爆撃されても倒れない体制──「革命の条件」を問いなおす
- Seo Seungchul

- 22 分前
- 読了時間: 10分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Peyman Asadzade, "Why the Islamic Republic Still Stand" (Journal of Democracy, 2026年3月)
概要:2026年2月末の米・イスラエルによるイラン軍事攻撃後、期待されていた民衆蜂起が起きなかった理由を三つの動態から分析。制度的耐久性、戦争による政治的優先順位の再編、ナショナリズムの横断的動員を軸に論じる。
2026年2月末、米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃に踏み切りました。攻撃の前後、「これで市民が立ち上がる」という声が、分析家からも在外イラン人コミュニティからも上がりました。政権の「弾圧装置」を壊せば、人々は自然と蜂起するはずだ、という論理です。でも、そうはなりませんでした。
なぜ革命は起きなかったのか——今回、富良野とPhronaが手がかりにするのは、ハーバード・ケネディスクールの研究員、ペイマン・アサドザデが Journal of Democracy に寄稿した分析です。彼の視点は三つの動態に整理されます。制度の「深さ」、戦争がもたらす優先順位の変容、そしてイデオロギーを超えて動くナショナリズム。
でも二人の対話はすぐに、もっと根っこの問いへと滑り込んでいきます。そもそも「変革の条件」とは何か。市民が「変わりたい」と思うことと、実際に変革が起きることのあいだには、何があるのか。そして、爆弾が「自由」をもたらすという発想には、どんな前提が隠されているのか。
答えよりも問いを重ねながら、二人の会話はゆっくりと深くなっていきます。
「一人を倒せばいい」という幻想
富良野:攻撃が始まった直後、最高指導者のハメネイ師が死亡したんですよね。それでも体制は動じなかった。普通に考えたら、トップが消えれば組織は混乱するんじゃないかって思うじゃないですか。
Phrona:そこなんですよ。あの体制って、「一人の独裁者」じゃないんですよね。革命防衛隊、バシジという民兵組織、聖職者の権威、司法、地域の宗教団体……それが全部つながって、層をなして権力を支えている。
富良野:論文でもそこを強調していて、サダム・フセインのイラクやカダフィのリビアとの比較が出てきます。ああいう「一人に権力が集中した体制」は、首が飛べば崩れやすい。でもイランはそうじゃない。
Phrona:木に例えると、幹が一本だけの木と、根が地面に広く張り巡らさっている木の違いかな。幹を切ればおしまいの木と、根が残れば再生できる木。
富良野:そのイメージ、すごく近いと思います。攻撃直後に革命防衛隊の司令官が「今すぐモスクへ行って地域を守れ」と呼びかけて、全国規模の集会が始まった。指示が通る組織がちゃんとある、ということですよね。
Phrona:エリートの離反もなかったって書いてあって、それがじわっと効いてくる話で。革命って、指導層がバラバラになるときに起きやすいじゃないですか。裂け目がないと、外から押しても動かない。
富良野:だから「体制の強さ」を、暴力の激しさで測るんじゃなくて、組織の密度で測る必要がある。それが第一の問いだと思っていて。
Phrona:「どこを壊せば倒れるか」という問いが、そもそも間違った設定になってたのかもしれないですね。
「変革か現状か」から「生存か混乱か」へ
Phrona:ただ、制度の話だけじゃ終わらなくて。もっと日常レベルの話が出てきますよね。爆撃が学校や病院に当たって、人々の関心がそっちに向いてしまった、という。
富良野:そこは行動経済学的な話でもあって、「フレーミング」という考え方と近い気がします。フレーミングっていうのは、選択肢の見せ方次第で人間の判断が変わる、という現象で。もともと「変革か、現状か」という選択をしていた人たちが、戦争によって「安定か、混乱か」という別の選択を迫られるようになった。
Phrona:問いが差し替えられちゃったわけですね。それって、政権が意図してやったというより、戦争そのものが自然に生み出した効果、ということですか?
富良野:たぶん両方あって。ただ記事で印象的だったのは、市民の声なんですよ。「最高指導者を殺したいなら、なぜ全面戦争をするのか」と問う女性の声が紹介されていて。彼女は以前、外圧に好意的だったのに、実際の爆撃を見て考えが変わった。
Phrona:その変化は「洗脳」でも「恐怖」でもなくて、状況を見て判断を更新した、ということですよね。
富良野:そう。それを「体制への支持」と読むのか、「生存のための合理的選択」と読むのか、で解釈がかなり変わる。
Phrona:でも、その区別って本当に明確につけられるのかな、という気もして。生存のためにした選択が、結果的に体制を支える行動と見分けがつかないなら……外から「あの人たちは体制支持者だ」って言うのは、かなり乱暴じゃないですか。
富良野:それは鋭くて。「戦時中に政府を支持した」という事実と、「その政府の正統性を認めている」という判断は、全然違う話ですよね。
ヒジャブを外したままデモに来た女性
富良野:記事でいちばん印象に残った場面が、ヒジャブをかぶらずに親政府デモに参加した女性たちの話で。
Phrona:ああ、あそこ。「明日、勝利の後にこの広場でお前を処刑すると言われても、今日ここに来ることが私の義務だ」って。
富良野:ヒジャブを脱ぐことで体制に異議を唱えてきた人が、同じ体制を「今は守る」と言っている。これって、すごく複雑な状況ですよね。
Phrona:その人は矛盾しているのか、それとも全然矛盾していないのか。私はたぶん矛盾していないと思っていて。体制への反対と、国土・共同体の保全は、別の軸だってことを知っているから。
富良野:ナショナリズムって、その意味では「横断的」なんですよね。左右も、信仰の有無も、体制への賛否も、一時的に飛び越えてしまう力がある。
Phrona:歴史的な傷がある、というのも大きくて。19世紀にロシアとの戦争で領土を大きく失った記憶が、集合的なトラウマとして残っていて。国境が書き換えられるかもという恐怖は、イデオロギーを問わず共鳴する。
富良野:亡命中のイラン人知識人が「軍を支持する」と表明したのも、その文脈ですよね。二十年以上、体制を批判してきた人が。
Phrona:「敵の敵は味方」ではなくて、「自分が住む場所がなくなるかもしれない」という、もっと根源的な危機感だったんじゃないかな。
富良野:そう考えると、「民主化運動」と「反外国干渉」って、必ずしも同じ方向を向いているわけじゃない。そこを外側から見ている人たちは、ちゃんと理解していたんだろうか。
「外から火花を与えれば点火する」という発想のどこが問題か
Phrona:爆撃を求めていたイラン系ディアスポラ、つまり海外に暮らすイラン人のコミュニティの話が出てきますよね。「Trump, act now」って叫んでいた人たちが、あちこちにいた。
富良野:「政府機関を壊せば、12月と1月に街に出た人たちがまた動く」って予想した分析家もいて。でも、その予想は完全に外れた。
Phrona:なんで外れたんだろう、って考えると。「人々は変革を望んでいる」という観察と、「外圧が引き金になれば立ち上がる」という推論のあいだに、かなり大きなジャンプがあるんですよね。
富良野:そのジャンプを成立させるためには、「人々が最も恐れているのは体制だけである」という前提が必要で。でも実際は、占領や分断もおそろしいし、戦火の中での生活もおそろしい。
Phrona:複数の恐怖がある中で、「革命への意志」はその一つでしかなかった、ということかな。
富良野:それに、蜂起って「やろうと思えばできる」ものじゃないじゃないですか。みんなが同時に動くという確信が持てないと、一人では動けない。囚人のジレンマに似た問題で、連帯の調整コストが極めて高い。
Phrona:しかも戦時中は、その調整がさらに難しくなる。デモを組織しようにも、街が爆撃されているときにどう集まるのかって。
富良野:「火花を与えれば点火する」という発想は、人々を「着火を待っている乾いた薪」のように見ているわけで。そこには、市民の状況判断の複雑さへの想像力が欠けていたのかもしれない。
Phrona:うん。薪ってそれだけじゃなくて、雨に濡れていることもあるし、そもそも別の火を守っていることもあるから。
革命はいつ起きるのか——問いをたなざらしにする
Phrona:じゃあ、革命ってどういう条件で起きるんでしょうね。この記事を読んでいると、「起きなかった理由」はわかるんだけど、「起きる条件」は何かって問いが残って。
富良野:社会科学的には、いくつか言われていることがあって。エリート層が分裂する、経済が急激に悪化する、軍や治安組織が命令を拒否し始める……。でもそれって、全部「結果として起きた」ことの観察であって、「いつ起きるか」の予測には使えない。
Phrona:革命の研究って、そういう宿命があるんですよね。起きた後に「これが原因だった」とは言えるけど、起きる前には言えない。
富良野:記事も最後、開かれていて。軍事的な失敗が続いたり、経済がさらに悪化したりすれば、また別の展開もありうる、と。閉じていない。
Phrona:経済って、すごく時間差があるじゃないですか。戦争の傷が生活に響いてくるのは、もっと後になってから。その意味では、今の「革命なし」という観察は、最終的な答えじゃなくて、現時点でのスナップショットでしかない。
富良野:そうですね。そしてその問いは、イランだけの問いじゃなくて。「変革を望む人々がいれば変革は起きる」という論理の、どこかに穴がある。それって、もっと広い問いにつながっていく気がする。
Phrona:市民の意志と、社会の変わり方のあいだに、何があるのか。制度の重さ、戦争の文脈、歴史的な傷、連帯の難しさ……それが全部まとまって、どっちに転がるかを決めている。
富良野:「変えたいと思うこと」と「変えられること」のあいだの距離が、僕たちが思っているよりずっと遠い、ということかもしれないですね。それが、この記事を読んだあとに残るものな気がします。
Phrona:その距離を縮めるのが政治の仕事、なんでしょうね。もちろん、簡単なことじゃないですけど。
ポイント整理
制度の深さと体制の耐久性
イランのイスラム共和国は、特定の個人ではなく、革命防衛隊・バシジ・聖職者組織・司法・地域宗教組織など複数の制度的ネットワークによって権力を分散させている。最高指導者の死亡後も組織が機能し続け、大規模な離反が起きなかったことが体制維持の核心にある。
戦争による優先順位の再編
軍事攻撃によって市民の選択肢の枠組みが「変革か現状維持か」から「安定か混乱か」に変わった。学校・病院・インフラへの被害が生活の安全を脅かし、政治的変革への関心より生存への関心が前景化した。これは「体制への支持」と「生存のための合理的選択」を区別することの難しさをも示している。
ナショナリズムのイデオロギー横断性
体制批判者や「女性・生命・自由」運動の参加者も含む形で、親政府集会が広がった。19世紀の領土喪失という歴史的記憶を背景に、「国土の分断・占領」への恐怖はイデオロギーを問わず強く共鳴し、一時的に政治的立場を超えた連帯を生み出した。
「外圧→蜂起」図式の失敗
「弾圧装置を壊せば市民は立ち上がる」という予測は外れた。蜂起には、個人の意志だけでなく、連帯の調整コストの問題、複数の恐怖のあいだでの状況判断、エリートの行動、経済的ストレスなど多くの変数が絡む。「着火を待つ薪」という市民像は単純化しすぎていた。
キーワード解説
【イスラム共和国(イスラム・リパブリック)】
1979年のイラン革命後に成立した政治体制。「神の法(イスラム法)に基づいた共和国」という原則のもと、聖職者が政治的権威を持つ独自の制度設計をとっている。
【革命防衛隊(パスダラン)】
イラン・イスラム共和国の防衛・治安を担う精鋭部隊。通常の軍とは別に設置されており、国内の政治的統制にも深く関与している。
【バシジ】
革命防衛隊の傘下にある民兵組織。全国に広がるネットワークを持ち、地域レベルでの動員・監視・秩序維持を担う。
【ディアスポラ】
本来の居住地を離れて他国に散在しながらも、出身国との文化的・政治的つながりを保つ集団。ここでは主に西側諸国に暮らすイラン系住民を指す。
【フレーミング効果】
同じ選択肢であっても、どう「見せるか」「文脈をどう設定するか」によって判断が変わる現象。行動経済学の重要概念。
【集合行為問題(囚人のジレンマ)】
個人がそれぞれ合理的に行動すると、全体としては非合理な結果になる状況。デモや革命の組織化が難しい理由の一つ——「自分だけが動いてもリスクだけ負う」という構造がある。
【ガジャール朝】
19世紀から20世紀初頭にかけてのイランの王朝。ロシアとの二度の戦争(グリスタン条約1813年、トルコマンチャイ条約1828年)で大きな領土を失い、その記憶がイランの集合的なナショナリズムに深く刻まれている。