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言語AIの新たな可能性──LLM-JEPAが示すピクセル予測からの脱却


シリーズ: 論文渉猟


◆今回の論文:Hai Huang et al. "LLM-JEPA: Large Language Models Meet Joint Embedding Predictive Architectures" (arXiv, 2025年9月11日)

  • 概要:大規模言語モデルに画像処理で成功したJEPA手法を適用し、従来の単語予測を抽象表現空間での予測に置き換える新しい学習アプローチを提案した研究論文。



コンピュータビジョンの世界では、何年も前から「抽象表現を予測する」という手法が標準になっています。一方で、言語処理の世界はいまだに「次の単語を当てる」という昔ながらの方法にとどまっています。この差はなぜ生まれたのでしょうか。


実は、この問題に本格的に取り組んだ研究が2024年9月に発表されました。LLM-JEPAと呼ばれるこの手法は、画像認識で既に確立されたJEPA(統合埋め込み予測アーキテクチャ)を言語モデルに適用し、従来の言語学習を根本から見直すアプローチです。


この研究が示すのは単なる性能向上にとどまりません。AIが世界を理解する方法そのものを変える可能性を秘めています。富良野とPhronaの二人が、この技術革新の意味するところを探ります。


 


二つの世界の間にある溝


富良野:この論文を読んでいて、すごく興味深いと思ったのは、画像と言語でこんなにも学習方法が違うということなんです。画像の世界では何年も前から、ピクセルそのものを予測するのではなく、もっと抽象的な表現を予測する方法が主流になっている。


Phrona:ああ、確かにそうですね。でも言語の場合は、いまだに「次の単語は何か」を当てるゲームをひたすら続けている感じがします。なんでこんなに違いが生まれたんでしょうね。


富良野:それがまさにこの研究の出発点なんですよ。著者たちも同じ疑問を持ったわけです。画像では統合埋め込み予測アーキテクチャ、いわゆるJEPAが大成功を収めているのに、なぜ言語ではそれができないのかと。


Phrona:JEPAって、要するに何をしているんでしたっけ?


富良野:簡単に言うと、生の入力データではなく、抽象化された表現空間で予測を行う仕組みです。例えば画像なら、個々のピクセルの色を予測するのではなく、画像が持つ意味的な特徴を抽象化して、その抽象表現を予測する。


Phrona:なるほど。それって人間がものを理解する仕方に近い気がします。私たちも細かい部分にこだわらずに、全体的な意味を掴んで次を予想しますよね。


言語AIが直面する根本的な限界


富良野:そうなんです。でも言語でそれをやろうとすると、途端に難しくなる。なぜかというと、テキストって基本的に離散的なデータだから。つまり単語という明確に区切られた要素でできている。


Phrona:画像はその点、連続的ですもんね。ピクセルとピクセルの間に明確な境界線があるわけじゃない。


富良野:まさにそこが鍵なんです。現在の大規模言語モデルは、本質的には「入力空間の再構築」に依存している。次の単語を予測して、文章を生成していく。これは確かに効果的だけれど、抽象的な理解には限界がある。


Phrona:でも、そもそも言語で「抽象表現」って何を指すんでしょう?単語やフレーズそのものが、既にある種の抽象化されたシンボルですよね。


富良野:いい質問ですね。LLM-JEPAが目指しているのは、単語レベルの抽象化ではなく、もっと高次の意味レベルでの抽象化です。例えば、特定の単語を予測するのではなく、文章の意図や文脈の流れを表現する高次元ベクトルを予測する。


Phrona:ああ、つまり「何を言うか」ではなく「何を意味するか」を予測するということ?それって確かに人間らしい理解の仕方ですね。


過学習という意外な敵


富良野:この研究で面白いのは、LLM-JEPAが従来の方法より過学習に強いという結果が出ていることなんです。これは予想外の発見でした。


Phrona:過学習に強いというのは、どういうことですか?


富良野:過学習というのは、モデルが訓練データを丸暗記してしまって、新しいデータに対しては全然うまくいかないという現象です。従来の言語モデルは、特に小さなデータセットで訓練すると、すぐに過学習してしまう傾向がある。


Phrona:なるほど。でもなんでJEPAの方法だと過学習しにくいんでしょう?


富良野:僕の理解では、抽象表現で予測を行うことで、細かい表面的な特徴に頼らざるを得なくなるからではないでしょうか。具体的な単語を予測するのではなく、より本質的な意味構造を学習しようとする。


Phrona:それって、丸暗記じゃなくて理解に近づいているということ?


富良野:そう考えることもできますね。ただ、ここで注意しなければいけないのは、これはまだ初期段階の研究だということです。論文でも、計算コストが3倍になるという課題が明記されています。


計算量という現実的な壁


Phrona:3倍のコストって、かなり大きな問題ですよね。実用性を考えると。


富良野:そうなんです。現在のLLM-JEPAは、複数の視点から同じテキストを処理する必要があるため、どうしても計算量が増えてしまう。著者たちも、これを単一のフォワードパスで処理できるような改良を考えているようですが。


Phrona:でも、そのコストに見合った性能向上が得られているんですか?


富良野:実験結果を見ると、NL-RX、GSM8K、Spider、RottenTomatoesといった様々なデータセットで、従来の学習方法を大幅に上回る性能を示しています。Llama3、OpenELM、Gemma2、Olmoといった異なるモデルファミリーでも一貫して改善が見られる。


Phrona:それって結構すごいことですよね。でも私が気になるのは、この技術が言語理解そのものを変えるのか、それとも単に性能を向上させる技術的改良に過ぎないのかということです。


表面的改良か、本質的変革か


富良野:それは非常に重要な問いですね。僕自身、この技術の本当の意義について考え込んでしまいます。単なる工学的改良なのか、それとも人工知能の根本的な進歩なのか。


Phrona:ヤン・ルカンが提唱するJEPAの背景にある思想を考えると、これは後者の可能性が高いように思います。彼が目指しているのは、人間のような学習能力を持つAIですよね。


富良野:そうですね。ルカンの議論では、現在のAIの最大の問題は、世界の物理的な理解が不足していることだとされています。抽象表現で予測を行うことで、より人間に近い理解の仕方ができるようになるかもしれない。


Phrona:でも、これって言語に限った話じゃないですよね。もしかすると、将来的にはマルチモーダルなAI、つまり言語と画像と音声を統合的に理解するシステムの基盤になる可能性もあるのでは?


富良野:その可能性は大いにありますね。実際、画像処理では既にJEPAの有効性が証明されているわけですから、言語でも同じような成功が得られれば、異なるモダリティ間での統合がずっと自然になるかもしれません。


人工知能の未来への示唆


Phrona:このLLM-JEPAって、結局のところ何を私たちに教えてくれるんでしょうね?


富良野:一つは、現在の大規模言語モデルが、まだまだ改良の余地があるということでしょう。多くの人が「ChatGPTで言語AIは完成した」みたいに思っているけれど、実際には根本的に異なるアプローチがまだ可能だということを示している。


Phrona:それって、ある意味希望的な話でもありますよね。技術の進歩が止まったわけじゃないと。


富良野:そうですね。ただ同時に、これは研究の初期段階だということも忘れてはいけません。計算コストの問題も含めて、実用化までにはまだ時間がかかるでしょう。


Phrona:でも長期的に見れば、これはAIが「理解する」ということの意味を変える可能性がありますよね。単語を予測するのではなく、意味を予測する。それって、知性そのものの定義に関わってくる気がします。


富良野:まさにそこが一番興味深いところです。もしかすると、私たちは人工知能の新しい時代の入り口に立っているのかもしれません。表面的な言語処理から、より深い理解へと向かう転換点として、このLLM-JEPAが後から振り返ったときに重要な一歩だったと評価される可能性もある。


Phrona:そう考えると、ちょっとワクワクしますね。技術の進歩って、いつも予想外の方向から来ますから。



 

ポイント整理


  • LLM-JEPAは画像処理で成功したJEPA手法を言語モデルに適用した初の本格的研究

    • 従来の「次の単語予測」から「抽象表現予測」への転換を図る革新的アプローチ

  • 複数のデータセットとモデルファミリーで従来手法を大幅に上回る性能を実現

    • NL-RX、GSM8K、Spider、RottenTomatoesでの実験により、Llama3、OpenELM、Gemma2、Olmoなど異なるモデルで一貫した改善を確認

  • 過学習に対する強い耐性を示す

    • 従来の言語モデルが抱える重要な課題である過学習問題に対して、抽象表現での学習により本質的な改善を実現

  • 計算コストが3倍増加する課題を抱える

    • 複数視点からの処理が必要なため現段階では実用性に制約があるが、著者らは単一フォワードパスでの処理実現を目指している

  • 言語AIの根本的なパラダイム転換の可能性

    • 単なる性能向上にとどまらず、AI の「理解」そのものの定義を変える可能性を秘めた技術革新

  • マルチモーダルAI発展への基盤

    • 画像処理で既に確立されたJEPA手法との統合により、言語・画像・音声を統合的に理解するシステム構築への道筋を提示

  • 人間のような学習能力への接近

    • ヤン・ルカンの提唱する人間らしい学習・理解メカニズムの実現に向けた重要な一歩として位置づけられる



キーワード解説


JEPA(統合埋め込み予測アーキテクチャ)】

生の入力データではなく抽象化された表現空間で予測を行う機械学習手法


抽象表現予測】

具体的な単語やピクセルではなく、高次の意味的特徴を表現するベクトル空間での予測


エネルギーベースモデル】

互換性のある入力に低エネルギー、非互換な入力に高エネルギーを割り当てる機械学習モデル


過学習耐性】

訓練データへの過度な適応を避け、新しいデータに対する汎化性能を維持する能力


マルチモーダル学習】

言語、画像、音声など複数の情報様式を統合的に処理する学習方法


自己教師あり学習】

ラベル付きデータを使わず、データ自体から学習信号を生成する機械学習手法


表現空間】

入力データの重要な特徴を低次元で抽象化して表現する数学的空間



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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