音楽が脳を変える──音楽家は痛みを感じにくいという発見
- Seo Seungchul

- 10月29日
- 読了時間: 6分
更新日:6 日前

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Vishwam Sankaran "Scientists surprised to find musicians don’t feel pain same way other people do" (The Independent, 2025年9月26日)
概要:デンマーク・オーフス大学の研究チームが、音楽家は非音楽家と比べて痛みに対する脳の反応が異なることを発見。音楽訓練が痛みへの耐性を高める可能性を示唆
楽器を長年練習している人は、痛みを感じにくいかもしれません。そんな驚きの研究結果が、デンマークの研究チームから発表されました。
私たちは誰しも痛みを経験しますが、その感じ方には個人差があります。同じ怪我をしても、ある人はひどく苦しみ、別の人はさほど気にならない。これまでは体質や性格の違いだと考えられてきましたが、実は脳の構造そのものに違いがあるのかもしれません。
今回の研究では、音楽家19人と非音楽家20人に実際に手の痛みを誘発し、脳の反応を詳しく調べました。すると、音楽家の脳は痛みに対してまったく異なる反応を示したのです。練習時間が長いほど痛みを感じにくく、脳の「身体地図」も縮小しませんでした。
では、なぜ音楽訓練が痛みへの耐性を生むのでしょうか。そして、この発見は慢性痛に苦しむ人々への新しい治療法につながるのでしょうか。富良野とPhronaの対話を通じて、音楽と脳、そして痛みの複雑な関係を探ってみましょう。
音楽家の脳に何が起きているのか
富良野:この研究、かなり面白い発見ですよね。音楽家の脳では、痛みを感じても「身体マップ」が縮小しないっていう。
Phrona:身体マップって、脳が体のどの部分がどこにあるかを把握している地図みたいなものですよね。痛みを感じると、普通はその部分の地図が小さくなってしまう。
富良野:そうそう。でも音楽家の場合、痛みを感じてもその地図がそのまま保たれている。しかも練習時間が長い人ほど痛みを感じにくいって。
Phrona:なんだか不思議ですね。楽器を弾くことが、痛みに対する脳の盾みたいな役割を果たしているんでしょうか。
富良野:研究者たちは「バッファー」って表現してますけど、まさにそんな感じかもしれませんね。日々の練習が、脳を痛みから守る仕組みを作り上げているみたい。
Phrona:でも、なんで音楽の訓練がそんな効果を生むんでしょう。楽器を弾くことと痛みの感じ方って、一見関係なさそうなのに。
練習が脳に与える深い影響
富良野:これは想像ですけど、楽器の練習って、実はすごく複雑な脳の作業なんですよね。指の細かい動きをコントロールしながら、音を聞いて、楽譜を読んで。
Phrona:あ、それで思い出したんですが、ピアニストの脳を調べた研究で、指を動かす部分の脳が普通の人より発達しているって聞いたことがあります。
富良野:そうですね。長年の練習で、手や指に関する脳の回路がかなり精密に発達している。もしかしたら、その発達した回路が痛みの信号に対しても違う反応を示すのかも。
Phrona:つまり、音楽家の脳は手の感覚をより詳細に処理できるから、痛みという一つの信号に振り回されにくいってことでしょうか。
富良野:うーん、それもあるかもしれないし、練習中に小さな痛みや疲労を感じながらも演奏を続ける経験が、痛みへの耐性を高めているのかもしれない。
Phrona:日常的に「痛みと共存する」訓練を知らず知らずのうちにしているんですね。演奏中は痛みよりも音楽に集中するから、脳もそういう優先順位を覚えるのかも。
慢性痛への新しいアプローチ
富良野:この発見が本当に価値あるのは、慢性痛に悩む人たちへの治療につながる可能性があることですよね。
Phrona:研究では「脳を再訓練する新しい治療法」って言ってましたね。でも、慢性痛に苦しんでいる人に楽器を習えっていうのは、ちょっと現実的じゃない気も。
富良野:確かに(笑)。でも音楽訓練の何が効いているのかが分かれば、その要素だけを取り出した訓練法を作れるかもしれません。
Phrona:手の細かい動作を意識的にコントロールする訓練とか、集中力を高める練習とか。音楽でなくても、似たような効果を生む方法があるかもしれませんね。
富良野:それに、この研究は「なぜ人によって痛みの感じ方が違うのか」という根本的な疑問にも光を当ててますよね。
Phrona:そうですね。今まで痛みへの強さって、生まれつきの体質や性格の問題だと思われがちでしたけど、実は訓練によって変えられる可能性があるって。
富良野:脳の可塑性というか、変化する能力を痛みの治療に活かすという発想。これまでの薬物療法とは全然違うアプローチですね。
音楽がもたらす意外な恩恵
Phrona:考えてみると、音楽って昔から癒しの力があるって言われてきましたけど、こんな科学的な根拠があったんですね。
富良野:ただの精神的な慰めじゃなくて、実際に脳の構造や機能を変えている。音楽教育の価値を考え直すきっかけにもなりそうです。
Phrona:でも気になるのは、どのくらいの期間、どのくらいの強度で練習すれば効果が出るのかってことです。この研究の音楽家たちがどのくらいの経験を積んでいたのか。
富良野:そこは今後の研究に期待ですね。それに、楽器の種類によって効果に差があるのかも興味深いところです。
Phrona:ピアノとバイオリンでは手の使い方が違うし、管楽器だとまた別の脳の部位が鍛えられそう。
富良野:この研究が示唆しているのは、僕たちの脳がまだまだ未知の可能性を秘めているってことかもしれませんね。日常の活動が、思わぬところで脳を変化させている。
Phrona:そうですね。音楽家の脳の研究から、痛みという人類共通の悩みへの新しい解決策が見えてくるなんて、不思議な縁を感じます。
ポイント整理
音楽家の脳は痛み刺激に対して特殊な反応を示す
通常、痛みを感じると脳の身体マップが縮小するが、音楽家ではこの現象が起こらない
練習時間と痛み耐性に相関関係
楽器の練習時間が長いほど、痛みを感じにくくなることが実験で確認された
音楽訓練が痛みに対する「バッファー」を提供
長年の楽器練習が、脳に痛みの悪影響を軽減する保護機能を構築している可能性
慢性痛治療への新たな道筋
この発見は、脳を「再訓練」することで慢性痛を改善する新しい治療法開発の基盤となる可能性
個人差の科学的説明
なぜ人によって痛みの感じ方が異なるのかという謎の解明につながる重要な手がかり
脳の可塑性の活用
薬物療法とは異なる、脳の変化能力を利用したアプローチの可能性を示唆
キーワード解説
【身体マップ(ボディマップ)】
脳が体の各部位の位置や感覚を把握するために作り上げている神経回路の地図
【神経成長因子】
神経の健康維持に必要なタンパク質。実験では安全な痛み刺激として使用
【脳の可塑性】
経験や訓練によって脳の構造や機能が変化する能力
【慢性痛】
通常の治癒期間を超えて続く持続的な痛み
【磁気パルス】
脳の特定部位を刺激して活動を調べる非侵襲的な研究手法
【身体感覚皮質】
体からの感覚情報を処理する脳の領域
【バッファー効果】
外部からの悪影響を軽減・吸収する保護機能