人類史の新たな夜明け──『万物の黎明』が問いかける自由と制度の可能性
- Seo Seungchul
- 6月16日
- 読了時間: 6分
更新日:6月16日

シリーズ: 書架逍遥
邦題:『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』
著者:デヴィッド・グレーバー(人類学者)、デヴィッド・ウェングロウ(考古学者)
2021年刊行
「なぜ私たちは今のような社会に生きているのか?」——誰もが一度は抱く素朴な疑問に、人類学と考古学の最前線から挑戦的な答えを突きつける本があります。『万物の黎明』は、私たちが当たり前だと思っている社会の形が、実は無数の選択肢の中から偶然選ばれた一つに過ぎないことを教えてくれます。
狩猟採集から農耕、そして都市国家へ。この一直線の発展史観は本当に正しいのでしょうか。もし人類が、季節ごとに社会の形を変えたり、一度作った国家を自ら解体したりしていたとしたら? 瀬尾とPhronaの対話を通じて、人間社会の驚くべき柔軟性と創造力、そして私たちが失ってしまった「自由」の意味を探ります。
瀬尾:この本、読み終わってから頭の中がぐるぐるしてるんですよ。今まで当たり前だと思っていた人類史の物語が、実は後付けの説明だったなんて。
Phrona:私も同じ感覚です。特に印象的だったのは、季節ごとに社会の形を変える人々の話。夏は平等な狩猟採集民として暮らして、冬になると集まって王様を立てる。まるで服を着替えるみたいに社会制度を変えていたなんて。
瀬尾:そうそう、制度って固定的なものだと思い込んでいましたけど、実は着脱可能だったんですね。現代の僕らには想像もつかない柔軟性です。
Phrona:でも考えてみれば、私たちだって場面によって振る舞いを変えてますよね。家族といる時、職場にいる時、友人と遊ぶ時。ただ、社会全体の仕組みまでは変えられないと思い込んでいる。
瀬尾:確かに。著者たちが言う「三つの自由」——移動の自由、不服従の自由、社会関係を再構成する自由——のうち、最後の自由を僕らは完全に失ってしまったのかもしれません。
Phrona:その「社会関係を再構成する自由」って、すごく重要な概念ですよね。カホキアの例なんか衝撃的でした。巨大都市国家を作り上げた後で、人々がそれを捨てて分散的な社会に戻っていく。
瀬尾:ええ、一度作った文明を自ら解体するなんて、進歩史観からすれば「退化」でしかない。でも実際は、中央集権的な支配に嫌気がさした人々の主体的な選択だったかもしれない。
Phrona:そこが面白いところで、彼らは「失敗した」んじゃなくて「選んだ」んですよね。より自由で、より人間的な生き方を。
瀬尾:テオティワカンの話も興味深かったです。最初はピラミッドや王権があったのに、途中から方向転換して、市民みんなに質の高い住居を提供する平等主義的な都市になった。
Phrona:都市って必ずしも不平等を生むわけじゃないんだ、って気づかされました。規模が大きくなれば階層化するのが必然だと思ってたけど、それも思い込みだったんですね。
瀬尾:むしろ規模の問題じゃなくて、暴力と情報とカリスマがどう組み合わさるかの問題なんでしょうね。著者たちの言う「国家の三要素」の分析は鋭いと思いました。
Phrona:そうそう、全部揃わなくても大規模社会は成り立つ。インカ帝国みたいに文字がなくても巨大な行政網を持てたり、逆に高度な官僚制があっても王の権力が限定的だったり。
瀬尾:つまり、現代の中央集権国家って、歴史的にはむしろ例外的な存在なんですよね。たまたま三要素が揃っちゃった特殊ケース。
Phrona:でも私たちは、それが唯一の答えだと思い込んでる。他の可能性なんて考えもしない。
瀬尾:北米先住民の話も目から鱗でした。ヨーロッパの啓蒙思想が実は先住民との対話から生まれたなんて。コンドリアンクのヨーロッパ批判、痛烈でしたね。
Phrona:「なぜあなたたちは貧しい人を助けないの?」「なぜ一人の人間が他の人間に命令できるの?」って、根本的な問いを投げかけてくる。私たちが当たり前だと思ってることを、外から見たらおかしいんだって気づかされる。
瀬尾:そういえば、女性の地位の話も重要でしたね。初期の農耕社会では女性が重要な役割を果たしていた証拠があるのに、いつの間にか家父長制が当たり前になってしまった。
Phrona:著者たちは、その変化が人類の自由を奪う大きな要因の一つだったんじゃないかって示唆してますよね。家庭内の支配関係が、社会全体の支配構造のモデルになってしまった。
瀬尾:なるほど、ミクロな関係性の変化がマクロな社会構造を固定化させる。逆に言えば、身近な関係性から変えていけば、社会全体も変わる可能性があるってことですかね。
Phrona:そう考えると希望が持てますね。でも同時に、私たちがいかに想像力を失ってしまったかも痛感します。制度は変えられるものだって、頭では分かっても、じゃあどう変えるかってなると...
瀬尾:確かに難しい。でも、この本が教えてくれたのは、人類にはもともとそういう創造力があったってことですよね。失われたわけじゃなくて、忘れてるだけかもしれない。
Phrona:トラスカラみたいな「王のいない共和国」とか、イロコイ連邦みたいな合議制とか、実際に機能していた例がたくさんあるんですものね。民主主義はギリシャの専売特許じゃなかった。
瀬尾:そう、世界中で人々は独自の方法で自由と平等を実現しようとしてきた。その多様性と創造性を知ることで、僕らも新しい可能性を想像できるようになるんじゃないでしょうか。
Phrona:結局、この本が問いかけているのは「私たちはどんな社会に生きたいのか」ってことなのかもしれませんね。過去を知ることで、未来の選択肢が広がる。
瀬尾:ええ、人類史は一本道じゃなかった。だから未来も一本道じゃない。その当たり前のことを、僕らはすっかり忘れていたんですね。
ポイント整理
人類史は狩猟採集→農耕→都市→国家という単線的な進化ではなく、多様で柔軟な社会実験の連続だった
かつて人類は「移動の自由」「不服従の自由」「社会関係を再構成する自由」を持っていたが、歴史の中で失われていった
都市化や大規模化が必ずしも階層化・不平等化を意味するわけではない(テオティワカン、初期ウクライナ集落群などの例)
国家は「暴力」「情報」「カリスマ」の三要素の偶然の組み合わせであり、歴史的必然ではない
北米先住民の批判がヨーロッパ啓蒙思想に影響を与えた可能性があり、「文明」の概念自体が相対的
人類には社会制度を意図的に選択・変更・解体する政治的創造力が本来備わっている
キーワード解説
【シュイズモジェネシス(schismogenesis)】
分裂生成/分岐生成。隣接する集団が互いに差異化することで独自の文化的アイデンティティを形成するプロセス
【季節的二重構造】
年間の異なる時期に異なる社会組織(平等/階層的)を採用する柔軟な統治形態
【先住民の批判】
ヨーロッパ文明に対する先住民からの根本的な問いかけと批判
【三つの基本的自由】
移動の自由、不服従の自由、社会関係を再構成する自由
【国家の三要素】
暴力の統制(主権)、情報の統制(官僚制)、個人的魅力に基づく政治(カリスマ)
【意図的な脱国家化】
カホキアのように、一度形成された国家的権力を人々が主体的に解体・放棄すること