AIブームの「その先」を読む──Palantirが示すデータビジネスの構造戦略
- Seo Seungchul

- 2025年12月20日
- 読了時間: 12分
更新日:1月3日

シリーズ: 行雲流水
生成AIの話題が世間を席巻するなか、ある企業が静かに株価を急騰させています。Palantir Technologies──かつてCIAやNSA向けの諜報分析ツールを開発していた、謎めいたデータ企業です。
ChatGPTやClaudeのような言語モデルを自社で開発しているわけではないのに、なぜAI関連銘柄として注目されるのか。その答えは、AIを「使う側」の設計思想にあります。
この記事では、Palantirのビジネスモデルを素材に、富良野とPhronaがAI時代の事業戦略について語り合います。モデルの賢さだけでは勝てない時代に、何が本当の競争優位になるのか。「壊れない設計」とは何を意味するのか。そして、この構造はB2BだけでなくB2Cにも通じるのか──二人の対話から、AIビジネスの深層構造が浮かび上がってきます。
なぜ「AIモデルを作らない会社」が注目されるのか
富良野:Palantirって、ちょっと変わった立ち位置の会社なんですよね。OpenAIやGoogleみたいに独自の大規模言語モデルを開発しているわけじゃない。でも、AI関連銘柄として株価が急騰している。
Phrona:不思議ですよね。AIブームの恩恵を受けているのに、独自のLLMを持っていない。じゃあ何を持っているんだろう、という話になる。
富良野:そこが面白いところで、彼らが売っているのは「賢いモデル」じゃなくて、モデルを現場で安全に動かして成果に変えるための「層」なんです。いわばAIの「土台」部分。
Phrona:土台というと?
富良野:たとえば、データを集めて整える作業、業務の流れに合わせてAIの出力を使える形に加工する作業、誰がどのデータにアクセスできるかを管理する仕組み。こういう地味だけど不可欠な部分ですね。
Phrona:ああ、モデルがどれだけ賢くても、そこがないと実際の業務では使えない、ということですか。
富良野:そうです。特に政府機関や大企業では、機密データを扱いますから。「誰が見ていいか」「なぜその判断になったか説明できるか」という要件が厳しい。モデルの賢さだけでは、そこはクリアできない。
三つの製品が作る「業務OS」
Phrona:Palantirの主力製品って、名前だけ聞いてもよくわからないものが多いですよね。Gotham、Foundry、Apollo……。
富良野:それぞれ役割が違うんです。Gothamは政府向けの分析プラットフォームで、もともとテロ対策や軍事作戦支援のために作られた。衛星画像とかSNSの情報とか、バラバラなデータを一箇所に集めて関係性を可視化する。
Phrona:いわゆる諜報活動のためのツール。
富良野:ええ。一方でFoundryは民間企業向けで、社内のあちこちに散らばったデータを統合して、経営判断に使えるようにするものです。「企業のオペレーティングシステム」と呼ばれることもある。
Phrona:OSという比喩は大きいですね。パソコンでWindowsやmacOSが動いているように、企業の意思決定の基盤になるということ?
富良野:そういうことです。で、Apolloはこの二つを裏で支える配送・更新の仕組み。どんな環境にもソフトを自動で届けて、常に最新の状態に保つ。これがあるから、昔ながらの「顧客ごとに個別開発」から、もう少し効率的なサービス提供に移行できている。
Phrona:三つがセットで「業務OS」を構成している、と。
富良野:そうですね。単なるツールの寄せ集めじゃなくて、データの流れ全体を設計できるところが強み。
「ランド・アンド・エクスパンド」という戦略
Phrona:でも、こういう大掛かりなシステムって、導入のハードルが高そうですよね。
富良野:実際、最初は小さく始めるんです。パイロット導入で一部門だけに入れて、「ほら、こんなに便利になりましたよ」と証明する。それが認められると、隣の部門にも広がり、やがて全社展開になる。
Phrona:最初の一歩を踏み込ませて、そこから徐々に広げていく。
富良野:「ランド・アンド・エクスパンド」と呼ばれる戦略です。一度足場を築くと、そこから契約が数倍に膨らむことも珍しくない。
Phrona:なるほど。でもそれって、逆に言えば「一度入ると抜けにくい」ということでもありますよね。
富良野:そこがPalantirの参入障壁になっている部分です。データの統合基盤って、一度組み込まれると、そこに業務ロジックも履歴も全部載っていく。他のシステムに乗り換えようと思っても、移行コストが膨大になる。
Phrona:インフラになってしまう、ということですか。
富良野:そうです。だから契約更新率が高いし、解約されにくい。
政府依存というリスク
Phrona:ただ、売上の半分以上が政府からというのは、リスクにも見えます。
富良野:おっしゃる通りで、これは両刃の剣なんですよね。政府との長期契約は安定収入になるけど、政権交代とか予算削減で一気に吹き飛ぶ可能性もある。
Phrona:しかも、特定の政策に関わることで、政治的な批判を受けることもある。
富良野:移民関連のシステム提供が問題になったこともありました。社内でも反発があって、退職者が出たと報じられている。
Phrona:技術者って、自分の仕事の社会的意味に敏感な人も多いですからね。
富良野:人材確保という観点でも、難しさがある。高い給与を出しても、「その会社では働きたくない」という人はいる。
生成AIとの関係──「モデル非依存」という設計思想
Phrona:最近、Palantirも生成AIを取り込んでいると聞きました。
富良野:AIPという仕組みを2023年に発表しています。ChatGPTやGeminiのような大規模言語モデルを、Foundry上で安全に使えるようにするもの。
Phrona:でも、自社でモデルを作っているわけではない?
富良野:そこが重要なポイントで、Palantirは意図的に「モデル非依存」を貫いているんです。どのモデルを使うかは顧客が選べる。用途によって切り替えることもできる。
Phrona:特定のモデルに縛られない、ということですね。
富良野:ええ。モデルって、半年もすれば次の世代が出てくる。今日のベストが来年のベストとは限らない。だから、モデルを「差し替え可能な部品」として扱う設計にしておく。
Phrona:それは……モデルの進化に振り回されない、という意味で賢い選択かもしれません。
富良野:むしろ、モデルが賢くなるほどPalantirの価値が上がる、という構図を作っている。モデルが高性能になれば、現場は自動化を進めたくなる。でも自動化すると事故のリスクも上がる。そこを制御するのがPalantirの役割。
「業務意味論」という見えない資産
Phrona:モデル非依存というのは、技術的にはどうやって実現しているんですか?
富良野:一番の肝は、モデルを「意思決定の主体」にしないこと。モデルは候補を出すだけで、最終判断は業務ロジックと人間が担う。
Phrona:モデルに丸投げしない。
富良野:そう。それから、業務の「意味」をモデルの外に置くことも重要です。人とか契約とか設備とか在庫とか、業務で扱う対象の定義を、独立した層として固定しておく。
Phrona:オントロジー……存在論的な整理、という感じですか。
富良野:そうです。Palantirは「オントロジー」という言葉をまさにそういう意味で使っている。業務対象をデータモデルとして定義して、そこにすべてを紐づける。
Phrona:モデルはそれを「参照する」だけで、「解釈する」のではない。
富良野:その通りです。だからモデルが変わっても、業務の定義は揺るがない。ここがスイッチングコストにもなっている。一度作り上げた業務意味論は、簡単には移植できない。
LLM以前から使われてきた「本当のAI」
Phrona:ところで、Palantirは生成AI以前から「AI企業」と呼ばれていましたよね。何を使っていたんですか?
富良野:いわゆる古典的な機械学習や数理最適化ですね。統計モデル、ベイズ推定、グラフ分析、線形計画……。
Phrona:言語モデルとは全然違う世界。
富良野:ええ。たとえばGothamでは、人物と組織と資金の流れをグラフ構造で分析する。誰がどこに繋がっていて、どの経路で情報が流れているか。これは言語モデルでは扱いにくい。
Phrona:関係性の計算、ということですね。
富良野:Foundryでも、需要予測とか在庫最適化とか生産計画とか、数値と制約を扱う仕事が中心。「在庫を減らすと欠品リスクが上がる」みたいなトレードオフを計算で解く。
Phrona:LLMに聞いても、それっぽいことは言うかもしれないけど……。
富良野:意思決定には使えない。現場の失敗は「文章の間違い」じゃなくて「数値の間違い」や「制約違反」で起きますから。
コスト構造の変形──SI企業からソフトウェア企業へ
Phrona:Palantirって、コンサルティング会社に近い印象もあります。顧客の現場に入り込んで、一緒に作り上げていくような。
富良野:初期段階ではそうですね。「フォワード・デプロイド・エンジニア」と呼ばれる技術者チームが、顧客のところに常駐して課題設定から伴走する。
Phrona:人件費がかさみそう。
富良野:実際、最大のコストは人件費です。でも面白いのは、一度作ったものが次の顧客でも使えること。データのつなぎ方のパターンとか、業界別のテンプレートとか、ノウハウが資産化されていく。
Phrona:最初は人手で掘って、後からソフトで埋める。
富良野:いい表現ですね。だから、売上が伸びても人員が比例して増えなくなる。最近は粗利が80%前後まで上がっている。
Phrona:SI企業というより、ソフトウェア企業に変わりつつある?
富良野:そういう変形の途中にいる、というのが正確かもしれません。まだ完全には脱却していないけど、方向性は明確。
B2BからB2Cへ──構造は転用できるか
Phrona:Palantirの成功から、他の領域、たとえばB2Cに学べることってありますか?
富良野:いい問いですね。結論から言うと、「同じことは起きないが、対応物は存在する」と思います。
Phrona:B2Bとは制約が違う。
富良野:そう。B2Bでは失敗コストが大きくて、責任主体が明確で、導入が遅くても許される。B2Cは逆で、失敗コストは小さいけど炎上コストは大きい。UXの即効性が求められる。
Phrona:Palantir型の「じっくり業務を構造化していく」アプローチは、そのままでは通用しない。
富良野:ただ、本質は転用できると思うんです。Palantirが売っているのは「業務OS」ですけど、B2Cでは「行動OS」に置き換えられる。
Phrona:行動OS?
富良野:人の行動と判断を、どこまで構造として握れるか。毎日触って、戻ってきて、抜けると不便……そういうループを設計する。
Phrona:習慣化ですね。アプリが生活に入り込む。
富良野:レコメンドとか、選択肢の提示順とか、そういうところで行動空間を設計している企業は、実質的にB2C版のPalantirをやっている。
B2Cでも「モデル非依存」は必要か
Phrona:じゃあ、B2Cではモデル非依存はあまり重要じゃない?
富良野:いや、それは言い過ぎました。むしろB2Cの方が、モデル依存のリスクは露骨に出ます。
Phrona:どういうことですか?
富良野:B2Cでモデルに依存していると、プラットフォーマーに首根っこを押さえられる。API料金を上げられたり、機能をOS側に吸収されたり。B2Bなら契約交渉できますけど、B2Cは交渉力がない。
Phrona:ああ、上流に食われてしまう。
富良野:だからB2Cでもモデル非依存は必要。ただし、それ自体は差別化にならない。ユーザーは「どのモデルを使っているか」なんて気にしないから。
Phrona:見せるものと、裏で守るものが違う。
富良野:そうです。表に出すのはUXとか習慣化とか、ユーザーが感じる価値。裏で守るのはモデルの差し替え可能性とかコスト構造。
Phrona:Palantirが業務OSの裏でモデル非依存を徹底しているのと、同じ構図。
富良野:本質的には同じだと思います。「モデルより重たいものを握る」という原則が、B2BでもB2Cでも成り立つ。
「壊れない設計」が最後に残る
Phrona:結局、AIブームの後に何が残るかという話になりますね。
富良野:ブーム期は、速くて派手でわかりやすいものが評価される。でもブーム後は、壊れなくて説明できて責任が取れるものが残る。
Phrona:Palantirはブーム前からその条件で設計していた。
富良野:だから生成AIを後から自然に統合できた。最初から「モデルは変わる」前提で作っていたから。
Phrona:この視点は、Palantirに限らず、AIを使うビジネス全般に言えそうですね。
富良野:「モデルを売るな、構造を売れ」「便利さを競うな、壊れなさを設計せよ」──この二つがPalantirから学べる最大のレッスンだと思います。
Phrona:派手なところに目が行きがちですけど、地味な土台の部分にこそ、長期的な価値がある。
富良野:そういうことです。そして、その土台を作るには時間がかかる。だからこそ、早く始めた人が有利になる。
Phrona:AIの話をしているようで、実は「設計」の話をしている。
富良野:技術は変わっても、設計思想は残りますからね。Palantirが二十年かけて作ってきたものは、次の二十年でも価値を持ち続けるかもしれない。
ポイント整理
Palantirの主力製品
政府向けのGotham(諜報・防衛分析)、民間向けのFoundry(企業データ統合)、両者を支えるApollo(自動配布・更新基盤)。これらが一体となって「業務OS」を構成する。
収益の半分以上は政府から
米国の情報機関や国防総省との深い関係が強みだが、政権交代や予算削減のリスク、政治的批判のリスクも内包する。
「ランド・アンド・エクスパンド」戦略
小規模パイロットから始めて徐々に契約を拡大する手法。一度導入されると業務に深く組み込まれ、スイッチングコストが高まる。
モデル非依存の設計思想
特定のAIモデルに依存せず、差し替え可能な部品として扱う。モデルの進化に振り回されず、むしろモデルが賢くなるほど統制層の価値が上がる構造を作っている。
LLM以前から「本当のAI」を活用
統計モデル、数理最適化、グラフ分析、シミュレーションなど、数値と制約を扱う技術がPalantirの中核。生成AIは後から追加された「通訳」的役割。
コスト構造の変形
初期は人件費集約型だが、ノウハウの資産化とテンプレート化により、売上成長に対して人員増加が比例しなくなりつつある。粗利80%前後まで改善。
B2Cへの示唆
Palantirの「業務OS」はB2Cでは「行動OS」に対応する。習慣化、選択肢設計、行動ループの最適化が鍵。モデル非依存はB2Cでも重要だが、差別化ではなく生存条件。
長期的に残る価値は「壊れない設計」
ブーム期は速さと派手さが評価されるが、ブーム後は安定性と説明可能性が評価される。モデルより重たい層を握ることが、上流に吸収されないための条件。
キーワード解説
【Palantir Technologies】
2003年創業のデータ分析企業。政府機関と民間企業向けにデータ統合・分析プラットフォームを提供。
【Gotham】
政府・情報機関向けのデータ分析プラットフォーム。テロ対策や軍事作戦支援に使用される。
【Foundry】
民間企業向けのデータ統合プラットフォーム。異なるシステムのデータを一元管理し、業務上の洞察を引き出す。
【Apollo】
GothamとFoundryを支える継続的デリバリー基盤。様々な環境へのソフトウェア自動展開を可能にする。
【オントロジー(Ontology)】
Palantirが採用するデータモデル設計思想。現実の業務オブジェクトを中心にデータを構造化する。
【ランド・アンド・エクスパンド(Land and Expand)】
小規模導入から始めて徐々に契約を拡大していく営業戦略。
【フォワード・デプロイド・エンジニア(Forward Deployed Engineer)】
顧客現場に派遣され、課題解決を伴走する専門技術者チーム。
【モデル非依存】
特定のAIモデルに依存せず、モデルを交換可能な部品として扱う設計思想。
【数理最適化】
線形計画、整数計画などの手法で制約条件下の最適解を求める技術。在庫配分、生産計画などに活用。
【統制層】
AIを安全に運用するための認可、監査、アクセス制御、ガードレールなどの仕組み。
【スイッチングコスト】
別のシステムや製品に乗り換える際に発生するコスト。高いほど顧客の囲い込み効果が強い。
【Palantir AIP】
2023年発表の製品。大規模言語モデルを企業システム内で安全に活用するための仕組み。