物理学で読み解く民主主義と独裁の間の揺らぎ――拡散方程式が明かす政治体制の動き方
- Seo Seungchul

- 2025年12月26日
- 読了時間: 18分
更新日:1月9日

シリーズ: 論文渉猟
◆今回の論文:Paula Pirker-Día et al. "Unraveling 20th-century political regime dynamics using the physics of diffusion" (arXiv, 2024年11月18日)
概要:V-Demプロジェクトの民主主義データに拡散マップ技術を適用し、政治体制の変化が統計物理学の異常拡散方程式に従うことを示した。民主主義国家は遅拡散、独裁崩壊国家は速拡散を示し、中間領域が最も不安定であることを明らかにした。
「なぜある国は民主化するのに別の国はそうならないのか」「なぜ民主主義が後退する国があるのか」――政治学の中心的な問いに対して、物理学の拡散理論が意外な光を当てています。ポツダム大学とサウスカロライナ大学の共同研究チームは、1900年から2021年までの172カ国のデータに拡散マップと呼ばれる手法を適用し、政治体制の変化が「異常拡散」という物理現象に従うことを明らかにしました。
民主主義国家は「遅く広がる粒子」のように振る舞い、崩壊寸前の独裁国家は「速く広がる粒子」のように振る舞う。そして最も不安定なのは、その中間にある体制だったのです。富良野とPhronaが、統計物理学と政治科学の交差点で見えてきた、体制変化の力学について語り合います。
政治体制を粒子の拡散で捉えるという発想
Phrona:この論文、意外なタイトルですよね。政治体制の変化を物理学の拡散方程式で分析するって。
富良野:うん、確かに意外な組み合わせだよね。でもよく考えると、拡散って本質的には「状態がどう広がっていくか」を記述する理論だから、政治体制の変化にも適用できるのかもしれない。
Phrona:拡散マップって具体的にどういう手法なんですか。
富良野:簡単に言うと、高次元のデータを低次元に圧縮する技術の一つなんだ。この研究では25個の民主主義関連の変数があって、選挙の質とか表現の自由とか結社の自由とか。それを3次元の空間に落とし込んでいる。
Phrona:次元削減ですね。でも主成分分析とかと何が違うんでしょう。
富良野:拡散マップの特徴は非線形な関係を捉えられることなんだ。データ点の間の距離を、ランダムウォークでどれくらいつながりやすいかで定義する。だから似たような政治状態にある国同士が近くに配置される。
Phrona:つながりやすさで距離を測る。なるほど、物理的な距離じゃなくて関係性の近さですね。
富良野:そう。で、面白いのは時間の情報を一切使っていないのに、この空間上に各国の歴史的な軌跡を描くと、ちゃんと意味のある動きになっているってこと。
Phrona:時間を知らないのに歴史が見える。それって、政治体制の変化に何か本質的な構造があるってことですよね。
マニフォールド上で見える体制の地形
富良野:研究チームが作った3次元の拡散マニフォールド、つまり多様体を見ると、ほぼ1次元の曲線なんだよ。ただし2つの三角形みたいな構造が飛び出している。
Phrona:1次元っていうのは、つまり一本の線みたいな感じですか。
富良野:そうそう。一方の端には独裁国家、もう一方の端には民主主義国家が集まっていて、その間に中間的な体制が並んでいる。で、この位置と選挙民主主義指数がすごく強く相関している。相関係数が0.96以上。
Phrona:じゃあ従来の民主主義指数とそんなに変わらないんじゃないですか。
富良野:いや、ここからが面白いんだ。確かに全体的な位置関係は従来の指数と似ているんだけど、マニフォールド上の位置によって、どの変数が重要かが違ってくる。
Phrona:非線形だからこそ見えてくる違いですね。
富良野:例えば独裁国家側の端では、選挙の実施能力とか選挙で選ばれた官僚の指標、それから選挙権が高い値を示している。これは一見矛盾しているように見えるけど、実は選挙型独裁国家の特徴なんだ。
Phrona:選挙はやるけど、結果は完全にコントロールされているってことですか。
富良野:そういうこと。そこから少し民主化の方向に進むと、政府の選挙への介入が減って、選挙管理の自律性が上がる。でも同時に、選挙の実施能力を示す指標は下がるんだ。
Phrona:コントロールを失い始めているんですね。買収とか暴力とか不正が増える。
富良野:まさに。表現の自由や結社の自由も同時に改善し始めるから、市民社会が力をつけてくる。支配者側は慌てて選挙権を制限しようとする。
Phrona:移行期の混乱が変数の動きに表れているんだ。これ、一次元の指数だけ見ていたら絶対わからないですよね。
遅拡散と速拡散、そして中間の不安定さ
富良野:で、この研究の本当に革新的なところは、各国の動きを異常拡散方程式で分析したことなんだ。
Phrona:異常拡散って何ですか。普通の拡散と何が違うんでしょう。
富良野:通常の拡散だと、粒子の平均二乗変位が時間に比例する。でも異常拡散では時間のべき乗に比例するんだ。式で書くとMSDがKαかけるtのα乗。
Phrona:αが1なら普通の拡散、1より小さいと遅拡散、1より大きいと速拡散ってことですか。
富良野:その通り。で、αが1より小さい遅拡散は、障害物があったり罠があったりして粒子がゆっくり動く状態。αが1より大きい速拡散は、長距離相関があって粒子が速く広がる状態。
Phrona:それが政治体制の変化とどう関係するんですか。
富良野:研究チームはマニフォールド上の各点の周りで、似たような状態にある国がどう動くかを調べた。そしたら、位置によって拡散の性質が全然違ったんだ。
Phrona:具体的には。
富良野:まず選挙型独裁国家は遅拡散を示す。αが1より小さい。つまり長期間安定している。でも変化が起きるときのKα、つまり一般化拡散係数は大きい。
Phrona:安定していて変わりにくいけど、変わるときは劇的に変わる。
富良野:例として挙げられているのが冷戦期のアルバニア。1945年から1991年まで一党支配の体制が続いたけど、1991年に突然複数政党制の選挙が実施された。
Phrona:逆に中間領域はどうなんですか。
富良野:ここが一番興味深いんだけど、独裁と民主主義の間には狭い領域があって、そこは速拡散を示す。αが1より大きい。でもKαは小さい。
Phrona:頻繁に変化するけど、一回の変化は小さいってことですね。
富良野:例としてルワンダの1978年から1989年が挙げられている。フツ族とツチ族の対立が激化して内戦につながった時期。
Phrona:不安定な領域なんだ。
富良野:そう。で、そこから少し先に進むと、広い高原のような領域がある。ここは弱い遅拡散から通常拡散を示す。例はアルゼンチンの1904年から1983年、軍事独裁の後に民主化が始まった時期。
Phrona:そして完全な民主主義国家は。
富良野:最も安定した遅拡散。ノルウェーの1946年から2021年が例。変化は少ないし、変化するとしても緩やか。
紛争リスクと体制の動きの関係
Phrona:論文では武力紛争のデータも分析していますよね。
富良野:そう。UCDP/PRIOっていう紛争データセットを使って、1946年から2022年までの武力紛争を見ている。年間25人から999人の戦闘死者が出た紛争と、1000人以上の紛争に分けて分析している。
Phrona:で、どんな体制が紛争を起こしやすいんですか。
富良野:結果は予想外だった。紛争はほぼすべてマニフォールドの中央部に集中している。つまり独裁でも民主主義でもない中間的な体制。
Phrona:それは従来の研究とも一致するんですか。
富良野:うん。民主主義度と紛争リスクの間に逆U字型の関係があるっていう研究は前からあった。でもこの研究が新しいのは、拡散の性質、つまり体制の動き方も関係していることを示したこと。
Phrona:どういう動き方の体制が危ないんですか。
富良野:通常拡散に近い状態、αが0.9から1.35くらいの領域で紛争が起きている。Kαは1.5から3の範囲。
Phrona:意外なのは、すごく不安定な独裁国家では紛争が起きていないってことですね。
富良野:そうなんだ。速拡散を示す独裁国家や、強い遅拡散を示す民主主義国家では、武力紛争がほとんど起きていない。
Phrona:独裁国家が激しく変化しているときって、体制が崩壊する直前だと思うんですけど、その時点では紛争にならない。
富良野:そこから中間領域に移行して、小さなステップで動くようになってから紛争リスクが上がるんだ。
Phrona:なんでなんでしょうね。
富良野:論文では詳しく説明していないけど、僕の解釈だと、強い独裁体制が崩壊する瞬間は、権力の空白が一気に生まれるから誰も抵抗できない。でも中間領域では、いろんな勢力が拮抗して、武力での決着を選ぶ余地が生まれるのかもしれない。
Phrona:権力が分散し始めた時期が一番危ない。
富良野:あと面白いのは、高強度の紛争は中間領域に集中しているけど、低強度の紛争はもう少し広く分布している点。
Phrona:小さな紛争は起こりやすいけど、大規模な内戦は特定の条件が揃わないと起きないってことですか。
ポーランドの事例が示す動的レジームの転換
富良野:具体例として興味深いのがポーランドなんだ。
Phrona:どんな変化があったんですか。
富良野:2015年から2019年の間に、ポーランドは遅拡散の状態から通常拡散の状態へ移行した。αが1より小さい状態から1に近い状態へ。
Phrona:それって民主主義が後退したってことですよね。
富良野:そう。他の研究でも2015年以降のポーランドは後退する体制として指摘されている。この拡散分析は、その変化を数値的に捉えているんだ。
Phrona:安定した遅拡散から抜け出したことが、不安定化のサインになる。
富良野:まさに。体制のタイプだけじゃなくて、動き方の変化も重要な指標になるってこと。
Phrona:早期警戒システムとして使えそうですね。
富良野:論文でもそう提案している。開発援助の配分とか、外交政策の優先順位を決めるときに、単に民主主義指数だけじゃなくて、拡散係数の変化も見るべきだって。
Phrona:体制の安定性と変化の速度、両方を数値化できるのが強みですね。
物理学モデルが政治科学にもたらすもの
富良野:この研究のもう一つの意義は、方法論的な貢献だと思う。
Phrona:どういうことですか。
富良野:物理学の拡散理論を適用するとき、普通は粒子の相互作用とか媒質の性質とか、物理的なメカニズムを考える必要がある。でもこの研究では、そういう前提なしにデータから拡散係数を抽出している。
Phrona:現象論的なアプローチってことですね。
富良野:そう。で、それでも意味のある結果が出ているってことは、政治体制の変化に本当に拡散的な性質があるってこと。
Phrona:じゃあ次のステップは、その拡散を引き起こすメカニズムを解明することですか。
富良野:論文でも今後の課題として挙げられている。罠とか障害物とか長距離相関とか、物理学的な概念に対応する政治的メカニズムは何なのか。
Phrona:例えば遅拡散を引き起こす罠って、政治的には何に対応するんでしょう。
富良野:一つの解釈は制度的な安定性かもしれない。憲法とか官僚制度とか、簡単には変わらない構造。
Phrona:速拡散を引き起こす長距離相関は。
富良野:国際的な影響とか、他国での政治変動の波及効果かな。冷戦終結後の民主化の波とか、アラブの春とか。
Phrona:地域全体に影響が広がる現象ですね。
富良野:あと論文で指摘されている限界として、各国を独立として扱っていることがある。実際には貿易とか地理的近接性とか同盟関係とかで相互作用しているはず。
Phrona:ネットワーク効果を入れたら、もっと複雑なモデルになりますね。
富良野:うん。でも複雑になりすぎると解釈が難しくなる。この研究の強みは、シンプルなモデルで本質的なパターンを捉えたこと。
データの信頼性と測定の問題
Phrona:一つ気になるのは、元になっているV-Demデータの信頼性なんですけど。
富良野:それは重要な指摘だね。V-Demは専門家の評価を集めたデータセットで、物理的な測定器で測ったわけじゃない。
Phrona:主観が入りますよね。
富良野:ただV-Demではベイズ測定モデルを使って、専門家のバイアスをできるだけ除去しようとしている。それでも完全にバイアスフリーとは言えない。
Phrona:でも論文では、紛争データとの対応関係が取れていることを、V-Demの妥当性の証拠として挙げていますね。
富良野:そうそう。拡散マニフォールド上の位置と紛争の発生パターンが一致している。これは、マニフォールドが単なる人工的な構造じゃなくて、実際の政治的帰結を反映しているってこと。
Phrona:測定の妥当性を外部基準で検証しているわけだ。
富良野:あと興味深いのは、時間情報を使わずに構築したマニフォールドが、歴史的な軌跡を意味のある形で表現できていること。これも、データが何か本質的なものを捉えている証拠だと思う。
Phrona:アメリカとかロシアとか南アフリカとか、図に示された軌跡を見ると、確かに歴史的な出来事と対応していますもんね。
富良野:南アフリカのアパルトヘイト終結が1993年から1994年の大きなジャンプとして現れているとか、そういう具体性がある。
政治変動の予測可能性をめぐって
Phrona:この研究って、政治変動を予測するツールとして使えるんでしょうか。
富良野:ある程度は使えると思う。少なくとも、どの国がリスクの高い領域にいるかは分かる。
Phrona:でも政治って複雑系じゃないですか。予測不可能性が本質的にあるような。
富良野:確かに。この研究も決定論的な予測を目指しているわけじゃない。むしろ確率的な枠組みを提供している。
Phrona:この体制はこういうふうに動きやすい、でも必ずそうなるわけじゃない。
富良野:そういうこと。拡散係数が大きい領域では大きな変化が起きやすいし、通常拡散の領域では紛争リスクが高い。でもタイミングや具体的な展開は予測できない。
Phrona:天気予報みたいなものですか。降水確率は出せるけど、何時に降り始めるかまでは分からない。
富良野:いい例えだね。で、この確率的な情報でも、政策立案には十分役立つ。
Phrona:どの国に開発援助を優先するかとか。
富良野:あるいは、どの国で民主化支援のプログラムを強化すべきかとか。中間領域にいて通常拡散を示している国は、紛争予防のための介入が必要かもしれない。
Phrona:でも介入自体が体制の軌跡を変えちゃいますよね。
富良野:それが複雑系の難しいところだよね。観測者が系に影響を与える。量子力学みたい。
Phrona:予測が実現してしまうのか、予測があるから回避できるのか。
富良野:おそらく両方が起きる。この研究の価値は、決定論的な予測を提供することじゃなくて、政治変動を理解するための新しい言語を提供したことだと思う。
学際研究の可能性と課題
富良野:最後に、この研究の学際的な性質について考えてみたいんだけど。
Phrona:物理学者と政治学者の共同研究ですもんね。
富良野:うん。第一著者と第三著者は物理学、第二著者は政治学。こういう組み合わせじゃないと、この研究は生まれなかった。
Phrona:物理学者だけだと、データの政治的意味が分からない。政治学者だけだと、拡散方程式を適用するという発想が出てこない。
富良野:でも学際研究の難しさもあるよね。それぞれの分野の専門家を納得させないといけない。
Phrona:物理学者からは、なぜ拡散方程式が政治に適用できるのかって疑問が出るでしょうし。
富良野:政治学者からは、複雑な政治現象を数式で還元できるのかって批判が出るかもしれない。
Phrona:この論文はプレプリントだから、まだ査読を通っていないんですよね。
富良野:そう。arXivに投稿された段階。おそらく専門誌に投稿する前の段階だと思う。
Phrona:査読でどんな指摘が出るか気になりますね。
富良野:方法論の妥当性については徹底的に問われるだろうね。でも、僕が見る限り数学的には堅実だと思う。
Phrona:政治学の側からの評価も重要ですね。
富良野:うん。ただ、紛争データとの対応が取れている点は強い。予測妥当性があるってこと。
Phrona:理論的な美しさだけじゃなくて、実際の現象を説明できている。
富良野:そこが学際研究の醍醐味だと思う。異なる分野の視点を組み合わせることで、どちらか一方では見えなかった構造が見えてくる。
Phrona:物理学の数学的厳密さと、政治学の現象への深い理解と。
富良野:この研究が、他の社会現象への統計物理学の応用を促すきっかけになるかもしれない。経済の変動とか、文化の伝播とか。
Phrona:社会科学に物理学の道具箱を持ち込む。面白い時代になってきましたね。
ポイント整理
拡散マップ技術の適用
V-Demプロジェクトの25の民主主義関連変数(選挙の質、表現の自由、結社の自由など)を分析
非線形次元削減技術である拡散マップを使用し、172カ国の1900年から2021年までのデータを3次元空間に投影
時間情報を使用せずに構築したにもかかわらず、各国の歴史的軌跡が意味のある形で表現された
拡散マニフォールドは準1次元構造を示し、一方の端に独裁国家、もう一方の端に民主主義国家が配置される
マニフォールド上の位置と選挙民主主義指数の相関係数は0.96以上
位置による変数の重要性の違い
独裁国家側では選挙実施能力、選挙で選ばれた官僚、選挙権が高い値を示す(選挙はあるが結果は完全統制)
中間領域に向かうと、選挙管理の自律性が上がるが実施能力は低下(政府のコントロールが失われ、不正や暴力が増加)
表現の自由と結社の自由が同時に改善し、市民社会が力をつける
民主化の過程で支配者は選挙権の制限を試みる
従来の一次元指数では捉えられない移行期の複雑な動態が可視化された
異常拡散の枠組み
平均二乗変位が時間のべき乗に比例する異常拡散方程式を適用:MSD ≃ Kα × t^α
α = 1は通常拡散、α < 1は遅拡散(障害物や罠で動きが遅い)、α > 1は速拡散(長距離相関で速く広がる)
Kα(一般化拡散係数)は変化のスケールを示す
各データ点の近傍で局所的に拡散係数を計算
マニフォールド空間で近い点は25次元の元空間でも類似しており、自然な分類となる
体制タイプごとの拡散特性
体制のタイプと動的タイプが関連していることを定量的に示した
選挙型独裁国家
遅拡散(α < 1)で長期間安定
しかしKαが大きく変化時は劇的(例:冷戦期アルバニア1945-1991)
独裁と民主主義の境界領域
速拡散(α > 1)で頻繁に変化するがKαは小さく一回の変化は小さい
最も不安定(例:ルワンダ1978-1989)
中間的な高原領域
弱い遅拡散から通常拡散(α ≲ 1)を示す移行期の体制(例:アルゼンチン1904-1983)
完全な民主主義国家
強い遅拡散(α < 1)で最も安定、Kαも低く変化は緩やか(例:ノルウェー1946-2021)
紛争リスクと拡散動態の関係
UCDP/PRIO武力紛争データセット(1946-2022)と照合
年間25-999人の戦闘死者の紛争と1000人以上の紛争を区別して分析
すべての紛争がマニフォールドの中央部(独裁でも民主主義でもない中間領域)に集中
α = 0.9~1.35の通常拡散に近い領域、Kα = 1.5~3の範囲で紛争が発生
速拡散を示す崩壊直前の独裁国家や強い遅拡散の民主主義国家では紛争がほとんど発生しない
高強度紛争は中間領域に集中、低強度紛争はより広く分布
体制のタイプだけでなく動態も紛争リスクに影響することを定量的に実証
ポーランドの事例と早期警戒システムとしての可能性
2015-2019年にポーランドが遅拡散から通常拡散へ移行(α < 1 → α ≈ 1)
他の研究でも指摘される2015年以降の民主主義後退を拡散係数の変化として数値化
体制の位置だけでなく動き方の変化が不安定化の指標となる
拡散係数の変化を監視することで体制転換リスクを評価可能
開発援助の配分や外交政策の優先順位決定に活用できる
紛争予防のための介入が必要な国の特定に貢献
方法論的貢献と今後の課題
物理的メカニズムを仮定せず現象論的にデータから拡散係数を抽出
それでも意味のある結果が得られることは、政治変動に本質的な拡散的性質があることを示唆
時間情報なしで構築したマニフォールドが歴史的軌跡を表現できることは、データの妥当性の証拠
紛争データとの対応関係がV-Demデータの信頼性を外部基準で検証
今後の課題:拡散を引き起こす政治的メカニズムの解明(罠、障害物、長距離相関の政治的対応物)
各国を独立として扱っている限界:貿易、地理的近接性、同盟関係などの相互作用の組み込みが必要
決定論的予測ではなく確率的枠組みの提供:どの国がリスクの高い領域にいるかは分かるが具体的展開は予測不可能
学際研究としての意義
物理学者(第一、第三著者)と政治学者(第二著者)の共同研究
物理学の数学的厳密性と政治学の現象理解を組み合わせた新しいアプローチ
単一分野では見えなかった構造を異分野の視点で可視化
統計物理学の社会現象への応用の可能性を開く(経済変動、文化伝播など)
プレプリント段階であり査読での方法論的検証が今後の課題
予測妥当性(紛争データとの対応)が理論的枠組みの有用性を支持
キーワード解説
【拡散マップ(Diffusion Map)】
高次元データを低次元空間に埋め込む非線形次元削減技術。データ点間の距離をランダムウォークでの接続性で定義し、拡散距離を元に多様体を構築する
【異常拡散(Anomalous Diffusion)】
平均二乗変位が時間のべき乗に比例する拡散現象。遅拡散(α<1)は障害物や罠で動きが遅い状態、速拡散(α>1)は長距離相関で速く広がる状態
【V-Demプロジェクト(Varieties of Democracy Project)】
1789年から現在まで190カ国以上の民主主義の質を評価する包括的データセット。専門家の評価をベイズモデルで統合し500以上の指標を提供
【選挙民主主義指数(Electoral Democracy Index)】
V-Demの高次元指数の一つ。表現の自由、結社の自由、選挙権、選挙で選ばれた官僚、選挙の公正さの5つの下位指数から構成
【マニフォールド(多様体、Manifold)】
高次元空間に埋め込まれた低次元の幾何学的構造。この研究では25次元の政治データが準1次元の曲線状の構造を形成
【平均二乗変位(Mean Squared Displacement)】
粒子が時間tで平均的にどれだけ移動したかを示す指標。異常拡散の分析で拡散係数と拡散指数を決定するために使用
【一般化拡散係数(Generalized Diffusion Coefficient, Kα)】
異常拡散方程式におけるスケールパラメータ。変化の大きさを示し、値が大きいほど変化のスケールが大きい
【遅拡散(Sub-diffusion)】
α<1の異常拡散。粒子が障害物や罠に捕らえられて通常より遅く移動する。民主主義国家や安定した独裁国家が示す動態
【速拡散(Super-diffusion)】
α>1の異常拡散。長距離相関やレヴィ飛行により粒子が通常より速く広がる。独裁から民主主義への移行期の特定領域が示す動態
【選挙型独裁国家(Electoral Autocracy)】
選挙は実施されるが結果が政府に完全に統制されている体制。選挙実施能力や選挙権は高いが、選挙の公正さや表現の自由は低い
【UCDP/PRIO武力紛争データセット】
ウプサラ紛争データプログラムとオスロ平和研究所による1946年以降の武力紛争の包括的データベース。紛争の場所、参加者、強度、タイプを記録
【スペクトル次元削減(Spectral Dimensionality Reduction)】
行列の固有値分解を用いてデータの低次元表現を得る技術。拡散マップはその確率論的拡張
【民主主義の後退(Democratic Backsliding)】
確立された民主主義国家が独裁的な方向に退行する現象。制度の弱体化、市民的自由の制限、選挙の公正性低下などで特徴づけられる