色彩という言語──自然界は何億年かけて何を語りかけてきたのか
- Seo Seungchul

- 8月19日
- 読了時間: 9分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Molly Herring "When Did Nature Burst Into Vivid Color?" - Quanta Magazine (2025年6月27日)
概要: オクラホマ州立大学のザカリー・エンバーツ氏とアリゾナ大学のジョン・ウィーンズ氏の研究に基づく記事
赤いりんごが美味しそうに見えるのは偶然でしょうか。ラベンダーの紫色は本当に私たちのためのものでしょうか。孔雀の青い羽根は、どうしてあんなにも美しく輝いているのでしょうか。
実は、これらの色彩は単なる美しさではありません。私たちの目に映る鮮やかな自然界の色は、何億年もかけて進化してきた壮大なコミュニケーション・システムなのです。りんごは赤く色づくことで「食べて、種を運んで」と動物たちに呼びかけ、ラベンダーは紫の花で蜂たちを誘い、雄の孔雀は青い羽根で雌にアピールしています。
でも、ここで興味深い謎が浮かび上がります。色を見る能力と、色で何かを伝える能力―どちらが先に生まれたのでしょうか。鶏が先か卵が先か、という古典的な問いが、進化の世界でも繰り広げられているのです。最新の研究は、この何億年にも渡る色彩の進化史を紐解き、思いがけない答えを示しています。富良野とPhronaが、この魅力的な謎について考えを交わしていきます。
色を見る目が先か、色を作る体が先か
富良野:この研究、面白いですよね。何億年前に何色が現れたかを推定するなんて、考えただけでもワクワクします。
Phrona:本当にそうですね。でも最初に思ったのは、これって結構哲学的な問いでもあるなって。色を見る能力と色で伝える能力、どちらが先かという問題は、まさに知覚と表現の関係を問うているじゃないですか。
富良野:そうそう。研究者たちも最初はどちらかが先だと思ってたんでしょうけど、結果は意外でしたよね。色覚が4億から5億年前に進化して、色によるシグナルはずっと後だったという。
Phrona:1億から2億年も前に色を見る能力があったのに、その間は何を見ていたんでしょうね。記事では水中の「ちらつき」を減らすために色覚が生まれたという説が紹介されてましたけど、なんだか切ないというか。
富良野:ああ、マキシモフの理論ですね。浅い水の中で獲物を追ったり捕食者から逃げたりするために、光のちらつきを抑える必要があったと。確かに実用的だけど、色彩豊かな現在から見ると、ちょっと味気ない話ですよね。
Phrona:でも考えてみると、その「味気ない」実用性があったからこそ、後に生まれる美しい色彩のシグナルを受け取る準備ができていたんですよね。なんだか、言語を獲得する前に聴覚があったみたいな話だなって思います。
植物たちの色彩戦略の始まり
富良野:タイムラインを見ると、最初に色を使い始めたのは植物だったんですね。3億年前に果実や種子が色づき始めて、その後2億年前頃に花が色づいた。
Phrona:植物の戦略って、すごく平和的ですよね。動物を攻撃するわけでもなく、ただ「私を食べて、種を運んで」「私の花粉を運んで」とお願いしている。でも、そのお願いの仕方が色彩なんて、詩的じゃないですか。
富良野:確かに。でも植物からすると、これは死活問題ですからね。移動できない植物にとって、動物に種を運んでもらったり花粉を運んでもらったりするのは、種族存続の鍵ですから。
Phrona:そうですね。植物の色って、ある意味で最初のデザインかもしれません。機能を美しさで包み込むという。りんごの赤は「食べごろです」のサインだし、花の色は「蜜がありますよ」の看板ですし。
富良野:面白いのは、花の色彩は一度の進化で始まったらしいという点ですね。警告色や性的シグナルは何百回も独立して進化したのに、花の色だけは共通の起源があるらしい。
Phrona:それって、花を咲かせるという発明そのものが革命的だったということなのかしら。一度その可能性に気づいた生命は、そこから様々な色彩を展開していった。まるで、絵の具の基本セットを手に入れた画家みたいに。
警告色という生存戦略
富良野:1億3千万年前から、動物たちが警告色を使い始めたというのも興味深いですね。化石に残った琥珀の中のゴキブリが最初の例だそうですが。
Phrona:警告色って、ちょっと不思議な進化ですよね。毒を持っていることを、わざわざ目立つ色で宣伝するなんて。隠れていれば安全なのに、なぜ派手に主張するんでしょう。
富良野:それこそが警告色の賢さなんでしょうね。一度その色と毒の関係を学習した捕食者は、同じ色の生き物を避けるようになる。つまり、双方にとって無駄な戦いを避けられるというわけです。
Phrona:ああ、なるほど。暴力の抑止力みたいなものなんですね。核兵器の理論に似てるかも。持っていることを相手に知らせることで、実際に使わずに済む。
富良野:面白い比較ですね。でも警告色の場合、騙しもあるんですよ。毒を持たない生き物が、毒を持つ生き物の色を真似するベイツ型擬態とか。
Phrona:生き物の世界にも詐欺があるんですね(笑)。でも考えてみれば、それも一種のコミュニケーションの複雑化ですよね。言語でも、嘘をつけるようになったときに表現力が格段に上がったって言いますし。
富良野:研究によると、警告色は9つの異なる門で進化したそうです。つまり、生き物たちがそれぞれ独立してこの戦略を発見した。それだけ有効な戦略だったということでしょうね。
愛と美の色彩言語
Phrona:そして最後に現れたのが性的シグナルの色彩。1億年前に魚類で始まったんですね。これが一番ロマンティックかもしれません。
富良野:ただ、性的シグナルには興味深い制約があります。色覚を持つ種にしか存在しないんです。当たり前といえば当たり前ですが、同じ種の仲間の色を見ることができなければ、そもそもシグナルとして機能しませんからね。
Phrona:それって、美しさには相手が必要だということを示してませんか。誰も見ていない美しさは、進化の意味では存在しないのかもしれません。
富良野:なるほど、深いですね。でも一方で、研究者のオソリオさんが指摘していたように、鮮やかな色彩それ自体が「意味を持つ構造」の証拠だという見方もありますよね。
Phrona:掃除機の中身をばらまくと灰色になるけれど、意味のある構造は鮮やかな色を持つ、という比喩でしたっけ。エントロピーに抗う力としての色彩。これも詩的な表現ですよね。
富良野:生命そのものがエントロピーに抗う現象だと考えると、色彩はその最も美しい表現のひとつかもしれませんね。秩序と意味を視覚的に表現したものとして。
Phrona:そして研究では、過去1億年間で鳥類、爬虫類、魚類の警告色と性的シグナルが爆発的に増えているそうですね。自然界がますます彩り豊かになっているなんて、希望的な話じゃないですか。
富良野:ウィーンズさんは、この傾向が今後も続くだろうと予測してましたね。つまり、自然界はこれからもっと眩しくなるということです。
見えない色、失われた色
Phrona:でも、すべての生き物が同じように色を見ているわけじゃないんですよね。記事を読んでいて驚いたのは、色覚の多様性です。
富良野:そうですね。シャコは12種類の色チャンネルを持っていて、紫外線や偏光まで見えるそうです。一方で、サメは青が見えないし、人間も犬や兎に比べて限られた色覚しか持たない。
Phrona:私たちが見ている世界の色彩は、ほんの一部でしかないということですね。シャコが見ている世界って、どんなふうなんでしょう。想像もつきません。
富良野:面白いのは、進化の過程で色覚が失われることもあるという点ですね。ヌタウナギは赤が見えないし、人間の祖先ももっと豊かな色覚を持っていたかもしれない。
Phrona:それって、ちょっと切ないですね。私たちが失った色の世界があるかもしれないなんて。でも一方で、限られた色覚だからこそ、その範囲内での色彩の意味がより深くなるのかもしれません。
富良野:制約があるからこそ創造性が生まれる、ということですかね。俳句が短いからこそ美しいように、人間の色覚の限界があるからこそ、その中での色彩表現が豊かになる。
Phrona:そうですね。そして、色覚を失った生き物でも警告色を使うことがあるというのも興味深いです。自分には見えない色を使って、色が見える捕食者に警告するなんて。
富良野:それこそがコミュニケーションの本質かもしれませんね。相手の世界に合わせて言語を選ぶということ。自分が理解できなくても、相手が理解できればシグナルとして成立する。
時間という謎と化石という証人
Phrona:この研究の面白さと同時に難しさは、何億年も前のことを推測しているという点ですよね。色は化石に残りにくいし、残ったとしても機能までは分からない。
富良野:そうですね。研究者たちも認めていますが、系統樹による推定は本質的に推測的な部分があります。青いトカゲの腹の斑点が進化の過程で現れたり消えたりするように、色彩のシグナルも来ては去っていく。
Phrona:でも、それこそが生命の面白さなのかもしれません。完璧な記録が残っていないからこそ、私たちは想像力を働かせて、過去の世界を描くことができる。
富良野:オソリオさんが言っていたように、「現在を見ても、それが来たり去ったりしているだけだから、あまり分からない」というのは確かにそうですね。でも、ウィーンズさんが反論していたように、そういう仮説を検証するためにも、こうした研究は必要でしょう。
Phrona:時間の深さって、本当に不思議ですよね。3億年前に最初の色づいた果実があったかもしれないなんて、想像するだけでドキドキします。当時の世界はどんな色をしていたんでしょう。
富良野:きっと今よりもずっと地味だったでしょうね。でも、その中に突然現れた赤い果実は、当時の動物たちにとって革命的な発見だったかもしれません。
Phrona:色のない世界から色のある世界への移行って、まるで白黒映画からカラー映画になったようなものかもしれませんね。『オズの魔法使い』みたいに。
富良野:そして今も、その移行は続いている。自然界はこれからもっと色鮮やかになっていくかもしれないというのは、ワクワクする予測です。
ポイント整理
色覚が先、色彩シグナルが後
色を見る能力は4~5億年前に進化したが、色によるコミュニケーションは1~2億年後に始まった
植物が色彩コミュニケーションの先駆者
億年前の果実・種子から始まり、2億年前頃に花の色彩が登場
動物の色彩戦略の段階的発展
警告色(1億3千万年前)→性的シグナル(1億年前)の順で進化
独立進化の頻発
警告色は9つの異なる門で独立進化、性的シグナルも数百回独立進化
色覚の多様性と制約
シャコの12色チャンネルから色盲まで、生物種により色覚は大きく異なる
現在進行形の色彩爆発
過去1億年で鳥類・爬虫類・魚類の色彩シグナルが急増、今後も継続予測
キーワード解説
【系統樹(Phylogenetic tree)】
現代の生物の特徴を基に過去の進化過程を推定した種の系譜図
【警告色(Warning coloration)】
毒や危険性を捕食者に知らせる鮮やかな体色
【性的シグナル(Sexual signals)】
配偶者選択で使われる色彩による視覚的コミュニケーション
【ベイツ型擬態】
毒を持たない生物が有毒生物の色彩を真似る現象
【フォトレセプター】
光を感知する細胞、色覚の基礎となる
【エントロピー】
物理学用語で無秩序さの度合い、生命は秩序を作り出しエントロピーに抗う
【偏光】
光の振動方向が特定の向きに制限された光、一部の動物が感知可能