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音楽は「聴く能力」から始まった──言語より先に、私たちの体に宿っていたもの

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事: Kristen French, "Did Music Give Rise to Language?" (Nautilus, 2026年3月18日)

  • 概要:アムステルダム大学教授・音楽認知学者ヘンクヤン・ホーニングへのインタビュー。音楽と言語の進化的な先後関係、音楽性の生物学的基盤、動物の音楽的能力の研究、そして音楽の臨床的応用(失語症・吃音・認知症)についてまで、幅広く論じた内容。学術誌『Current Biology』掲載の論考をベースに構成されている。



音楽が好きな人も、あまり興味がない人も、音楽を「聴く力」はほぼ全員が持っています。曲を聴いてリズムに乗ってしまったり、悲しい旋律を聴いて胸が締め付けられたり——これって、ただの習慣や文化の話なのでしょうか。それとも、もっと深いところ、つまり生物としての人間の構造に根ざしているのでしょうか。


アムステルダム大学の音楽認知学者、ヘンクヤン・ホーニングさんが最近発表した論考が、この問いに真正面から向き合っています。音楽は文化の産物だという立場に反論し、音楽性(musicality)は人間の生物学的な基盤に深く埋め込まれていると主張するものです。


富良野とPhronaが今回話し合うのは、「音楽を楽しむ能力」と「音楽そのもの」はどう違うのか、という一見シンプルで、実はかなり根の深いテーマです。音楽が言語より先に生まれたかもしれないという仮説、音痴の人でも感情は読める、失語症の人が音楽は覚えている——そんな発見が、人間の認識の構造について、静かに、でも着実に何かを教えてくれます。


 


「音楽性」という言葉の地図を広げてみる


富良野:音楽認知の研究者がよく使う言葉で、「音楽性(musicality)」っていうのがあるんですが、これ、日常的な意味の「音楽的な人」とはちょっとずれているんです。


Phrona:ずれているというのは?


富良野:ふつう「あの人、音楽的だよね」というと、楽器が弾けるとか、歌がうまいとかを指しますよね。でも研究の文脈での音楽性というのは、音楽を知覚して、楽しむための能力全般のことを言う。つくる能力ではなく、受け取る能力、とでもいうか。


Phrona:あ、それは面白い分け方ですね。演奏できなくても、音楽に感動できるなら、それは「音楽性がある」ということになる?


富良野:そう。ホーニングさんはこれを食事にたとえていて。「音楽」がレシピや料理そのものなら、「音楽性」は食欲と味覚だ、と。世界中に違う料理があるけれど、お腹が減る感覚と、甘いとか辛いとかを感じる能力は、人類に共通している。


Phrona:なるほど、文化によって料理は違っても、食べることの根っこは同じ、ということか。でも、食欲は確実に生物的なものですよね。音楽への感受性も同じように「生物的」だと言えるんでしょうか。


富良野:そこが問いの核心なんですよね。ホーニングさんは「生物的だ」という立場を取っていて、その根拠のひとつが、音楽を聴くとドーパミンが出る、という話です。


Phrona:ドーパミン、というのは?


富良野:脳内の神経伝達物質で、報酬系に関わるものです。食事したとき、あるいは性行為のときにも出る。要するに、生存や繁殖に関わる基本的な行動に結びついている物質が、音楽でも放出されるということで——これは、音楽が単なる文化的な習慣ではなく、脳の深いところに刻み込まれている可能性を示している。


Phrona:音楽で「椅子から落ちそうになる」くらいの感動をする人がいるって話、インタビューに出てきますよね。あれもドーパミンの話とつながるんでしょうか。


富良野:つながります。「審美的な鳥肌(aesthetic chills)」と呼ばれる現象で、同じ曲の同じ箇所で、毎回同じように鳥肌が立つという。これって単純な習慣的反応じゃなくて、脳の報酬系が精密に反応しているんだと思う。


Phrona:でも、音楽が全く好きじゃない人もいますよね。


富良野:そう、「音楽的快感を感じない人(musical anhedonics)」というのがいて、バルセロナ大学で研究されています。彼らの脳を調べると、何が違うかがわかる——逆から見ることで、音楽的快楽がどんな神経ネットワークで成り立っているかが見えてくる。


Phrona:なるほど、欠如を研究することで全体像が浮かぶ、っていうやり方ですね。音楽の「ない人」が、音楽の「地図」を教えてくれる、みたいな。



世界の音楽は、思ったより似ている


Phrona:生物学的基盤があるという話、もう少し掘れますか。たとえば、文化を超えた共通点みたいなもの、あるんでしょうか。


富良野:あるんです、それが面白くて。世界中の音楽を統計的に調べると、直感に反して、差異より共通点のほうが多いという結果が出ている。NatureやScienceに掲載された研究で繰り返し示されているらしい。


Phrona:差異のほうが多いと思いますよね、普通は。インドの音楽と西洋のクラシックと、アフリカの太鼓音楽を並べたら、全然違うじゃないかって。


富良野:見た目には違うんだけど。でも、たとえば音階——音と音の間の距離の取り方——を調べると、世界のほぼどの文化でも、5〜7つの音を均等な幅で使うパターンが出てくる。東洋にも西洋にもそれ以外にも。


Phrona:それは、偶然そうなったというより、脳がその分割を「処理しやすい」と感じているから?


富良野:ホーニングさんの解釈だとそういうことです。5〜7音の均等な分割が、脳にとって覚えやすく、再現しやすく、学びやすい。生物学的な制約が、文化を超えて音楽の形を収束させている。


Phrona:面白いですね……。だとすると、「音楽の多様性」って、実は表面的な多様性で、深いところではかなり似た構造を共有しているということになる。


富良野:料理のたとえで言えば、レシピは多様でも、人間の舌が感じられる味の種類(甘味・塩味・酸味……)は共通している、みたいな。


Phrona:その「舌の構造」に相当するものが、音楽においては何か、ということを研究しているわけですね。


富良野:そう。でも、だとすれば次の問いが出てくる。その生物学的な基盤って、いつ、どうやって生まれたのか、と。そしてそれは、言語と関係があるのか、どちらが先なのか——という話になっていく。



ビートは音楽のもの、テンポは言語の邪魔


Phrona:音楽が言語より先に生まれたかもしれない、という話、少し前から気になっていたんですが。


富良野:ダーウィンが提案した古い仮説で、言語は音楽的なプロトコミュニケーション(音楽的な原初的伝達手段)から派生したかもしれない、という。ただ、これを支持する説と、逆に言語が先で音楽は副産物だという説が今もぶつかっていて、証拠は今のところほぼ拮抗しているらしい。


Phrona:どちらかを確かめるためには、何を調べればいいんでしょう。


富良野:音楽にはあって、言語にはないもの、あるいはその逆を探す、ということです。ホーニングさんが注目しているのは「ビート知覚」で——。


Phrona:ビート知覚?


富良野:音楽のリズムの「規則正しい拍」を感じ取る能力です。音楽ってだいたい、どこかに一定のビートがありますよね。でも言語って、等間隔のビートで話すと、すごく変な印象になる。


Phrona:あ、「も・し・あ・な・た・が」みたいに、一字一字均等に話したら……たしかに、怖いというか。


富良野:ロボットみたいで、意味が伝わりにくい(笑)。言語では、イントネーションや強調の変化が意味を運ぶから、均等なビートはむしろ邪魔になる。


Phrona:つまり、ビート知覚は言語とは独立した能力かもしれない、ということ?


富良野:少なくとも、そこに差がある。それから繰り返しも違って。「言います、言います、また言います」と言われると、聴く側はイライラしてくる。でも音楽では繰り返しは心地よい。


Phrona:たしかに、サビが何度も来るのが好きだったりしますよね。


富良野:もうひとつ面白いのが、「同時に演奏する」かどうか、という違い。ホーニングさんは「ターンテイキング(turn taking)」という言葉を使っていて、会話では交互に話す——これが言語の特徴。でも音楽では、みんなが同時に音を出す。


Phrona:ああ、合奏と会話は根本的に違うものを要求している、ということですね。


富良野:ビート知覚は、その「同時に演奏する」ための能力でもある。相手のテンポを把握して、自分を合わせていく。同期するための機能。


Phrona:それって、言語より音楽の方が「群れで動く」ための能力に近いのかもしれない、という感じがします。



音痴でも、悲しい曲はわかる


Phrona:話は変わるかもしれないけど、音痴の人の話がインタビューに出てきますよね。音痴でも感情はわかる、という。


富良野:そこ、すごく面白かった。音痴(音程の識別が著しく苦手な人)って、二つのメロディーが全然違っても区別できなかったりする。でも、その音楽が楽観的か悲しいかは、ちゃんとわかるらしい。


Phrona:情報の種類が分離しているということ?


富良野:そうなんです。音程の識別と、感情の読み取りが、別の処理をしている。これは言語でも同じで、失語症——脳の損傷などで言葉が出なくなる病気——の人が、若い頃の音楽は覚えている、という現象がある。


Phrona:言葉の記憶は失われても、音楽の記憶は残る。それって……少し切ない話ですね。


富良野:でも、そこに臨床的な可能性があって。ハーバード医学大学院では、音楽的なアプローチで、失語症の人が再び話せるようになる試みをしているらしい。吃音(どもり)にも効果があるという報告がある。


Phrona:音楽で言語を「修復」しようとしている、というのは、脳の中に別のルートがあるということですよね。言葉の道が塞がれていても、音楽の道から回り込む、みたいな。


富良野:ホーニングさんもそういう表現を使っていて、音楽と言語は脳内でかなり「別のネットワーク」として処理されているという証拠が積み上がっている。だから、言語が壊れていても音楽が作動することがある。


Phrona:脳って、同じ「意味」に向かう道が複数ある、みたいな構造なんでしょうか。


富良野:ひとつの機能に複数の経路があるのは、進化的に言っても自然なことで。どちらが古いかはまだわからないけど、音楽と言語が完全に独立しているわけでもなく、かといって同じものでもない——そういう複雑な関係性が、脳の中に刻まれているんじゃないかと思う。


Phrona:音痴でも感情はわかる、という話に戻ると、感情の伝達というのは、音程の精度とは別のレイヤーにある、ということなんですよね。それってもしかしたら、最初に音楽に「あった」のは感情の伝達で、音程の美しさみたいなものは後からついてきたのかもしれない。


富良野:そういう仮説も成り立つんですよね。感情の伝達という機能が先にあって、そこに音楽も言語も乗っかっていった……。ただ、証拠がまだ全然追いついていない。



音色(timbre)という、最後の未開拓地


Phrona:ホーニングさんが「次に研究したいこと」として挙げているのが、音色(timbre)の話でしたよね。


富良野:「音色(timbre)」というのは、音の質感みたいなもので。同じ「ラ」の音でも、バイオリンとトランペットでは全然違って聴こえますよね。あの違いが音色。


Phrona:でも、ホーニングさんが面白いと思っているのは、私たちが音楽を聴くとき、音色をあまり気にしないということ、でしたっけ。


富良野:そう。同じ曲が、ピアノで演奏されても、ギターで演奏されても、「同じ曲だ」とわかる。音色は変わっているのに。でも、鳥の鳴き声の識別は音色が主役で、「あの鳥は誰か」を判断する主な手がかりが音色なんだそうです。


Phrona:人間の言語も、声の質感で「誰が話しているか」がわかりますよね。それはむしろ鳥に近い処理なのかもしれない。


富良野:でも音楽を聴くときは、その音色の識別をある程度「脇に置いて」、メロディーやリズムの方に注意が向く。その切り替えがどうやって起きているのか、まだよくわかっていない。


Phrona:ということは、「音楽を聴く」という行為は、通常の音の処理とはどこかで分岐している、ということになりますね。


富良野:そこが次のフロンティアで。音色の研究が進むと、言語と音楽の処理の違いが、もう少し精密に見えてくるかもしれない。


Phrona:ゆっくり地図が広がっている感じですね。リズムとメロディーの地図はある程度できていて、でも音色の部分はまだ空白になっている。


富良野:動物研究でも似たことが言えて。チンパンジーやボノボ、テナガザルとの比較研究はある程度進んでいるけど、調べられた動物の種類はまだ少ない。これからもっと驚きが出てくるはずだ、とホーニングさんは言っていました。



「音楽があること」と「音楽でいられること」


Phrona:ちょっと違う角度から考えてみると。音楽性が生物的な基盤を持っているとして、でも音楽に全く感動しない人がいることも確かで。


富良野:うん、ナボコフの話が出てきますよね。文学の巨匠なんだけど、音楽が嫌いだったと言われている。


Phrona:音楽が「薬」になる可能性もあれば、音楽が「騒音」に感じる人もいる。同じ生物学的な基盤があるのに、こんなに個人差が出るというのは……なぜなんでしょう。


富良野:ホーニングさんは、音楽性には「分布」があると言っていて。どんな特性も、持っているか持っていないかの二択じゃなくて、程度の問題だと。ビート知覚が鋭い人から、ワルツと行進曲の区別がつかない人まで、連続した分布がある。


Phrona:その分布が、遺伝的な要素と、文化的な環境と、練習と……いろんなものが絡まっているわけですね。


富良野:ロナンというカリフォルニアアシカの話が出てきて、3歳のときに音楽に合わせて頭を振れることが発見されて、15歳になった今も再調査したら、さらに精度が上がっていたらしい。練習が動物にも効く。


Phrona:アシカが音楽に合わせてノれる、というのはなかなか衝撃的ですよね(笑)。それって、ビート知覚が人間だけの特技ではないということ?


富良野:少なくとも、人間の近縁種だけの特技でもない、ということは言える。遠縁の動物にも似た能力がある。だとすると、それは非常に古い、進化の歴史の中でずっと維持されてきた能力かもしれない。


Phrona:……言語より古い、という可能性も、そこから出てくるわけですね。


富良野:証拠がまだ拮抗していて、断言はできない。でも少なくとも、音楽が「高度な文化の産物」として後から生まれた、という見方には、かなり疑問符がついてきた。


Phrona:音楽は贅沢品じゃない、ということかもしれない。私たちがいつの間にかそう扱うようになっているけれど。


富良野:道具としての言語の方が「本質的」で、音楽は余暇の娯楽だ、という感覚、ありますよね。でも脳の構造的には、必ずしもそう単純ではないんだと思う。失語症の人が音楽を覚えていて、音楽から言語に回復できる可能性がある、という事実は——少なくとも、脳の中では音楽が「おまけ」じゃないということを示している。


Phrona:言語が使えなくなったとき、音楽が残っている。それって、音楽の方が「深いところ」にある、ということかもしれないですよね。より根っこに近い場所に。


富良野:まだ仮説の域を出ないけど、そう考えると、「音楽は何のためにあるか」という問いの答えが、少し変わってくるような気がします。機能として説明されていない部分が残っていて——でも、それがあるから人間が人間であるような何かが、そこにあるのかもしれない。


 

 

ポイント整理


  • 「音楽性(musicality)」と「音楽」は別の概念である

    • 音楽が文化的産物(楽曲・演奏・楽器)であるのに対し、音楽性とは音楽を知覚・理解・楽しむための生物学的能力のこと。演奏できない人でも音楽性を持っており、その個人差は「あるかないか」ではなく「多いか少ないか」の連続分布として現れる。

  • 音楽には生物学的基盤がある

    • 証拠として、音楽を聴いたときにドーパミン(脳内の報酬系物質)が放出されることが挙げられる。食事や性行為と同じ報酬システムが関与しており、これは音楽への反応が純粋な文化的習慣ではなく、脳の深い構造に根ざしていることを示唆する。

  • 世界の音楽は表面的な多様性の下に共通構造を持つ

    • 統計的分析により、世界中の音楽の差異より共通点の方が多いことが繰り返し示されている。特に、音階が「5〜7音の均等な幅」に収束する傾向は世界各地で見られ、これは脳の認知的制約が文化を超えて音楽の形を規定していることを示す。

  • 音楽が先か、言語が先かを問う際のカギが「ビート知覚」

    • 音楽では規則的なビートが快適に感じられるのに対し、言語では均等なビートは不自然に聞こえる。また音楽では繰り返しが心地よいが、言語では反復は煩わしい。これらの違いを手がかりに、音楽と言語を進化的に分離して考える研究が進んでいる。

  • 言語と音楽は脳内で別のネットワークとして処理される

    • 音程の識別に困難を持つ音痴の人でも、音楽から感情(楽観的・悲しい)を読み取ることができる。これは音程識別と感情読み取りが別々の神経処理であることを示している。

  • 失語症(脳の損傷で言葉が失われる状態)の人が音楽の記憶を保持しているケースがある

    • 言語の神経経路が損傷を受けても、音楽の経路が残ることがある。ハーバード医学大学院などでは、音楽的介入によって失語症の人が再び話せるようになる試みが行われており、音楽が言語機能を「修復」する可能性が示唆されている。

  • 動物研究と異文化比較研究が、音楽性の進化解明に重要な役割を果たしている

    • カリフォルニアアシカが音楽のビートに合わせて体を動かせることが示されており、ビート知覚が人間固有の能力ではない可能性がある。類人猿や鳥類との比較が進むにつれ、音楽性の進化的ルーツの地図が描かれつつある。

  • 次のフロンティアは「音色(timbre)」の研究

    • 音色とは音の質感・色彩(ピアノとバイオリンの音の違いなど)のこと。音楽を聴くとき、人間は音色に比較的鈍感になる(同じ曲をどの楽器で演奏しても「同じ曲」と認識する)が、鳥や言語処理においては音色が重要な識別因子である。この差異のメカニズムが解明されると、音楽と言語の処理の違いがより精密に理解できるようになる。



キーワード解説


音楽性(musicality)】

音楽を知覚・解釈・楽しむための生物学的能力の総称。演奏技術とは独立した概念で、音楽を「聴く・感じる・理解する」側の能力を指す。


ビート知覚(beat perception)】

音楽の規則的な拍のパターンを感じ取り、それに同期する能力。音楽に固有の特性とされ、言語では均等なビートはむしろ不自然になる。


ドーパミン(dopamine)】

脳内の神経伝達物質のひとつ。食事・運動・性行為など生存に関わる行動で放出される報酬系の物質。音楽を聴いても放出されることが確認されており、音楽の生物学的基盤の証拠とされる。


音楽的快感欠如(musical anhedonia)】

音楽から喜びや快感を得られない状態。音楽的能力や音程識別には問題がなくても、音楽への感情的報酬が機能しない人がいる。


失語症(aphasia)】

脳の損傷(脳卒中など)により言語機能が失われる状態。話す・聴く・読む・書く能力のいずれかまたは全てが影響を受ける。


音色(timbre)】

音の質感・色彩。同じ音程でも、楽器や声質によって聴こえ方が異なるのは音色の違いによる。音楽において比較的見過ごされてきたが、言語や動物の音声識別では重要な役割を持つ。


ターンテイキング(turn taking)】

会話における「交互に話す」という構造。言語の基本特性のひとつで、音楽(合奏)とは対照的に、発話者が時間的に交代していくことが基本となる。


審美的な鳥肌(aesthetic chills)】

音楽や芸術作品を鑑賞中に感じる、強度の感動に伴う身体的反応(鳥肌・寒気など)。遺伝的要因の関与が研究されており、脳の報酬系との関連が示唆されている。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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