なぜ賢い人たちが集まって愚かな決定をしてしまうのか?──『Big Mind』から考える集合知の可能性
- Seo Seungchul

- 7月8日
- 読了時間: 11分

シリーズ: 書架逍遥
◆今回の書籍: Geoff Mulgan 『Big Mind: How Collective Intelligence Can Change Our World』 (2017年)
概要:デジタル技術時代における集合知の可能性と課題を包括的に論じた書籍
スマートフォンで瞬時に情報を検索でき、AIが複雑な分析をこなし、世界中の専門家とつながれる時代。それなのに、なぜ金融危機は防げなかったのでしょうか。なぜ優秀な人材を集めた組織が、時に信じられないような失敗を犯すのでしょうか。
この矛盾に真正面から向き合ったのが、ジェフ・マルガンの『Big Mind: How Collective Intelligence Can Change Our World』(2017年)です。元英国首相の政策アドバイザーとして活躍し、現在は社会イノベーションの研究者として知られるマルガンは、個人の知性と集団の知性のギャップに着目しました。
今回は、富良野とPhronaが、この本が提起する「集合知」という概念について語り合います。技術の進化だけでは解決できない、人間の協働の本質とは何か。二人の視点の違いから、新たな洞察が生まれるかもしれません。
スマートな世界のパラドックス
富良野:この本の冒頭で示されている「スマートな世界のパラドックス」、確かに興味深いですよね。1960年代のソビエト連邦や、ベトナム戦争時のアメリカ軍の例。どちらも当時最高のコンピュータと頭脳を持っていたのに、根本的な判断を誤った。
Phrona:ああ、その部分、私も胸に刺さりました。特に印象的だったのは、2008年の金融危機の話ですね。金融機関は莫大な資金をITに投資していたのに、何が起きているのか理解できなかった。データは読めても、データの背後にあるものが見えなかった、という指摘。
富良野:そう、まさにそこなんですよ。僕たちは「スマートなツールを持てば、自動的により知的な結果が得られる」と思い込みがちです。でも現実は違う。マルガンは、個々の要素は高度に知的でも、全体としてはかなり愚かになりうる、と言っています。
Phrona:氷河のようにゆっくりとした進歩、って書いてあったでしょう。私たちは特定のタスクについては驚異的な知能をポケットに持っているのに、複雑で相互に関連した問題になると、途端に立ち往生してしまう。
富良野:組織論的に見ると、これは本質的な問題なんです。優秀な個人を集めても、それが自動的に優秀な集団になるわけじゃない。むしろ、個人の優秀さが集団の愚かさを隠してしまうこともある。
Phrona:でも確かに、みんなが賢いからこそ「きっと誰かが考えているだろう」って思っちゃうのかも。責任の分散というか、集団の中で個人が溶けていく感じ。
集合知とは何か
富良野:そこで出てくるのが「集合知」という概念です。マルガンの定義では、これは単に個人の知性の総和じゃない。社会集団、企業、政府などが持つ学習、意思決定、問題解決の能力なんです。
Phrona:面白いのは、彼が人間と機械の組み合わせを強調していることですよね。GoogleマップやWikipediaの例が出てきますけど、これらは技術だけでも人間だけでも成立しない。両者が絡み合って初めて、個人を超えた知性が生まれる。
富良野:ただし、と彼は釘を刺すんです。技術だけでは不十分で、意識的な組織化と調整が必要だと。ここが肝心なところで、集合知は自然発生的に生まれるものじゃない。設計が必要なんです。
Phrona:設計、かあ。でも私、そこにちょっと違和感があるんです。設計って言葉には、上から目線というか、誰かがコントロールするイメージがある。集合知って、もっと生き物みたいに、有機的に育つものじゃないのかな。
富良野:なるほど、確かにそういう見方もできますね。でも僕は、マルガンが言う「設計」は、ガチガチの管理じゃなくて、環境づくりのことだと理解しています。植物を育てるのに土壌を整えるような。
Phrona:ああ、それなら分かる気がします。庭師のような役割ですね。直接手を加えるんじゃなくて、育つ条件を整える。
機能的要素と組織原理
富良野:本書では、集合知の機能的要素として、観察、分析、記憶、判断、創造性の5つを挙げています。これらが集団レベルでどう機能するかが重要なんです。
Phrona:観察のところで市民科学プロジェクトの話が出てきたでしょう? あれ、すごく心に響きました。一人では見えないものも、みんなで見れば見える。でも同時に、みんなで見ることで見えなくなるものもあるんじゃないかって。
富良野:確かに、集団の観察には盲点もある。だからこそ、マルガンは多様性の重要性を強調するんでしょう。組織原理の一つとして、多様性と包摂性を挙げています。
Phrona:多様性って言葉、最近よく聞きますけど、実際には難しいですよね。異なる視点を持つ人たちが集まると、コミュニケーションコストが上がる。理解し合うのに時間がかかる。
富良野:そう、マルガンもそのパラドックスを認めています。多様性は創造性を高めるけど、調整を困難にする。だから適切な調整メカニズムが必要になる。自律性と調整のバランスですね。
Phrona:バランス、か。でもバランスって、静的なものじゃないですよね。常に揺れ動いている。今日のバランスが明日も正しいとは限らない。
知能の自律性という概念
富良野:その動的な性質に関連して、僕が特に興味深いと思ったのは「知能の自律性」という概念です。集合知の要素が、自我や階層、権力から独立して機能する必要がある、と。
Phrona:飛行機のブラックボックスの例が出てきましたね。あれは確かに、権力や利害から切り離された純粋な記録装置。でも私、思うんです。完全に自律的な知能なんて、本当に可能なのかな。
富良野:完全には無理かもしれません。でも、相対的な自律性は確保できる。例えば、査読システムや監査制度。完璧じゃないけど、ある程度の独立性は保てています。
Phrona:そうね。でも時々、その自律性が形骸化することもある。査読だって、狭い専門家コミュニティの中で、お互いに忖度し合うこともあるでしょう。
富良野:だからこそ、透明性と批判的思考の文化が大切になるんでしょうね。システムだけじゃなく、それを支える文化や価値観も含めて設計する必要がある。
学習ループと適応
Phrona:学習ループの章も面白かったです。集合知は静的なものじゃなくて、常に学習し、適応していく。トヨタの改善システムの例とか、とても具体的で。
富良野:継続的改善の仕組みですね。失敗から学び、知識を共有し、プロセスを調整する。これは企業だけじゃなく、あらゆる組織に応用できる原理です。
Phrona:でも、失敗から学ぶって、言うほど簡単じゃないですよね。失敗を認めること自体が難しい。特に日本の組織文化では。
富良野:確かに。心理的安全性の話にもつながりますね。メンバーがリスクを取り、間違いを認められる環境。これがないと、本当の学習は起きない。
Phrona:心理的安全性、大事だけど、それだけじゃ足りない気もします。安全すぎても、ぬるま湯になっちゃう。適度な緊張感というか、挑戦する気持ちも必要。
富良野:そのバランスも難しいですよね。安全性と挑戦性の両立。でも、それこそが生きた組織の特徴なのかもしれません。
会議と環境のデザイン
Phrona:11章の「心を高める会議」の部分、実践的で良かったです。事前に情報を共有するとか、複数のコミュニケーション形式を使うとか。
富良野:「ストーリーのない数字はなく、数字のないストーリーもない」という言葉が印象的でした。データと物語の両方が必要だと。
Phrona:物理的環境の話も興味深かったです。空間デザインが思考に影響する。確かに、狭い会議室で詰め込まれていると、発想も狭くなりそう。
富良野:Googleのオフィスデザインなんかは、まさにそういう発想ですよね。偶発的な出会いを促す設計。ただ、それも行き過ぎると...
Phrona:疲れちゃいますよね(笑)。常にオープンで、常に交流してなきゃいけないプレッシャー。内向的な人には辛いかも。
民主主義と集合知
富良野:15章の民主的集会の話は、今の時代にとても重要だと思います。代表制民主主義の限界と、新しい参加の形。
Phrona:市民陪審とか、熟議投票とか。確かに魅力的なアイデアです。でも私、少し心配なのは、参加できる人とできない人の差。デジタルデバイドもそうだし、時間的余裕の問題も。
富良野:そう、包摂性の課題ですね。誰もが参加できるようにするには、相当な工夫が必要。単にツールを用意すれば済む話じゃない。
Phrona:それに、熟議って言っても、声の大きい人が支配しちゃうこともあるでしょう。オンラインでも、結局は同じような力学が働くんじゃないかな。
富良野:だからこそ、ファシリテーションの技術や、発言機会の公平な配分が重要になる。民主主義も、放っておいて機能するものじゃない。
知識コモンズの可能性
Phrona:17章の知識コモンズの話、私はすごくワクワクしました。WikipediaやLinuxのような、みんなで作り上げる知識の場。
富良野:オープンソースの成功は確かに励みになりますね。でも同時に、持続可能性の問題もある。ボランティアベースだけでは限界がある。
Phrona:そうなんですよね。情熱だけでは続かない。でも、お金が絡むと、また別の力学が働き始める。純粋さが失われるというか。
富良野:クリエイティブ・コモンズのような、中間的な解決策もありますけどね。完全な無償でも、完全な独占でもない。
Phrona:うん、グラデーションが大事なのかも。白か黒かじゃなくて、いろんな形があっていい。それこそが多様性。
集合知の未来
富良野:最終章で、マルガンは集合知を独立した学問分野として確立すべきだと提案しています。新しい職業も生まれるだろうと。
Phrona:集合知デザイナーとか、ファシリテーターとか。確かに、これからそういう役割が重要になりそう。でも、専門家だけの仕事にしちゃうと、また違う問題が生まれそう。
富良野:そうですね。むしろ、すべての人が集合知のスキルを身につけるべきかもしれません。基礎教育に組み込むとか。
Phrona:ああ、それいいですね。協働の仕方、異なる意見の聞き方、建設的な議論の仕方。そういうのを子どもの頃から学べたら。
富良野:AIとの統合も避けて通れない課題です。人間と機械の知能をどう組み合わせるか。単なる道具としてじゃなく、パートナーとして。
Phrona:でも、AIに頼りすぎると、人間の集合知が衰えるんじゃないかって心配もあります。考えることをAIに任せちゃったら。
富良野:その危険性は確かにありますね。だからこそ、人間にしかできないこと、人間だからこそ価値があることを見極める必要がある。
Phrona:結局、集合知って、技術の問題じゃなくて、人間の問題なんですよね。どう協力するか、どう学び合うか、どう違いを受け入れるか。
富良野:まさにその通りです。マルガンも最後に強調していますが、集合知は単なるツールじゃない。人類が直面する課題に対処するための、新しいアプローチなんです。
Phrona:新しいけど、同時に古いものでもある気がします。人間はずっと、協力して生きてきたんだから。ただ、規模と複雑さが変わっただけで。
富良野:そう考えると、集合知の探究は、人間とは何かを問い直すことでもあるんですね。個人として、そして集団として、どう生きるか。
Phrona: 大きな問いですね。でも、だからこそ面白い。答えは一つじゃないし、きっとこれからも変わり続ける。
ポイント整理
スマートな世界のパラドックス
高度な技術と優秀な人材を持つ組織でも、集団として愚かな決定を下すことがある。個人の知性の総和は、必ずしも集団の知性にはならない。
集合知の定義
社会集団が持つ学習、意思決定、問題解決の能力。人間と機械の能力を組み合わせ、個人を超えた知性を生み出すシステム。
5つの機能的要素
観察(情報収集)、分析と推論(パターン認識)、記憶(知識の保存)、判断(意思決定)、創造性(新しい解決策)が集団レベルで機能する。
組織原理
明確な目的、多様性と包摂性、適切な調整メカニズム、フィードバックループ、知識の自律性が効果的な集合知の条件。
学習ループの重要性
実験と探索、データ収集と分析、知識の共有、適応と進化のサイクルを通じて、集合知システムは改善される。
知能の自律性
権力、階層、個人的利益から独立した知識と情報の空間が、客観的で自己修正可能な集合知を可能にする。
会議と環境のデザイン
事前の情報共有、適切なファシリテーション、複数のコミュニケーション形式、物理的空間の工夫が集合知を促進する。
民主主義への応用
市民陪審、熟議投票、デジタル参加ツールなど、従来の代表制を補完する新しい民主的プロセスの可能性。
知識コモンズ
オープンソース、Wikipedia、クリエイティブ・コモンズなど、協働的な知識創造と共有の新しいモデル。
未来への提言
集合知を独立した学問分野として確立し、教育に組み込み、AIとの統合を図りながら、人類の課題解決能力を高める。
キーワード解説
【集合知(Collective Intelligence)】
個人を超えた集団の問題解決能力
【認知経済学】
認知資源の効率的配分に関する考え方
【トリガー階層】
問題の複雑さに応じて異なるレベルの知能を活性化するシステム
【心理的安全性】
リスクを取り、失敗を認められる組織環境
【知識コモンズ】
共有される知識と情報の公共空間
【熟議民主主義】
市民の議論と熟考を重視する民主主義の形態
【オープンソース】
ソースコードを公開し、協働開発を可能にするソフトウェア開発手法
【グループシンク】
集団の調和を優先し、批判的思考が抑制される現象
【フィードバックループ】
システムの出力が入力に影響を与える循環的プロセス
【多様性のパラドックス】
多様性が創造性を高める一方で調整を困難にする現象