタル技術も活用し、貨物トラッキングシステムの相互連携や電子データによる税関事前審査などを導入すれば、実質的な「国境なき物流圏」が実現するだろう。


物流の統合はハード整備に時間と費用がかかる一方、その経済波及効果は地域経済の生産性向上という形で永続的に現れる。一度ハブとしての地位を確立すれば外部からの貨物流入も増え、海峡圏全体が東アジアの物流ゲートウェイとして発展できる。その未来像を描きつつ、段階的な施策を講じていくことが肝要である。



想定される障壁と段階的ソリューション


日韓海峡圏の統合を推進する上で、克服すべき障害も多い。しかしそれらは事前に認識し対策を講じることで、乗り越えることが可能である。本章では主な障壁を整理し、段階的・実現可能な解決策を提示する。


障壁1: 国境をまたぐ制度・規制の不一致


  • 課題: 日本と韓国では法制度や規制標準が異なり、企業活動や人材移動にハードルとなる場合がある。例えばビザ・就労許可、通関手続、製品規格の相違などが統合を阻む要因となりうる。

  • 解決策: 二国間の包括的経済連携協定に地域統合項目を盛り込む。 日韓両政府はFTA/経済連携協定交渉を過去に行った経緯があるが停滞している。これを再活性化し、単なる関税撤廃に留まらずサービス・人的移動の自由化や統合的取り組みを章立てして協定化することが望ましい。特に情報通信、物流、医療・ヘルスケアなど相互に必要性が高い分野から専門人材の相互移動を自由化し、地域内の人材需給ギャップ解消を図る。また、通関・税関手続については、AEO(認定事業者)制度の相互承認や、事前電子申告で国境通過をスムーズにする協定を結ぶ。製品規格・認証も、自動車や家電など主要産業品について相手機関の認証を自国でも有効とみなす相互承認制度を導入すれば、企業の負担は大きく軽減される。欧州単一市場のような完全統一は難しくとも、特定地域に限った「日韓海峡特別経済区」的な協定枠組みを作り、その中では規制調和・標準化を進めるというアプローチも考えられる。まずは両国の中央政府間で協議のテーブルを設け、地方の声(九州・韓国南部のニーズ)を反映した制度整備ロードマップを策定することがスタートとなろう。


障壁2: 政治的な相互不信と世論の温度差


  • 課題: 日韓関係は歴史認識や外交問題で摩擦が生じやすく、政治的な信頼醸成が欠如すると地域統合の機運が高まりづらい。また一般国民の間でも相手国への不信感や関心の低さが障壁となる可能性がある。

  • 解決策: 段階的な信頼醸成とマルチレベルの交流促進。 政府高官レベルだけでなく、地方自治体・経済界・市民社会レベルでの交流パイプを複数走らせることで、一時的な外交摩擦があっても別の層で協力を継続できる関係性を築く。具体的には、1991年より続いてきた「日韓海峡圏知事・市長サミット」の枠組みを強化し、正式な越境地域ガバナンス組織へ発展させることが一案である。加盟自治体から委員を出し、常設の合同委員会や事務局を設置して、インフラ計画や環境対策など共通議題を継続協議できる仕組みを作る。同委員会は中央政府に対して統合推進の政策提言を行うアドボカシー機能も担うべきだ。また市民レベルの交流拡大も重要である。例えば学生交換や文化イベント、双子都市提携(福岡市‐釜山市など既存の提携を活性化)、ビジネス展示会の相互開催によって接点を増やす。これにより相互理解が深まり、統合の経済的メリットについても認知が広がる。欧州でも、地方自治体や民間交流がEU統合の下地を作った経緯があり、日韓もまず草の根交流とローカルレベル協力から信頼を築き上げるアプローチが現実的である。そして政治的困難が起きても「経済と地域の利益は別」と切り離して進められるよう、共同利益にフォーカスした対話を続けることが肝要だ。


障壁3: 巨大プロジェクトの財源確保と採算性


  • 課題: トンネル建設などのインフラには莫大な費用がかかり、採算が不透明との指摘が出る可能性がある。また、費用負担配分を巡る政治合意も難しい。

  • 解決策: 官民パートナーシップと国際資金の活用でコスト圧縮・リスク分散。 欧州の例では、オーレスン橋はデンマーク・スウェーデン両政府が共同出資した公社が建設・運営し、利用料金収入で債務返済を行うスキームだった。結果として橋は2020年代後半までに建設費を完済予定とされ、長期的に見れば国家予算に恒常的負担を与えないモデルとなった。日韓トンネルでも、まず事業主体を日韓合同で設立し、両政府・自治体に加え民間企業や金融機関も出資する形で資本参加させる。そして日本政策投資銀行や韓国産業銀行、アジア開銀(ADB)や世界銀行などから低利融資を調達し、建設期間中の資金とする。EUがヘルシンキ‐タリンのトンネルに40%補助を想定したように、東アジアの安定と発展に資するプロジェクトとして国際機関の助成を引き出す外交交渉も考えられる。採算性については、社会経済的リターンを長期スパンで評価することが重要だ。短期的な料金収入だけでなく、GDP押上げ効果や税収増、環境改善効果を経済価値に換算し、費用対効果分析を行う。フィージビリティスタディでは悲観シナリオと楽観シナリオ双方を提示し、リスク要因に対する備え(例:需要予測が外れた場合の段階施工)も検討しておく。巨額投資は段階的に実行し、まず調査・設計段階→次に試験的部分着工→本格施工とフェーズを区切ることで、情勢変化にも柔軟に対応できるようにする。最終的には、「かかるコスト以上の便益が地域全体にもたらされる」というビジョンを定量的データで示し、納税者・有権者の理解を得る努力が不可欠である。


障壁4: 言語・文化の違いによる実務上のギャップ


  • 課題: ビジネスや行政の現場では日本語・韓国語の違いや、商習慣・企業文化の差異が誤解や非効率を生む懸念がある。

  • 解決策: バイリンガル人材育成と情報プラットフォーム整備。 両国の大学や企業が協力して通訳・翻訳、人材交流の専門人材を育成するプログラムを設け、越境ビジネスや行政で活躍できる人材プールを作る。例えば福岡の大学に韓国語ビジネスコースを設ける、釜山の大学に日本の法制度やビジネスマナーを教える講座を設けるなどの工夫だ。また、情報共有のデジタルプラットフォームを構築し、地域の企業情報や規制情報、問い合わせ先などをワンストップで閲覧できるようにする。これは日韓両言語で提供し、中小企業でも容易に相手国の制度を調べられるようにする狙いである。政府間でも人的交流拡大を図り、互いの行政手続や文化への理解を深める研修を定期的に実施する。民間では商工会議所同士の提携を強め、ビジネスマッチングやクレーム調整をサポートする窓口を設置して、文化の違いに起因するトラブルを未然に防ぐ。こうした細やかなサポート体制があれば、言語・文化の壁は徐々に低くなり、人々・企業が安心して越境活動に参加できるようになるだろう。

  • 以上のような障壁に対しては、一挙にすべてを解決することは難しいが、段階的かつマルチレベルのアプローチで対処すれば着実に前進できる。まずは政治的意思と戦略的視点を持って、小さな成功例を積み上げながら信頼と実績を醸成することが肝要である。



結論:統合推進の経済的合理性と政策への提言


バルト海地域の成功事例と日本・韓国の現状分析から明らかなように、日韓海峡経済圏の統合推進には大きな経済的合理性がある。地域GDPの拡大、雇用創出、貿易・投資の活性化、スタートアップ誘発、物流効率化、そして脱炭素社会の実現と、得られる便益は多方面にわたる。それらは一国単独では達成困難な規模・確度であり、二国間・地域間の協働によって初めて実現する「相乗効果」である。


もちろん統合には困難も伴うが、本稿で示したように欧州の先行例から学べる教訓と解決策は豊富に存在する。鍵となるのは、長期的視野に立った戦略と段階的アプローチである。以下に政策立案者への提言をまとめる。


  • (提言1)経済的メリットを数量的に示すロードマップ策定: まず政府および地域の関係機関は、統合によるGDP押上げ効果や費用対効果を定量分析した「日韓海峡圏統合ロードマップ」を策定すべきである。そこには短期(デジタル・規制調和)、中期(インフラ準備・制度化)、長期(大型プロジェクト実現)の各段階で期待される成果と必要な投資を盛り込み、ステークホルダーに共有する。経済的利益が明示されれば政治的支持も得やすくなる。

  • (提言2)三本柱(脱炭素・デジタル・物流)の優先プロジェクト推進: 脱炭素では九州‐韓国間の送電網連結に向けた政府間協議開始と、共同再エネプロジェクトの調査着手を提案する。デジタルではX-Road型の行政データ連携実証や、モバイル・決済の相互開放を早期に実現する。物流では、博多‐釜山港の手続簡素化協定締結や、将来のトンネルに向けた地質調査共同実施を進める。これら具体プロジェクトに予算と人材を重点投入し、成功モデルを示す。

  • (提言3)越境ガバナンス体制の強化: 地方自治体と中央政府の連携の場として、先述の日韓海峡圏合同委員会(仮称)を正式に設置する。ここで政策・事業の進捗管理と利害調整を行い、国境を越えた共通利益の代弁者とする。必要に応じて日韓の関係省庁や民間団体もオブザーバー参加させ、オールジャパン・オールコリアで取り組む体制を築く。

  • (提言4)国民理解と支持の醸成: 統合の意義について両国民への発信を強化する。経済的メリットだけでなく、文化交流や地域活性化による生活向上の具体例を示し、「統合=双方にプラス」のイメージを浸透させる。メディアや教育現場での情報発信、成功事例のドキュメンタリー制作、交流イベントの支援などソフト面の投資も惜しまない。


本稿が提案したビジョンは大胆であるが、決して机上の空論ではない。25年前、欧州の片隅でコペンハーゲンとマルメをつないだ一本の橋が、今日では地域に数万人の雇用と新産業を生み出したように、今こそ日韓海峡においても次世代への投資となる一歩を踏み出す時である。東アジア有数の経済力を持つこの地域が一体となれば、その波及効果は日本と韓国のみならず、東アジア全体の安定と繁栄に寄与するだろう。政策立案者には、困難さ以上に大きい統合の利益に着目し、長期的視点で粘り強く戦略を推進することを強く期待する。欧州から学んだ教訓を胸に、日韓海峡経済圏の統合という歴史的プロジェクトを成功へ導くことが、両国の明るい未来を切り拓く鍵となるに違いない。



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